中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
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早くも3月(1)

2009年が明けたのは、ついこの間と思ったらすでに3月も半ば。今年も1/6が終わってしまった。

昨年から、世界中を吹き荒れている不況の嵐は、収まる気配をなかなか見せてはくれない。我が社は今のところは、注文が減り、それにつれ生産削減を迫られ、工場のリストラ、給料の削減、週休2日制の実施、経費削減などに取り組んできた。そのせいもあって、工場閉鎖や会社倒産と言った状況には陥っていない。幸運だったと言えるであろう。

そればかりか、一部の業種の客先からは回復の兆しとも思えるような問い合わせや注文が届き始めている。この先、こんな状況が増えてくることを祈っている日々である。

市場の雰囲気を知りたくて、ここ数週間、客先に出向くことを増やしている。ベトナムにも行ったし、近在の東莞市や中山市にも出かけた。また、香港にも足を伸ばしてみた。いろいろな人に市況や動向を聞いてみるためだ。

ベトナムのハノイ市。2月の後半に出かけた。さすがに農業国、あちらこちらに田園風景が広がり、水田では田植えが行われていた。私が垣間見たハノイ市近郊の水田では、田植え機などの機械化はほとんど無く、人手で田植えされている様子だった。何十年構えの日本の田植え風景を髣髴とさせるような光景であった。

日本よりやや広く、南北に細長い形をした国土だが、人口は9千万人弱であり、しかも人口構成から見ると、ベトナム戦争で多くの人が死亡した関係か、働き手となる中壮年層が少ないといわれる。しかし、農業耕作面積は狭くは無く、広い水田や畑で、まばらに散らばっている人たちが、のんびり農作業をしているようにも見え、なんとなくほっとさせられるような光景であった。

もっとも、最近は首都のハノイ市や、南部のホーチミン市などの都会の周辺に多くの工業団地を造成し、内外からの工場を誘致している。私が訪れたハノイ市郊外にも多くの工業団地が存在している。私が訪れたのはすべての工業団地ではないのだが、多くの工場が立ち並んでいるのを目にすることが出来た。そして、その多くが日本のメーカーであったことに驚かされた。まるで日本の工業団地を見るかのようである。

しかしながら、不況のせいであろうか、人影は少なく、活気はあまり感じられない。私が訪れたいくつかの会社の工場でも、減産、人員削減などの言葉が多く飛び出し、まさに不況を絵に描いたような活気の無さである。そして、何とか今をしのぎ、明日に向かっての発展拡大を夢見て力をじっと温存しているようでもあった。
ある、世界的に有名な日本メーカの現地駐在員の話によると、ベトナムに進出している日系メーカーの多くは、現在は不況が無くとも赤字で苦しんであるとのことである。働き手の少ないこと、人件費の高騰、工業生産に対する理解不足、通貨の不安定、貿易や運送などの社会インフラの未熟などその理由を挙げればきりが無いほどであるようだ。

そして、この世界的金融恐慌である。多くのベトナム工場が開店休業状態にあるという。

ベトナムの農業は早くも春を向かえ、初夏に突入する風情だが、工業団地に春が来るのは何時なのか。
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by wata1150 | 2009-03-16 11:43