中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

恵州に来て2年になりました

2006年11月30日 恵州に始めて来ました。いま、私が勤務する会社の入社面接を受けるためでした。当時営業メンバーで唯一日本語を話すC君が、いろいろと面倒を見てくれました。2時間くらいだったでしょうか。老板との面接でした。私が希望する給料レベルには届きませんでしたが、何か感ずるものがあったのでしょう。老板P氏はその場で入社OKをしてくれました。私も、何かそんな気がしたのかもしれません。その場で了解をしました。

一旦、宿舎の深圳の安ホテルに戻り、日本に帰って着替えなどを持って、12月中旬に改めて中国に来るつもりでした。しかし、安ホテルに戻るとまもなくしてC君から電話が入り、日本に帰らず、そのまま恵州に戻って、勤務に入ってくださいとのこと。私は、何の疑いも不安も持たず、即了解し、深圳から香港に行くのをやめ、恵州行きのバスに乗ったのです。

あれから丁度2年がたちました。業務経理だった私は、今は副総経理になりました。給料も多少は上がりました。会社の寮に住むのは変わっていませんが、オフィスではちょっと大きめの個室に住み、日々中国人のスタッフとともに悪戦苦闘しています。営業だけではなく、開発も、品質も生産もいろいろと仕事の範囲が増えてしまいました。

当時会社が私にあてがってくれたアシスタント兼通訳のTさん、今は日本語も達者になり、日本の主力客先の担当セールスとして活躍し、先日販売主任に昇格しました。日本語学校を卒業したてで、私が彼女が会った最初の日本人だったといい、私の話す日本語がまったく分からず、しかし私が使っていた電子辞書を片手に必死で通訳していたのが、信じられないくらいです。

私が、面接し採用した日本人スタッフも2名います。3名採用したのですが、一名は退社してしまいました。残った2名のうち一名は開発を担当、もう一名は生産を担当しています。今ではそれぞれ、職場にしっかりと根をはって活躍しています。

日本人は中国語でのコミュニケーションが出来ませんので、どうしても仕事の話は通訳を介しての話になります。私には現在通訳はいませんが、他の二人には日本語通訳を採用して、ローカルスタッフとのコミュニケーションを図っています。でも、私もそうですが、人間関係が出来てくると、通訳無でも、簡単な意思疎通は出来るようになるし、話したことの全部がわからなくても、全体の意味は理解できるようになるものです。いまでは、この会社に日本語が出来るスタッフが4名、日本人が3名おり、大概の日本人の客先にも十分対応できるようになって来ました。

いま、会社は不況の嵐の真っ只中にいます。昨日、ある重要サプライヤーが倒産しそうだという情報が入りました。不況で仕事量が減り、赤字になったので会社を整理するというのが本当の理由でした。1月中旬まで持ちこたえてくれるということなので、何とか部品加工を作り貯めして、新規のサプライヤーが見つかるまでのつなぎは出来そうです。

営業には連日のように客先が危ないという情報が入ってきます。300社近くある客先の80%は香港系か中国系の会社で、今回の金融危機のあおりをまともにかぶっているのです。営業スタッフは連日、売掛金の回収に走りまわっています。それでも数社は回収が間に合わず、倒産してしまいました。まだ、それほど大きな実損はありませんが、ヒヤヒヤする毎日が続きます。

一方、私がメインに見ている日系の販売は、この不況にもかかわらず、客先数を少しずつ伸ばし、売り上げも増えています。来年の計画も15%程度を延ばす計画です。これが無ければわが社も倒産の危機を迎えていたかもしれません。

周辺を見渡してみると、工場閉鎖した会社、2~3ヶ月間の長期休暇を決めた会社があり、閑散とし始める一方、工業団地には若い情勢たちが昼間から大勢歩き回っています。工場閉鎖した工場で働いていた人たちがほとんどだと思います。春節までのわずかの間でも、少しでもお金を稼ぎ、ふるさとにもって帰ろうということで、仕事を探しているのでしょう。わが社門の前にも何人かの人が連日仕事を求めてやってきます。

この不況のため、これ以上の稼ぎをあきらめ、深圳や広州の駅から長距離列車に乗り、帰省してゆく人の数も例年に比べ増えており、連日5万人から10万人が列車に乗り込んでいるというニュースもありました。

先日、老板と東莞のある客先を訪問したとき、その帰りの車の中で、70歳まででも80歳まででも勤務してほしいので、無理をして体を壊さないよう、気をつけてくださいという話がありました。彼は私との出会いが”縁”であった、この縁を大切にしたいということを、客先の老板にも話していました。私は、彼に感謝しつつ、しかし、一方非常に厳しい経営環境に立ち向かわなければならない、我が社の状況を思い、思わず身が引き締まる思いをしたものです。

そんな会社環境の中、私のこの会社での勤務は来週から3年目に突入します。ますます難しくなってゆくであろう経営環境の中、千数百人のスタッフを抱え、やってゆかなければいけないのだということを、改めて感じ、肝に銘じてがんばろうと思います。
[PR]
by wata1150 | 2008-11-29 14:33 | ちょっと仕事