中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
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新しいアシスタント

新しいアシスタントを採用した。

従来から、私の世話をしてくれていたTさんは、今までは営業担当プラス私の秘書と言うことだったのだが、今後は営業業務に専念することになる。とは言っても、日系客先担当だから、依然として私の指揮下にあることには違いないのだが。

Tさんは、なかなかしっかりしている人で、しかもよく気の付く人であった。定型業務を与えなくとも、自分で考え、自分で処理できるタイプであり、支持されたことは無論できるが、指示されなくとも自分で考えて、仕事が出来るということについては、中国人では比較的少ないタイプだとおもう。従って秘書としてもなかなか、便利であったと思う。

ただ、非常に几帳面で、その日の仕事を翌日に持ち越せない人なので、仕事を指示する時には、多少気を使わなければいけなかった。翌日に提出予定の資料などは、前日に夜遅くまで一人オフィスに残って仕事をしていることもしばしばだった。

私のアシスタントであるから、無論日本語は出来なければいけない。Tさんは、私がこの会社に入る3ヶ月前に入社した。当時の日本語のレベルは・・・というと、実は挨拶程度だったのである。日本人にあったこともなく、日本語は黒龍江省の日本語学校に、出身地の湖南省から一年間勉強をしに行って、学んだとのことであったが、実際、日本人との会話をしたことがなかったというのであるから、当時の日本語レベルは最悪であった。

しかし、私のアシスタントとして過ごした1年間で相当に上手になった。初めての日本人にでも、話が出来るようになり、私とは冗談が言えるようになった。そこで、思い切って日本系の客先担当営業としてコンバートしたのである。最も、私のアシスタント兼務なので、専任でアシスタントをやっていた当時より更に忙しくなり、私は徐々に彼女を営業としてやらせようということで、アシスタントを解任することにしたのであった。

しかし、それでは私が困る。総経理や董事長と話をするのは英語で出来るから良いとしても、ローカルのスタッフ、特に技術だとか、品管、工場のスタッフと話が出来なくなってしまった。E-Mailの文章の意味さえ解らない。これではいけないと思いつつ、半年ほど悶々としていたのだが、ついに辛抱が出来なくて新しいアシスタントを新規に雇用することにしたのである。

何人かの応募者と面接をし、一人の女性を採用することにした。Zさんという。26歳。日本語のレベルは国際一級。広州のT社という日系の大会社に2年間勤務し、工場通訳や工場のアシスタントをやってきたという。さすがにT社という世界的にも有名な会社にいただけあって、日本語のレベルも本格的だが、給料レベルも安くは無い。が、董事長と相談し、また恵州という物価の比較的低い土地であるということで、多少安く抑えたところで納得してもらって、来てもらうことにしたのである。

今日から、出勤してくれている。明日には名刺の手配、パソコンのアドレス登録、携帯電話登録などの手続き以外にも、会社の各部門に紹介したりしなければいけない。また、製品知識や製品関連用語の勉強の準備も行わなければいけない。何とか一年以内には私の考え方や、話し方になれ、アシスタントとして、仕事をこなして欲しいと願う。
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by wata1150 | 2008-08-12 00:35 | ちょっと仕事