中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
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I氏に会いました。

昨日 Iという私が以前勤務していた会社では先輩に当たる方から電話が来て、急に会うことになりました。

I氏は、M社当時フィリピンの工場の立ち上げのメンバーとして、フィリピンに駐在し、その後中国工場の立ち上げに参加して中国に駐在。以降、M社退職後も中国に残り活躍してきました。現在は恵州市にある日系のT社という会社で工場長代行という仕事をしています。M社時代から一貫して工場で仕事をしてきたプロであり、大ベテランです。

私が12月から恵州に勤務することになったとき、程なくしてM社の同僚からI氏が恵州にいることを聞いていましたが、連絡先がわからず、探していたのですが、ちょうど春節前に連絡が取れ、春節後に会おうという話になっていたのです。

昨日は土曜日ですが、勤務日なので、夕方7時に恵州市内の「山水」という日本料理店で会うことにしました。彼と会うのは何年ぶりでしょうか。多分4年ぶりくらいにはなるのではないでしょうか。私より2、3才年上と認識していますので、60歳は越しているはずです。

山水に着くと、すでに彼は到着し、私を待っていました。すぐに顔はわかりましたが、以前中国工場で張り切って仕事をしているときに比べ、ふけたような感じです。多分あまり面白くない仕事をしているんだろうな?とは思いました。顔に緊張感がないからです。でも、中国生活の大先輩ですから、口には出しませんでしたが。

彼は現在自分が在籍している会社について話してくれました。東芝の子会社の子会社(孫会社)の海外外注会社で、つい最近子会社に会社買収されてしまったこと、生産している製品について、自分がこの会社に入ることになったいきさつなどなど。

彼は、入社するときに「会社の風土を変革して欲しい」と社長に言われたそうです。しかし彼はいいます。「社長自らが変わらなければ、中国企業では風土は変わらない」と。確かにそれは言えるのではないかと思います。中国企業における、特にオーナー企業では「お金儲け」がそのオーナーの最優先テーマである場合がほとんどです。そしていわゆる「ワンマン」であり、従業員はすべてオーナー社長を向いて仕事をしがちです。そういう会社で我々のように急に飛び込んできた日本人スタッフが「風土改革」をしようと思っても、社長自らが変わらない限り、なかなかできるものではないのです。

我々高齢者と呼ばれる世代の人間は、如何に能力があったとしても、また広い中国といえどもなかなか転職は思うようには行きません。また、中国の労働事情も大幅に変わってきており、給与水準も上がってきているため、日本人従業員といえどもそれほどの高給を得られることは少なくなってきています。そんな中、私も彼も何とか勤務先を探し出し、落ち着くことができたのですから、おいそれとは転職はしにくいのです。

彼は生活は問題ない様子ですが、中国の企業にありがちなワンマン社長の下、いうことを聞かない部下、低い従業員のモラル、などに苦しみ、働く意欲を失いつつも、給料をもらい、可もなく不可もない程度に仕事をしながらすごしているようでした。また、体も年を重ねたせいか、お酒はほとんど飲まなくなったこと、夜遊びもほとんどしなくなったことなど、以前フィリピンでも中国でも元気に夜遊びしていたときから比べると、大きく様変わりをしていました。

彼は、恵州にも「日本人会」が存在していることを教えてくれました。また、別途そのコンタクト先についても連絡してくれることになりました。

「友あり、遠方から来る、また楽しからずや」 こんな詩が浮かびました。そして、再会を約束してわかれましたが、今度はいつ会うことになるのでしょうか。
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by wata1150 | 2007-03-03 23:36 | 日記