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中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
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多倫路文化名人街

今日も、上海は良い天気です。工場の多くも稼動が止まっているせいか、空気の透明度も高く、青空も爽やかな青さで気持ちの良い日です。ちなみに、今は深夜ですが、上海の空に星が見えます。これはすごいことです。

朝起きて、何気なく観光雑誌を見ていたら、「多倫路文化名人街」の名前が目に入り、暇つぶしに出かけて見ました。

地下鉄3号線東宝興路から、2,3分歩くと突然”東横浜路”という名前の道路表記が見えました。観光雑誌によれば、この辺は旧日本租界のあったところで、家の作りもなんとなく古い日本のイメージです。
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そこから路地を抜けると突然に多倫路の丁度中ほどにでました。
丁度5月の黄金周で人出は結構多く、外国人だけでなく上海人もたくさんの人が散策を楽しんでいました。
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折りしも、中国各地から、石を室内装飾用に磨いたものを収集する好事家による展示会が行われていました。私は、そのような趣味は無いので、あまり積極的には見ませんでしたが、多倫路の魯迅公園側の入り口から、四川北路の出口まで、一杯に展示物を広げ、自慢したり、交換したり、販売したりしていました。
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魯迅公園側入り口から入り、程なくのところにある、路地を抜けると「中国左翼作家連盟記念館」という1925年に建てられた古い建物がありました。入場料5元を払って中に入ると、中国国民党時代に、社会主義思想を精神的に指導したと思われる多くの作家達の足跡が展示されていました。彼らの草の根の活動が、現在の中国社会主義体制の基礎となってきたのです。驚いたのはその作家たちのうち、数人は現在も存命であったことで、長い中国の歴史の中でも変化の激しかった時代が、遠い昔ではなく、つい数十年前の出来事であったことを、思い知らされます。
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更に進むと、左側に昭和30年代の日本を髣髴とさせるようなレトロなコーヒーショップがありました。町の中の喫茶店、近所のおじさんやおばさんが集まって四方山井戸端会議でもやってそうな場所です。残念ながら、私が行ったときには客は誰もいませんでしたが。
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更に行くと、洋館風の喫茶店兼レストランがありました。数名の明らかに外国人と思われる人たちが、テラスのテーブルでビールを飲みながら談笑していました。
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多倫路の両側には、古い石つくりのアパートが立ち並んでいます。いずれも1900年頃に建てられたもののようで
この付近の歴史を思い起こさせてくれます。
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この道路の両側には、多くの中国の文化人、著名人特にこの多倫路文化名人街の住んだ人たちの銅像があちらこちらに建っています。無論、私が知っている人の名前を見つけることは出来ませんでしたが。

魯迅公園側からブラブラ歩いて、約2時間、やっと四川北路側の出口に着きました。
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多分、普通に歩けば20分くらいで歩けてしまうほどの距離なのでしょうが、辺りを見回しながら、出店を冷かし、骨董品の品定めをし、喫茶店でコーヒーを飲みながらおしゃべりをしていたら、一日ぐらいはすぐにたってしまうのではないかと思うくらいのところでした。
by wata1150 | 2006-05-04 02:45 | 上海