中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

ブログ、満8年経過

e0026744_14493539.jpg


私が2005年に始めた、「TADAの上海日記」途中からタイトルを「TADAの中国滞在記」と改め、時折何かかにか、日々の思いや中国のこと、仕事のこと、時には旅行記などを書き続けてきましたが、ついに丸8年を経過、9年目に突入しようとしています。

以前、勤務していた会社を辞めたのは、60歳を過ぎてからの再就職は難しいであろうとおもい、また定年退職して家に引っ込んでしまっては、長生きもできないであろうと思ったからでした。そして57歳にして「定年扱い」ということで、わずかばかりの退職金をもらって辞めたのです。

まあ、住宅ローンが残っていて、退職金をすべてそれに充ててしまったら、あとは生きてゆくのに面白みがなくなるということもあり、また末の娘が大学を卒業するまでまだ数年あり、経済的に余裕がないので少しでもお金を稼ぐという、別の意味もあったのでしたが。

自分へのチャレンジという思いを持って、海外の会社に勤務したいと思い、幸い上海に仕事を見つけ、中国に渡ったのでした。それをきっかけにして、ブログ友達だったMさんの勧めもあって、ブログを始めたのです。上海の会社を一年で辞め、半年ほど日本で、休んでから、今の恵州の会社に入りました。

それからは会社の経営との戦い、恵州という中国の田舎の町での生活との戦い、そして日本と中国との考え方の違いとの戦い、反日デモや日本ボイコットなどの政治や経済上の問題など、絶え間なく押し寄せる諸問題と闘いながら、何とか生き延びてきました。それらの諸問題をすべてブログに書くことは、いろいろな他人への影響を考え、書くことを控えました。ですから、ブログに投稿した記事は
表面的な、面白くもないものも結構多かったと思います。それはすべての読者にお詫びをします。

しかし、私個人はそれを書いていたころの、実際の私の仕事上、その他の諸問題をすっかり思い出すことができます。どのように悩み、どのように解決され、どのように区切りをつけてきたのか。現時点で、それをブログ上で表現することはできませんが、いつの日か中国を去り、この会社を去った時、私に書く気力が残っていれば、書いてみようと思うのです。

ブログ開始9年目、中国生活も9年目になります。まだ、中国語もほとんどできず、何をするにも四苦八苦の毎日なのですが、会社のスタッフや知人友人に助けられ中国生活9年目を前向きに進んでいこうと思います。
[PR]
by wata1150 | 2013-07-07 14:42