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by wata1150
| 2014-09-09 17:33
茶卡塩湖から青海湖の食堂に戻り、夕食です。昨日予約しておいた羊の一頭丸ごとのバーベキューがメインです。


少し、硬いのですが、味が有り、中々美味しかったです。一頭丸ごとのバーベキューは少なくとも10人以上でなければ食べきれない程の量が有りましたが、日中十分に遊んだためか、すっかり平らげました。
早朝に青海湖の日の出を見に行きました。日の出は午前6時45分頃でしたが、早く起きて、カメラを構え、日の出を待ちました。

朝食の後、いよいよ西寧に向けて出発です。途中チベット仏教のお寺を見学して、それから西寧に一泊、明日、深圳に向けて帰る予定です。
青海湖の畔で、菜の花畑を見ました。

この辺りに住むチベット族の人たちは、羊を飼い、菜種畑を耕し、生活しているようです。羊の父を絞り、バターを作り、菜種油を絞り、ミツバチを飼い菜種の花の蜜を取り、生活の糧にしているのです。
湖畔のチベット博物館で、バター茶をご馳走になりました。


バター茶は、ミルクを温め、茶葉を入れてお茶にして、それからたっぷりのバターを入れて作り、飲むのです。今回は馬のミルクとバターで作ってくれたのですが、さっぱりとしていて、しつこさや脂っこさはなく、とても飲みやすかったです。チベット族の健康飲料なのでしょうね。
菜の花畑で写真撮影をしていて、変な動物を見ました。

角があって牛のようですが、毛深くて、おまけに真っ白。彼等は「マオニョウ」と呼んでいました。
毛牛なのでしょうか?観光客を乗せ写真に収まってくれます。一回20元は高いと思いましたが。
西寧に向けて走っていて標高3820mの峠を超えました。やはりそこにも公共トイレが有り、ドライブの休憩点になっていました。


3820mは、私の人生で、到達した最高点です。長時間留まったら高山病になりそうな息苦しさでした。日本の最高峰より150mも高いところにいるわけですから。
そして、最後の観光スポット「塔尓寺」と言う、チベット仏教のお寺にやって来ました。残念ながら、ここは撮影禁止になっていて、写真は残せなかったのですが、外観だけ。

夜は西寧のホテルで一泊、そして、明日早朝深圳に向けて出発です。


少し、硬いのですが、味が有り、中々美味しかったです。一頭丸ごとのバーベキューは少なくとも10人以上でなければ食べきれない程の量が有りましたが、日中十分に遊んだためか、すっかり平らげました。
早朝に青海湖の日の出を見に行きました。日の出は午前6時45分頃でしたが、早く起きて、カメラを構え、日の出を待ちました。

朝食の後、いよいよ西寧に向けて出発です。途中チベット仏教のお寺を見学して、それから西寧に一泊、明日、深圳に向けて帰る予定です。
青海湖の畔で、菜の花畑を見ました。

この辺りに住むチベット族の人たちは、羊を飼い、菜種畑を耕し、生活しているようです。羊の父を絞り、バターを作り、菜種油を絞り、ミツバチを飼い菜種の花の蜜を取り、生活の糧にしているのです。
湖畔のチベット博物館で、バター茶をご馳走になりました。


バター茶は、ミルクを温め、茶葉を入れてお茶にして、それからたっぷりのバターを入れて作り、飲むのです。今回は馬のミルクとバターで作ってくれたのですが、さっぱりとしていて、しつこさや脂っこさはなく、とても飲みやすかったです。チベット族の健康飲料なのでしょうね。
菜の花畑で写真撮影をしていて、変な動物を見ました。

角があって牛のようですが、毛深くて、おまけに真っ白。彼等は「マオニョウ」と呼んでいました。
毛牛なのでしょうか?観光客を乗せ写真に収まってくれます。一回20元は高いと思いましたが。
西寧に向けて走っていて標高3820mの峠を超えました。やはりそこにも公共トイレが有り、ドライブの休憩点になっていました。



3820mは、私の人生で、到達した最高点です。長時間留まったら高山病になりそうな息苦しさでした。日本の最高峰より150mも高いところにいるわけですから。
そして、最後の観光スポット「塔尓寺」と言う、チベット仏教のお寺にやって来ました。残念ながら、ここは撮影禁止になっていて、写真は残せなかったのですが、外観だけ。

夜は西寧のホテルで一泊、そして、明日早朝深圳に向けて出発です。
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by wata1150
| 2014-09-06 16:26
湖畔にたたずむコテージ風ホテル。
真ん中にリビングルーム、両脇にそれぞれシャワー、トイレ付きツインルームが有り、清潔で居心地よいホテルです。
早朝の青海湖湖畔。


北京オリンピックの時に、青海湖を周回するサイクリングコースが整備され、以降、中国での公式サイクリングコースになったそうです。

チベット族のモニュメントです。
朝食は、宿泊したホテルのバイキングビュッフェ。しかし、あまり品数がなく、牛肉麺だけ。ぬるい、しょっぱい。しかも、腰の無い麺。まあ、無いよりましか。

まず、最初の観光地に出掛けます。「茶卡塩湖」。ホテルから150kmほど離れた所にある塩の湖です。
マイクロバスは標高3817mの峠でトイレ休憩。

この道路は西寧から西に向かって走り、青海湖の湖畔を通り、チベット高原を抜けてチベットのラサまで通じています。標高3817m、外に出てちょっと歩くと、すぐに息が切れてしまいます。車も空気が薄いため、十分な馬力が出せず、喘ぎながら峠を超えて行きます。


ちなみに私はこの標高3817mで、記念にタバコを一本、吸いました。苦しかった。
こんな高地でも、チベット族の人たちは、羊を追いながら、生活しています。
やがて目的地の茶卡塩湖に着きました。

この湖は水は殆ど干上がって、塩の平原になってしまいました。塩は食用には向かず、工業用塩として採掘され出荷されています。観光地化され、塩を固めて彫刻モニュメントがたくさん作られていました。雪まつりの雪の彫刻モニュメントよりは白くは有りませんが、多くの人が写真を撮っていました。


真ん中にリビングルーム、両脇にそれぞれシャワー、トイレ付きツインルームが有り、清潔で居心地よいホテルです。
早朝の青海湖湖畔。


北京オリンピックの時に、青海湖を周回するサイクリングコースが整備され、以降、中国での公式サイクリングコースになったそうです。

チベット族のモニュメントです。
朝食は、宿泊したホテルのバイキングビュッフェ。しかし、あまり品数がなく、牛肉麺だけ。ぬるい、しょっぱい。しかも、腰の無い麺。まあ、無いよりましか。

まず、最初の観光地に出掛けます。「茶卡塩湖」。ホテルから150kmほど離れた所にある塩の湖です。
マイクロバスは標高3817mの峠でトイレ休憩。

この道路は西寧から西に向かって走り、青海湖の湖畔を通り、チベット高原を抜けてチベットのラサまで通じています。標高3817m、外に出てちょっと歩くと、すぐに息が切れてしまいます。車も空気が薄いため、十分な馬力が出せず、喘ぎながら峠を超えて行きます。



ちなみに私はこの標高3817mで、記念にタバコを一本、吸いました。苦しかった。
こんな高地でも、チベット族の人たちは、羊を追いながら、生活しています。
やがて目的地の茶卡塩湖に着きました。

この湖は水は殆ど干上がって、塩の平原になってしまいました。塩は食用には向かず、工業用塩として採掘され出荷されています。観光地化され、塩を固めて彫刻モニュメントがたくさん作られていました。雪まつりの雪の彫刻モニュメントよりは白くは有りませんが、多くの人が写真を撮っていました。

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by wata1150
| 2014-09-04 13:10
青海省、日本から見れば中国の中では馴染みの最も少ないところと思います。省都、西寧市。ほとんど知られていないのでは無いかと思います。私も、今回行って見るまでは知りませんでしたから。
今回、会社の幹部社員9名で、青海省を訪れました。

西寧空港に降り立つ前、機内から見た景色です。地表の高度はほぼ2000m程度なのですが、山には全く樹木がなく、荒野が波打っている感じです。

西寧空港に降り立つと、そこは全くの中国近代空港でした。
深圳空港をほぼ正午に出発、古都西安空港で乗り継ぎ、西寧空港にには夕方5時頃に到着しました。経度が北京より大分西になるため、夕方5時と言っても、まだ日中の明るさです。
これから、マイクロバスに乗っておおよそ300km、世界第二の塩水湖、青海湖に向かいます。

夜の9時過ぎ、3800mを越す峠を越えて、標高3200mの青海湖に到着です。早速地元の食堂で晩御飯。

パン、少し塩分が有る。美味しくは無い。空腹だったので食べたが。


遅い夕食だったため、偶然に出会えた、地元の家庭料理。パン以外はあまり抵抗なく食べることが出来た。ちなみのこの辺の住民は、モンゴル族、チベット族などの少数民族が殆ど。宗教も様々で、チベット仏教、イスラム教など。この夕食を食べた食堂はイスラム教で、豚肉、アルコール飲料はご法度。
今回、会社の幹部社員9名で、青海省を訪れました。

西寧空港に降り立つ前、機内から見た景色です。地表の高度はほぼ2000m程度なのですが、山には全く樹木がなく、荒野が波打っている感じです。

西寧空港に降り立つと、そこは全くの中国近代空港でした。
深圳空港をほぼ正午に出発、古都西安空港で乗り継ぎ、西寧空港にには夕方5時頃に到着しました。経度が北京より大分西になるため、夕方5時と言っても、まだ日中の明るさです。
これから、マイクロバスに乗っておおよそ300km、世界第二の塩水湖、青海湖に向かいます。

夜の9時過ぎ、3800mを越す峠を越えて、標高3200mの青海湖に到着です。早速地元の食堂で晩御飯。

パン、少し塩分が有る。美味しくは無い。空腹だったので食べたが。



遅い夕食だったため、偶然に出会えた、地元の家庭料理。パン以外はあまり抵抗なく食べることが出来た。ちなみのこの辺の住民は、モンゴル族、チベット族などの少数民族が殆ど。宗教も様々で、チベット仏教、イスラム教など。この夕食を食べた食堂はイスラム教で、豚肉、アルコール飲料はご法度。
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by wata1150
| 2014-09-03 11:06
過日、会社の幹部社員数名で恵州市内の、客家料理の店に行きました。この店の名物がスープなのです。スープは写真のような壺に入っています。これは一人前で、参加者各自で中に入れる具を選んでオーダーするのです。

スープメニューを見ると、最も高価なのは、冬虫夏草のスープ。一人前でなんと200元もします。
私が頼んだのは、サソリとヘビのスープ。一人前で、それでも70元でした。

滋養強壮の効果があるとか、メニューには書いて有りましたが。
肝心の味は・・・・? 実は、
ヘビやサソリはあまり味が無い感じ、スープは何と無く薬臭い感じで、美味しいとは言えませんでした。無論、完食できず。本当に滋養強壮効果が有るのかな・・・?と、思わずには、いられませんでした。
多分「次回」ということは無いでしょうね。

スープメニューを見ると、最も高価なのは、冬虫夏草のスープ。一人前でなんと200元もします。
私が頼んだのは、サソリとヘビのスープ。一人前で、それでも70元でした。

滋養強壮の効果があるとか、メニューには書いて有りましたが。
肝心の味は・・・・? 実は、
ヘビやサソリはあまり味が無い感じ、スープは何と無く薬臭い感じで、美味しいとは言えませんでした。無論、完食できず。本当に滋養強壮効果が有るのかな・・・?と、思わずには、いられませんでした。
多分「次回」ということは無いでしょうね。
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by wata1150
| 2014-08-24 04:30
Aさんは、私が以前勤務していた、M社で、私の中国内での活動をサポートしてくれていた方です。現在はシンセンに住み、あるアメリカ系のソフト販売会社の中国におけるリーダーをしているそうです。
夕方から紅花湖周回のサイクリングに挑戦しました。

さすがに夏真っ盛りの今、多くの市民が夕涼みに訪れ、中には湖で遊泳を楽しんでいる人もいました。
久しぶりに一周18kmの周回をやり、疲れました。Aさんはさすがに40歳前の若さで、こなしていました。
夕食後、近所の足マッサージに行き、たっぷり2時間やり、心も体もリラックスすることが出来ました。Aさんは車で来ていたので、遅くにシンセンに戻って行きました。サイクリングコースを気に入ってくれたようで、また挑戦すると話していました。
私も、体力維持のつもりで、またやろうと思います。
夕方から紅花湖周回のサイクリングに挑戦しました。

さすがに夏真っ盛りの今、多くの市民が夕涼みに訪れ、中には湖で遊泳を楽しんでいる人もいました。
久しぶりに一周18kmの周回をやり、疲れました。Aさんはさすがに40歳前の若さで、こなしていました。
夕食後、近所の足マッサージに行き、たっぷり2時間やり、心も体もリラックスすることが出来ました。Aさんは車で来ていたので、遅くにシンセンに戻って行きました。サイクリングコースを気に入ってくれたようで、また挑戦すると話していました。
私も、体力維持のつもりで、またやろうと思います。
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by wata1150
| 2014-07-20 23:08
2005年の7月,エキサイトブログで、ブログ開設し、2014年7月より10年目に突入しました。
当初は「TADAの上海日記」というタイトルでした。当初、上海にある会社に職を見つけたため、そんなタイトルにしたのでした。上海には一年しかおりませんでしたので、その投稿内容を振り返ると、上海を紹介する記事が多かったようです。
2006年12月から、広東省恵州市にある、現在の会社に入り、現在に至っています。これも当初一年ぐらいは恵州を紹介する記事が多かったのですが、徐々にあまり内容の無い記事になって来ています。それは、読んでいただいている方の範囲が広がり、読者をイメージすると、差し障りがあって、書きにくくなって来たこと、そして中国の情報規制のため、エキサイトブログではなかなかログインしたり投稿することが難しくなっていることなどが理由として挙げられます。
会社における私の位置付けも、マネージメントのメンバーになり、仕事に関することは書きにくくなって来ました。また、数年前に以前のオーナーが会社を売却し、現在、更に転売すら検討されています。そう言った激動の中、私の投稿意欲もなかなか高揚しない状態が続いています。
そんな中で10年目に突入しました。気持ちを新たにして、私の周辺に起こることを見つめながら、書き続けようと思います。私が中国を去る日まで。
当初は「TADAの上海日記」というタイトルでした。当初、上海にある会社に職を見つけたため、そんなタイトルにしたのでした。上海には一年しかおりませんでしたので、その投稿内容を振り返ると、上海を紹介する記事が多かったようです。
2006年12月から、広東省恵州市にある、現在の会社に入り、現在に至っています。これも当初一年ぐらいは恵州を紹介する記事が多かったのですが、徐々にあまり内容の無い記事になって来ています。それは、読んでいただいている方の範囲が広がり、読者をイメージすると、差し障りがあって、書きにくくなって来たこと、そして中国の情報規制のため、エキサイトブログではなかなかログインしたり投稿することが難しくなっていることなどが理由として挙げられます。
会社における私の位置付けも、マネージメントのメンバーになり、仕事に関することは書きにくくなって来ました。また、数年前に以前のオーナーが会社を売却し、現在、更に転売すら検討されています。そう言った激動の中、私の投稿意欲もなかなか高揚しない状態が続いています。
そんな中で10年目に突入しました。気持ちを新たにして、私の周辺に起こることを見つめながら、書き続けようと思います。私が中国を去る日まで。
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by wata1150
| 2014-07-15 21:49













