中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
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タグ:健康・医療・病気 ( 11 ) タグの人気記事

散歩道を歩いて、やはり、実際の歩行距離を知りたくなり、測定することにした。

方法は?自転車を使うのである。私は、横浜に勤務していたときに、よほどの悪天候の時以外は自宅から会社まで2年間くらい自転車で通勤していた。運動不足解消がその目的であった。綱島の自宅から横浜線鴨居駅の近くの会社まで、鶴見川土手沿いにサイクリング道路があり、車に邪魔されずに走ることができた。マウンテンバイクを購入し、夜間走行用に光量の大きなライトをつけ、速度、走行距離などを表示するメーターを取り付けた。片道約10kmほどの道を毎日自転車で走った。夏は無論、冬でも、片道10kmを走ると全身汗まみれになり、会社に着くと下着から全て着替え、場合によっては会社のトレーニングセンターにあったシャワーを使った。家に帰ると、シャワーを使い、下着やトレーニングウェアーの洗濯をした。

この自転車を使い、散歩道を走ることで、歩行距離を測定するのである。
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散歩コースは現在Aコース、Bコースの二つであるが、今日はAコースを走ってみた。
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赤い線が、散歩コースである。団地内の環状道路を歩くコースで歩道だけを歩くし、車はほとんど走らないので、歩くにも、自転車で走るにも比較的安全である。

Aコースは一周5.30kmであった。このコースは歩くと約一時間で歩くことが出来る。が、アップダウンがあって、自転車で走るには結構きつく、足の筋肉への負担がある。

明日はBコースを走ってみるつもりである。
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このコースは団地の入り口まで長い下り坂をおり、帰りにその長い坂を上ってくるコース。自転車では、登りきれるかどうか。

今日、自転車に乗ったのは本当に久しぶりだった。昨年一年は上海だったから、自転車に乗ったのは昨年3月以来、一年半ぶりである。乗ってみて、脚力がかなり落ちていることに愕然とした。気持ちは頑張っても、足が頑張ってくれないのである。歩く以外に、筋肉増強の為、せめて仙台に居る間だけでも、自転車に乗ろうと思った。

Bコースは6.3Km、結構な距離、おまけに半分は、上り坂続く、自転車ではとてもきついコースでしたが、歩くには、目標時間が一時間という、なかなか良いコースと思えた。
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by wata1150 | 2006-08-22 02:06 | 日本滞在記

日本滞在記ー12 散歩

日本に帰国後7週間が過ぎました。7週間というのは、「まだ7週間」という感じと「もう7週間」という感じと両方があります。私の感覚としては「まだ7週間しか経っていない?」という感じが強いです。それだけ毎日が長いのかもしれません。

先週東京に出かける機会があり、ついでに持病の糖尿病で長くお世話になっているドクターの診察を受けてきました。糖尿病が発覚してから、8年間くらいが過ぎています。糖尿病専門医の資格を持つ東急東横線日吉駅前にあるI内科クリニックにお世話になり始めて8年です。空腹時血糖値は120くらいだったのが今は160から180くらいになり、A1C値も7%くらいから、悪い時は10%を超える値になったこともありました。が、そのたび薬を変えたり、運動量を増やしたり、食事制限をしたりしながら対処し、何とかA1Cで8%以下を維持できるように頑張ってきたのです。

が、今回の検査では帰国後血糖値もA1Cも急激に悪くなっていました。これはずっと家に居て、あまり運動もせず、食べては寝る生活パターンになり始めていたからだと思います。ドクターに食事制限と、運動を常習化するように厳命を受けました。

妻にそれを話し、今日から少なくとも日本に居る間、夕方に散歩をすること、カロリー制限する為肉食中心から、野菜中心の食事に変えてゆくことにしました。また、ご飯は小さなお椀に変え、さらにお代りなしで一杯だけとすることにしました。私が一人で家に居るとゴロゴロしているだけで運動をしないため、妻が時間を見て散歩に誘ってくれるようにするとの事。三日坊主になるかもしれませんが、続けられる限りやってみようと思っています。

幸い我が家は丘陵地帯にあり、上り下りのあるいい散歩コースになりそうです。今日は約6kmを一時間強をかけて歩いてみました。結構体が程よく汗ばみます。妻は一緒に歩いて、多少息が上がっていたようです。運動量はまあまあ十分だと思います。近々にカメラを持って散歩コースを歩き我が家の近所を紹介できるだろうと思います。
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by wata1150 | 2006-08-13 22:12 | 日本滞在記
毎日寒い日が続きます。 仙台では日中の最高気温が20度を切る日もあります。天気予報では23日まで続くようです。

一週間前、異様に背中が痒く、娘に背中を掻かせました。左上半身が重苦しく特に肩甲骨周辺に痛みがありました。妻と息子に背中を見てもらうと虫刺されのような斑点があり、全体に赤くはれているとの事。数日様子を見ることにしました。ところが、日を追って痛みは激しくなり、背中だけではなく胸にも痛みが感じられ、また耳鳴りも感じられるようになって来ました。さらには、背中の腫れは大きくなり、痺れも出てきました。よほどの悪い虫に刺されたのか・・・とおもい、ひどくなり、立っていることさえ苦痛になってきました。

パソコンのキーボードを打ったり、マウスをクリックするにも苦痛を伴なうようになりました。妻に、話して皮膚科に行ってみることにしました。皮膚科に行ってみると、結構多くの患者さんが平日にもかかわらず詰めかけており、受付に聞くと1時間半から2時間待ちとの事。しかし、やっとの思いで車を運転してきて、ムダに帰って、もっと重くなってはいけないと、症状を話し、2時間待ちをすることにしました。10分くらい待ったでしょうか。あまりに苦痛に顔をしかめていたのがわかったのか、突然診察室に呼ばれ、ドクターに見せました。

一言「帯状疱疹」! 「え?それ、虫刺されじゃ無いってこと?何かの病気?」すると先生曰く「水疱瘡と同じウイルスにより引き起こされる発疹」とのこと。ドクターはそれだけ言うと、処方を看護婦さんに言い、私に「薬を出すから、飲んでください。抗ウイルス薬です。」といって、患者さんの待つ別の診察室に引き上げていきました。

近くの薬局に行き、処方箋に書かれた薬を購入しました。この薬が驚くほど高いのです。3日分、1日3回、一回2錠、計18錠で3600円、でした。保険が無ければ12000円、一錠200円です。しかし、体の苦痛には勝てず、お金を払って帰りました。

妻にその話をすると、彼女は「帯状疱疹」という病気を知っており、「雅子妃殿下がかかった。」とか、「近所のNさんもかかった」とか言い、「痛いらしいよ」とか、彼女の知識の範囲で教えてくれました。薬学部の息子も「神経が侵されて痛むので、痛み止めは無いよ、我慢するしかないね。」とか、数日で治まると思うから、我慢するしかないよ」と冷たく言い放ちます。神経痛の痛みと同じなので「温泉やお風呂に入ると痛みは緩和される」とか「今は連日寒いから、痛みはきついかも」と教えてくれます。事実、背中はものすごく”重く痛い”感じなのですが、お風呂に浸かって汗がで出すとスーッと楽になるようです。

糖尿病で免疫力が低下していること、退職し再就職が出来ていない状況でストレス疲労があることなどが、発病の引き金になったようです。調べてみるとこの「帯状疱疹」というのは、結構ポピュラーな病気のようです。

まだ10分間もパソコンを触るのは苦痛で、この投稿を書くのにも、5分書いて2時間休み、又5分書くような状況で書いてます。来週には多少治まっていることを期待しながら。

帯状疱疹詳細は以下のページがわかりやすいかも。
http://www.suita.saiseikai.or.jp/kakehashi/hifuka/no-1/houshin.htm
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by wata1150 | 2006-07-21 18:53 | 日本滞在記
千葉から、仙台まで帰る途中、私が横浜に持っているワンルームマンションの賃貸の件と、糖尿病の主治医に会うため、横浜に寄りました。朝、前日宿泊した津田沼のビジネスホテルから東急東横線日吉に向かいました。日吉でドクターの診察を受け、不動産屋さんと話をし、昼食を摂り、綱島の駅前の喫茶店でコーヒーを飲んでいたとき、その電話はなりました。

電話は妻からでした。長男が入院したと言うのです。「再発したのか?」と私。「そうらしい」と妻。「わかった。明日の朝、弘前に行く」

私の長男は、昭和53年の生まれです。現在は27歳、今度の誕生日が来ると28歳になります。彼は小さい頃から病気がちでした。小さい頃は喘息で苦しみ、小学校に入る前までは、夜眠ると咳で起き、眠れない為、私はよく彼を膝に抱き、彼は私を背もたれにして、眠りました。小学校に入っても症状はよくならず、頻繁に喘息を起こし、チアノーゼを起こした彼を、深夜に救急病院に連れて行きました。小学校の6年生の時には、私の実家のある宮城県の国立病院の喘息児病棟に一年間入院しました。学校を併設した専門病棟です。当時私たち家族は川崎市に住んでいましたが、川崎では喘息は悪くなっても良くはならないから、空気の良いところに引越しをした方が良いのでは、とのドクターの勧めで、宮城県の西部にある、現在の家を購入し、引越しました。私は仕事は横浜でしたから、私が単身赴任で横浜で生活することにしたのです。中学に進んだ彼は、喘息が全く無くなったわけでは有りませんでしたが、それでも大分頻度が少くなり、体力もついてきて、落ち着いた生活が出来るようになりました。

彼は、自分が病気がちであったことで、いつか医者になる夢を持ち、それなりに勉強するようになりました。が、大学受験で最初の年は学力不足で、いわゆる浪人生活を余儀なくされました。2年目に弘前大学の医学部を受験し、運良く合格し弘前にて単身学生生活を送るようになりました。大学一年の夏、彼は体調不良を訴え、事実体重も十数キロも減少し、仙台の家に夏休みを利用して帰ってきました。大学に入ったことによる、安心感や、単身生活を送る不安感、不規則な生活を送っていることなどによる体調不良と軽く考えていました。近所の病院に行き、いろいろな検査をしましたが、特に異常は発見できませんでした。

しかし、不安があったため、近所の病院から紹介を受け、仙台では紹介患者や、病名が特定できない困難な病気などを専門にしている、ある大病院に入院したのです。そして、内視鏡検査など様々な検査を受け、告げられた病名は”クローン病”。大腸に潰瘍ができているとのことでした。私はこの病気を知りませんでした。ドクターに教えてもらったことは、”特定難治病”として指定されており、治療費は国庫負担であること、現在治療法が発見されておらず、完治は不可能であること、一旦症状が治まっても再発すること、症状を緩和させるには水を含み完全絶食しかないこと、症状が治まっても、食事制限は継続されなければならず、ほとんどの食べ物は食べてはいけないこと、などを聞かされました。また、発病者は10万人に1人くらいの確率であること、20歳から30歳くらいの若い人にのみ発病し、高齢になると、ある程度収まってしまうことなどを知りました。

幸いにも、彼が在学する弘前大学はクローン病の治療や研究で日本国内では比較的進んでいる大学との事。早速、弘前に戻り、仙台の病院の紹介状を持って入院しました。胸に穴を開け、肺静脈に直接栄養材を流し込み、口からは水を含む一切の摂取をやめ、症状の緩和を待ちました。その年は、どうにか持ちこたえましたが、翌年、再度発症し、留年を余儀なくされました。そして翌年にはついに手術をし、大腸の患部を15cmほど切除しました。しかし、大学の単位は取得できず、2回目の留年、翌年も前年の影響から、勉強が間に合わず3回目の留年をしました。しかし、その後何とか勉強も追いつき、現在は5年生で、実習を中心に頑張ってきました。

そんな最中の再度の発病、再入院でした。私と妻は車で仙台から弘前に行き、本人の顔色を見、ドクターの話や、治療方針、治療方法についての話を聞きました。今は、症状はそれほどひどい状況ではないこと、ただし、放置すれば再度手術をするようになること、来年に医師の国家試験を控えていることから、何とか今のうちに抑えておき、来年に再発症をしないようにしたいこと、などの状況から、数年前から世界各地で使われるようになってきていた新薬”レミケード”という免疫抑制剤を使うことを提案されました。国内でも最近はよく使われるようになっているようですが、まだまだ実績は少なく、弘前大学でも80数人の患者の中で使用しているのは13人に過ぎないとのことでした。また、多くの副作用が想定されている為、かなり十分に管理されている状況でなければ使えないことなどを説明されました。私個人は使うべきと思いましたが、息子にその選択は任せるべきと思いました。同じ医学の世界に身を置こうとしている事、27歳と言う、十分に自分で決断できる年齢に達していることなどが、その理由ですが、妻は万が一の不安を打ち消せず、非常にナーバスになっているようです。弘前に一泊し、息子の顔をみて、仙台に戻ってきました。近日中に息子は自分なりの結論を出すでしょう。

現在、私の家族は、様々な病気を抱えています。私は糖尿病で7~8年薬を飲み続けていますし、妻はリウマチです。大学4年の次男は先日病気ではないものの”脂肪肝”を指摘されました。こんな中でも、何とか仕事をし、学業に励み、日々の生活を送っているのです。最近では早く子供たちが卒業し、社会人になって自立し、私の経済的負担、病気などの心理的負担が軽くなる日を夢想することが時々あります。

そんな中での就職活動が続きます。
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by wata1150 | 2006-07-02 23:28 | 日本滞在記

上海に戻ってきました。

一泊2日の慌しい日本出張を終え、昨夜上海に戻ってきました。上海は東京に比べ幾分肌寒い感じです。

一昨日、朝浦東空港で、少しゾクゾクッとしたのでやばいかな?と思ったら、案の定、昨日は少し熱が出て、喉が痛みました。成田空港に行く前に、いつもの薬と風邪薬をもらおうと、日吉の
かかりつけのドクターのところに行きました。ところがドクターは学会に出かけたとかで休診。やばい!折角来たのに休診とは!そこでいつも薬をもらっていた調剤薬局に行き、ドクターに連絡を取ってもらったのですが、やはりダメ。
薬局のおばさんに事情を話しました。2ヶ月に一回出張時にドクターの診察を受け薬をもらっていること。いまは、上海勤務なので、簡単に、別の日に来るわけにはいかないこと。もらっている薬は医師の処方箋がないと、絶対にもらえない種類の薬であること。更に風邪気味なのだが、事故免疫力が落ちているため、通常は風邪薬だけでなく抗生物質を併用しないと直りにくいこと、など。で、どうしたらよいかと相談したのです。

さすが、薬剤師さん、別の近所の内科を紹介してくれ、再度事情を話すように教えてくれました。

近所なのですが、初めてのところで、再度、ドクターに事情を説明すると、快く聞いてくださり、いつものドクターと同じ処方を処方箋に書き、更に抗生物質を含む風邪対策の薬を処方していただき、何とか目的を達成しました。

こんなややこしい話は、中国でやろうと思っても、多分どうにもならなかったでしょうし、自分でもあきらめるパターンだったと思います。昨夜は、薬を飲み、ぐっすり寝たせいか、今日は幾分体調も戻ったようです。

薬剤師のおばさんのサジェッションでもう一つ。いつも使っている薬は、副作用として空腹感が出るのだそうで、そこで食べてはいけないのだそうです。そして3KG痩せたら、指数が目標値になるから、やってごらん!というのです。何か妙に納得性があったので、今日から、毎日体重計に乗り、3KG痩せることにトライします。目標体重80KG以下です。

今日は、蘇州に出張です。朝8時半の電車で行く予定でしたが、先方の都合で3時からの会議、12時半の電車で出かけます。
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by wata1150 | 2006-04-15 10:40 | 日記

風邪です。

昨夜から、少し寒気と咳やくしゃみ、そして喉がいがらっぽい徴候がありました。
今朝、起きると、体がだるい感じです。やばい、風邪だ、と直感的に感じます。
朝、浅草のホテルから御成門のオフィスまで行き、そこから近所にある芝病院に直行しました。
いつもは二人のドクターが外来を見るのだそうですが、あいにく今日はそのうちの一人が都合で休診、そのため2時間半も待たされてしまいました。やはり風邪との診断でした。喉が真っ赤に腫れているとのこと。

私は糖尿で、風邪を引きますと、安静にしたり、通常の感冒薬の服用では治りません。自己免疫力が低下しているためです。足なども怪我をすると、なかなか治らず、単純な切り傷などでもすぐ化膿してしまうのです。インフルエンザなどのウイルスなどに感染したら一大事なのです。ですから、常に抗生物質は必要なのです。

そのことを先生に言うと、迷い無く、抗生物質と、消炎剤、鎮痛剤、咳止め、トローチ(消毒薬)、感冒薬を2週間分処方してくれました。通常は一週間あれば普通の人であれば、治るのだそうですが、私の場合は2週間はかかると言うのです。おまけに、処方箋のコピーも別にくれて、上海で必要であれば参考になるでしょう、とのこと。親切なドクターでした。ま、これほどの薬漬けにすることもないでしょうが・・・。

午後、私の以前に勤務していた会社に元の同僚をを訪ねました。その会社も、最近は海外販売が不振で、この3月に大幅な組織改革を断行しようとしています。私の元同僚も数人は転勤を余儀なくされ、関西に移動します。私は、彼らが開催する解散会には上海にいる為、出席できません。そのため、今日の訪問となりました。

会社も市場や世界の動向により、日々変化しています。その中でサラリーマンは、あっちに移動、こっちに移動とめまぐるしく変わらなければいけません。組織と言う大きな機械の一部品であることを、痛感する瞬間でもあります。利益追求集団である以上は仕方が無いことです。

中国のあるローカル企業の工場の責任者として長年働いていたKさんが、その企業を退職し、日本に帰ることになったと言う話を聞きました。彼もまた、組織の一員であったわけで、組織が彼を必要としなくなったときには、辞めるしかないのです。ま、彼の場合は、またその経歴や能力を生かした次の仕事を見つけるでしょうが。

私とて、安穏と現在の状況の上に胡坐をかいて入られない、会社のせめて重要な歯車で、簡単に交換はできない部品にならなくては、と思います。

明日は、夕方便で上海に戻ります。
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by wata1150 | 2006-03-14 00:48 | 日記
W氏は、私が以前勤務していた、M社の同僚で、いまはやはりM社を退職し、S社に顧問として勤務しており、今回は上海に長期出張で出かけてきたので、休日を利用して我が家にも顔を出してくれたのです。彼の会社は、日本に本社があり、上海の松江区に工場があります。松江区の工場のそばに会社の寮があり、彼はそこに寝泊りしているそうで、普段は週末でも工場が動いている為、休むことは少なく、工場に出勤しているのだそうです。
今日は、上海体育館のところまでタクシーで来て、地下鉄で中山公園まで来てもらい、そこでピックアップしました。

我々の年代で、久しぶりに顔をあわせて話すと、昔の同僚の消息と会社の動向はどうしても中心的話題になってしまいます。会社のT元常務、欧州地域の販社の社長になって赴任したT氏、シンガポールに住んでいる元営業のL氏、同じく元営業のA氏やT氏、など次から、次から懐かしい名前が飛び出してきます。蘇州の工場に転勤したN氏、T氏などの話しになると、次回、時間を作って蘇州に会いに行こうとか。また、会社が、利益が少なくて事業方向の転換をせざるを得ないとか、リストラが計画されているとか、どこどこ工場の閉鎖が検討されているとか。

そんな中、アメリカに駐在し、私がアメリカに出張したときはいつも面倒を見てくれた某氏ががんで亡くなった話が出たときは、少しショックでした。カリフォルニアで、銀色のトヨタ スープラの3リッターツインターボを乗り回していたことを思い出しました。岩手県に工場があり、工場のマドンナ的存在だった女性を娶り、アメリカから帰国後、M社を退職し、その後ソフトウエアーの世界的メーカ MS社の日本法人に就職し、元気にやっていたのに。私より大分若かったのですから、奥さんもまだ、若いはずです。
また、一時、私の上司で、腎臓を悪くし、がりがりに痩せてしまい、最後は透析までやっていたT元課長、数年前に亡くなった話。

気が付けば60歳を目前にしている我々の年代で、昔の同僚や先輩、後輩の話題の中では、亡くなられた方々の話題も相当多くなっているのです。また、寝付くほどではないにしても、何かしらの病気を抱えている人が、いつの間にか多くなっているのです。会社にいるときに、寝る間も惜しんで仕事をしたり、疲れていても休日出勤をして何とか計画をこなしたり。飛行機に何度も乗って、海外や国内を飛び回ったり。気が付かない無理を相当に体に課して、長い間仕事をしてきたのですから、仕事から解放されたとたんに体のあちらこちらの異常に気が付くこともあるのです。治療を始めたときには時既に遅かったなどという事例も多々あるのだと思います。

私自身もいわゆる生活習慣病と総称される病を持っています。定期的にドクターの診察を受け、血液検査をし、年に一回はドック検診を受け、適切な治療をしながら生きています。上海にいて、日本の先生の治療を受けられないから・・・などと言う言い訳は出来ません。言い訳をして、治療を怠ったら、結果は間違いなく自分のところに帰って来ます。
出来るだけ体をいたわり、適当な運動を行い、規則正しく栄養バランスを考えた食事を取り、しっかり薬を飲むこと。
これが、今私が自分に課している対処法です。これらをしっかりやった上で、仕事も、しっかりこなさなければならないのです。

彼と、昼食をとりながら、そんな話題で2時間も話しこんでいることに気が付き、二人で苦笑いをしました。もっと楽しい話をしなくては。夢のある話を・・・。

今日は、中国では小正月。またしても、花火と爆竹の音があちらこちらで響いています。
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by wata1150 | 2006-02-12 23:08 | 日記
今日、在中国日本大使館よりE-Mailが届きました。
内容は”鳥インフルエンザ”に対する注意喚起です。

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メール配信サービス
 在中国日本国大使館からのお知らせ
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 中国における高病原性鳥インフルエンザの発生状況
 ~ご注意を:鳥から人への感染報告3例~

 中国各地で鳥インフルエンザが発生していますが、中国政府は、11月16日及び23日、鳥インフルエンザの鳥から人への感染を確認、死者の発生を公表しました(3名感染、2名死亡)。人から人への感染はまだ確認されていませんが、十分な注意が必要です。
 在留邦人の皆様におかれては、正しい情報をこまめに確認し、日常生活上で可能な範囲の予防をしていただくようお願いします。

1.最近の発生状況(中国政府発表)
 中国各地で広範囲にわたって次の通り、鳥インフルエンザ(H5N1型)の発生が確認されています。
・発生地域 
 遼寧省(錦州市、阜新市、黒山県)、湖北省(京山県、孝感市、石首市)、安徽省(准南市)、新疆自治区(澤普県、ウルムチ市、和田市、半泉市、トルファン市)、山西省(孝義市)、内蒙古自治区(ダフール族自治旗)、寧夏自治区(銀川市)、雲南省(礎雄市)

2.人への感染(中国政府発表)
 ・11月16日、人への鳥インフルエンザ(N5N1型)感染病例2例(湖南省湘潭県1例、安徽省安慶市1例、うち安徽省の事例は死亡)
 ・11月23日、人への鳥インフルエンザ(N5N1型)感染病例1例(安徽省休寧県、死亡)

3.日常生活上のご注意
 中国に滞在・旅行される方におかれては、日常生活上次のようなご注意をお願いします。
(1)石けんでの手洗い、うがいなど通常の感染症予防対策を励行すること。
(2)生きた鳥に近寄らない、できるだけ飼育しない、死んでいる野鳥などに触れないこと。
(3)ウィルスは加熱(70度で5分間)により死滅しますが、冷凍では死滅しないので調理時は十分な加熱をし、卵や調理道具は十分洗浄すること。
(4)できるだけ発生地域への旅行は控え、旅行する場合は特に外務省海外安全ホームページ、感染症関連情報等を確認すること。 

4.予防接種について
 鳥インフルエンザウィルスは、例年流行するインフルエンザウィルスとは違います。しかし、初期症状(高熱、全身の痛み)が似ているので、発熱時に混乱が予想されます。鳥インフルエンザ感染予防にはなりませんが、インフルエンザ感染予防及び混乱を避けるため、12月上旬頃までのインフルエンザ予防接種に意義があるとされています(6ヶ月未満の乳児を除く)。接種後、体内に抗体ができるまで数週間かかりますので、接種する場合はお早めに。
 北京市内では、費用は、概ね100元~200元のようです。北京の中日友好病院国際医療部では留学生割引価格(100元)があります。

5.鳥インフルエンザ(高病原性鳥インフルエンザ)とは  ~省略~

6.抗インフルエンザ薬「タミフル」 ~以降省略~ 

こんな内容です。
上海に着任し、総領事館に在留登録をしたときに、E-Mailでの情報配信を依頼しておいたのですが、最初のメールがこれでした。

現在、中国では、日本人の話の中には鳥インフルエンザは話題に上りますが、中国人の話題にはあまり上っていないようです。(正確ではないかもしれません。) が、大使館からの連絡が有るくらいですから、実際はもっと感染者があり、状況は深刻なのかもしれません。

私は携帯電話に中国のニュースが配信されるようにセットしてあり、ニュースや天気予報は毎日配信されてきます。今日のニュースは黒龍江省の化学工場の爆発事故による松花江の汚染で水道水の供給が停止されていると言う話でした。
が、今のところ、鳥インフルエンザに関するニュースは配信されていません。

以前にも書きましたが、中国は正しい情報がなかなかわかりにくい国です。大使館メールなどは信頼できる情報ソースのひとつです。
私も、次回の帰国時にはインフルエンザの予防接種を受けようと考えています。
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by wata1150 | 2005-11-25 22:43 | 日記
9月にも風邪を引き、やっと治ったと思ったら、また風邪を引いてしまいました。
夜遅くまでお客さんの接待で日本料理を食べ、そのあと帰宅したのですが、どうも、会食前から調子が悪くなり、会食中は必死の思いで鼻水をハンカチで押さえていました。家に戻ってから”柴胡散”という、漢方薬を飲み、あわせて、日本から持ってきた”感冒薬”を飲みました。が朝、出社間際に検温すると、37度2分、これでは仕事にならないと、近くにある日本人向けクリニックに出かけました。
近くにある”太陽広場”というビルの一階にあります。入ってみると、こぎれいで、日本にあるクリニックよりも清潔そうです。入ると、受付カウンターがあり、初めてなのですが、風邪を引いたようなので・・・、と伝えると、カルテと問診票に記入してください、とのこと。なんと非常に上手な日本語を話す、中国人の女性です。
心配な支払いの件を聞いてみました。日本の健康保険適用可能。この場合は診断書を日本で健保に提出すれば、お金が戻ってくる。但し、3割は本人負担。
クレジットカード付帯の海外損害保険、障害保険なども適用可能。同じく診断書を日本で提出すれば、お金は戻ってくる。一番簡単なのは、日本を出るときに障害保険や損害保険に入ってから出国すること。その保険証券を持参すれば、あとは何もいらない。傷害保険や損害保険は全額保険会社で負担するから、個人負担はなし。但し、私のように、以前から病気治療を受けていた場合は、その病気の治療費はでません。健康保険で処理できるとの事。
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さて、カルテと問診票を書き終わって、提出すると、再度問診しますとの事。問診カウンターがあり、なんと日本人の女性が、症状、既往症などを事細かく聞き、書き入れていきます。で、診察券が発行され、あと、30分くらいで、診察できますのでお待ちください、と説明を受け待合室のベンチへ。
診察室は5室ほどあったでしょうか。ひとつを除いて、全て日本人のドクターの名前が書いてあります。30分と言われましたが15分も待たずして、名前を呼ばれ、診察室の一室へ。通常の日本のクリニックと同じ手順で聴診器をあて、呼吸音を聞き、のどを調べ、”風邪でしょう”とのこと。私は糖尿なので、免疫力が弱いので、抗生物質の点滴をしていただけますか?と聞くと、ここでも点滴はできますのでどうぞ、と、看護婦さんの後について処置室の奥の点滴室へ。
これまた、日本語がすごく上手な中国人の看護婦さんが、慣れた手つきで”ちょっとチクッとしますよ”と言いながら点滴の針をいれ、30分で終わりますので、ゆっくりしてください、と言って戻っていきました。点滴の機材は、完全に使い捨てで、日本と同じ清潔度ですから心配は無いとの事。
30分をちょっとすぎたところで、点滴終了。待合室に戻り、待つこと2-3分、名前を呼ばれ、薬局で薬をもらう。抗生物質、消炎剤、咳止め、総合感冒薬を一週間分もらって、会計へ。
金額を聞いて”ガーン”。1700元(約24000円)なり。初診料580元、治療代と薬代で1120元ということ。ま、日本で医者にかかれば初診料込みで、健康保険で、5000円から6000円程度か。ま、そんなもんだろう。クレジットカードでの支払い可能とのことで、一安心。
で、診断書(別に100元必要)は自宅に2-3日で郵送するとの事。
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で、一旦ベンチに座ると、薬をチェック。な、なんと。全て中国の製薬会社製で、薬の名前も漢字表記。アチャー。どんな薬なのか、調べられないかも。ま、仕方が無い。ここは中国。
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by wata1150 | 2005-10-28 21:16 | 上海
急に涼しくなったと思ったら、昨日から鼻水が出るようになり、体がだるいのです。風邪かな?と思い、体温を測ると36度8分、微熱です。きっと夏の疲れ、新しい生活環境での疲れがあるところで、急な気温の変化で風邪を引いてしまったものと思われます。のども多少いがらっぽく、くしゃみもでます。
糖尿病の持病があるTADAとしては、のどなどに炎症を起こすと自分の免疫性による力では治すことはできにくいのです。抗生物質を必要とします。幸い、日本から来るときに抗生物質を持ってきていましたので、早速、風邪薬とともに服用、多めに水を飲んで、夜は早く休みました。
今日はまだ、直っていないのですが、悪くはなっていないようです。数日間、ビタミン剤と風邪薬、それに抗生物質を服用して辛抱するしかなさそうです。
インターネットで調べたら、上海のあるスーパーの薬局では、日本の抗生物質を医師の処方箋無しに売ってくれるそうです。正しいことではないのでしょうが、明日、そこのスーパーで多めに購入しようと思います。何せ、医者にかかるのは、言葉の壁があり、苦痛が伴ないます。
これがコレラのような伝染病だったら大変です。どこの病院へ行き、病状をどのように伝え、入院が必要ならどのようにするのか、考えると大問題です。風邪くらいと軽く考えず、しっかり直すに越したことはなさそうです。
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by wata1150 | 2005-09-26 22:39 | 日記