中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
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中国 12花神

蘇州水郷風情民俗園に記されていた十二花神は以下の通りでした。
正月 梅芲神 壽陽公主
二月 杏芲神 楊貴妃
三月 桃芲神 息夫人
四月 牡丹芲神 麗娟
五月 石榴芲神 衛鑠
六月 荷●神 西施 (●は読めませんでした。)
七月 葵芲神 李夫人
八月 桂花神 徐恵
九月 菊芲神 左貴嬪
十月 芙蓉芲神 花慈夫人
十一月 山茶花神 王昭君
十二月 水仙芲神 洛神

これをある中国のHPで調べてみるとこんな物がありました。

正月˙梅花~花神壽陽公主
梅花的花神相傳是宋武帝女兒陽壽公主。在某一年的正月初七,陽壽公主到宮裡梅花林賞梅,一時困倦,就在殿簷下小睡,正巧有朵梅花輕輕飄落在他前額,留下五瓣淡紅色的痕跡。陽壽公主醒後,宮女都覺得原本嫵媚動人的她,又因梅花瓣而更添幾分美感,於是紛紛模仿,以梅花印在額上,稱為「梅花妝」。世人便傳說公主是梅花精靈變成的,因此陽壽公主就成為正月的花神。

二月˙杏花~花神楊貴妃
杏花的花神相傳是楊貴妃。楊貴妃雖然身繫唐玄宗的三千寵愛於一身,但是在安史之亂時,馬嵬兵變,玄宗不得已應軍士之求殺了楊貴妃。當時,眾人將楊貴妃的屍體懸掛在佛堂前的杏樹上。平亂之後,玄宗派人取回屍骨時移葬時,只見一片雪白的杏花迎風而舞。玄宗回宮後,命道士尋找楊貴妃的魂魄,此時的楊貴妃已在仙山上,司職二月杏花的花神了。

三月˙桃花~花神息夫人
桃花花神最早相傳是春秋時代楚國息候的夫人。息候在一場政變中,被楚文王所滅。楚文王貪圖息夫人的美色,意欲強取,息夫人不肯,趁機偷偷出宮去找息候,息後自殺,息夫人也隨之殉情,此時正是桃花開遍的三月,處人感念息夫人的堅貞,就立祠祭拜,並稱他為桃花神。

四月˙牡丹~花神李白
牡丹花神傳聞甚多,或說貂蟬,或說麗娟(漢武帝的寵妃),但已李白最為知名。有一回,唐玄宗偕同楊貴妃在沉香亭賞牡丹,一時興起,宣李白進宮寫三章「清平樂」的詞。李白接旨時,宿醉未醒,上殿時故意要太監高力士脫靴、楊貴妃磨墨,隨即寫下文明於世並使他成為牡丹花神的三首「清平樂」:
「雲想衣裳花想容,春風拂檻露華濃;若非群玉山頭見,會向瑤台月下逢。」
「一之紅艷露凝香,雲雨巫山枉斷腸;借問漢宮誰得似,可憐飛燕倚新粧。」
「名花傾國兩相歡,常得君王帶笑看;解釋春風無限恨,沉香亭北倚闌干。」

五月˙石榴~花神鍾馗
石榴的花神相傳是鍾馗,五月是疾病最流行的季節,於是名間傳說中的「鬼王」鍾馗,便成為人們主要信仰的對象。生前性情十分暴烈正值的鍾馗,死後更誓言除盡天下妖魔鬼怪。其疾惡如仇的火樣性格,恰如石榴迎火而出的剛烈性情,因此,大家就把能驅鬼除惡的鍾馗視為石榴花的花神。

六月˙蓮花~花神西施
蓮花的花神相傳是決代美女西施。傳說中,西施在助越滅吳之前,是賣柴人家之女,夏日荷花盛開時,西施常到鏡湖採蓮,也許因為西施曾是六月時節的採蓮女,她美麗的身影無人能比,於是自然成為蓮花的花神了。

七月˙蜀葵~花神李夫人
蜀葵花的花神相傳是漢武帝的寵妃李夫人。李夫人的兄長李延年曾為他寫下一首極動人的歌,即:「北方有佳人,絕世而獨立;一僱傾人城,在僱傾人國;傾城傾國,佳人難在得。」由於李夫人極早逝,短暫而麗的生命,宛如秋葵一般,所以人們就以她為七月花蜀葵的花神了。

八月˙桂花~花神徐惠
桂花的花神相傳是唐太宗的妃子徐惠。徐惠生於湖洲長城,從小即聰穎過人,五月大就會說話,四歲就能讀論語,八歲就能寫詩文。因為才思不凡,被唐太宗招入宮中,封為才人。太宗死後,徐惠哀傷成疾,二十四歲就以身殉情,後世就封這位才奇不凡的女子為桂花的花神。

九月˙菊花~花神陶淵明
菊花的花神相傳是陶淵明,菊花凌霜怒放,性情冷傲高潔,在群芳中備受「不為五斗米折腰」的陶淵明喜愛,更為菊花寫下「採菊東籬下,悠然見南山」的千古明句,菊花的花神自然非他莫屬了。

十月˙木芙蓉~花神石曼卿
木芙蓉的花神相傳是宋真宗的大學士石曼卿。宋代盛傳在虛無飄緲的仙鄉,有一個開滿紅花的芙蓉城,據說石曼卿死後,仍然友人遇見他,在這場恍然若夢的相遇中,石曼卿說他已成為芙蓉城的城主。因為在眾多傳聞中,已石曼卿的故事流傳最廣,後人就以石曼卿為十月芙蓉的花神。

十一月˙山茶~花神白居易
山茶花的花神相傳是白居易。白居易是陶代知名的詩人,以「野火燒不盡,春風吹右生」的詩句,備受稱讚而聞名於世。傳聞中並沒有說明為什麼白居易是山茶花的花神,或許因為詩人不畏權貴的性情,如同山茶不畏寒風細雨吧

臘月˙水仙~花神娥皇與女英
水仙的花神相傳是娥皇與女英。據說娥皇、女英是堯帝的女兒,兩人同嫁給舜。姊姊為后,妹妹為妃,三人感情甚篤。後來,帝舜在在南巡時駕崩,娥皇、女英雙雙殉情於湘江。上天憐惜二人至情至愛,便將二人的魂魄化為江邊水仙;二人也就成為臘月水仙的花神了。


何がなんだか解らないというほどではないが、日本語訳を造るのは私の中国語レベルでは困難です。ただし、解説では「梅花的花神」となっているが、蘇州では「梅芲神」となっています。「芲」という文字は日本語では「カ」と発音するそうです。多分「花」または「華」に通じる文字かもしれません。
また、蘇州に書いてあったものと、人の名前が多少異なっており、諸説あるものらしいです。蘇州のものは、全て女性でしたが、中国のサイトで見たものは、李白、鍾馗、陶淵明、石曼卿、白居易などの男性が取り上げられていました。なかなか面白い。私としては全て女性であった方が、花神であるだけに、似つかわしいとは思いましたが。

一気にとは行きませんが、調べた上でそれぞれの花神の背景をもう少し調べてみようと思っています。
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by wata1150 | 2006-05-07 23:49 | 日記