中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
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K君の家でのBBQパーティ

スタッフのK君の自宅でのBBQパーティに招待を受けた。会社のスタッフやその家族と参加した。

K君の自宅は恵州市のはずれの農村部にあるという。自宅前、鶏小屋、物置、井戸、レンガの建物
いわゆる農家の家である。当然マンションではなく、一戸建ての家であり、門はレンガつくりのしっかりしたものであった。
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門を入ると、住宅の部分とは別棟として、キッチンにあたるレンガつくりの「台所小屋」があった。
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また、庭の一角には昔ながらの「井戸」があり、散水用、飼っている鶏のエサ用などに井戸水が使われていた。10m程度の深さで、かなり古い井戸であるという。
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同じく内庭の隅にミツバチの巣箱が置いてあった。今は花が咲かないので蜂蜜はないそうで、夏になると、自宅で使用するみつはすべてこの巣箱からとるのだという。
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裏庭に回ってみると、裏庭の片隅には物置小屋らしき建物があり、これがあたりの光景とマッチして、雰囲気がある。もっとも今は使っていないらしく、中には何も入っていなかったが。
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裏にはの一部に鶏小屋があった。中では鶏とガチョウが飼われていた。
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裏庭の一部は自宅用の野菜畑になっていて、かなりの種類の野菜が栽培されていた。
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いつしか、私は自分の生家を思い出していた。裏庭の野菜畑、鶏小屋、別棟の物置、庭の片隅の井戸、など。私が生まれて育って、物事に対して意識しだしたころの風景によく似ているのである。いわば家とか庭とか言ったものの原風景なのである。

この家ではK君の家族が、数家族同居しているようだ。大家族といってもよいのであろう。少なくとも3世代、仲良くゆったりと暮らしているように見える。これが中国の普通の暮らし方であり、それを現代的な欧米や日本の経済観念がぶち壊しているようにすら見えてくる。

K君の家では野菜などはすべて自家製だし、蜂蜜も水も可能な限り自家製である。つつましいながらゆったりとした時間の流れの中で生活していることを強く感じさせられた。

この裏庭にレンガを組んだBBQ炉があり、今回のBBQパーティになった。
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新鮮な野菜や肉をたらふく食べ、何とも満足な時間を過ごさせてもらった。
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by wata1150 | 2012-12-30 21:46

名古屋 劉家

先日、名古屋のB社を訪問した時に昼食で立ち寄った店です。

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店の前に大きく「刀削麺」と書いてあったので、入ってみました。 メニューはすべて日本語表記で、取り立てて中国を意識することはなかったのですが、注文を聴きに来た女性は中国人でした。一緒に行ったC君は中国人なのでさっそく中国語でオーダーしました。

キッチンの中でコックさんが麺を削っていました。
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ずーっと以前に台湾でこのように刀削麺を削っているのを見たことがありますが、日本でもやっているところがあるのですね。

そして出来上がった刀削麺、マーラー刀削麺です。
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久しぶりに中国の味です。日本の中華料理は日本人の味付けに変化していて、横浜中華街などで中国人のコックさんが作っていてさえ中国的な味にはならないのですが、ここの刀削麺、マーラースープは中国的な味付けのような気がしました。

そういえば、ちょうど昼食時で、多くのお客さんがいたのですが、周りから聞こえてきた話は中国語ばかり、「なるほど中国的なわけだ」と納得しました。多くの中国人がこんな店で中国人コミュニティを作っているのですね。日本人が中国で日本料理屋で日本人が集まっているように。
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by wata1150 | 2012-12-30 09:57

新しいデジカメ

過日日本に行って、新横浜駅前で新しいデジカメを衝動買いしました。
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それまで、ニコンの一眼レフ、キャノンのコンパクトデジカメ「パワーショット」、さらにはiPhoneのカメラと、使い分けてきました。そして、今回購入したのがNIKON S-1。隣に置いたiPhoneと比べてみればわかるように、小さくて軽いのが特徴です。

画素数も1000万、メモリーは内蔵メモリーだけで、SDカードなどのメモリーは無し、電池も入れ替えなしで、カメラに装着したままで充電、など機能や性能は明らかに今のコンパクトデジカメには劣ります。それでも、軽くて小さくて、ポケットに突っこんで持ち運びしても邪魔にはならず、「今突然に写真を撮りたい」と思った時に撮影できるという点で、価値があります。

ブログに挿入する写真とか、街を歩いていてふと撮りたいと思った時に撮れるというのは便利です。大きくて重い一眼レフや、高性能コンパクトデジカメは、画質もよくしっかりした写真になって、良いのですが、私のような年寄りには重すぎる気がします。

いまは、会社に行くにも、スーパーに出かけるときにも、首にチェーンでぶら下げたり、ポケットに無造作に突っ込んだりして持ち歩いています。今度はブログやFACEBOOKに投稿するのに大いに利用したいと思います。カメラとしての欠点も多々ありますが、むしろ気楽にとるのにはそのほうが良いと感じています。
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by wata1150 | 2012-12-29 22:51

今年もあと3日

波乱万丈の2012年があと残すところ3日になりました。

会社は明日までですが、明後日も生産残業があるとのことです。例年のように多くのワーカーさんが離職し、故郷に帰るため、今年の最盛期は1000人近くいたワーカーさんも、今は200数十名しかいないとのこと。それで、受けた注文の出荷が間に合わず、年末休暇にもかかわらず、生産残業となったのです。

先日書いたように、今年は日本に帰ることはできないので、明後日からの3連休、家にいて過ごします。30日にはとりあえず、忙しさにかまけて怠っていた家の中の掃除をし、少しは年の改まる準備をしたいと思っています。そして大みそかには食料を買い込んで、夜には日本の親戚に新年のあいさつの電話をしようと思っています。

2012年は、会社の創業者が、その周辺の人たちとともに会社を追われ、ほとんどの会社幹部だった人たちは会社を去り、入れ替わって全く別の幹部たちで占められてしまいました。私が依然としてこの会社に残り、幹部の一人として存在しているのがまるで嘘のようです。それでも、私が、作ってきた営業の中の日系会社担当のメンバーは一人もかけることなく、日々の仕事をこなしています。

主だった客先も、今のところ大きな動揺はありません。まあ、来年になれば多少の変化は現れるとは思いますが。それでも、新しい客先を少しでも増やすことで販売の減少を多少でも食い止められれば良いと思っています。

中国では9月から10月にかけて、大きな反日運動がありました。いまは、表面上は収まっているのですが。それでも、中国人としての民族意識は紅葉しているように感じます。無論、特定の位置日本人をバッシングしているわけではなく、私も会社の中では別に危機意識があるわけではありませんが。この危ういバランスの上に立っているような感じは、当分続きそうな予感がします。

そして、多くの日本企業が中国離れをしつつあり、べトナム、マレーシア、タイ、インドネシア、フィリピンなどの諸国に工場を移転し始めています。私の会社の主要客先も例にもれず、C社、P社、B社、U社などが工場の移転、生産移管などを進めています。来年2013年はそういった客先の新工場に対して、販売ルートの確保、新しい顧客サービスなどを展開してゆかなければなりません。

この3連休の間、そういった煩わしいことを、少しでも頭の中で整理できればよいと思っています。
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by wata1150 | 2012-12-28 22:06

会社の前の道路工事

会社の前で道路工事をやっている。舗装改修工事である。以前はコンクリート舗装だったのが、今度はアスファルト舗装になりそうだ。
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以前のコンクリート舗装の時には、雨期になると道路そのものが冠水し、水はけの悪さや雨水の処理などが悪かった。また、コンクリートがしょっちゅう走っている重量の車両や、寒暖の差のおかげであちらこちらで割れて、道路が凸凹になっていた。したがって、車で道路を走っていても、振動が激しく乗り心地はひどく悪かった。
今度はよくなるのであろうか?

今回の道路整備に費やす費用は二十数億元程度だという。むろんこの工業団地だけではなく、恵州市内あちらこちらでやっている道路補修改良工事を含めてなのだが。これは中国の経済刺激策の一環としてやられているらしい。確かに、20数億元と言えば半端な金額ではない。中国全体では数兆元ともいわれるもののほんの一部にすぎないのだが。

それだけ中国の経済全体が活力を失っているということなのだろう。

何はともあれ、私が生活している街の生活環境が良くなるのはありがたい。
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by wata1150 | 2012-12-25 15:20

恵州に戻ってきました。

昨日、恵州に戻ってきました。恵州もすっかり冬で、日中でも10度ほどしか気温が上がっていません。徳利のシャツにセーター着て、さらにブレザーを着ての出勤です。会社の通勤バスに乗ってみれば、ダウンのコートを着ている人、ロングブーツを履いている人、帽子をかぶっている人など、思い思いのファッションながら、全くの冬装備です。

会社に行っても暖房はありません。数年前に会社で購入してもらった電気ヒーターを引っ張り出してさっそくオフィスでの寒さ対策をし、業務の戻りました。

今年は、来年一月の初めにグローバルセールスミーティングなるものが、恵州で行われることになり、私たちの会社がホストカンパニーになるため、その準備もあって年末年始に日本に帰国できません。その代り、2月の春節休暇の時に日本で帰国休暇を取ろうと思っています。

2013年はどんな年になるのでしょうか?一か月前に作成した2013年度の販売計画がすでに修正を迫られています。自動車関連部品販売が伸びないことが明確になり、今伸びてきている家電関係に振り分けを迫られています。新しい客先の開発もやっとスタートラインに立ちましたが、すべて2014年、2015年から販売開始する案件ばかりです。2013年は辛抱の年になるのかもしれません。

会社のオーナーが代わって、会社の組織体制も大きく変わりました。多くの以前からこの会社で働いてくれた人たちが会社を去りました。大急ぎで会社基盤の再整備を進めなければいけません。新総経理もそのためにてんてこ舞いの忙しさです。何とか販売ダウンを少しでも抑えるため、私も新年から、東南アジア、日本、中国国内へと出張が軒並み控え、準備を進めようと思っています。
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by wata1150 | 2012-12-24 23:07

まぐろやの鮪

日本に帰国すると一度は寄る居酒屋がある。新横浜の駅ビルの裏手、居酒屋「まぐろや」がそれである。
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「まぐろや」の名前の通り、まぐろが売りの居酒屋で、社長が依然まぐろの輸入販売会社をやっていたことからその名前があるという。まぐろ以外にも魚料理がメインで、魚好きの私にとってはありがたい店である。
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本マグロの中トロ刺身、これで2000円、安いね。もっとも社長が私の鮪好きを知っていて、いつもサービスしてくれるので、このようになるが。私はあまり酒を飲まないのでもっぱら刺身や煮魚、焼き魚を食べて楽しんでいる。もっとも社長は「今日はまぐろのテールの煮物がお勧めだよ」などと言いながら、声をかけてくれるが、油断をして、「いや、今日は刺身が食いたいから・・・」などと言おうものなら、たちまち社長の機嫌が悪くなり、サービスはぐっと悪くなるのだが。ここでは社長のおすすめ品を、多少高めの価格でも、ぐっとこらえて「うん、じゃあそれを頼む!」と返事をすると大サービスということになるのである。
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この社長、御年80歳の大将である。客の勧めでお酒も飲むし、自分で板場に立って料理も作り、大盤振る舞いも気分次第でやってくれる。いつも大声で話しながら客の相手もしてくれる。何とも楽しい社長である。
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by wata1150 | 2012-12-22 22:37

川崎 VIA CINECITTA

日本に到着、おおよそ4か月ぶりの日本である。ところが定宿がある新横浜は、横浜アリーナのイベント、横浜スタディアムでのサッカーの試合が重なり、どのホテルも満杯、やむなく川崎駅前のホテルに宿泊と相成った。昼食を取りに出かけ、見つけたのが「VIA CINECITTA」というところである。

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この中に足を踏み入れてみると、中は何かのテーマパークのようである。多くのおしゃれなレストランが並び、多くの小さな店舗がある。並木がきれいに配置され、散歩するのが心地よい。中にはフットサルのコートがあり、若い人たちがボールを追いかけていた。

敷地はそれほど広いわけではなく、5分も歩かずに反対側に突き抜けてしまうほどである。しかし、2度3度と往復してしまう。何を食べようか? イタリアン?ステーキ?焼肉?なかなか決めきれないまま歩いて、ついでにふと立ち止まって、目の前にあった小物の店に入ってしまう。何とも心休まる町であった。

中で小さな円形屋外ホールを見つけた。円形のすり鉢型ホールで、ステージではバンドが音楽を演奏していた。将来、名前が売れて、大成したいと夢見る若いバンドだった。しばらく音楽に聞き入る。決してうまいとは言えないが、一生懸命さだけは伝わってきた。

ハンバーグステーキを昼食として食べ、ゆったりとして駅前のホテルに戻ってきた。久しぶりにのんびりとした、リラックスした数時間だった。
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by wata1150 | 2012-12-16 23:17

日本出張

日本出張の日程が決まった。12月15日から23日までの9日間である。週末に日本に居ることができるのは助かる。買い物をしたり、医者に行ったりできるからである。

今年は何度日本に行ったのか?もう、数える元気もなくなった。実は、歳のせいなのか、中国にいると日本に行く気がしなくなり、日本に居ると、中国に出かける気がしなくなってきた。面倒だし、疲れるということが気になりだしたのである。

それでも、年に何度かは日本に行かなければならない。病院に行って糖尿のチェックをして薬をもらわなければいけない。できれば歯医者に行って、簡単な治療も受けたい。でも、もしかすると、病院に足を運ぶのが億劫になって、客先とホテルを往復するだけの出張になるかもしれない。

今年は、年末年始は日本には帰れない。1月7日から「Global Sales Meeting」というイベントがここ恵州でやることになり、その資料の準備やらで、年末年始は忙しいのである。そして、2月の中国の旧正月には再度日本に行くつもりである。また、1月後半には東南アジアにも出かけようと思っている。2013年の販売計画達成のプッシュや、2014年から2015年の販売の下地を作っておかなければいけない。

何とも気忙しく、バタバタとした2013年になりそうである。
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by wata1150 | 2012-12-11 12:49

会社のこと。

私が勤務する会社は、従業員1000人ほどの小さな電子部品メーカーである。小さすぎて、世間の経済の嵐にはすこぶる弱い。従来は香港企業であったが、昨年ついにアメリカ資本の投資会社に買収された。そして、今はすでにこの会社を創業したメンバーは会社を去った。従業員のうち、主要なメンバーで残っているのはわずかである。ほとんどの幹部職も少しずつこの会社を去っていった。経理と呼ばれるいわば部長職で残っているのは、数人だけになった。

その代り、技術や購買などには中国人でもなく、香港人でもないアメリカ人、フランス人などが部門を率いている。私も依然として販売担当の要職にある。それで、会社の雰囲気はゴロッと変わってしまった。従来の個人企業の雰囲気から組織として機能する、いわゆる会社に代わってきた。そして、会社に活気も出てきた。

私は以前のオーナーに雇ってもらった。以前のオーナーと仕事をしていた時には、正直その経営のやり方には大いに疑問を持つことがしばしばであり、付き合いきれないと思ったことも何度かあった。しかし、いまいわゆる経営していると感じる組織に代わってみると、無性に以前の経営者のやり方が懐かしいと思うことがしばしばである。

以前の経営者は創業者であり、会社を去るときには「何とかこの会社のブランドだけは残したい」としばしば口にした。私もそのブランドの許で6年も過ごしたのであるから、無論その思いはよくわかる。しかし、新しい組織の許では、新しいブランドが入ってくるのもまたやむを得ない。今のところなんとかそのブランドは維持できてはいるが。

いま、以前として経営的には苦しい時期が続いている。中国という国の中での会社経営には中国ならではの問題も少なからずある。また、現在の世界の経済も不安定である。欧州危機に端を発した経済不況。中国産品の輸出相手国はなんといっても欧州である。その欧州が不況に陥っており、中国からの買い付けも落ち込んでいる。欧州向け産品を生産している会社はその生産量が落ち込み、苦しい経営を余儀なくされている。

過日の尖閣諸島の問題のあおりで、中国では日本製品ボイコットがある。日系メーカーは自動車メーカー、電機メーカーを中心にして中国での生産販売を大幅に落としている。

こういった日系メーカー、欧州向け製品のメーカーが当社の客先であり、彼らの生産は落ち込めば当社の売り上げもまた落ち込むのである。いまはアメリカや東南アジア向けの販売で何とかしのいではいるが。欧州経済危機が、その解決が長引くようであれば当社の経営もまた相当に苦しくなることが予想されるのである。

そのような数々の難問を抱えながら、しかし何とか経営を維持できている。しかし、何とか早くにこの苦しい状況を脱出したいとあがいている毎日である。
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by wata1150 | 2012-12-03 22:56