中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
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ZB君が日本帰化

ZB君は中国人で私のブログ友達の一人である。彼が日本に留学し、大学を卒業し、大学院に日本の国費留学し、そして卒業した。卒業を真近に控えたある日、彼のブログで、彼は日本で就職したいがため、何度も就職面接を受けたが、皆失敗し、中国に帰らなければいけない状況にあることを述べていた。

当時、私は今の会社に就職し、業務経理から副総経理に昇格させてもらい、採用や給料などのある程度の決定権を持たせてもらったばかりであった。そして、日本連絡事務所の立ち上げを画策し、そのスタッフの募集のため、何度か日本に足を運んでいた。

そういった事情から、ZB君に声をかけたのである。「どこも就職がだめだったら、うちの面接を受けてみる?」そして、私が面接し、日本連絡事務所メンバーとして採用したのである。彼はすでに日本在住8年か9年になっていたので、言葉に問題はなく、また中国の工場サイドとのコミュニケーションにも問題が無く、比較的簡単に会社に溶け込んでいった。

奥さんは、彼の説明によれば「インターネット」で知り合って、学生時代に結婚した、とのことだった。会社に入社してから奥さんにも何度かお会いしたが、なかなかよくできた人で、「ZB君も幸せだな」と思ったくらいである。

そのZB君、昨年の夏に日本政府に帰化申請を出した。とりあえずは奥さんは中国人パスポートのままで、ZB君だけが帰化申請したらしい。そして、ほぼ一年をかけて審査され、過日認可されたとのこと。名前も日本の名前に変更しCT君に変わった。

日本のパスポートは一か月以内にはもらえるらしいとのこと。そうしたら、中国工場に来て再度、工場メンバーとコミュニケーションをし、ますます日本連絡事務所の主力メンバーとして頑張ってくれるものと思う。さらには英語を勉強し、会社の海外事業の柱にでもなってくれたらうれしいと思う。

CT君 頑張れ!!
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by wata1150 | 2012-05-18 10:58

LHさんの退職

業務部の日本チームのメンバーのLHさんが、退職したいと言ってた。かなり迷った末のことらしい。

彼女は昨年の3月中旬に新卒者として入社した。学生時代に日本語を勉強したとかで、普段の会話の日本語には問題ないレベルであった。また、彼女は入社時の面談で、「将来、貿易会社を経営したい」と、その夢を語ってくれた。ボーイフレンドがおり、どこかの会社の技術スタッフなのだそうである。

結構、みんなともなじみ、私に対しては毎朝コーヒーを入れてくれた。が、今年の春先、そのボーイフレンドの会社が四川省重慶市に工場を作り、彼はその工場に転勤になった。それで、彼女の目論見がすっかり変わってしまったらしい。

中国では若い女性は両親から「早く結婚して子供を持て」と要求されることが多いのだそうで、彼女がボーイフレンドといるときには、それほどのプレッシャーもなかったのだそうだが、いまは毎日のように両親に言われるのだそうである。それでも、彼女は将来の会社を経営するという夢のためにも、今は結婚はしたくないと、その話題を避けてきたのだそうだ。

それで、両親とも気まずい雰囲気になってしまい、今の生活が続けられなくなったというのが、退社の理由である。気の毒といえば気の毒である。しかし、それが現在の中国という国が抱える社会的な問題の一面なのであろう。

日本でも、若い女性の結婚年齢が非常に上がってきており、生涯出産数も低下の一途だそうである。結果として、少子高齢化という社会問題を引き起こしており、政治的な問題になってきている。中国でも、女性の社会的レベルの向上に伴い、また、収入レベルの向上に伴って、結婚年齢の上昇などの現象が都会などでは顕著にみられるという。LHさんも4年制の大学を卒業しており、学歴的には高く、生活意識や社会意識も高い感じがする。

そのような人はある程度転職を繰り返しながらキャリアアップをはかり、より高収入の仕事を求めてゆくのだという。彼女は収入的な問題よりも身内での人間関係がうまくいかず退職することになってしまったのだが、これを契機に、大きく社会に羽ばたいてほしいと願う。
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by wata1150 | 2012-05-17 22:07

蘇州虎丘

上海蘇州を回る出張の終盤、わずかな時間を見つけて虎丘(英語名:TIGER HILL)に行った。

私が上海にいた時は、何度か友達を誘って、出かけたが、最近は恵州にいるせいもあって、ご無沙汰していた。夕方3時ころに仕事を終え、夕食までの時間を使っての駆け足観光である。
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まずはその入り口で、虎丘の案内図を見ながら、今日はどのコースを行こうか・・・などと考えて。ふと、気が付くとその案内図の横に日本語が?以前もあったのかどうか記憶にないが、虎丘という名前の由来が書いてあった。
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まずは丘の頂上にある斜塔を目指す。なにせ、丘の標高はわずか30数メートルなので登坂というよりは軽く体を動かすという程度で登ってしまう。そこにあるのが虎丘のシンボル「斜塔」である。この斜塔、1000年以上ほども傾いたままで、「何とかの七不思議」なのだそうだ。
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登る以上に下るのは早い。丘全体が、禅寺の伽藍を構成しているのだそうで、その中のいくつかの建物を見ながら降りてきた。まだ閉門時間には一時間ほどあるというので、虎丘を巡る水路を船で遊覧することにした。
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船を貸切で30分で一蹴すると、ちょうど100元だということなので、奮発した。まあ、1200円程度なので対したことはないのだが。

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気温もさほど高くなく、さわやかな風に当たりながらのわずか30分の船旅も悪くない。
同行のT副理と、次に蘇州に来た時には庭園めぐりにしようかなどと話しながら、ホテルへの帰路に就いた。
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by wata1150 | 2012-05-16 21:19

上海、蘇州出張

今日5月13日は5月の第2日曜日、母の日である。私にとっては、母の日など思い出すことなどは、ここ数年なかった。(おかあさん、ごめんなさい!)彼女は今92歳くらい、いまだに意気軒昂で庭の手入れをしたり、草花を育てたりしている。

その母の日、私は会社のT副経理とともに、上海経由蘇州にきた。T副理は一児の母であり、子供は彼女のご主人のお母さんが面倒を見ている。週末は彼女がオフィスレディからお母さんに戻る時間なのである。また、彼女にご主人は深圳で勤務しており、週末だけ恵州の自宅に帰って過ごす。その貴重な週末を犠牲にして、T副理は蘇州に来たのである。

朝8時半に恵州を出て、蘇州の定宿「新城花園大酒店」にチェックンしたのが先ほど、5時半ころである。なんと9時間もかかってやっとたどり着いたのである。

深圳空港11時ちょうど発のCA便を予約していたので、10時前には空港に到着すべしということ、恵州から深圳空港までが約一時間半ということで、8時半恵州発で11時のフライトはちょうど良いのである。上海浦東空港着はおおよそ一時ころ。ここから蘇州まではいろいろな移動手段がある。一旦虹橋空港に地下鉄やバスで移動し、新幹線で蘇州に行くのがベスト。まあ、普段は深圳発虹橋空港行きを予約するのであるが、たまたまその時間帯のフライトが満席で取れないということで浦東空港到着便にした。

しかし、この浦東便を使ったことが災いしてしまった。浦東空港に着くなり、同行のT副理が乗り継ぎは面倒だから、浦東から直接蘇州までバスにしようと提案してきた。僕も、「まあ、いいかぁ!」と同意して、長距離バス乗り場まで10分ほど歩いた。なにせ、浦東空港で私が下りたのは第3ターミナル、最新のビル。でも、バス乗り場や地下鉄からは一番遠い。

結局乗り込んだバスは14時20分発、蘇州着は16時20分ころ着。このバス、なんと浦東で客を乗せ、余席があると、虹橋空港経由になり、そこで新たに客を乗せ、蘇州に向かう。蘇州着はほぼ16時半ごろ、予想通りであった。が、何やら変なところで乗客が全員下車。「バスセンター」とはまるで関係ない普通の道路の普通の何もないところでの下車である。「えー???ここはどこ?どうやったらホテルまで行けるの?」何せ、タクシーなんかまったく走ってないのである。白タクらしき兄ちゃんが、ほかの客に「どこまで行くの?」と話しかけていたが。

降りたとこから数百メートル離れたところに地下鉄らしき入口発見。T副理と、「ともかく、タクシーがつかまるところか、ホテルの近くまで地下鉄で行こう。」ということになった。実は蘇州に地下鉄が走っていることは知らなかった。いつから開通したのか、どこからどこまで走っているのか、我々が普段泊まるホテルの近所には駅があるのか、などなど、いろいろ調べておいたほうが便利である。何せ、蘇州はタクシーがつかまりにくい。

そして、浜河路という駅で降り、そこからタクシーを捕まえて、やっとホテルにたどり着いた。17時30分チェックイン。虹橋空港に降りる便に乗ることができたら、15時30分ころには余裕でチェックインできたはずだったが、2時間も時間を多く費やしてしまった。

明日は、午前上海に客先に行き、昼から蘇州に戻ってくる。
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by wata1150 | 2012-05-13 21:18

私と仕事

最近、「TADAさんは、中国で何歳まで仕事をするのですか?」という質問を受けることが時々ある。

私はこの質問はあまり好きではない。「いい加減、年なんだから引退して、後進に道を譲ったら?」「爺のくせに、いつまでも仕事をして、みっともない。早く引退し、とっとと日本に帰りなさい!」どうも、そのような意味に受け取ってしまう。

確かに、私は今64歳、今年の9月で65歳になる。日本の少子高齢化対策では「65歳定年制」なるものも論議された。65歳までは、まあ仕事ができる年齢なのだろう。もっとも、できる仕事は限られる。最近は役職定年などという制度もあって、高齢者の仕事の範囲はさらに狭くなってきている。

最近、CANONの創業者の御手洗さんが社長に復帰した。元経団連の会長なども務めた財界の超大物である彼が、70歳を越して現役復帰を決意したのである。確かに、現PANASONICの創業者松下幸之助氏も、一度現役引退して、のちに社長に復帰している。そんな例が過去にないわけではない。

僕は、この御手洗氏の英断に感激した。70歳にしてCANONという大会社のTOPに返り咲く勇気。体力、気力、そして考え方の若さ。そして、なんといっても健康な体。すべてはこの健康な体があってなしうることである。

以前、投稿した記事で紹介済みだが、4月の初めから禁煙を始めた。その本当のきっかけは、この御手洗さんの英断だったのである。健康を維持しなければ、何もできない。それまでほぼ45年続けてきた煙草を捨てた。これで寿命が延びるとは思わない。しかし、現状の体の状態を何年かでも維持延長できればいいと思う。

私は、最近こう答えるようにしている。「可能ならば、死ぬ一日前まで、仕事をしていたい」
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by wata1150 | 2012-05-11 22:33 | 雑感

変な写真

デジカメで撮った写真、iPhoneの写真など、結構メモリーを食っているので整理していました。そしてiPhoneの写真の中にこんな一枚がありました。
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新幹線の中から青空に映える富士山を撮影したものです。富士山は実に美しく取れています。が、この手前の電柱が邪魔ですね。新幹線車内から外の景色を撮影すると、必ずお邪魔虫として確率高く登場するのが電柱です。

でも、この電柱何か変!そうです。すごく傾いているのです。遠くにある電柱や富士山の見え方から、この手前の電柱が異常に傾いているのがわかります。

これは何が原因でこのように傾くのでしょうか?富士山の映り具合からわかるようにシャッタースピードは決して遅くはありません。手振れもなさそうです。さらに、この写真の前後に撮影した富士山の写真の電柱はすべて傾いているのです。

これは私のアルバムの失敗作として、DELETEすべきなのか、傑作として残すべきなのか、迷ってしまいました。
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by wata1150 | 2012-05-08 23:05 | 雑感
私は比較的湖南料理が好きである。会社の近所で昼食をとるのは「湘聚楼」という湖南料理の店。同僚や知人と恵州で食べる時も、日本料理、客家料理、湖南料理、東北料理、上海料理、広東料理、朝鮮料理、はたまたイタリー料理など様々があるが、第一選択は日本料理か湖南料理になる。

過日、会社の同僚ととある湖南料理の店を見つけた。道路を歩いていて見つけたものである。
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なんと、「8月15日は抗日戦争勝利66周年の記念日である。したがって、メニュウの料金をを半額にする。」と、書いてある。しばし茫然・・・・・。

同僚とは日本人である。まあ、彼は中国語のレベルは、学習開始後まだ7~8年なのだが、何せネイティブ並みに上手い。おまけに奥さんは中国人。一緒にいたほかのメンバーも中国人ということで、日本人2名中国人3名で乗り込んでみた。

食堂は2階部分にあり、入口からは会談で進む。と、歓談の途中に看板が。
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「湘妃楼 怒不接待日本人!」(湘妃楼では日本人は応接しないこと)、
「国耻永不忘、民族当自強」(国辱を忘れないこと、民族の自我向上)

と書いてある。

これは日本語を使ったらまずいかな?とか思いつつ、それでも普通に湖南料理を楽しんだ。さすがに日本人的な感じの人は店の中には見当たらなかった。少ないが、ここに来る日本人も結構いるだろうとは思いながら。

でも、味は・・・、「湘聚楼」のほうが私には合っているような気がした。
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by wata1150 | 2012-05-07 12:16 | 恵州の事

紅花湖散策

日曜日の今日、同僚のS君夫妻、M君、Zさんと一緒に恵州市内にある紅花湖の散策に出かけた。

紅花湖はその一方を高榜山に阻まれ、高榜山と紅花湖でそれなりのハイキング、散策、サイクリング、軽い山登りなどができる、市民の憩いの場である。
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この案内図で見ると、湖の右側に高榜山があり、山のさらに右側から山に登り、山頂から紅花湖に降り、湖畔に沿って紅花湖の入口に歩いて出ることができる。数年前、一度だけ歩いたが、おおよそ4時間ぐらいあれば歩くことができる。
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今日は、紅花湖の入口から入り、紅花湖を左に見て歩く湖畔コースを歩き、入口のちょうど対面の休憩所で休憩して、帰ってきた。

日曜日の軽い足慣らしはこの程度がちょうどよい。軽く汗をかき、家でシャワーと使って、TVを見ていたら、いつの間にか居眠りをしていた。
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by wata1150 | 2012-05-06 20:08 | 恵州の事

ブログ閲覧可能

会社のスタッフのS君が、調べてきてくれて、パソコンをセットしてくれた。そのおかげでブログが見れるようになった。毎月80元ほどかかるようだが、ブログを見れるのであれば、安いものかもしれない。
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無論ほかの人のブログを見ることもできる。これで、すこしブログ投稿に意欲が出るかもしれない。

こういうセットというか仕組みというのは、結構あるようで、それを今まで私が知らなかっただけらしい。何せ我が社には2人しか日本人がいない上、恵州には日本人が少ないこともあり、そういう便利情報もなかなか入手しにくかったということである。

YouTube、Facebookなども見れるらしいので、あとで試してみようと思う。また、NHKオンデマンドとの接続も可能ということで、少し高いけれど、時々は日本のTVを見ることができそうである。週末の楽しみが増えた。
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by wata1150 | 2012-05-04 22:25 | 雑感

タイ、バンコクは酷暑

東南アジア各地を巡る旅は最終地点、タイのバンコクに入りました。タイのバンコクは酷暑の時期でした。私のスマホの気象データーでは連日最高気温は38度、最低気温も30度を上回る暑さです。バンコクのお客さんの話によれば、人が歩くところでは大概40度を越しているとのこと。

ホテルはセンターポイントというところです。伊勢丹がある列車の駅から一駅、交通に便利なところでした。ホテルの宿泊費用は小食付きで2200バーツ、ほぼ7000円程度というところでしょうか?ホテルの中は冷房が効いていますが、それでも30度くらいはありそうです。

バンコクといえばタイ料理、エスニック料理が思い浮かびます。というわけで、さっそくタイ料理を探しに行きました。タイ料理といえば「トムヤムクン」というスープ。辛くて酸っぱいスープです。私はこれが好きで、タイでは必ず一度は味わっています。今回も早速・・・、タイに来たという実感です。その他5品ほどを頼み、ラオパンと二人でほぼ平らげて、ホテルに引き上げてきました。

二日目はお客さんの会社に。バンコクでは市内を流すタクシーでは領収書がもらえません。うっかりすると、金額を忘れてしまい、会社に請求することができなくなります。これまでにどのくらい忘れたやら。まあ、大きな金額ではないので仕方がありませんね。ホテルからお客さんの会社があるビルまで数十バーツ。

早めに会議を終えて、夕食前にタイ式マッサージをやりに行きました。マッサージをやってくれるのは、日本語の達者な、ラオスから出稼ぎに来たという、小柄で小太りの若い女性。タイ式マッサージというと、背中を足で踏まれたり、エビ反りをやられたりと、何かというと痛いというイメージがあるのですが、ここのマッサージ屋さんでは、中国で時々やるマッサージとあまり変わりませんでした。何となく期待外れ。

そして夕食は日本料理。恵州の日本料理は「日本料理風中華料理」と呼ぶほどおいしくない、日本的ではない味なのですが、バンコクの日本料理は、まさに「日本料理」でした。お客さんの会社の社長によればバンコクには日本人が10万人近くいるとのことなので、おいしい本格的な日本料理を出さないと、すぐにお客が来なくなるという事情もあるようです。食材も日本の味そのものです。店によっては日本から毎日食材を空輸して提供しているところもあるとのこと。実にうらやましい。恵州ではありえないことですから。

バンコクに3泊しました。一か所に3泊もするのは、私の出張予定作成上では、あまりないことなのですが、今回は特別。ラオパンを連れての旅でしたので、比較的余裕を持った日程になりました。

体力が続くのが不思議なくらい元気な出張でした。5月には、中国国内、そして再度日本への出張を考えています。
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by wata1150 | 2012-05-02 22:53 | TADAの海外体験談