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中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
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久しぶりの休日

先週は、会社としては土曜日から月曜日までの3連休だった。が、私は全部、日本からの来客のお付き合いでついに休日はなかった。

今日は、久しぶりの休日なのである。朝遅めに起きて洗濯をし、トーストとハムのシンプルな朝食をとり、わけのわからない中国語のTVを眺め、そしてパソコンに向かった。

コーヒーを大きめのマグカップに淹れ、ゆっくりと日本のニュースを眺めた。最近はネット版朝日新聞や読売新聞などがあり、時間があるときに眺めるのが、楽しみになっている。

データのダウンロード速度は信じられないほど遅く、一回クリックすると、数秒から数十秒、時には数分もかかるのだが、それでも、時間に追いかけられることもなく画面を見つめることができる。

今日は何もしたくない。マンションのベランダから外を眺める。外気は依然として30度以上はゆうにある。冷えたウーロン茶を飲み、遠くを眺めていると、いつの間にか頭の中が空っぽになってゆく。マンションの下の道路には車が走っており、時折クラクションの音も聞こえる。

今日はこれ以上何もせず、ベッドに横になりながら、本を読んだり転寝をしたりして過ごすことに決めた。
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by wata1150 | 2011-09-18 13:42 | 雑感

接待疲れ

超多忙の一週間が終わった。

先週日曜日の昼にP社が恵州に入った。昼食を一緒に食べるべく、昼前からチェックイン予定のホテルで、スタッフと到着を待った。チェックイン予定のホテルは「金華悦国際大酒店」という。12時ちょっと前に、P社2名が到着、昼食は、このホテルの3階の飲茶の店でとることにした。

スタッフのK君に個室を確保してもらった。ところが、個室を使用するには最低300元を消費することが条件とのこと。飲茶のみでは、5名でやっと100元そこそこ。とても300元は消費できない。やむなく、魚やら肉やらの料理を追加し、しめて400元ちょっと。日本円では5000円程度。日本でお客様を接待すれば、とても5000円では始まらないのだから、安いものなのだが、ここ恵州ではべらぼうに高い昼食であった。

いったん別れて、夕方再度今度は夕食。夕方、日系の商社スタッフが3名加わり、当社スタッフも3名となって、総勢8名の大夕食。しかも、日本食。これは大変なことになると予感がした。が、接待する私にも面子がある。えいっ、と、黒むつの活造りやら、頼んでしまった。勘定するとき公開したが始まらない。しめて1600元なり。私がこの会社に入ってからの接待費では、2番目に高い。とは言っても一人200元(ほぼ2400円)なのだが。

P社および商社メンバーは水曜日の朝、引き上げていった。今回のP社関連の接待は月曜、火曜の昼食、夕食、そしてそのあとのカラオケや足裏マッサージなど総額は5000元以上になった。私が準備した5000元はすでになく、あわてて会社から至急清算してもらった。

木曜日には日本からC社、金曜から土曜にかけては中国広州からF社が来社し、それぞれ接待につき合わされた。仕事でお客様にご来社いただくのは、わが社のような中小のローカルメーカーにとっては、まことに有難いことである。が、連日、接待料理を食べ、酒やビール、挙句の果ては白酒(中国の焼酎)で乾杯し、深夜まで飲んで歌ってとはしゃぐのは、私のような年配者にとっては、まことにつらいものがある。

今週は木曜日から金曜日にかけて一社、日本のお客さんがある。また、火曜日か水曜日にラオパンのお客さんの接待につき合わされる予定。休日にはしっかり眠り、休肝日にしなくてはいけない。この年になって、仕事は依然として体力勝負である。
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by wata1150 | 2011-09-17 23:42 | 雑感

9月は忙しい。

9月も早10日が過ぎた。最近は時間の過ぎるのが非常に早く、やりきれないくらいである。まあ、それだけ全速力で自分の人生の終着点に向かって走っているということなのだから。もっとゆっくり進みたいと思うのだが、これだけは如何ともし難い。

9月に入って一週間は日本にいた。そして、会社は今日9月10日から12日まで中秋節の3連休である。しかし、私には働き者の日本人の来客があり、今日10日だけは休みだが、明日から仕事をしなければならない。P社というエコノミックアニマル集団のメンバーが、中国は中秋節の休みだというのに押しかけてくるといってきかない。仕方がなく、会社のスタッフも、何人かが休日出勤となってしまうのである。おまけに彼らは11日から13日まで居座るのであるからたまらない。

14日には欧州のC社の最高経営責任者(CEO)が来る。15日には日本の大手複写機メーカーが来て、工場監査をするというし、16日から17日は中国のある自動車部品メーカーが、やはり工場監査に来る。来週は椅子が温まる時間もないようだ。

再来週も日本からTT社が来る。さらにその次の週にはわが社の董事長と同行で台湾出張も予定されており、そのあとは日本にも数日行くつもりである。

恵州に来客があれば、会食だけでなく、カラオケなどの接待もある。最近は少し控えているが、日本の客先となれば、欠席するわけにもいかない。まあ、睡眠時間を確保することを念頭に置きながら乗り切りたい。
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by wata1150 | 2011-09-10 21:20 | 雑感

誕生日

9月8日 今日は私の誕生日であった。当の本人は例によって忘れていたのだったが、朝、董事長の部屋で打ち合わせをしていて、会議を終わって出てくるとき、董事長から「Happy Birthday!」と言って紙包みを渡された。それで、今日が誕生日であることに気が付いた。

一昨日中国に戻り、結石で急遽病院に走り、日本客先営業チームのT副経理が中秋節休暇で故郷の湖南省に帰省中で、おまけに来週からの来客ラッシュの準備等々で忙殺されており、誕生日を思い出す余裕はなかった。

朝のミーティング時、スタッフからまたまたプレゼントをいただいた。コーヒー豆やら、喫煙具やら。スタッフは皆私の好きなものをよく知っている。その中でも手放さないものがコーヒーでありタバコであることを。昨年はスタッフみんなでお金を出し合って、紅木の風格のある灰皿をいただいた。今でも、私のマンションのテーブルの上で吸殻まみれになっている。こんなスタッフに囲まれて仕事をするのは、その結果はともかくも、楽しいし、とてもうれしい。

夜、スタッフのみんなが、結石で体調がいまいちの私を考えたディナーに誘ってくれた。なんと、精進料理の店であった。一切動物素材を使用せずに、植物素材だけで料理を作り、食べるものである。
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これはその前菜である。ハムやらソーセージやら・・・。食感や味もハムやソーセージに近い。

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これは「広東風ビーフ鉄板焼き・・・もどき」。味は・・・そこそこ、食感は・・・本物の牛肉と違って、均一である。本物のビーフだったら筋があったり、食感が不均一のはずなのだが。また、中華料理ならば当然骨も一緒に調理されているのが普通だが、これには骨がない。材料は、たぶん豆腐がベースのようだが、わからない。

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これは「魚料理・・・もどき」よく見ると、口のところはただ切り込んだだけで、本当の口ではない。皮は海苔と何かでできている。身は湯葉と何かを使っている感じ。でもよく味がしみ込んで、なかなかおいしい。

恵州にもこんな料理があるとは知らなかった。結構人気の店のようで、予約をしないと、個室は使えないらしい。スタッフのみんなに感謝しつつ、ありがたくいただいた。
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by wata1150 | 2011-09-08 23:12 | 挨拶

腎結石

昨日、日本から恵州に移動中、香港空港に降り立ったころから、何となく気持ちが悪くなった。緩慢な動作でイミグレーションを通過し、皇崗口湾を通過して、会社の車に乗り込んだ時にはすでになんとなく左わき腹が重い痛みを感じていた。

風邪かな?と思いつつ車での移動中、気持ちが悪くなり、高速道路であるにもかかわらず、車を道路脇に止め、吐いた。2度ほど同じことを繰り返した。脇腹はさらに痛くなり、気が付けばうめき声をあげていた。

脇腹が痛くなるということは、私は若いころに一度経験していた。30歳の少し前のこと、大阪にあった賃貸マンションでひとり暮らしをしていた時だった。深夜脇腹が痛く、苦しくなった。当時携帯電話もなかったころで、マンションにも電話を引いていなかったため、誰にも連絡できなかった。歩くことができず、車の通る道路まで地面を這って進み、タクシーを捕まえて病院まで行った。結果は腎盂腎炎とのことだった。

私はそのときの痛みに近い感覚があるような気がして、急遽会社のスタッフに応援を求め、車のドライバーには会社に直行するよう指示を出していたが、行く先を会社の近くの大きな病院に変更した。南方医科大学恵州協和病院というのがその名前である。もっともその時は病院の名前など目に入るわけではなく、会社の人事スタッフが指示した病院というだけであったが。

尿検査と超音波診断装置の検査結果から、腎結石と診断された。大きさは8mm×5mmとカルテには記されていた。会社のスタッフ4名が付き添ってくれ、痛み止めの点滴注射をほぼ3時間ほどやった。痛みはそれで収まった。さらに、利尿剤と炎症止めの薬をもらって家に帰った。水分を大量に摂取し、少しずつ石を移動させて流してしまうという作戦である。

はたして洗い流すことができるのか、どの程度の時間がかかるのか、ともかくそれで様子を見るしか仕方がない。
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by wata1150 | 2011-09-07 23:10

中国に戻りました。

日本に滞在すること、おおよそ10日間で中国に戻ってきました。

最初の5日間は、ほぼ仕事で客先に行くか、あるいは日本連絡事務所でスタッフとの交流や会議で過ぎました。後の5日間は仙台の我が家に久しぶりに戻りました。

私の実家がある宮城県亘理町には母と妹が住んでおり、最近は日本に帰った時には必ず顔を出すようにしています。特に亘理町は太平洋に面しており、3月の地震では海に面した荒浜地区は大打撃を受けました。前回、帰国時に荒浜まで行こうとしましたが、途中で道路は封鎖され一般車は入れないようになっていました。今回は、時間がなくいけませんでした。次回は何とか浜まで行ってみようと思っています。

実家は地震そのものの影響による家屋への被害は非常に軽微で、住み続けるのには何の問題もないようですが、それでも壁のひび割れとか、屋根瓦の一部落下があり、妹がその修理の手配をしているようです。しかし、実際に大打撃をこうむった地域の住宅復旧や道路や生活インフラの復旧が優先され、家の修理は来年に持ち越されそうでした。

仙台の我が家も一部損壊という程度の被害が最終的に確認されました。とはいっても、実際の修理の必要性はほとんどなく、問題はありません。生活インフラも完全に復旧しています。しかし、2~3km離れた折立地区などはがけ崩れや住宅の地盤の崩れなどがあり、かなりの住宅が居住できなくなっており、問題になっているようです。

次回、いつ帰国できるのかはわかりませんが、早く復旧してほしいと願いながら中国に帰ってきました。
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by wata1150 | 2011-09-06 22:28