「ほっ」と。キャンペーン

中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

<   2011年 04月 ( 9 )   > この月の画像一覧

またまた日本です。

4月に一度日本に来ていますので、4月に入って2回目の日本です。新横浜に泊まっています。とは言っても日本はゴールデンウィークの真っ盛り、おまけに震災の影響か、あちらこちらで暗いし、エレベーターやエスカレーターは動いていないし、飯屋や飲み屋は終わる時間が早いし。

明日は友人と会い、明後日は日本事務所に顔を出して、それから仙台に帰ろうと思っています。新幹線も動き出したし、まあハードだけは何とか復興が進んでいると言う感じです。

今回の訪日は、なんといっても主要なお客さんの生産や販売動向を調べることです。4月の始めに来たときもそうでしたが、その時点では地震からの時間が短くて、まだ会社の方向付けなども未だできていないと言う客先が多かったのです。そこで、この連休明けに再度いくつかの客先を回って、生産や販売の動向を聴いてみることにしたのです。

また、前回は仙台までの交通が復興しておらず、また仙台まで行っても、皆の迷惑になるだけという指摘もあって、仙台に行くことはやめたのでしたが、今回は復興も進み、また山形や青森に住む息子たちも休みを利用して仙台に来ると言うことなので、私も仙台に行くことにしました。私の家、そして母が住む家をメインに、仙台亘理周辺に住む親戚の情報も当たってみようと思っています。

何はともあれ、日本に来ると、ネットのDLが早くなり、また情報統制のファイヤーウォールで蹴られることもありません。非常に気持ちよくWEBを見ることが出来るのはありがたい気がします。私のブログもしっかり見ることが出来ます。中国とはえらい違いです。

中国にいると、ブログ投稿するのも、何か仕方が無くてやっているような感じがすることもあるのですが、自分の書いた文章や載せた写真を見ることが出来る環境になると、俄然投稿意欲がわいてくるのは何故でしょうか?まあ、日本にいるうちに、せっせと書きたいと思います。
[PR]
by wata1150 | 2011-04-30 22:06

壁に貼った地図

現在私の会社の居室の壁には「世界地図」が貼り付けてある。そしてその隣には「中国地図」と「日本地図」も張ってある。これは、最近会社でも、中国以外の世界のいろいろな出来事に関する話題が多くなり、それを、地図を見ながら話すことで、もっと現実感を持って話すためである。
e0026744_1152552.jpg


今まで私が接してきたこの会社の人にとっては、中国が世界唯一の世界であり、世界最大最強最先端国家であるような感覚で認識しているような感じがしてきた。それはいわば、その他の国については、感覚的には無関心でも良いような、あるいは中国が「鎖国」国家であるような感覚でもあった。

しかし、実際に仕事の上では、私を含め、外国人がこの会社に在籍し、仕事をしている。また、私どもの会社の製品も、日本を始め諸外国に出荷されるようになり、E-Mailでも、英語のこともあれば日本語の場合もあり、またアメリカ人やヨーロッパの国の人が会社に訪問してくれるようになって、会社自体が国際企業化しつつある感じが強くなってきている。

そんな中で、スタッフが外国のことが良くわからない、英語で送られてくるメールが読まれずには息されるようなことが起こってはならないということから、少しでもスタッフのみんなの心の中の国際化を進める、あるいは少しでも世界を理解できる助けにしようと思い、地図を入手し、貼り付けたのである。

地図を入手するに当たって、恵州市内の書店や地図を販売していそうな店を何件か当たってみた。中国全土の地図や、中国の各省の地図はわりと簡単に入手できた。が、日本地図はついに入手できなかった。そればかりか世界地図さえ入手できないのである。私なりにその理由を推測すれば、端的には「需要がない。だから、店に置いていない。」のである。「需要がない。」と言うことはつまり、市民に「世界について関心がない、あるいは希薄である。」と言うことなのである。つまり、精神的な「鎖国」状態になっているということなのかもしれない。

無論、ここは恵州市という広東省の地方都市である。100万人の人口を有する。流動性人口を含めればもっと多くの人がいるはずであるが。しかし、北京や上海、広州や深圳といった、大都会から見れば明らかに「田舎町」であることは事実である。それがゆえに、「世界」に関する関心が希薄と言うことがいえない事もない。

私は、帰国した時に書店で日本地図と世界地図を買い求め、中国に持ち帰った。それが今私の居室の壁に張られているのである。時々スタッフと地図のいろいろなところを指差しながら会話をしている。それもまた、楽しいことである。
[PR]
by wata1150 | 2011-04-27 10:53

引越しします。

私は今、恵州ウォールマートの上に建つマンションの一室に住んでいます。今回、その近所の新築マンションの一室に移ることになりました。

今は、私の中国における正式住所は会社の中の幹部社員専用の寮です。一度ブログでも紹介したことがあります。会社の寮も結構住み心地は良いのですが、市街地まではバスかタクシーで15分から20分ほど移動しなければならず、どうしても行動範囲は会社周辺に限られてしまい、飽きてしまいます。それで、ウォールマートのマンションを借りて、そこに住むようにしたのです。

精神的に疲れたときは、ウォールマートの中を歩き回ってウィンドウショッピングをしたり、周辺を歩き回ったり、喫茶店でコーヒーを飲みながら本を読んだりできるので、精神的なリラックスが可能になるのです。会社の寮にいれば、どうしても四六時中仕事が頭に残っているため、精神的な疲れが取れにくいのです。

何故、今回マンションを替わるかということですが、それは今度からマンションの家賃を会社が負担してくれることになったからです。従来はのウォールマートは、中古マンションでしたから、内装などもあまり良いというわけではなかったのです。しかし、家賃が自己負担でしたから、家賃が比較的安かったので、中古マンションであきらめて住んでいました。しかし、会社で契約してくれると言うことになったため、新築マンションに移ることにしたのです。

何故、会社出契約して家賃負担をしてくれることになったかということですが、大きな仕事が入り、現在の工場スペースでは手狭なため、従来の量があるスペースをつぶして、工場を増築することになったからです。新棟の着工はこの夏にも始まるので、その前に現在の寮の住人は外部に移らなければいけないのです。

新しいマンションは30階建てで、その23階部分の一室を借りることになりました。広さは2LDKで80㎡程度です。一人で住むには多少広いのですが、窓が2方にあり、見晴らしが良いので、気持ちよく過ごせそうです。子本的には”オール電化”マンションで、ガス配管はありませんが、外部業者と契約し、プロパンガスボンベを設置できるようになっており、炒め物など火力を使う料理なども可能です。もっとも、私は野菜炒めしか作りませんが。また、シャワールームが多少広いので、小さな風呂桶を買って、設置してみようかと考えています。実際に、できるかどうかはわかりませんが。

実際、会社の人事の人が、近々契約してくれるそうで、私は数日間、一人で今のマンションの片付けなど引越し準備に追われそうです。
[PR]
by wata1150 | 2011-04-23 12:22
4月も半ばを過ぎ、まもなく日本ではゴールデンウィークを迎えます。新緑が綺麗になってくる季節です。しかし、亜熱帯性気候のここ恵州では、春はきわめて短く、一足飛びに夏を迎えます。

4月の始めに日本に言って帰ってきたとき、10日ほど前でしたが、まだ防寒着がほしいほどで、上着を脱いでいる人はほとんどいませんでした。それが今は、日中は連日30℃をこえる暑さで、男性は上着を着る人はありません。女性はほとんどの人がタンクトップやノースリーブか半袖のシャツ、そしてミニスカートかホットパンツという、夏姿です。

私も、長袖のワイシャツを腕まくりして、通勤しています。なぜ半袖を着ないのかというと、オフィスではエアコンが効いていて肌寒いほどに冷えているので、オフィス内では長袖シャツとして着ているのです。ちなみに設定温度は23℃か24℃くらいです。

ここ恵州は大亜湾というところに近く、大亜湾には中国では未だそれほど多くは無い「原子力発電所」があります。したがって、電力供給は比較的安定しており、真夏の一時期を除いては、ほとんど節電などと言う言葉は会話の中に出てきません。で、今のような初夏の季節でも、エアコンがガンガン回っていると言うわけです。

会社の前の道路には、以前にも紹介したようにマンゴーの並木があります。そして、今年も小さなマンゴーの実をつけ始めました。まだ直径5cm以下くらいですが、そのうち7cm~8cm位になります。それでも、それらは町を歩く人や、鳥たちに食べられてしまうので、大きく熟したマンゴーが、木にぶら下がっているのを見ることは出来ませんが。

今年は、5月のGWに、帰国休暇取得して日本に帰り、久しぶりに震災後の我が家に戻ろうと思っています。
[PR]
by wata1150 | 2011-04-21 10:04
東日本大震災から一ヶ月以上が経過しました。我が家は大きな被害を免れ、一安心だったのでしたが、それでも、震災の被害の多い地域では、復興はやっと始まったばかりです。また福島第一原発は依然として予断を許さない状況の中、関係者の懸命の努力が続けられています。

今回の震災では、津波、そして原発事故が被害を大きくしました。津波が無かったら、原発の非常電源がちゃんと働いていたらと思うと、悔しい気持ちが一杯です。私が原発にかかわる仕事をしているわけではありませんが、今も原発で危険な仕事を一生懸命やっている人たちには、その悔しさは特に強いのではないかと思います。

今月の初めに日本に業務出張をし、日本の印象を投稿しました。「暗い」、「活力がない」、一言で言えばそんな印象でした。今でも毎日のように続く余震のなか、原発を失い、電力が足りなくなることが予想される中、それは当たり前なのかもしれません。しかし、そんな時だからこそ、元気を出し、いつも以上の活力で復興を進めなければいけないのではないかと思います。

国内外から多くの義捐金が集められています。いずれそれは多くの被災者に被災の度合いに応じて配布されるでしょう。また、公共のものに対しても使われるでしょう。今後も続けて募金活動が進められるでしょう。この義捐金の集められ方、また集まり方が日本と言う国の位置づけ、性格というものを表わしているといっても良いのかもしれません。どのような形で、どのような速さで、またどのような結果に復興が進むのか、と言うこともまた日本と言う国家の性格を現してくると思います。世界の人たちに、「さすがは日本だ!」と言われるような復興をしてほしいと思いますし、それを一国民として支援したいと、心から思います。

5月には、何とか仙台の家に帰り、実際に被害の様子、復興の様子を見てきたいと思っています。今はまだ、新幹線が仙台まで走っていません。27日ごろには開通するとのことです。一時は止っていた我が家への電力やガス、水道の供給が先月の末には回復し、今は普通の生活が出来るとのことです。足りなくて困っていたガソリンの供給も回復しました。さらに、妻が細々とやっている学習塾の仕事も、4月の16日から再開するとのことでした。娘が通う大学は、5月から再開とのことです。

津波をかぶって、使用不可能になっていた仙台空港も、先日羽田、成田、伊丹空港との臨時便が就航開始し、全面復活に向け進みだしました。被害の大きかった気仙沼港でも、マグロの水揚げが再開したとの記事を見ました。またこれで、私の好きな刺身が心置きなく食べることが出来ると、ひそかにニンマリしてしまいました。
[PR]
by wata1150 | 2011-04-18 13:06

日本出張の印象

東日本大震災からちょうど一ヶ月が過ぎました。私はと言うと、先週一週間日本に出張し、日本の様子を見てきました。関西から九州ではそれほど変化はありませんでしたが、関東では相当な変化がありました。

私の第一印象は・・・
1.日本が暗い
香港から、成田に向かう飛行機の乗客がやけに少なく、やはり原発事故の影響かな、と思いつつ日本につきました。しかし、人が少ないように感じたのは飛行機の中だけではありませんでした。成田空港から東京に向かう快速電車の中もガラガラ。
JR山手線でも、朝の通勤時間帯に乗ってみたのですが、なんと座って乗ることが出来てしまったのです。会社が休みなのか、放射能のせいで通勤を控えているのか?オフィス街も人が少ないせいか、なんとなく活気が感じられませんでした。
節電の影響もあるでしょう。しかしそれ以上に暗いと感じたのです。人々の表情も暗いように感じました。町を歩く人も少ないように見受けられました。

2.節電
-1.電車の社内で。
常磐線快速に乗りました。私はいつものように文庫本を取り出し、読み始めようとしました。ちょうど停車駅に到着。とたんに車内は真っ暗。車内灯が点いていないのです。確かに、節電が必要な時期で、無理からぬこととは思うのですが。
-2.駅のエスカレーター
ほとんどの駅で、ほとんどのエスカレーターが止っていました。これも節電協力ですね。しかし、重い荷物を持った私のような老人はどうしたらよいのでしょうか。「老人は外に出ないで、じっとしていてください。」と、言うことなのでしょうか?エレベーターもあります。しかし、そこまで重い荷物を持って歩かなければいけないのです。せめて、駅の改札口に、“動いているエスカレータは、どこにある”とか、“エレベータはどこにある”とか、表示したら、せめてそこまでがんばって行くのですが。
-3.駅構内も消灯
新横浜駅の構内はあちらこちらで、構内照明が消灯され、見えないほどではないのですが、“くら~い”感じです。人が少ないこともあり、少し気味が悪い感じさえしました。
2.募金活動
今回、いったところのほとんどすべての場所に募金箱を見ることが出来ました。その中には普段の募金箱にはめったに見られない、500円玉や千円札もかなり入っていました。コーヒーショップでも、昼食に立ち寄ったファミリーレストランでも、通りすがりに立ち寄った100円ショップでも見ることが出来ました。直接被害にあったところではない地域でも、この震災被害を一体感を持ってとらえ、一緒に復興しようと言う気持ちが伝わってきました。「これでこそ日本人」と、改めて日本人であることに誇りすら覚えました。
3.スーパーやレストランに品切れが多い?
食料品が満足にいきわたっていないのでしょうか。駅裏の一杯飲み屋でメニューの品切れマークが多く見られました。開店してまもなくに時間でしたが。食品スーパーでも、生鮮食品などは品数が以前より少ない様子でした。

ニュースでは、1000億円以上の募金が集まったとのこと、また世界各地からの感動的な募金や支援活動がインターネットや新聞のニュースでも見ることが出来ます。しかし、復興活動はまだ始まったと言えるまでに至ってなく、原発問題も長期化の様相です。

私は、中国に住み、仕事をしていますので、直接私の身の上に影響が出たわけではありません。しかし、早く日本が以前のように活気あふれる国に戻って欲しいと思いますし、私で出来ることなら、支援もしたいと思っています。
[PR]
by wata1150 | 2011-04-10 16:57

博多 P社の桜

仕事で訪れた博多のP社の庭には桜並木がある。例年見事な桜を咲かせ、訪れる人だけではなく、地域住民の方々もその見事な桜を眺めて堪能しているらしい。

あいにく私は、何度かP社を訪れたことがあったのだが、一度も桜の満開に出会ったことは無かった。今回訪れ、やっと巡り会えたので、守衛さんの許可を頂き、写真を取らせてもらった。

e0026744_16474297.jpg

ちょうど今が満開と言う桜並木である。あいにく空は曇り空で、バックが白だったため、その美しさはいまいちである。バックが青空であれば、最高だったに違いない。

e0026744_164883.jpg

構内の一角にある桜のトンネル。ピンクではなくかなり白っぽい桜の花の色が芝生の緑にマッチしている。このような桜のトンネルも、私自身写真では見たことがあるのだが、実物は初めてで、感動させてもらった。
[PR]
by wata1150 | 2011-04-09 22:46

A氏に偶然会った。

博多のホテルにいたとき、私の携帯が鳴った。以前日本で勤務していた会社の同僚、Aさんからだった。
彼はまだその会社の現役で仕事をしている。

彼は私のブログを読み、今日本に来ており、博多にも来る事を知って電話をしてきたと言う。彼は、横浜のオフィスで、ある商品の海外販売の責任者であり、非常に多忙で海外出張が頻繁にあることから、横浜に私が行く機会はあっても、なかなか彼には会えないでいた。

そこに彼からのそんな偶然の連絡があったので、早速、翌日午前中に博多で会うことにしたのである。

私はもともと、博多に行き、A氏が現在勤務する会社の、他部門を訪問する予定だった。それで、アポイントは午後であり、午前中はゆっくりするつもりだったのが、急遽午前中からその会社を訪れることになったのである。

彼は、転勤で横浜から博多に単身赴任をしていると言う。ほかにも同僚数名が横浜から移動してきたと言い、その名を挙げた。何人かは私も知っているメンバーで、懐かしくその噂話を聞いた。以前は購買を担当していたYさん、今は博多でCS関連の仕事をしていると言う。

以前、設計をやっていたS君やI君など、多くのスタッフが横浜から博多に移動してきたと言う。会社が大きく組織改変を行っているので、今後も大きく動くのではないかと言う。

私もその会社で、大阪で入社し、門真、豊中、庄内、茨木などの事業部をへて、東京に転勤した。その後横浜の綱島、そして鴨居と移動した。海外関連の仕事は東京に移ってからで、その後は20数カ国を出張で訪れた。

A氏は私が始めてあったのは彼が綱島で製造のリーダーだった頃だった。ある日突然にカナダのトロント勤務を命ぜられ、それから彼の海外勤務が始まった。カナダ、アメリカで現地間転勤を何度か行い、日本に帰ってきたのは10年くらい前であったろうか。彼は家族帯同でアメリカ暮らしをしていたので、子供もアメリカで生まれた。4人の子供のうち何人かは日本国籍、何人かはアメリカ国籍と聞いている。

海外で大いに活躍した彼も、50歳を越した。会社の制度で、役職定年になり、いまは役職の肩書きも無いまま、しかし、しょっちゅう海外を飛び回って仕事をしている。私は彼より10歳年上だが、彼に負けず、頑張りたいと思う。
[PR]
by wata1150 | 2011-04-08 22:33

明日から日本出張です。

明日から日本出張です。

未だ地震から復活できてなく、産業界は生産が、物流が、そして部品供給がまだ不十分なままです。わが社は電気部品を生産し、日系メーカを始めとして世界各地に供給しています。今回の出張は、十分に復活できていない状況を確認し、今後のわが社の生産販売計画の見直しをするためです。

わが社では日本に直接部品供給することは少なく、日系メーカーの中国を始めとする海外工場や、その外注工場に納入するケースがほとんどです。しかし、完成品メーカーではサプライヤーからの部品供給が十分ではなく、生産数を減少させたり、工場の一時休業を余儀なくされたりする事例が少なくありません。その結果わが社の出荷数量や販売金額にもすでに大きな影響が出てきています。そのため、実態を出来るだけ正確に把握し、わが社の販売計画を見直し、損害を最小限に抑えるための情報収集が主目的です。

いつもなら、日本でいつも私の客先訪問に同行してくれているZ君が、今回はいません。彼は奥さんと共に中国に戻ってきています。中国人の奥さんは日本の地震、津波、そして原発事故で少なからずショックを受けており、一人で日中日本にいることが相当に不安なようです。それで、Z君と共に、一時帰国することにしたのです。

Z君がいないため、今回はわが社のもう一人の日本人、S君を連れて日本に行くことにしました。日本には行くことが出来ても、我が家のある仙台まで行くことは、今回はあきらめました。本当は仙台の我が家や仙台から近い母親が住む亘理などに行き、家族の無事を確かめたいのです。しかし、亘理まで行く足が無く、仙台まででも大変な思いをしなくてはいけないようです。

今回は、東京に入り、横浜、名古屋、そして博多を回って中国に戻る一週間の出張になる予定です。きつい旅行になりそうですが、老骨に鞭打って、出張をこなしたいと思っています。そして5月の連休明けには、休暇をとって再度日本に行き、仙台に帰ろうと考えています。
[PR]
by wata1150 | 2011-04-01 22:41