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中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
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大晦日です

大晦日です。3年ぶりに日本で新年を迎えます。

私が中国恵州にある会社に勤務を始めてから、4年がたちました。その中で日本に帰って正月を迎えたのは一回だけ、あとは恵州に残って勤務していました。会社は原則的には1月1日のみが休みで、あとは出勤です。しかし、今年は1月1日は土曜日、2日は日曜日で連休になります。また、リーマンショックによる世界金融恐慌をはじめとする、さまざまな諸問題が会社の経営に大きく影響し、とても会社を休んで新年を迎える気になれなかったこともありました。

しかし、今年は、そんな影響も落ち着き、2011年の年間計画もさほど大きな問題も無くできました。それで、久しぶりに日本で落ち着いて正月をしようかと思い立ち、日本に帰ってきたのです。

昨夜以来の雪は落ち着きましたが、それでもまだ降ったり止んだりです。気温も0℃~から1℃くらいで非常に寒い日が続いています。
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私のいない間、仕事をして家計を助けてくれ、リウマチが悪化して大学病院でかなり大掛かりな検査の上治療を始めた妻。そして、大学に通いながら妻を助けて家事をしたり、妻の仕事を手伝ったりしてくれた長女。その代わり、家の中はあまり片付ける時間も無く乱雑になっていた部屋を、今日は3人で少しだけ片付けました。

残念ながら、弘前にいる長男、山形に居る次男はそれぞれ仕事の都合で帰省出来ません。それでも、除夜の鐘がなる頃には電話をくれるかもしれないと、妻と二人で期待しています。

そして、今は久しぶりに紅白を見ながらくつろいでいます。紅白を見ても、知っている歌手や歌は少なくなりました。妻や長女に解説してもらいながら、静かに来年を待つつもりです。
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by wata1150 | 2010-12-31 20:11

仙台は雪でした。

仙台に帰ってきました。正月時期に仙台に帰るのは3年ぶりです。

東京からは新幹線でしたが、年末の帰省ラッシュのピークと重なり、指定席は取れませんでした。自由席に並ぶにしても、人がホームからあふれており、どこが目的の列やらまったくわかりません。駅員さんや、並んでいる人に聞きまくって、2本の列車をやり過ごし、やっと座席に座ることが出来ました。

以前、横浜に住んでいた頃、毎年のように年末年始は仙台に帰省し、そのたびに新幹線を利用していたことを思い出しました。その時も、結構込んでいて、自由席に席を見つけるのは大変な思いをしたものでしたが、何とか座って帰省したのでした。今日は、結果としては何とか座席は確保したのですが、自分の行動のすばやさがなくなってきており、もたもたしていることに気がつき、改めて老いを感じてしまいました。

仙台に着くと、外はどんよりとした曇り空、今にも雪が降りそうな天気でした。駅構内の喫茶店でコーヒーを飲みながら一休みし、改めて外に出てみると、雪が降り出していました。車を運転していると、雪の粒が車に向かって襲ってくるようです。改めて、故郷に帰ってきたという感じがしました。

今はまだ積もるほどでは有りませんが、このまま降り続ければ、明日の朝は白一色になっているかもしれません。
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そして、明日は大晦日。早くも2010年は終わりを迎えます。

弘前にいる息子は今年は帰ってこないでしょう。山形の息子は帰ってくるのでしょうか?妻と娘と3人で正月を迎えることになるのかもしれません。
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by wata1150 | 2010-12-30 17:12
突然のフライトキャンセルに、搭乗予定のお客さんたちは、怒りをあらわにする元気も無く、ただ呆然とするのみでした。8時間も待たされ、しかも、一度搭乗し、一度降りて、また搭乗し、さすがにうんざりしていました。わたしもさすがに、「もういいや、ともかくベッドで休みたい」という気持ちが先にたちました。翌日当社に来ていただく客先の方に、私が参加できなければ申し訳ない、という気持ちで深夜まで、フライトを信じて待っていた訳ですから。

ともかく、フライトキャンセルという決定で、やむなく機外に再びでました。航空会社のほうで、ホテルを手配するとのことでしたので、カウンターの前でどういう手配になったのかの説明を待ちました。ところがこれが意外に手間取ったのです。まず、飛行機を降りたくない、ということで飛行機に残る人が居たということです。この人たちの言い分は「飛行機を降りたら、次、いつのフライトで行けるのか不明確、もしかしたら代わりのフライトは無いかもしれない、との不安から、機内残留という強硬手段に出たようです。

もうひとつの問題は航空会社に預けた手荷物です。手荷物はすでに機内に運び込まれています。これを取り出すのに、個人照合や何やで1時間以上を要しました。結果として、取り出せなかった人も出たようです。

さらに、空港から契約ホテルまでのバスの手配です。バスを待つこと30分以上、寒くて、小雪がちらつく上海空港で、待つ羽目になりました。そしてホテルに着いたのは午前2時ころでした。

ホテルにチェックインしようとして、またトラブル発生です。一室2名で部屋は予約されていました。数人の女性の一人客からクレームが出ました。「自分は一人部屋にしてほしい。一人の旅行なのだから、他人と同室での宿泊はいや!」というものです。これは道理です。しかし、航空会社の手配は”二人一部屋”でした。ホテルの言い分としては、「一人部屋なら一人100元の追加料金が必要」ということです。数人の女性が100元を支払い、一人部屋を獲得しました。私はS君と同室でしたが、それぞれ100元を払い、最終的には個室にしました。

部屋に入ってシャワーをひねっても熱いシャワーは出ません。わずかにぬるいシャワーが出るだけです。これでは風邪を引きかねないと、シャワーを遠慮しようとした時、部屋の中にエアコンを見つけ、ためしに運転してみると、暖かい空気が出てきました。「これは助かった」と、あきらめかけたぬるいシャワーで体を洗いました。

航空会社の話では、翌朝10時に臨時便を飛ばし、乗客を運ぶとのことでした。モーニングコールが7時にあるとのことでした。「早く寝ないと、朝起きれない」と思いましたが、頭が興奮状態にあり、簡単に眠れるものではありませんでした。そこで、パソコンを取り出し、インターネットでメールのダウンロードを行い、それでやっと眠りに着くことにしたのです。時間は多分3時を回っていました。

翌朝は6時にモーニングコールがありました。7時にロビー集合ということでした。6時半頃に起きて、ロビー脇のダイニングで簡単な朝食を済ませ、バスで空港に向かいました。空港についてみると、確かに10時に便があるとのこと。昨日の航空搭乗券と、今日の臨時便の搭乗券とを交換し、チェックインし、改めて手荷物検査を済ませました。ところが、ゲートに行ってみると、すでに飛行機は待機しています。これで、何とか恵州に帰れる、と喜んだのはつかの間でした。10時発が13時発に変更になり、さらには15時発に遅れ、そして昨日乗るはずだった16時40分より遅れる17時発までずるずる遅れてしまったのです。

搭乗予定の乗客たちはまた騒ぎ出しました。
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なぜ、10時発予定がずるずる遅れたのか。原因は多々あったようです。昨日航空機の中で、居座った乗客が居り、新たなフライトの搭乗券を持っていないこと、遅れた原因を航空会社に説明を求め、損害賠償をと騒ぐ乗客たちが出始めたこと、乗務員や機長の人的やりくりに時間を要したらしいことなどのようでした。

結局はゲートで待機する客の代表と、機内に居座った客が交渉し、航空会社に謝罪を要求し、また、全乗客に300元を払い戻すことで乗客たちのほうは折り合いがつきました。そして、航空会社がそれを了承し、搭乗が始まりました。なんとそれは午後7時を回っていました。

午後8時頃やっと飛行機は離陸し、途中福建省でワンストップし、深圳空港到着はおおよそ深夜零時頃でした。結果として27時間の遅れになったわけです。その間食べたものは、航空会社が用意した、機内食用の弁当を3個か4個、そして朝に食べた軽食だけでした。

上海浦東空港は中国の国際空港の中でも代表格の近代化された大きな空港で、レストランや喫茶店など、かなり充実しています。しかし、情勢がどう変化するかわからないことから、ゲートから動くことが出来ず、結局弁当だけを食べて過ごす羽目になったのでした。

この事件後、感じたのは、たとえ有名な航空会社であっても、現場のスタッフ、乗務員などには問題解決能力が無い、またはその権限が与えられていないということです。こんな問題がおきたら、日本の航空会社であればどうしたであろうか?まず2日がかりになることは無いであろう、と思うのです。もう少し、現場スタッフの判断で問題を処理し、大きな問題になる前に決着していたのではないかと思うのです。それがなぜ、こんなに時間がかかり、また大問題になってしまったのか。担当者の責任感、責任者やスタッフの面子、目先の損得に対するこだわりなどが、潜在的にあるのではないかと思うのです。

こういった潜在的な考え方は、私の会社の中にでも、大きく存在しています。この考え方を取り除かない限り、こういった問題は何度でも再発するのではないか、場合によっては中国という国の「アキレス腱」になるのではないか、そんな気さえするのです。
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by wata1150 | 2010-12-27 22:46

忘年会

2010年度の忘年会がありました。

2010年度、業務部(営業部門)としては、2009年末に作成した2010年度販売計画をわずかながらオーバーした販売で、終了することが確実になりました。そして、2011年度の販売計画を2010年度実績のおおよそ20%アップした数字を計画することが出来ました。それで、業務部一同そろって、会社の近くの酒店で忘年会をすることにしたのです。

一次会は形どおりの中華料理、というより「海鮮料理」でした。この、麗景湾酒店というところは、私やほとんどのメンバーにとっては初めてのところだったようです。が、真新しい建物で、内装も清潔にしてあり、雰囲気は悪くなさそうでした。ただし、料理に付き物のお酒は「白酒」。アルコール度数40数度の強い酒です。そして、独特な臭いがあり、私にとっては、あまり得手ではない酒です。しかし、スタッフたちはそんな私の気持ちなどに関係なく、乾杯を繰り返し、相当に酔っ払ってしまいました。

2次会は「KTV」、いわゆるカラオケです。とはいっても、女性社員が半分を占め、また、子供も何人か同席していたため、「KTV」には付き物のKTV小姐は無し。きわめて健全にカラオケを歌って楽しみました。もっとも、白酒で酔ってしまった私は、隅のほうで眠り込んでしまっていましたが。

気がつくと、何人かがカラオケから消えており、どこかでマージャンを始めたとか。私と数人のスタッフはマージャンの見学です。

そして、深夜には数人のスタッフとともに忘年会を脱出し、帰宅しました。が、KTVグループ、マージャングループなどは明け方まで遊び続けていたのだそうです。さすがは若さの力です。この力をもっと仕事に使ってくれたら、もう少し販売は伸びたかもしれないなどと、ぼやきも出てしまいました。

来年の末にも、楽しく忘年会が出来るよう、業務成果が計画を上回ることが出来るよう、頑張って行きたいと思いました。
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by wata1150 | 2010-12-26 22:19

Marry X'mas and Happy New Year

今日はクリスマスイブ、そして、今年もあと一週間で終わりです。

今年の最後の仕事である、2011年度の計画もほぼ終わりました。2010年度実績比120%程度の計画を立てることが出来ました。

しかしながら、会社側から見れば、20%程度の成長では、決して高い成長とはいえないのが実態です。中国のインフレは政府の目標や発表された数字を上回っている感じですし、その影響は市民生活上ですぐにでも現れてきています。

スーパーに並ぶ食料品の価格は軒並み上昇しているようです。わが社の家庭主婦兼任の女性社員たちの井戸端会議の話題は常にそのような生活物価の話です。また、政府が何とか抑えようとしている住宅価格も、期待に反して、ここ恵州では、なかなか上げ止まりません。昨年暮れに1平方メートル当たり4500元から5000元だったマンションは、今は6000元近くしています。

中国政府が、各主要銀行に対して示唆した「預金準備高」を徐々に上げて、市場に流通するお金の量を減らそうとしています。また、貸付金利も今年は再三にわたって上げていますが、なかなかインフレの進行を止めるまでには至っていないのが実態のようです。

そして、会社側にとって頭の痛いのが、労働者不足と人件費の大幅な上昇です。わが社でも、来年度を皮切りにして給与制度を見直し始めました。物価スライド制とはいえないまでも、実質生活レベルを維持できるだけの給料を払うことを決断したのです。それでも、2011年は十分な労働者が確保できるのかどうかは、旧正月が終わってみないとわかりません。人手不足の影響で、客先からの注文はあっても、製品を出荷できるかどうかは、ひとえに労働者をどれくらい集められるかどうかに、かかっているのです。

久しぶりに、私は年末に帰国休暇をとることにしました。29日に帰国し、1月5日に中国に戻る予定です。家族と一緒に正月を日本で過ごし、ますます混迷している中国の中で、最大限の奮闘をするための英気を養って来たいと思っています。
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by wata1150 | 2010-12-24 00:57
上海に行き、上海から深圳に戻る飛行機でトラブルが発生しました。

定刻16時40分上海発福建省晋江空港経由深圳行きの深圳航空便です。
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深圳空港は、客室乗務員に美人女性を集め、アイドル化し、それを売りにした経営戦略を行っていて、事実、いつ乗っても、はっとするほどの背が高くて、きれいな乗務員が乗務しています。そして、最近は日本行きなど、国際線の拡充にも力を入れており、人気の高い航空会社です。

さて、上海での仕事を終え、私と同行のS君は比較的早めに、15時過ぎにはチェックインし、まっすぐゲートまで進みました。搭乗予定の航空機はすでにゲートにあり、客の搭乗を待っている状態でした。

外は小雪が舞っており、芝生は多少白くなっていましたが、飛べなくなる状態ではないと思っていました。

16時10分頃から搭乗が予定通り開始されました。16時半過ぎにはゲートクローズ。機内は一席の空席すらない満席状態です。出発には何の問題も無いはず・・・でした。ところが、・・・・・・・・・・・・。

定刻になっても飛行機は動く気配がありません。まあ、中国では20分や30分の遅れは当たり前の感覚ですから、この時点ではどの乗客もおとなしく雑誌を読んだり、早々と転寝を始めたりして、至極平和だったのです。

しかし、搭乗してからおおよそ30分くらいを経過し、機内アナウンスがありました。「上海の天候が悪く、回復を待っている」とのことでした。以前から、上海空港は天候が悪くて、飛行機の離着陸が遅れることはしばしば経験していましたから、まだまだ、どうということは無く、天候回復を待っていたのです。

やがて、待ち始めて2時間も過ぎたころ、おおよそ18時半頃だったでしょうか、本来離陸後に供されるべき夕食用の食事が配られました。お客さんたちも、それぞれに食事をし、さらに「天候の回復」を待ったのです。午後8時(20時ころ)、2回目の食事(パンや飲み物などの軽食)が配られ、それを食べ終わる頃になり、一部の乗客が騒ぎ始めたのです。「今日中に深圳に着くのか」「本当に飛ぶのか」などという質問が客室乗務員に浴びせられ始めました。もっとも、この時点では、乗客たちも、「まあ、遅くなっても今日中には飛ぶだろう。」と思っていましたが。

客室乗務員も深圳に居住する人が居て、「私も深圳に帰るのです。絶対飛びますから、静かに待っていて下さい。」などと答えていました。が、しかし、21時頃になり、飛行機のドアが再び開かれ、乗客たちはいったん外に出て待機するよう、指示がありました。どうも、墓の航空会社のフライトも遅れている様子です。しかし、少なくとも一度機外に出れば、常識的にそれ以降一時間は飛ばないという感じです。S君は深圳空港に迎えに来ている会社の車のドライバーに連絡を取り始めました。

また、一部の乗客たちは今日のフライトをあきらめ、上海市内に去っていく人も出始めていました。

私たちは、今日、最悪でも今夜中に深圳にたどり着けばいいと思っていました。明日昼頃に会社に来るお客さんがあるので、最悪それに間に合えばいいと思っていました。したがって、その時点ではまだ余裕があったのです。

午後十時頃、再度搭乗が開始されました。ちょうど反対側にあったゲートから、四川省成都行きの飛行機が、同じく満員の乗客を乗せ、ゲートを離れていきました。私たちは、深圳行きもまもなく出発できると信じて疑いませんでした。

しかし、搭乗が済み、機体のドアーがクローズされても、一向に動く気配がしないのです。そしてまた、機内食が配られました。乗務員に状況を聞いても、「わからない」を繰り返すのみになってきました。

乗客たちは今度は真剣に乗務員たちに詰め寄ったり、航空会社に抗議の電話をしたりし始め、機内は騒然としてきました。そして運命の午前0時半。

突然「フライトキャンセル」のアナウンスが入りました。16時半から8時間も待たされた挙句の「フライトキャンセル」でした。

続きは次回に書きます。
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by wata1150 | 2010-12-20 00:07

上海の雪

上海に出張しました。ハプニングの連続でしたが、それはそれで、よい経験をしたいうことにして、次回に少しだけ投稿します。

寒い上海で、やはり夜は雪になりました。そして朝方、ホテルの前の植物の葉に積もっていた雪です。
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また、これは市内から浦東空港まで行く電車の中で見た、建物の上にうっすら積もった雪です。
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今年の上海は寒いそうで、この朝も氷点下まで冷え込んだそうです。それでも、上海のオフィスには暖房が入っており、寒さを感じさせませんでした。私が居た5年前の上海では、暖房が無く、つらい思いをしたのだったのですが。

また、上海だけでなく、浙江省の杭州などでも積雪があったようです。寒いのはいやなのですが、真っ白な雪を見るのは楽しく、一年に一度くらいは恵州でも雪を見たいものです。

仙台の我が家では、今年は雪が降っただろうか。明日にでも、家に電話をしようと思います。
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by wata1150 | 2010-12-19 21:06

今年の冬は寒い?

ここ数日、寒い日が続いています。朝方などは、亜熱帯気候地域であるはずの、ここ恵州でも5℃くらいまで冷え込み、雪でも降るのではないかと思えるような寒さです。

今年は非常に暑い夏でした。夏が暑いときは、冬は寒い傾向にあるようで、皆が”今年の冬は寒いぞ”と、言っています。私も、先週から暖房器具を引っ張り出して使い始めていますが、それなしにはとても過ごせないような寒さです。

例年ですと、年が明けてから使用する厚手のダウンコートや、スキーでも使えそうなジャンパーを引っ張り出しました。来週からはそれを使わざるを得ないかもしれません。ダウンのコートにしても、ジャンバーコートにしても、もう10年以上も使用していますが、さすがに年間に使用する回数は少なく、まだ痛みも来てません。それでも、たまにはトレンチコートなども着てみたいと思いながら昨夜、押入れの隅から引っ張り出してきました。

年末が近づき、年末ならではのデコレーションが目に付くようになって来ました。近所のスーパーやデパートではクリスマスの飾りつけが人目を引いています。中国ではクリスマスはあまり特別な意味は無く、もっぱら商戦の景気付けに利用されて居る様子です。それでも、年々飾りつけは派手になってきている様子で、ネオンランプの形や色、飾り付けのデザインなども年々楽しくなってきています。ツリーの色にしても、白いツリーや緑のツリーなど、さまざまで見ていて非常に楽しくなってくるようです。

一方、私のほうは、仕事が忙しくなってきて、あまり町をぶらぶらする機会が無いのですが、それでも、週末には防寒着を着込んで、スーパーなどを歩き回ってみようかなと思います。
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by wata1150 | 2010-12-16 12:14

ついに暖房機使用開始

今日も寒い一日です。ついに私の部屋にも暖房を導入しました。この広東省ではあまり暖房の意識が無く、ホテルやデパートでも、暖房は入っていません。「寒かったら、何か着れば良い。そんなに長い冬ではないのだから。」とみんなは言います。でも、私は寒さに耐えるほどの意識はありません。日本で、十分に暖房設備の恩恵にあずかって来ましたから。

私の部屋で導入した暖房設備は二つです。ひとつは電気敷き毛布、そしてもうひとつは電気温風器です。まあ、どの程度の暖房効果があるかはわかりませんが。

電気毛布は私が、恵州に来た初めての年に、私が入社したての時で、いろいろ世話をしてくれたC君がその先輩から譲り受けたもので、だいぶ古いのですが、それほど使っていないので、まだ十分に使えるようです。

電気温風器は昨年購入したもので、さほど使わずに暖かくなってしまい、ほぼ新品同様です。
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十分だとは言えないかも知れませんが、”無いよりまし”と思って、今年の冬を乗り切りたいと思っています。
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by wata1150 | 2010-12-11 18:53

スタッフ募集中

早くも12月、日本流に言うと”師走”です。私の仕事は”師”ではありませんが、相当にばたばたしています。

2011年の販売計画のまとめがまだ終わっていません。業務部(営業部)経理のRさん、毎日のように販売スタッフと数字とにらめっこをしながら、やっとあと一息というところまで追い込んできました。今日話を聞いたところでは、2010年比でプラス20%程度の計画になりそうです。

2011年に立ち上がる新製品がたくさんあり、客先の弊社工場に対する工場監査日程がぎっしりです。特に、日系各社は、少なくとも2010年よりは2011年が相対的に市場はよくなると見ているせいか、また、長引く円高で日本国内サプライヤーをあきらめ、比較的価格的に安い中国や東南アジア系のサプライヤーに乗り換える動きが加速しているのか、昨年の今頃に比べても、業務部全体としてかなり活況を帯びています。

また、2011年計画によれば、日系客先向けの販売が大幅に伸張する見通しで、ここに来てスタッフの人手不足も目立ってきました。ラオパンと相談し、一名の日本人スタッフを増強することで合意し、現在募集中です。昨年または今年の大学新卒で、中国語ができること、中国恵州に勤務可能で、できれば理科系が望ましいと思っています。男女を問いませんが、少なくとも3年~5年は勤務してほしいと思っています。それ以降は希望があれば、新横浜にある、日本連絡事務所に勤務も可能です。

ちょっと、人材募集広告もしてしまいましたね。自薦他薦を問わず、ブログにE-Mailアドレスおよび電話連絡先などを鍵コメで入れていただければ、こちらから連絡します。

来週から2週間ほどは超過密日程で、想像するだけでもため息が出そうです。しかし、ここが正念場と思い、がんばろうと思っています。

今年の年末年始は、久しぶりに我が家に帰り、日本の正月を過ごしたいと思っています。妻も病を押して仕事をしていますし、娘は大学も後残すところ3年となり、少しは経済負担も軽くなるはずです。日本で温泉にでも行ってのんびりと疲れを癒そうかと思いますし、90歳を超えた母親にも会いたいと思います。

忙しさの傍ら、ふと「もういくつ寝るとお正月・・・」などと思いながら、パソコンに向かっています。
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by wata1150 | 2010-12-10 23:54