中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
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我が家の庭の春

久しぶりに仙台の我が家に帰った。日本出張の合間を縫っての帰宅なので、それほど時間が有るわけではなく、僅かに一泊2日ではあったが。幸い、天候は良く、快晴で、久しぶりに庭の様子を眺めて、しばし日ごろのわずらわしさから抜け出る時間を得た。

遅い春がやっと来た感じの庭ではあったが、其処にも春は確実にやってきていた。
桃の花、数年前に苗木を購入し、庭に植えておいたのだったが、いくつかの白い花を咲かせていた。
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また、同時期に植えた八重桜もつぼみが膨らみ、もう少しで咲こうとしていた。
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また、そのほかにも庭木に花が咲き、春の息吹が十分に感じられた。
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庭の生垣や、植木は昨年末に手入れしたままで、新芽が吹き出すにはいたっていない。今年は多少春が遅めなのかもしれない。それでも、植物は確実に昨年より僅かにではあるが成長していた。来年はどのくらい伸びているのか、どのくらいの花をつけるのか、来年の春にはまた少しの時間でも、除いてみようと思いながら短い我が家の休日を終え、また仕事に戻ることにした。
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by wata1150 | 2010-04-28 22:25

高橋尚子さんの色紙

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先日、日本出張中に九州博多にある、T社を訪問したときに、その応接室にて見かけたものである。

「何も咲かない寒い日は、下へ下へと根を伸ばせ。やがて大きな花が咲く。」

まさに、私の心に食い込んでくる言葉であった。

私が現在奉職している会社は、経済恐慌の影響から向け切らず、連日苦心を迫られている。まさに「何も咲かない日々」なのである。が、今が実力を養い、「暖かい春が巡ってきたときには、大きな花を咲かせてやる!」と意気込むときなのかもしれない。花が咲く時期を目標に、連日花が咲きにくい、結果が見えにくい日々の中でしっかりと会社としての実力をつけてゆかねばならない。

改めて思い知らされた一文であった。
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by wata1150 | 2010-04-25 01:56

忙中閑有り

12日間に及ぶ日本出張も終わりに近づいた。関東一円の客先を、新横浜のホテルをベースにして、一回りしたあと、京都、名古屋、博多、大阪そして岐阜と回り、やっと新横浜に戻ってきた。来週は恵州に戻る。

元来、私は旅行好きであり、以前の会社にいるときから、国内出張、海外出張を問わず、出張先で時間を見つけては観光スポットを短時間で駆け巡り、私の記念にしていた。

今回、京都を訪れる機会を得た。出張で新幹線京都駅に降り立つのは多分これが2回目であったろうと思う。一回目のときは、本当に時間がなく、京都駅⇒客先⇒京都駅という、悲惨な出張であった。今回は何とか時間をということで期待していたのだった。

そして、昼食時間を削って訪れたのは「嵐山」である。嵐山といえば、桂川そして渡月橋。また寺社で言えば「嵐山大覚寺」などがある。しかし、生憎の雨天だったため、タクシーで渡月橋に行っただけで終わった。
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雨天であったが、渡月橋には大勢の観光客があふれており、さすがは日本の代表的観光地と思わざるを得なかった。しかし、京都駅に戻る時間が迫っており、再び、タクシーを走らせ、京都駅に滑り込んだ次第であった。

最近は忙中忙有りの感で、なかなか忙中閑有りとは行かないようである。
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by wata1150 | 2010-04-24 23:14

寒い日本

日本出張2日目です。今日は朝早くに、茨城県取手に行って来ました。

それにしても寒いです。先週マレーシア、シンガポール、インドネシアと回り、暑さに慣れてきていただけに、この寒さは身にしみます。今日の最高気温は何度だったのでしょうか?誰かは最高が7度、最低が3度とか言っていましたが、多分そんな温度だった気がします。

おまけに、一日中どんよりとした曇り空で、時折小雨が降る天気で、寒さをいっそう体感します。関東でも一部の地域ではみぞれ交じりの雨になったところもあったとか。

私が今回日本に持ってきた衣類はといえば、夏物のスーツに夏物のワイシャツ、そして春物の薄手のコートです。普段着に着る物として、ジーパンにポロシャツというなんともお粗末ないでたちです。これではこの寒さの中で歩き回るのはとても辛い感じです。ユニクロでセーターでも買おうかなどと、思ったりしながら早めにホテルに戻り、”バブ”を入れた浴槽に浸かり体を温めています。

土日は病院に行く以外は完全休養を決め込むか、以前勤務した会社の誰かに電話をかけて呼び出し、久しぶりの気の置けない会話を楽しむか、明日になってから考えます。とりあえず明日は朝からかかりつけの医者を訪問、持病の糖尿病のチェックと薬の補給をしようと思います。

予報ではこの寒波はまだ続きそうだとか。来週からは、横浜⇒名古屋⇒博多⇒大阪⇒岐阜と回り、横浜に戻る行脚です。日本駐在のZ君と一緒なので、彼が頑張ってくれれば私はらくちんです。やはり、一人では結構旅行も苦しい年齢になってきたようです。

会社のほうも今が正念場。気合を入れなおして後一週間、頑張ろうと思います。
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by wata1150 | 2010-04-16 23:43
日本に帰ってきました。無論、出張帰国です。今年、2010年、2回目の日本です。今回は4月25日までの約12日間の滞在です。

先週の気温35度の常夏の国の出張から一変し、寒くてたまらない日本です。昨日成田に降り立ったときには15度を下回った程度の気温でした。しかし、今日の横浜は8度との事。そして明日は3度くらいにまで下がるのだとか。なんと言うことか、真冬に戻ってしまう感じです。

寒い中、また小雨が降る中、今日は千葉県佐倉に行って来ました。佐倉のお客さんのアポは14時だったのですが、新横浜から新幹線と在来線の特急を乗り継いで12時には佐倉についてしまいました。そこで、時間待ちをしようと、雨の中しばらくコーヒーショップを探したのですが、JR佐倉駅は特急が止まる駅らしくなく、駅前は閑散としており、喫茶店など見当たりませんでした。
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が、ふと眼に止まったのがこの店。
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一応、喫茶店らしいお店です。コーヒーくらいは飲めると思い、中に入りました。中はテーブルが5組くらいだったでしょうか。小さなお店でした。店員さんは中年のおばさん2人のほかには誰もいないお店で、申し訳程度にケーキ棚には3個のショートケーキが置いてあり、そのほかは本当に何もないお店です。

「まあ、いいか」と、コーヒーを注文し、タバコを取り出そうとすると、禁煙のマーク。灰皿もなければ喫煙コーナーもない店なのです。コーヒーにタバコは付き物と思っていただけに、多少のショックです。「ああ、日本もここまで禁煙が進んだか」と思いつつ外に出てタバコを吸いました。無論、外にも灰皿はなく「ポイ捨てもままならない」状態です。

すると、店員のおばさんの一人が、灰皿に・・・と出してくれたのがこの竹を切った入れ物。
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普段はどんなものを入れておくのでしょうか。中はタバコの灰で汚れた形跡はなく、おばさんが何か灰皿の代わりをと思って探してくれたに違いありません。おばさんの親切に感謝しつつ、寒い中でタバコを吸い、店内でコーヒーを飲んで一時間半をつぶし、それから客先へと出かけたのでした。

千葉県佐倉。私の知識ではプロ野球の「ミスター」こと長嶋茂雄を輩出した町くらいしか知りませんでしたが、きれいで清潔、そして結構親切な人たちで、空気はとても冷たかったのですが、心は少し癒された気分でした。
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by wata1150 | 2010-04-15 22:31

INDONESIAのJAKARTA

インドネシアの首都ジャカルタ。気温はゆうに35度を超えているであろうと思われる。まさに灼熱地獄の感がある。朝7時50分にシンガポールを飛び立ち、1時間20分ほどのフライトであった。

シンガポールは北半球だが、インドネシアのジャカルタは南半球であり、フライト中に赤道を越える。窓から赤道を見ようとしたが、無論赤道は見えるはずはなく、青い空と海が渾然とした感じで、青い色がやけにまぶしいだけだった。
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インドネシアの空港で入国ビザを買わなければいけない。以前は10USドルで一週間以内の滞在ビザ、25USドルで一ヶ月のビザがもらえた。現在は短期も長期もすべて25USドルになった。これは国家収入になる。実際に一日平均何人インドネシアを訪れるかは知らないが、一日一万人の外国人がインドネシアを訪れるとすれば25万USドルの収入、一年間では9125万USドルになる。日本円ではおおよそ90億円がインドネシアの国家収入となるのである。

ちなみに、出国時にも出国税を支払う必要があり、150,000ルピアを払わなければならない。おおよそ15USドル。一度インドネシアに行くと、あわせて40USドルほどを支払わなければいけない。

さて、朝9時過ぎにジャカルタについても、早すぎる。客先を訪問するのは午後である。トランジットホテルに荷物を置き、朝食をとることにした。トランジットホテルは”JAKARTA AIRPORT HOTEL”。一泊120USドルである。

空港の回りをちょっとだけ歩いてみることにした。AIRPORT HOTELの周辺に高層の建物はなく、ホテルの部屋からは空港が見渡せる。空港ビルは3階か4階(良くわからなかった)建てで、最高階がホテルになっている。空港ビルは赤い屋根瓦で、周辺の緑とマッチしてよく映えている。
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空港にはそれほど多くはないが国際線の飛行機が停まっていた。
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空港を出て、駐車場から空港ビルを見る。赤い屋根の長屋である。この最上階がAIRPORT HOTELなのである。
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空港ビルの一階は到着ロビー、2階は出発ロビーになっている。2階の手すりには植物が植えられ、小さな真っ赤な花が一面に咲き誇っていた。これはシンガポールの空港と同じような景観である。
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駐車場の一角に、モニュメントが立っていた。どんな意味のモニュメントなのかはわからないが、あまり似合っていない感じがする。
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インドネシアでドライバー役を務めてくれることになったT社のNさんと合流し、昼食を食べることになった。工業団地らしい雰囲気の中にある、日本人向けのアパートの一階にある日本料理店に連れて行ってくれた。ここのアパートは日本人専用で日本料理店のほか、コンビニや旅行社などがある。インドネシアに駐在する日本人にとっては便利なところだろう。ここには日本人のコックさんが常駐し、味噌汁にしても、刺身にしても、またご飯にしても、とても美味しい。完全な日本の味である。どこかの国の”日本料理風中華料理”とは訳が違う。

P社に駐在して12年というキャリアを持つP社のKさんに聞いてみると、「結構治安も悪くないし、人々の性格も悪くない。日本人として生活するにも楽である。」というようなことを話してくれた。国民の多くはイスラム教徒であり、それが穏やかな日々の生活に結びついているのかもしれない。インドネシアの何処に行っても、工場の中でも、女性はベールというかスカーフで頭髪や体を覆い隠して入るが、それが妙に似合っていて、たまに見かけるベールを被っていない女性が奇異に感じたりさえした。

短時間の旅では有るがインドネシアをもっと知りたいと思わせる、素敵な国に思えた。
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by wata1150 | 2010-04-11 18:07

シンガポールとタバコ

昨日のマレーシアジョホールバルーに続いて、インドネシアのジャカルタに行く。本来は荷物をシンガポールのホテルに置いたまま、ジャカルタに行き、客先との打合せをしてから同日にシンガポールに戻るという予定をしていた。しかしながら、午後ジャカルタ発シンガポール行きの飛行機の予約が取れないのである。着替えなどの荷物を入れたキャリアーケースを引っ張って暑いジャカルタを歩くのは苦痛なため、そういう日程にしたのであった。

飛行機が取れないと有らば仕方がない。荷物を持ってジャカルタに行き、トランジットホテルに荷物を預けて客先まで行くことにした。実はもうひとつ、シンガポールを早めに引き上げた理由がある。愛煙家である私は、シンガポールに再度入国するのがいやだったのである。ポケットにタバコを潜ませて、通関を通るのが気に入らなかったのである。何せえらい罰金が待っているのであるから。

シンガポールは以前から禁煙の国として有名である。しかし禁煙の国というのは正しくない。ひとつはきれいな国としてのイメージを保つこと。これは正しい。しかし、タバコ税による国家収入を増やすこと。これが最大の理由なのだ。その証拠に、町中に大きな吸殻入れがあり、多くのシンガポール人が其処に吸殻を入れてゆく。本当に禁煙の国ならば、町中に吸殻入れをおく必要がない。それと、シンガポールのタバコの税金はとても高い。免税価格の数倍の税金である。そして、町のコンビニなどで売られているタバコには一本ごとにマークが印刷されている。ちゃんと税金を払いました、という証拠である。しかしながらシンガポール税関では、相当に厳しくタバコの持込を監視しており、発見されると開封した箱の中身の一本単位で課税されるという。これはもう、多少異常に厳しいといわざるを得ない。税金を取り立てるための厳しさとしか言いようがない。

シンガポールがタバコ税を厳しく取り立てなければいけない理由は、シンガポール政府がお金がないからである。独自の産業を持たないシンガポールは以前は香港などと同じように貿易立国であった。インドやパキスタン、中東やアフリカ諸国とマレーシア、日本、中国、アメリカなどの貿易の集散地としてその位置づけは非常に重要であり、そういった貿易の手数料収入で大いなる利益を上げた。しかし、中東などに多くのフリーゾーンが出来ると、多くの貨物はシンガポールではなく、ドバイなどのフリーゾーンに集まるようになった。シンガポールの手数料が高すぎるようになったからである。そうして、シンガポールの収入は大幅に落ち込んだのである。

その結果、タバコ税などの大幅な増税が行われ、また厳しく徴収されるようにした。一方、収入源を補うため、カジノが導入され始めている。マカオなどと同じくカジノに訪れる客が落とすお金を期待しようということである。カジノは、私が思い描くクリーンなシンガポールのイメージには似つかわしくはない。しかし、シンガポール政府はクリーンだが超貧乏なシンガポールではなく、以前にもましてリッチなシンガポールを選んだということである。今後どれだけのお金をシンガポール政府が手にするのかはわからない。

そういった背景から、私はシンガポールを早々に引き上げることを選んだのである。
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by wata1150 | 2010-04-10 21:03
マレーシアのジョホールバルーに行って来ました。

シンガポールは狭い国土なのですが、非常に緑が多く、美しい国です。シンガポールから橋を渡って入る、マレーシアのジョホールバルーもまた、非常に緑が多いところでした。

今回はシンガポールでドライバー付きレンタカーをチャーターし、ジョホールバルーのM社を訪問するのが目的です。シンガポールとマレーシアの国境には無論イミグレーションがあります。この写真はシンガポールサイドのイミグレーションの建物です。
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イミグレーションは中国深圳と香港のイミグレーションと同様に、車に乗ったままでパスポートチェックをすることが出来ます。イミグレーションの手際は良く、車の台数にしたら中国ー香港よりはるかに多い台数なのですが、中国香港よりは相当にはやい速度で処理をしており、それほど待たずに通過できます。

こちらはマレーシア側のイミグレーションです。
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ジョホールバルーは市内は近代的な町で、シンガポールの影響を受けてか、マレーシアそのものがすでに相当な経済力を有するのかはわかりませんでしたが、町並みは大都会の様相です。
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市内を抜けM社のあるジョホール空港に向けて車を走らせます。高速道路が整備されており、車は多いものの、走行はそれほど難しくはありません。車の両側にはやしの林(畑)や、熱帯性の樹木の林を眼にし、運転するには楽で楽しく走れそうです。
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途中に首都クアラルンプール(KL)まで延びる高速道路のジャンクションがあり、其処からクアラルンプールまでは3時間ほどのドライブで着くのだそうです。今回はシンガポールから入りましたが、KLから入って車できてもいいのかなと思います。

シンガポールのホテルから目的地ジョホール空港近くのM社までは約一時間半で到着しました。M社との打合せを終え、シンガポールのホテルに戻って来ました。都合約6時間でした。料金は昼食代込みで170シンガポールドル(約12000円)でした。まあ、こんなもんでしょう。
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by wata1150 | 2010-04-09 22:46

久々のシンガポール

久しぶりにシンガポールに来ています。マレーシアのジョホールバルーにある客先と、インドネシアのジャカルタにある重要客先を訪問するため、出張できたのですが。

中国から出ると、うれしいのは自分のブログが読めること。日本にいるのと同じ感覚で開くのです。中国の不自由さをいまさらながらに感じます。

昨夜、夜8時半にシンガポールに到着し、ホテルにチェックインしてから、シンガポールのお客さんと日本食で夕食をいただきました。シンガポールでうれしいことのひとつは、日本食が日本食であること。中国で食べる日本食は私は、「日本料理風中華料理」と呼びます。これはそのお店のお客さんは日本人であるより、中国人であるほうが多いため、味付け、調理法が中国人向けに多少アレンジされているからです。それに比べ、香港やシンガポールではお客さんは圧倒的に日本人が多いのです。従って、味付け、調理法は日本と同じようにされるのです。刺身を食べても、煮物、焼き物、揚げ物を食べても、日本料理なのです。そしてシンガポールでうれしいのは、そんな日本料理がべらぼうには高くないのです。香港は少し割高ですが。

今日、午前中シンガポールからマレーシアのジョホールバルーに行ってきました。シンガポールでドライバー付きレンタカーをチャーターし、イミグレーションを通過し、ジョホールバルーのローカル空港の側にある客先まで行き、再びシンガポールまで帰ってくるコースです。車は日産のサニーで、料金は合計で160シンガポールドルでした。

マレーシアに入って最初にやったこと、それはタバコを買うことでした。シンガポールではタバコの税金が非常に高いのです。また、シンガポールに入るときにタバコを持っているのが見つかると、罰金が高いのです。現実、香港を出るときに免税売店でタバコを買おうとして、航空券を見せたら、罰金が高いからもって行かないほうが良いと、売ってはもらえませんでした。私は普段はKENTのメンソールを吸っているのですが、日本でコンビニなどで買うと、300円程度です。中国で購入すると、15元(おおよそ210円)、香港の免税売店では120HK$(おおよそ145円)、そしてシンガポールでは税込み12シンガポールドル(約800円)もするのです。それがマレーシアでは9マレーシアドル(260円)程度で買えるのですから、シンガポールで買わずに、マレーシアで買うことになるのです。本来は香港で買うのが一番安いのですが、シンガポールに持って入れないならば、それしかなくなります。

シンガポールやマレーシアで気が付いたのは、空がやけに青いこと。今日は雲が比較的多く、全天が青いわけでは有りませんが、非常に澄んでいる感じなのです。マレーシアの高速道路を走っていても、道端の木々の緑が鮮やかです。気温は30度をゆうに超えているのですが、暑さを忘れてしまうほど、緑がきれいです。こんなところに住んでいたら、長生きしそうだな、などと思いながらサニーに乗っていました。

カメラのバッテリーがないことに気づかずに来たので、写真は取れませんでしたが、明日は少しは写真が取れるでしょう。明日は、シンガポールからインドネシアのジャカルタに移動し、ジャカルタに一泊です。
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by wata1150 | 2010-04-08 19:55
3月の末、総経理に案内され、恵州市の東部、恵東にある町を訪れた。

何度も投稿したように、「世界の工場」と歌われた中国の製造会社は、今人手不足にあえいでいる。中国内陸部から出てきて広東省や福建省、上海市などの工場で働く人たちの絶対人口が大幅に減ってしまったためである。

私が勤務する会社も例外ではない。その対策として、外注製造会社を会社から比較的近いところに数箇所保有し、生産能力を上げようと計画した。無論、品質安定性や納期安定性など様々な面でデメリットもあり、できればやりたくない策ではある。しかし、これから注文数が増えてゆく時期に生産量が確保できないのでは話しにならない。

兎も角も外注の候補を見てみようと言う事で出かけたのである。

周辺は全くの田園風景で、なにやら懐かしさがある。私が子供のころの故郷を思い出させる光景なのである。
そして、村に足を踏み入れると、あまり人影は見えない。僅かにお年寄りが数人集まって軒下でおしゃべりをしたり、お茶を飲んだりしている程度である。
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多分100世帯はないのではないかと思われる小さな村である。村の一角に目指す外注候補工場はあった。この写真の奥にある3階建ての建物がそうである。
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以前はこのあたりに住民が倉庫か何かで使っていた廃屋を、この工場のラオパンが修理して工場にしたらしい。

工場では30人ほどの老若男女が働いていた。私が勤務する工場とは違う。私が勤務する工場では作業者の70%以上は平均年齢20歳以下の若い女性なのだ。しかし、この工場ではまさに”老若男女”という言葉が当てはまる。
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窓はあるが、作業場の場所によって明るさのレベルの差が激しいため、昼でもライトを付け、カーテンをしている。それでも、窓はほとんど開放されているため、外気はいつも室内に流れ込んでいる。もっともここは田舎であり、自動車もほとんどない地域だけに、空気はやけに新鮮で空気中の塵埃も少ないと思われるのだが。

従業員はすべてこの村の住人である。朝、子供を学校に送り出し、家の片付けを終えた若いお母さん、子供を育て終え、時間を余しているおばさんたち、孫に小遣いをあげようと、内職感覚で仕事をするおばあちゃん、農閑期に僅かでも現金収入をと、働き盛りのおじさんもいる。みんな知り合いなので、和気藹々である。

中には子供を作業場で遊ばせながら、仕事をするお母さんもいる。
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話を聞いてみると、仕事は出来高制で、一個でも多いとそれだけ給料が増える。が、ノルマはない。小さな子供を持つお母さんなどは、夜に仕事を家に持って帰り、家族と話をしながら、食事の支度をしながら、仕事を続ける人も少なくないという。まさに内職仕事なのである。

村を歩いてみた。これが村のメーンストリートらしい。
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そしてこれが、私が見かけたただ一件のお店、何でもある、いわばコンビニである。看板は見なかった。看板を出す必要性はないのかもしれない。
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村のすぐ側を川が流れていた。川の向こう側にも集落があるらしく、橋はないが渡し舟が就航していた。この渡し舟は原則無料で、恵州市交通局の管轄らしい。
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村の川を見下ろす一角に神社なのか、村の守り神を祭ってあるのか、祠があった。
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この村を歩いてみて、同じ中国でも、その格差ははなはだ大きいと感じた。北京や上海と、この広東省の小さな村。人々の価値観も違えば、人生観も違う。でも、なぜかこの村に足を踏み入れたとたん、ある懐かしさ、郷愁みたいなものを感じ、人々は貧しいながらも、平和に、そして心安らかに暮らしているような気がしてならなかった。
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by wata1150 | 2010-04-05 11:27