中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
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労働者不足はより深刻化

同じ広東省でも、肇慶市という町で仕事をしているIさんから電話があった。「お宅の会社の工場作業労働者の採用は上手くいってますか?」というものだった。

以前にも何度か投稿したのだが、実際に広東省の労働者不足は深刻化している様子である。A社の場合、2200人の作業者が必要なのに対して昨年末で1800人程度しかいなかったという。そして春節明けの今、1400人くらいしかいないという。おおよそ800人の不足、充足率おおよそ60%ということだった。

私共の広東省にある客先や、他の省にある客先からも、我が社の労働者の充足率、ひいては生産性、供給安定性への影響を問い合わせるメールがかなり飛び込んできている。そういった会社でも、労働者不足による影響は深刻なのであろうと想像する。

Iさんの会社ではM社向けのカーオーディオ用デッキを生産している。もう十年以上やっている。しかし、今年の労働者不足で生産が逼迫し、従来は日本などへの出荷は船便でも十分出来たのに、現在は航空便を毎日のように利用し、何とか客先の要望に間に合わせている状態らしい。

我が社でも採用広告はいろいろな手段で行っているが、なかなか労働者が集まらず、労働者賃金をあげざるを得なくなってきている。それでも、十分な人数が集まるわけではないのだが。我が社があげれば、当然ながら周辺の他の工場も追随せざるを得ない。社員食堂の無料化、食事の内容改善、娯楽施設の拡充などの福祉の向上なども進めている。それでも十分な人数は集められていない。

私が、3年ちょっと前、ここ恵州に足を踏み入れたときには、工場ワーカーさんの平均手取り給料は1200元程度だったと記憶している。それが、今工場の周辺の求人ポスターには2000元以上と書いてある。まもなく2倍に届こうとするレベルまで跳ね上がったことになる。それでも人はなかなか集められない。

2~3年前に、温家宝首相が、「今後の中国の産業は”労働集約型”から”技術主導型”に変える」と宣言したことが有った。その影響かどうか判らないが、EMS産業や労働者をたくさん集めてアメリカ向けなどに、安い製品を出荷していた会社などでは、苦境が続いているという。

2008年の何かのニュースで読んだのだが、それによれば2007年の広東省や福建省、江蘇省や上海など中国沿海部の工場に対しての内陸部からの労働者の供給数は1億2千万人だったという。しかし、2008年には6~7千万に減少したという。さらに2009年にはそれ以下、そして今年2010年はどの程度なのか、興味のあるところである。

こういった中、会社は当然のように会社の体質の変換、生産体制の変換が要求されてくる。自動生産設備の導入、検査や梱包などの比較的低付加価値作業の見直しなど改善余地は多々有る。そして当然ながら設計変更による品質信頼性の改善、無権差出荷でも維持できる品質レベルの確保、同じ手作業にしても、より効率的な作業の模索、治工具の改善などは日常の中で進めなければいけない。

さらに会社レベルでは、より付加価値の高い製品分野へのシフト、管理職、間接作業者の削減なども大きな課題として対応してゆかなければならない。それで、管理コストの削減を図ってゆくためである。ここ数日の会社に来る入社希望者の数を昨年と比べると、大幅に落ち込んでいた。この状況から、今年はさらに人手不足が深刻で、会社として、大幅な体制の変革が必要であろうと思われる。

我が社がこのような環境でも生き抜いてゆく底力を持つ会社にしてゆくためにはどんなことが必要なのか。早すぎる社会構造、市場環境の変化にどうやってついてゆくか、頭が休まるときは無い日々が続く。
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by wata1150 | 2010-02-27 16:48

ある台湾人

期待の2010年が始まったと思ったら、早くも2月も終わりに近づきました。2010年の約1/6が終わるわけです。恵州は暖かくなり、軽装で町を歩く人が目立ってきました。野外活動をするのにも、厚着をする必要もなく、楽になりました。もっとも、”春来たりなば、夏遠からじ”です。すぐにでも酷暑の夏がやってくるのでしょうが。

昨日、ある中途採用の予定の人との面談があり、ラオパンと共々、夕食方々面談をしました。彼は42歳、台湾人です。日本の工学系大学を卒業し、台湾で日系会社に就職し、その会社が台湾から撤退したため、中国にわたり、日系会社に就職したそうです。しかし、その日系会社も不況から退職を余儀なくされ、現在のシンガポール系のメーカーに就職し、9年が過ぎたのだそうです。しかし、いま、そのシンガポール系の会社が経営難からアメリカ人によって買収され、アメリカ系になりました。アメリカ式経営理念に彼はついて行けず、退職を決意し、次の会社を探しているそうです。

台湾人ですが、奥さんは中国人。子供がすでに台湾人になり、出来るだけ早く奥さんも台湾人になりたいそうですが、台湾での居住経歴が無いため、中国籍のままなのだそうです。こんな国籍問題が中国でもたくさんあります。

私が勤務する会社のラオパンは香港人。彼の父親も香港人です。でも、彼の実の兄は中国人、そして母親も中国人です。元々、全員が中国人だったのですが。香港がイギリスから返還になったときに一時中国と香港が封鎖され、移動が出来なくなったことがありました。そのとき、弟と父親は中国から香港に働きに来ており、そのまま香港人になってしまったというわけです。兄弟姉妹、夫と妻、親子で国籍が違う。国籍が異なれば、適用される法律が異なり、福祉も異なるのです。そんなことが日常の中にもあるのです。

私共の会社が、この台湾人を採用するか否かは未定です。給料やその他の条件も何も話し合われてはいません。でも、近い将来、彼が私達の会社の見学に来て、より多くの私達の会社の認識をし、その上で決めて行きたいと思っています。
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by wata1150 | 2010-02-26 22:37

恵州に戻ってきました。

春節休暇に加え、日本の客先訪問ということで、2月4日から日本に行っていましたが、今日恵州に戻ってきましたおおよそ3週間の日本滞在でした。

そのうち仙台の家には6日間滞在し、久しぶりに家族との対話をしました。もっとも長男と次男は就職して家を出ましたので、家に残っているのは妻と娘だけです。私が家にいない間は女性だけの家になるわけです。

娘が4年後に大学を卒業し、家を出てしまうと、家には妻が残るだけになります。安全も考え、今の一戸建ての家から安全性が高いマンションに住まいを移すことも考えなければいけません。妻もリウマチの持病を抱えながら毎日学習塾を運営しているので、年をとってきたら後継のことなども考えなければならないと思っています。

娘は現在大学の3年で、卒業まであと3年掛かるので、私は親父としてあと3年は仕事を続けなければなりません。私自身も糖尿病の持病があるので、体調と相談しながらですが、恵州で仕事をしようと考えています。

恵州に戻ってみると、湿度は高いのですが、気温も結構高く冬用の衣服を着ていた私にとっては恵州の町の中は汗ばむくらいでした。これから一目散に夏に向かっていくことを実感させられたような気分です。

会社は22日の月曜日から仕事を再開しています。私が日本にいる間にも、会社のスタッフからのE-Mailがドンドン飛び込んできています。これらのメールに眼を通しながら、なんとなく昨年よりも市場は元気がありそうな感じを受けています。昨年は先細り感があって、販売計画の見直しとかを散々繰り返したのですが、今年は上方修正が必要かもしれません。

但し、従来の中国の企業の典型的なパターンである労働集約型産業の継続は難しくなっているようです。従来多くの工場労働者を排出してきた湖南省、湖北省、四川省、江西省、広西省、安徽省などからの出稼ぎ労働者は年々少なくなってきており、注文があっても生産が出来ない会社や工場が続出しているのです。

我が社では、数年前から自動、半自動の生産機械や検査設備などに投資をしてきていましたので、労働者不足の状態は変わらないのですが、なんとか生産出荷が出来てはいます。しかし、今年の春節明けの労働者の集まり具合によっては、抜本的な対策が必要になるかもしれません。工場を他の地域にシフトするとか、分割するとか、また大幅な自動化促進投資をするとか。

そんなこんなで、明日からまた課題山積の会社の中で奮闘しなければならない環境に入ってきます。何かこの3週間の休みによる体のなまりが無ければ良いのですが・・・。
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by wata1150 | 2010-02-24 23:39
新幹線新横浜の駅裏にある、居酒屋「まぐろ屋」は、私のお気に入りの店のひとつである。

居酒屋だから、一品料理や焼き物、揚げ物など多くのメニューがある。が、やはり名前の通り、マグロが一番だろう。赤身に始まり、中トロを食べ、そして大トロを食べ、そして再び赤身を食べる。そして、「うん、やっぱり刺身は赤身が一番、マグロが一番」と、一人で納得する。

私は仙台から常磐線の電車で30分ほど行った、亘理という小さな町で生まれ育った。自転車で数十分のところに荒浜海岸という漁港がある。そのため、小さいころから魚を食べることに親しんできた。しかし、刺身でも、近海のカレイやタイなどの刺身が多く、遠海物の本マグロはめったに食べることが出来なかった。親父も、マグロは好物だったがそうめったに食べてはいなかった。

そんなことで、今でも刺身は大好きな私なのだが、生憎中国に住んでいては美味しい刺身を食べる機会は無い。マグロは食べることが出来るが、冷凍技術及び解凍技術が悪いせいか、ぱさぱさとした歯ごたえで、とても日本で食べる、赤身のねっとり感はない。他の魚にしても同様である。そのため、中国で、日本料理を食べるときにでも、刺身を食べることはほとんど無い。

その代わり、日本に来たときには刺身三昧となる。毎日一回は必ず刺身を食べている。朝は無いにしても、昼食には刺身定食、夜は居酒屋で刺身を酒のつまみにして。

新横浜に来れば、必ず一回は立ち寄るのがこのまぐろ屋である。ここの親父は、元は世界のマグロを買い集め、日本の市場などにおろしていた会社の社長だったらしい。そのためか、魚、特にマグロにはめっぽう詳しく、機嫌がよければマグロの話をしてくれる。お酒を一杯おごってやれば、まぐろの大きな切り身をさばいて、「お返し」をしてくれたりする。この間、お返しは自分で作った「しめさば」だった。これも、その酢付けをしてから、食べるまでのタイミングがコツだそうで、油が乗ったおいしいしめさばだった。

今日は当社のオーナーが横浜に来て、私と合流した。そして、先週訪問したV社のKさん、Hさんを招いての夕食だった。またまた、まぐろの赤身⇒中トロ⇒大トロのコースでオーダーし、しっかりと味わった。赤身1000円、中トロ2000円、大トロ3000円は安くは無いが、食べ終わってみると、決して高くは無い。そのほかのつまみは大概500円から1000円程度なので、2~3人で食べれば、一人当たり、5000円にはならない。

今度来た時まで・・・と親父に別れを告げ、ホテルに戻った。
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by wata1150 | 2010-02-23 00:17

日本旅行もそろそろ終盤

春節の休暇が終わり、今日から私が勤務する会社は業務を再開する。そして、今年の業務はいよいよ正念場である。

昨年後半から始まった自動車部品の仕事、広東省を中心にした労働力不足の問題、数年前から取り組んでいる製品の自動生産設備の拡充、新規開発した数点の新製品の立ち上げ、さらには従来から取り組んできた新規の日系大手会社との取引開始など、課題は山積している。

また、昨年出産後に退職したD小姐の代わりになる人員の採用で、今回日本で数人の日本人の新卒者を面接したが、採用決定に至っていない。したがって、業務再開の今日から、早速人手不足の中で業務処理をしなければならない。日本事務所に配属している中国人Z君は暫定的に中国勤務をしてもらってカバーしてきたが、彼も3月から日本勤務に戻る。ますます効率的な業務処理が求められる。

そういった中、私の春節出張も終盤に突入した。大きな目的であったパスポートの更新も無事終わった。名古屋のB社、中津川のN社、博多のP社、大分のC社、大阪のP社、東京のCM社、茨城のC社、東京のK社、横浜のV社などの会社を訪問し、それぞれに訪問目的を果たして来た。

昨年、新規に採用したS君を同行しての客先訪問だったが、彼の印象もそれほど悪くは内容である。彼は一足先に一昨日恵州に戻り、今日から職場復帰している。そして、私は残り2社を今日と明日で訪問して、24日に恵州に戻る予定である。

2月の売り上げはどうか、工場の作業者は何人が戻ってきたかなど、懸念材料もあるが、兎も角も全力で今年の課題をひとつずつ解決していかなければならない。
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by wata1150 | 2010-02-22 09:25

パスポート更新

パスポートを更新し、新しいパスポートを入手しました。

2月9日に仙台のパスポートセンターで更新申請をしました。そこで、2月17日以降に新しいパスポートが受け取れるということでしたので、今日、日曜日だったのですが、受け取ってきました。
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今回のパスポートは「ICチップ」が入ったものです。
その為、パスポートの表紙には「ICチップ」マークが入っています。

この「ICチップ」は、「SUICA」や「EDY」などと同じように、センサーにタッチすると、「ICチップ」の中に埋め込まれた情報がセンサーによって読み込まれ、所持者の情報が瞬時に見ることが出来るようになっています。
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そのセンサーはすべての国で対応しているわけではないのでしょうが、少なくとも、日本の入出国はこの情報が使用され、イミグレーションの手続き時間の短縮化が出来るのではないかと思われます。

また、電子部品である訳ですから、静電気や熱、湿度、磁気などにより影響を受ける可能性があるかもしれません。取り扱いは慎重にしなければなりません。

今回も、前回のパスポート同様、10年間使用できるものに、すでに40ページほどの増補をしてもらいました。これで、使用期間中にページ不足になり、VISA発給が出来なくなったり、再度パスポートセンターに出向いて増補をしたりすることは避けられます。少なくとも、私が70歳になるまでは、新しいパスポートを申請することは無く、私の人生で、これが最後のパスポートになるかもしれません。

大切に使いたいと思います。
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by wata1150 | 2010-02-21 20:10

JR九州 特急SONIC

大分県杵築。JRの駅舎は、ご覧の通りの田舎の何も無い、さびしい駅である。
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こんな駅に特急が止まるのか?そう思いながら、駅舎に入っていった。杵築から新大阪に行くためである。駅舎の中には、「杵築⇒新大阪 最短3時間20分」と表示が出ていた。杵築駅から小倉までJR九州の特急を使い、小倉から新大阪までは新幹線のぞみ号を使うと、3時間20分で行けるということである。

杵築から小倉までおおよそ一時間ということらしい。15時3分発特急SONIC号に乗った。
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SONIC号は外観の色は青色の系統で、むしろ暗い感じさえする。なぜこんな青色を???と思いたくなる色である。が、中に入って驚いた。ドアから中に入ると、最初に目に付いたのは「床がフローリング」なのです。見た目にも木のぬくもりが感じられ、無機質な列車の社内になんとなく温かみのある感じがあり、ほっとさせられる。
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そして、客室側に入るドアーの手前には空間が設置され、雑談をしたり、電話をかけたりしたり出来るようになっている。また、その一角には土入れがあるのだが、明るい白で塗装され、トイレの表示が無ければトイレとは気づかないようなおしゃれなデザインである。

社内もすべてフローリングで、しかも内側の塗装はすべて白なので、清潔で明るい感じが印象的である。座席の色は濃いオレンジ色を基調にした色だったが、悪くは無い。しかし、これもグレーか黒であったらもっとすっきりするかもしれない、と思いつつ座席に着いた。
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座席にはコップや本などを置くにはちょうど良いテーブルが設置されている。このテーブルも明るい木目調でしゃれている。
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珈琲を飲んだり、文庫本を読んだりして、列車は定刻の16時7分に小倉に着いた。
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最近は在来線の特急に乗る機会は少なくなってきている。新幹線網が整備され、大概新幹線だけで目的地に到着することが出来る場合が多いからだ。しかし、在来線の特急で、新幹線よりははるかにゆったりと、列車の旅をするのも悪くは無い。
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by wata1150 | 2010-02-19 02:11

博多での朝食

昨夜博多に着き、博多駅前のホテルで一泊した。朝食なしの予約だったため、朝食は近所でおいしいものを探そうということに。

博多駅ビルの地下に向かった。多くの食堂が朝食客を目当てに朝早くから店を開けている。その中で、朝定食550円と書いた看板を見て、中に入った。定食の中身は定番である。ご飯と味噌汁、焼き魚、海苔に卵、そして漬物。
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「まあ、こんなものか」と、注文し食べ始めた。一緒に来ているS君、早くもご飯の一膳目を平らげ、お代わりを要望したら、黙って2膳目が大盛りで出てきた。私はそれほどご飯を食べられないが、味噌汁の御変わりを聞いてみた。何せ、味噌汁はアサリ汁でなかなか美味しいのである。一口すすり、思わず「う~ん、これが日本の味噌汁!」とうなりつつ、ほとんどご飯を食べる前に味噌汁が亡くなっていたので。

店のおばさん、「味噌汁のお変わり、一杯350円!」と答えた。550円の定食の味噌汁が一杯350円では高すぎ、お代わりなぞできない。あきらめて、海苔やら鯖の焼き魚でご飯を食べ始めた。すると、背中で誰かが「こんこん」。なんと、先ほどのおばさんが熱い味噌汁を渡してくれた。「ラッキー!!!」早速すする。「あー!日本の味噌汁ーーー!」感激である。

「博多のおばさんは優しいねー、ありがとう!また来るねー」と言葉を残して、店を後にした。博多に行ったら、またあそこで朝食を・・・などと思いつつ、客先訪問のコースに戻った。
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by wata1150 | 2010-02-17 23:02

日本旅行開始

今週から、日本の客先巡りツアーが始まった。土曜日の夜に仙台から名古屋に移動し、今日は名古屋に泊まっている。

最近は結構名古屋に来ることが多くなった。以前は位置的に中途半端で、客先もさほど無かったことから、名古屋に泊まることはほとんど無かったのだが、B社が安定的な客先になりつつあり、我が社に対する信用も得つつあるため、日本に来れば一度は訪れるようにしている。

また、同行するS君は、自宅が名古屋に有るため、日本国内移動の起点としても、使えるようになったこともある。さらには、一昨年から日本の大学を卒業した新卒者の採用を始めたのだが、S君が名古屋の大学を卒業したため、同大学に面識を作り、来年から毎年学生を紹介してもらおうとも思っている。土曜日に名古屋に到着したわけは、その大学で当社への就職を希望する学生との面談をするという目的もあった。

そして、今日は名古屋のB社、それから中津川に日帰りでN社を訪れたというわけである。

明日は、朝から新幹線で博多に移動、午後からP社を訪れる。さらに、夜には博多の大学をこの春卒業予定の大学生との面談、明後日には大分のC社を訪問予定である。それ以降は大阪で一泊、そして新横浜に戻って数泊する。

新横浜では、私が現在の会社に就職する以前に勤務していた会社の同僚と久しぶりに懇親会をする。主に現在もその会社に勤務する”現役組”が中心だ。さらには週末に、持病の糖尿病の検査と薬を調達するため、主治医の先生を訪れる。

来週にはいって、仙台に戻り、申請していたパスポートを入手し、24日の水曜日に香港経由で中国に戻る。会社は22日から業務が再開されるのだが、私は25日からオフィスでの業務に付く。

当分はそのようなことでスケジュールはぎっしりではあるが、日本国内ということも有り、またS君とも一緒なので、何とかこなせるような気がする。今年の誕生日を迎えれば63歳になり、年々体力の衰えを感じながらすごすようになってきているが、兎も角も、現在進めているプロジェクトが、ある程度先が見えて来るまでは、そんな弱音も吐いて入られないと、自分を叱咤しながら進めなければいけないと自分に言い聞かせながら頑張ろうと思う。
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by wata1150 | 2010-02-15 22:29
カナダの西海岸に位置するバンクーバーにて冬季オリンピックが始まった。

日本の冬季オリンピックで思い出すのは、札幌でのジャンプで日本が1位から3位までを独占したこと、荻原が頑張った複合団体での優勝、伊藤みどりのトリプルアクセルジャンプなどがある。皆、頑張っていた。だから、結果は良くなくとも思わず涙が出てくる場面が数々ある。

スキーモーグルの上村さん、今年はもう30歳とか。長野オリンピックのときに初出場したときが18歳。それからすでに12年、4回目のオリンピックだとか。いつもメダルにもう一歩のところで終わっている。今度こそ、今度こそと言われつつ。今度こそ何とかメダルを手にして欲しい。無論、メダルに手が届かなくとも、多くの人に期待され、12年もの間世界のトッププレーヤーとして頑張ってきたことは事実であるし、この状態を維持し続けること事態、ものすごい練習、努力があったからこそであろう。その努力に敬意を払わずにはいられない。

グルジアのリュージュの選手が、練習中にコースを飛び出し、死亡する事故があった。時速100kmを超すスピードが要求される、このような競技では、小さなミスが本当に事故につながり、その生命さえも奪う。ボブスレー、リュージュなどある意味では、危険と隣り合わせのスポーツである。同じようなそりでも、コース設定を変えることで、最大速度を抑える工夫は無いのか、またそりの形状を変えることでスピードを落とし、もっと肉体的技術が表面に出るように、変えてゆくことは出来ないのか、と思う。

冬季オリンピックの競技では、人間の肉体の可能性より、道具の改良にエネルギーが割かれているような気がしてならない。スキーの板にしても、WAXの配合でどうにでもなる。WAXを間違えれば、世界のトップ選手でも、勝てない。そり競技にしても同様。そりのエッジ、材料などが大きく結果を左右する。スピードスケートにしてもスケート靴やスケートのブレードなど。無論、夏のオリンピックの競技でもそういったことはたくさんあるのだが。水泳の水着、陸上競技におけるシューズなど。

本来オリンピックは人間の能力を高めることが大切であろうが、最近のオリンピックでは、より能力を発揮しやすい道具の開発改良が前面に出すぎているような感じがしてならない。

今回のバンクーバーオリンピックでは、国内にまったくその競技環境が無い国が多く参加している。多くは赤道に近い熱い地域の国々である。ほとんどの選手は、そういう競技環境がある国に移って、練習に励んでいるという。国家レベルで経済的支援をしなければそういうことはなかなか出来ない。日本や他の先進国ならいざ知らず、中後進国がそのようなことを行わざるを得ない。

いろいろな点で、疑問や課題はあるが、私も一市民として、自国の選手に心からの声援を送りたい。一個でも多くのメダルを持って帰れるように。
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by wata1150 | 2010-02-13 23:58