中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
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2006年11月30日 恵州に始めて来ました。いま、私が勤務する会社の入社面接を受けるためでした。当時営業メンバーで唯一日本語を話すC君が、いろいろと面倒を見てくれました。2時間くらいだったでしょうか。老板との面接でした。私が希望する給料レベルには届きませんでしたが、何か感ずるものがあったのでしょう。老板P氏はその場で入社OKをしてくれました。私も、何かそんな気がしたのかもしれません。その場で了解をしました。

一旦、宿舎の深圳の安ホテルに戻り、日本に帰って着替えなどを持って、12月中旬に改めて中国に来るつもりでした。しかし、安ホテルに戻るとまもなくしてC君から電話が入り、日本に帰らず、そのまま恵州に戻って、勤務に入ってくださいとのこと。私は、何の疑いも不安も持たず、即了解し、深圳から香港に行くのをやめ、恵州行きのバスに乗ったのです。

あれから丁度2年がたちました。業務経理だった私は、今は副総経理になりました。給料も多少は上がりました。会社の寮に住むのは変わっていませんが、オフィスではちょっと大きめの個室に住み、日々中国人のスタッフとともに悪戦苦闘しています。営業だけではなく、開発も、品質も生産もいろいろと仕事の範囲が増えてしまいました。

当時会社が私にあてがってくれたアシスタント兼通訳のTさん、今は日本語も達者になり、日本の主力客先の担当セールスとして活躍し、先日販売主任に昇格しました。日本語学校を卒業したてで、私が彼女が会った最初の日本人だったといい、私の話す日本語がまったく分からず、しかし私が使っていた電子辞書を片手に必死で通訳していたのが、信じられないくらいです。

私が、面接し採用した日本人スタッフも2名います。3名採用したのですが、一名は退社してしまいました。残った2名のうち一名は開発を担当、もう一名は生産を担当しています。今ではそれぞれ、職場にしっかりと根をはって活躍しています。

日本人は中国語でのコミュニケーションが出来ませんので、どうしても仕事の話は通訳を介しての話になります。私には現在通訳はいませんが、他の二人には日本語通訳を採用して、ローカルスタッフとのコミュニケーションを図っています。でも、私もそうですが、人間関係が出来てくると、通訳無でも、簡単な意思疎通は出来るようになるし、話したことの全部がわからなくても、全体の意味は理解できるようになるものです。いまでは、この会社に日本語が出来るスタッフが4名、日本人が3名おり、大概の日本人の客先にも十分対応できるようになって来ました。

いま、会社は不況の嵐の真っ只中にいます。昨日、ある重要サプライヤーが倒産しそうだという情報が入りました。不況で仕事量が減り、赤字になったので会社を整理するというのが本当の理由でした。1月中旬まで持ちこたえてくれるということなので、何とか部品加工を作り貯めして、新規のサプライヤーが見つかるまでのつなぎは出来そうです。

営業には連日のように客先が危ないという情報が入ってきます。300社近くある客先の80%は香港系か中国系の会社で、今回の金融危機のあおりをまともにかぶっているのです。営業スタッフは連日、売掛金の回収に走りまわっています。それでも数社は回収が間に合わず、倒産してしまいました。まだ、それほど大きな実損はありませんが、ヒヤヒヤする毎日が続きます。

一方、私がメインに見ている日系の販売は、この不況にもかかわらず、客先数を少しずつ伸ばし、売り上げも増えています。来年の計画も15%程度を延ばす計画です。これが無ければわが社も倒産の危機を迎えていたかもしれません。

周辺を見渡してみると、工場閉鎖した会社、2~3ヶ月間の長期休暇を決めた会社があり、閑散とし始める一方、工業団地には若い情勢たちが昼間から大勢歩き回っています。工場閉鎖した工場で働いていた人たちがほとんどだと思います。春節までのわずかの間でも、少しでもお金を稼ぎ、ふるさとにもって帰ろうということで、仕事を探しているのでしょう。わが社門の前にも何人かの人が連日仕事を求めてやってきます。

この不況のため、これ以上の稼ぎをあきらめ、深圳や広州の駅から長距離列車に乗り、帰省してゆく人の数も例年に比べ増えており、連日5万人から10万人が列車に乗り込んでいるというニュースもありました。

先日、老板と東莞のある客先を訪問したとき、その帰りの車の中で、70歳まででも80歳まででも勤務してほしいので、無理をして体を壊さないよう、気をつけてくださいという話がありました。彼は私との出会いが”縁”であった、この縁を大切にしたいということを、客先の老板にも話していました。私は、彼に感謝しつつ、しかし、一方非常に厳しい経営環境に立ち向かわなければならない、我が社の状況を思い、思わず身が引き締まる思いをしたものです。

そんな会社環境の中、私のこの会社での勤務は来週から3年目に突入します。ますます難しくなってゆくであろう経営環境の中、千数百人のスタッフを抱え、やってゆかなければいけないのだということを、改めて感じ、肝に銘じてがんばろうと思います。
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by wata1150 | 2008-11-29 14:33 | ちょっと仕事
前回に引き続き、2年前の文章を投稿する。実際には、弊社では大分改革が進み、以下のような状況は少なくはなってきてはいる。しかし、今、世界的不況という経営環境下、会社経営、会社運営という観点で見たときに、まだまだ行うべき改善改革活動は多々あるように思われる。

中国の企業、特に中小企業において顕著に見られる管理の特徴が指示命令時に現れる。つまり、上司は部下に対して、「右を向け、左に進め」という支持命令を出す。が、なぜ右を向けなのか、なぜ左に進めなのかは説明をしない。さらに部下は、なぜそうなのかという疑問を持っても、聞き返すことはしない。

そこには、罰則制度が存在するからである。工場作業において、自分の作業ミスで部品を壊してしまったとする。すると、その作業者は、自分の給料から、天引きで罰金を取られる。上司の意に背いて、行動をし、失敗すると、大きな金額の罰金が科せられるばかりではなく、即刻首を申し付けられることになる。従って、上司の意に背いたり、異を唱えたりすることはまれである。

こういう制度や、考え方は、従業員たちを、考え提案することをやめさせてしまった、単なるワーキングマシンと変えてしまったのである。さらに彼らは人間であり、それぞれの生活、人生を持っているのであるから、「会社」というものを、単に生活の糧を得るための「金を稼ぐ場」としか考えなくなる。「会社に対する愛情」「仕事に対するやりがいや情熱」など持ちようが無いのである。よその会社で現在の給料より少しでも高額な給料をもらえるとわかれば、すぐ、退職し、他社に再就職する。努力して自分のスキルが上がれば、そのスキルに見合った給料を求めて転職する。「会社のために」と考えて仕事をする人は、高額の給料をもらう一部の幹部社員だけである。

営業は、販売金額が唯一の評価基準と考えられている。販売金額が多く、利益が大きければ、翌月から彼のコミッションは飛躍的に増大し、大幅に売り上げが低下すれば、基本給だけになり、工場のラインワーカや、事務スタッフとほぼ同じ給料に低下してしまう。

経営幹部はこういった状況から、脱却し、全員が使命感と連帯感を持って仕事をし、会社に対して愛情を持ってほしいと願う。従業員にそういうことを願っておきながら、自分の従業員に対する姿勢は変わらないのだから、経営幹部は仕方のない存在なのだが。

しかし、連帯感をもてるか、使命感を持てるか、愛情をもてるかは別として、仕組みは何とか変えてゆけるのではないかと思っている。そして、仕組みが変われば、その内容によって、経営幹部の姿勢が徐々に変わって行き、それにつれて、従業員たちも変わってゆくのではないこと、多少は思える。だから、私は運営の仕組みを少しずつ変えてゆくことにしてゆきたいと思うのである。

給料の仕組みは簡単には変えられない。が、会社の総合力を生かした販売の仕組みに少しずつ転換し、コミッションのウェイトを徐々に削減し、最終的にはコミッションウェイトを非常に小さくしてゆくことを模索してゆこうと思う。


営業スタッフに対するコミッション制度は、本年末を持って廃止され、固定給制度に切り替えられる。これにより、営業スタッフの業務に取り組む姿勢はどのように変わるのか、また会社経営において、販売金額はどうなってゆくのか、注目している。

また、この世界的不況という環境下、こういった改革がどのような効果をもたらすのか、仕事の対するモラルを高揚するための仕組みつくりなど新たな課題などを含め、日々活動を進めてゆきたいと考えている。
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by wata1150 | 2008-11-25 12:08 | ちょっと仕事
私が現在の会社に入って2年になる。この2年間、老板や、総経理に引っ張られ、また引っ張りながら、年にもめげず、一生懸命やってきたつもりである。ブログの原稿を書き綴ってきたフォルダーを久しぶりに開いてみた。其処には2年前、私が入社した時に書き記した文章がブログ投稿されずに残っており、読み返してみた。2年前のフレッシュな気持ちが蘇って来るような気持ちである。そこで、2年後の今、ブログ投稿することにした。多少社内的な内容もあるが、読んだ人は、突っ込まないで、受け流してほしいと思う。

現在私が奉職しているのは、日系の会社ではなく、香港系の会社である。入社してから気がついたのだが、企業倫理、管理の仕組み、決断時の判断基準などが日本の大企業などとは大幅に異なっている。

私は、一応業務部(営業部)の経理という立場である。本来の業務部経理は居るのだが、中国式管理というものが身についており、私のアイデアを取り入れた管理に変えてゆきたいということで、私も一緒に経理をしている。経理というタイトルは日本で言うところの部長というところであろうか。

私が何をするかについて、まず、現在の仕組みを知らなければならない。そこでいろいろと話を聞いてみた。

営業メンバーの給料の仕組み。
給料はコミッション制度を取り入れており、固定給も少しはあるが、大半はコミッションによるものである。本人の努力や、利益金額、会社への貢献度などを考慮し、販売金額の最大1%が営業メンバーに給料のほかに支払われる。実際に1%をもらえるケースは少ないが、それでも、営業メンバーによっては月数万元をもらう人も居る。反面、営業成績の上がらない人にとっては、基本給だけなので非常に苦しい人も居る。大卒初年度の営業マンは基本給千数百元程度である。会社の寮に住まなければ、生活は成り立たない。

販売の進め方
基本的に、営業展開は、個人の能力に依存することになる。人間関係を重視し、場合によっては、客先と個人的人間関係を構築することから、ビジネスは始まる。一緒に食事をし、一緒にお酒を飲み、一緒にカラオケを楽しむ。そしてその費用は会社が負担してくれるのだから、営業マンは必然的に毎晩のようにお酒を飲み、男芸者よろしく馬鹿騒ぎをしなければならない。これは結構健康上の負担も大きく、体を壊してしまうケースも少なくないという。

 一方、営業力という見地からは、個人の情報力、個人の折衝能力に頼ることに成り、会社としての総合力を発揮して云々ということはほとんど無い。また、客先にしても、中国国内の中小ユーザには強いが、グローバルカンパニーや、欧米や日本などの客先には対応しきれない。

会社の老板や営業経理はこの状況が決して良い仕組みでないことを知っている。が、コミッション制度を廃止すれば、営業スタッフは競合会社に簡単に移籍してしまい、また、同時に客先も失ってしまうことを知っているから、簡単には廃止できない。

さらに、集まってくる情報は限定され、したがって「値段で勝負」しなければなかなか注文はとれず、場合によっては赤字覚悟で注文をとることもあるようである。会社を興し、現在の規模まで大きくしてくる間は、これでよかったのかもしれない。「安かろう、悪かろう」もある程度容認されてきたのかもしれない。そしてこれが現在の多くの香港系、中国系メーカの実態なのであろう。

多くの会社が、日本人スタッフを高額な給料で雇用し、何とかこの状態から脱出しようとあがいていることも事実であろうと思う。しかし、経営方針を大きく転換するには大きなリスクが伴う。一気に改革することはできない。ほとんどの日本人スタッフは「総論賛成、各論反対」という経営サイドの、ある意味では矛盾する考え方に直面し、改革することの難しさを感じ、あきらめてしまうケースが多いと聞く。

このような環境の中で、私は改革を進めてゆかなければならない。何をどんな風にやってゆくのか、順次考えつくこと、実行したこと、失敗したこと、うまくいきそうなことなどを、書いてゆきたい。


現在私は、この会社で副総経理をしている。営業だけでなく、もう少し幅広く全体を見る立場になった。ある意味、新鮮だった印象はしぼんでいるが、その分どっぷりと中に入り込みだしているともいえる。そして、これから、この世界的規模の恐慌の中、この会社をどのようにリードしてゆくのか、間違っても倒産などという事態にはならないよう、進めていかなければならないと、毎日毎日自覚しながら、やっている。

このシリーズは、テーマが硬いので、適当に間を置きながら、当時の現行を投稿したいと思う。
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by wata1150 | 2008-11-21 23:36 | ちょっと仕事
昨日の夜から、急に寒くなってきました。

一昨日の夕方、雨が降りました。それを見た誰かが「天気が変わる」と言っていました。どのような根拠で「天気が変わる」と言ったのかは分かりませんでしたが、たしかに気温は下がった様子でした。

私は、長袖のオープンシャツを、袖をまくって着ていたのですが、手首まで伸ばして寒さをしのぎました。市内を歩く人たちは、ブレザーや長袖のトレーナー、ジャケットなどを羽織って歩いています。バイクタクシーの運転手たちは、空気を通しにくい薄手のトレーナーや、防寒コートを着ています。

冬の定番の火鍋の店は込みだしました。四川風のとても辛い鍋料理に人気が有るようですが、そのほかにも、何種類かの中国風鍋料理の店が恵州にもあり、店の外にまで人が並ぶようになってきました。しばしば出かける日本料理の店でも、すき焼きや寄せ鍋、しゃぶしゃぶなどが冬メニューとして提供されるようになって来ました。

万佳や百佳、WALMARTなどのスーパーでも、冬物の服や寝具などのところには人が多く集まるようでした。

気温は、日中は20度くらいにはなるのですが、夜は12度~15度位で、日本で言えばちょうどすごしやすいという気温なのです。しかし、ここは中国広東省、亜熱帯性気候で、熱帯フルーツなども採れる土地です。夏には30度どころか、40度近くになり、暑い所です。従って、15度という気温は、この辺では寒いという表現になるのです。

中国という国は、国土面積が大きいため、東西南北、その土地により気候が大きく異なります。北方3省(黒龍江省、遼寧省、吉林省)などはすでに気温が零度以下になっており、雪も降り出しているようです。

昨年は大雪で交通が大混乱し、年末の帰省がままならず、帰省をあきらめた人も多くいました。それを見越してか、今年は帰省の出足が早く、広州駅などでは、すでに毎日4~5万人の人が押しかけ、長距離列車に乗り込んであるようです。今年は広東省の各企業の景気が非常に悪いことも手伝っているのかもしれません。わが社でも、帰省のため、何人かの人がもうすでに退職しています。退職申請した人もすでに数十名に上っているとか。

大雪、大雨、大地震、オリンピック、民族運動、金融危機の影響など、大揺れに揺れた今年の中国。会社の経営も判断が非常に難しい案件が、目白押し。

中国の旧正月(春節)までは、まだ間がありますが、早く終わってほしい2008年、そして、少しはましな2009年であってほしいと思わざるを得ない心境のこのごろです。
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by wata1150 | 2008-11-10 20:01 | 雑感

マッサージ

恵州に来て、今の会社に勤務して、今月末で満2年になる。日本にいたとき、それまで長く勤務していた会社時代には、マッサージなどほとんど受けた事が無かった。しかし、恵州に来てから、老板とともによくマッサージに行くようになった。

広東省恵州市、登録人口おおよそ30万人。しかし、恵州市以外、全国から働きに来ている人たちが50万人とも80万人とも言われる。実質100万都市である。そして、典型的な中国文化の一つといってよいマッサージショップがいたるところにある。無論これは、非常に健全な中国式マッサージである。決していかがわしいところではない。市民が疲労を感じたときに、自分をリラックスさせるために、マッサージショップを利用する。

中医などと呼ばれる医療施設とリンクしているところも多々ある。また、シャワーやサウナや、各種のいわゆる風呂などを併設しているところもある。料金は、高くない。足マッサージであれば一時間30元(約450円)、通常は2時間程度で十分である。中国式やタイ式などの全身マッサージも可能である。それでも一時間50元から60元程度。中国の一般サラリーマンレベルでは決して安くは無いが、我々外国からの出稼ぎ組にしてみれば、決して高くは無い。

私と老板が出かけるのは、いわゆる中医がリンクしているところで、2箇所ある。国康堂と康泰というところに行く。ほかにも、“Gold Finger”などという名前のついた、巨大マッサージショップや、康帝国際ホテルのマッサージショップなどにも時々出かける。

マッサージを受けているとき、私はほとんど暴睡している。隣に老板がいてもお構いなし。彼は家族に電話をしたり、朋友と相互に情報交換したりしているようだが、私はこの時とばかり、眠るのである。全身の筋肉が硬直したり、緊張しているのを揉み解すのだから多少の痛さはあるのだが、言ってみれば“イタキモ”(痛いが気持ちいい)なのである。

足マッサージのときに、足湯みたいなものをする。直径が50cm程度の桶に熱めのお湯を注ぎ、中に中薬と呼ばれる薬効成分のある粉をいれ、そこで足湯する。5分もすると、額から汗が出始める。全身の血行がよくなるようだ。そういう状態で、頭から、首、肩、背中と揉み解してゆく。そして、足湯を終え、リラックスした状態で、足マッサージを受ける。すると、完全に眠ってしまうのである。2時間ほどで、マッサージを終えると、目を覚ます。頭から、仕事のことは消え、体からは力が抜けて、なんともさわやか、すっきりになる。

老板などは私の何倍かの精神的ストレスがあるであろうから、週に2度も3度もマッサージを受けるらしい。私は1度か2度でも十分なのだが。それでも、今の私にとっては、貴重な時間である。
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by wata1150 | 2008-11-08 15:42 | 恵州の事

週休2日制

わが社をはじめ、恵州や東莞などに存在するほとんどの製造会社は、日系大手会社を除き、週休1日で、週6日勤務が普通である。そして、そのほとんどが、24時間2交代制の勤務形態で運営されている。
それに、最近異変が起こっている。あちらこちらの会社で週休2日制を取り入れる会社が出てきたのである。

理由は・・・、最近社会問題になっている世界的金融危機である。アメリカ市場が縮小し、受注量が減り、仕事量が少なくなったため、各社が工場に対して休日を増やすことになってきたのである。会社にとっては経費削減の方策である。

ほとんどの中国人スタッフは、元々週休2日、但しほとんどの土曜日は残業扱いとして、時給倍額で就労し、その総額で給料いくらとして考えている。週5日の労働分は月額が固定されており、さらに土曜日出勤で目標給料となるのである。したがって、週休2日となると大きく給料が減るのである。給料が3000元のスタッフではほぼ600元から800元も減ってしまう。

そんなに減るのであれば、会社を辞め、他の会社に移ればいいと考える人もいる。しかし、近在の会社はほとんどが同じような給料体系であり、金融危機の影響から、仕事量は減り、従って従業員の新規採用をするところはほとんど無いに等しい。会社としても、スタッフが辞めても、むしろ有難い位の気持ちも有る。幸運にも仕事が増えたとしても、募集すればいくらでも応募が集まる。スタッフにもそんな状況が分かるので、むやみに辞めたりしないようになった。多少仕事がきつくても、少し給料が減っても、会社に残っていれば、給料がもらえるのであるから。

わが社も例外ではなく、この11月から当分の間、週休2日制を採用することにした。幸いにも、わが社は今のところある程度の注文は確保されているのだが、客先の中国系、香港系企業で、キャッシュフローが厳しくなっているところがあり、売上金の回収が遅れているケースが増えている。当然、そのような会社には代金回収が確認され、次回の支払いが問題ないことが確認されるまで出荷は停止される。従って、この先注文はあっても、すべてが出荷できるかどうか分からず、また、先月や今月に出荷したものの代金回収が上手くいかなく事も予想されるため、出荷停止となって、製品在庫を持つより、生産を最小必要限度にとどめようと言うものである。

これに対し、スタッフの反応はさまざまである。実質的に手取り収入が減るのであるから、いろいろと対策を考える人、会社を辞め他社に移ろうという人、早めに帰省し、来年に期待しようという人、少ない人たちではあるが、ともかくも会社に協力し、早く元に戻そうと考える人、仕方が無い、これも時勢だと思う人等等。

このような厳しい状況はそんなに早く回復するとは思えない。が、必ず回復すると信じて、いまは耐え忍ぶしかない。
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by wata1150 | 2008-11-07 00:04 | ちょっと仕事

「ガールフレンド」

すこし、硬い話が続いたので、やわらかい話を。

わが社は香港系企業であり、董事長、総経理をはじめ、重要ポストには香港人が配置され、香港から離れ、広東省恵州市の会社に勤務し、会社の幹部職の寮や、市内のマンションで暮らしている。

市内にはKTVやスナック、クラブなど夜遊びのスポットが多くあり、男性の一人暮らしに楽しみを与えている。しかし、そういった生活には落とし穴がある。いわゆる「はまってしまう」というやつである。

香港人や日本人、台湾人のスタッフの給料は中国人に比べはるかに高い。従って生活レベルは、会社の中にいる中国人よりははるかに高いものになるのは必然的である。たとえば、近所の知り合いの会社のR君という業務経理(部長職)は30000元を越える給料をもらっている。香港には奥さんも子供もいる40歳代半ばのナイスガイである。この会社に、創業当時から在職し、現在のわが社に対する貢献は大きい。数年前までは香港に半分、恵州に半分という生活をしていたらしい。が、恵州にいる間に恵州にガールフレンドが出来、そしてついには、子供まで生まれてしまった。まじめで、さほど酒も飲まず、朝から晩まで仕事一途な彼であったが、子供が生まれて一大決心をした。香港の奥さんにすべて話したのである。そして、2つの家庭を両立させることで折り合いをつけた。毎週末、香港と恵州を行き来し、両方の家庭を抱え、頑張っている。

ある会社の最高幹部の一人、Pさん。その会社の創業当時からのメンバーで、販売を除く業務を一人で管轄し、頑張ってきた。香港には18歳になる娘さんがいる。無論、奥さんもいる。彼のガールフレンドとの馴れ初めは聞いたことが無いが、きれいな人で、やはり幼稚園に通う息子がいる。恵州市内にマンションを買い、普段はそこで生活し、2週間に一度香港に戻る。彼も、まだ50歳には間がある歳で、香港と恵州を往復しながら頑張っている。

そのような話は、恵州に限らず、事欠かない。台湾人の会社では、「台湾と中国との直行便が出来て、中国にすむ台湾人の単身赴任族は戦々恐々」などという雑誌記事や新聞記事が登場した。多くの台湾人が、中国人の愛人を持ち、楽しい(?)単身赴任生活を送っていたのだが、直行便が出来て、台湾の奥さんや家族が中国に簡単に来る事が出来るようになったため、愛人のことがばれてしまう危険性が高くなり、愛人と別れる人が増えたという。

一方、中国人の女性側から見るとどうなるのか?過日、ある恵州市内のKTVで、お客さんを接待していたときに、KTV小姐が面白いことを教えてくれた。彼女のいとこの女性が、ある韓国人の会社員の愛人になったのだという。そのいとこという女性は、最近まで湖北省武漢市の洋品店の店員をしていたのだが、給料が安くて広東省に来たのだという。KTV小姐に言わせると、なかなかの美人でまだ23歳で魅力的な人なのだそうだ。その彼女が、広東省に来て月8000元で韓国人の会社員の2年契約で愛人になったのだとか。8000元の給料は中国人ではなかなかの高給である。わが社の生産工程で仕事をしている人が、月1500元程度の給料であり、中国人の経理職の最高が6000元なのだから。2年でおおよそ20万元、新築マンションが買える金額である。

また、別の小姐は50歳代のドイツ人の愛人になったという。やはり、2年間、月12000元だそうである。すべてのKTV小姐がそうなるわけではないだろうが、みな、そういった相手を見つけるためにKTVで働き、時として体を売っているのであろう。すべての中国人というわけではないだろうが、貧しさゆえに、性的倫理観を捨て、お金を稼ぐことに青春をかける女性は少なくは無い。この恵州にもKTVは20箇所以上は存在し、各KTVに数百人のそのような女性が働いている。中国全土ではどのくらいの女性がそのような生活をしているのか、想像も出来ない。

無論、このような幸せな男性、女性がそんなに多くいるわけではなく、ごく一部なのだが。私も、もう少し若ければ・・・、とか、もう少し給料があれば・・・とか、考えてしまう。

わが社の女性スタッフと昼食時などに話をすることがある。「TADAさんはガールフレンドはいないのですか?」という質問が、必ずといっていいほど出てくる。「残念ながらいないんだよね。」と答えることにしている。私の通訳をしてくれているT嬢が言ってくれた。「TADAさん位になると、お金がかかるからね。」ちゃんと知っているのである。中国にそのような文化が現実に存在していることを。そしてそれが、不思議でも、なんでもないということを。

そういえば日本にも、以前、“愛人バンク”なるものが存在して、社会的話題になったっけ・・・などと思いながら、会社の女性スタッフにからかわれるのを楽しんでいるのである。8000元とか12000元とかは、今の給料では無理だよなー・・・などと、少しだけさびしい思いをしてみたりして。
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by wata1150 | 2008-11-06 18:49 | 雑感

円高

私は、ここ数ヶ月間、インターネットの円ドルレートの情報を見ては、一喜一憂する毎日である。

私は現在給料は香港ドルでもらっている。そして、毎月日本にいる家族に、日本円を送金しているのである。香港ドルは、為替としてはアメリカドルとリンクしているので、事実上、日本円に対してアメリカドルが安くなると、香港ドルも同時に安くなるのである。

私が2年前、現在勤務している会社に入社したとき、1HKドルは14.83円であった。円安のときは一時15.79円にもなった。おおよそ6%円安である。日本円に両替すると6%だけ日本円が増える計算になる。給料が上がったのと同じことである。

しかし、昨年秋をピークに、サブプライムローン問題、そして金融破綻問題と連続してアメリカの金融問題が発生し、アメリカドルは日本円に対して続落し、最近では1ドル=90円などというとんでもない円高になった。このとき香港ドルは12円を大きく割り込み、おおよそ11.54円まで低下した。これは、私の給料が、22%も下がったことになる。

私は、ほんの一部だが、人民元での給料も受けている。2年前は1人民元=0.95香港ドルだった。しかし、人民元高が進み、現在では1人民元=1.13香港ドル程度である。おおよそ20%ほど、香港ドルが安くなったことを意味する。また、これは人民元がアメリカドルに対し、18%ほど高くなったということでもある。

私個人としては、人民元の給料を増やし、香港ドルの分を減らしたほうがよかったと思わないでもない。そのほうが多少でも給料の為替による目減りが減るからである。

会社にとってはどうか?私が今勤務している会社は香港系の会社であり、決算は香港ドルである。が、実際の企業活動のほとんどは中国であり、工場のスタッフの給料、電気、ガス、水道の費用、税金などはすべて人民元である。売り上げの収入はほとんどが香港であり、香港ドルで入金されるが、材料費、人件費、税金などは人民元で支払いを行わなければならない。つまり、人民元ベースで見れば、支払いは代わらないのだが、収入は目減りし、苦しくなってくる。一方、香港ドルベースで見れば、収入は変わらないのに、支出が増えてゆく。そのような現象が昨年末から起こっている。

この現象が、さらにアメリカの金融危機による影響に覆いかぶさってきており、企業経営をさらに難しくしている。

ここに来て、ドル安円高がさらに進行している。さらに、今までは比較的強かった欧州通貨ユーロまで大幅に下げている。円の独歩高である。一方、人民元の対アメリカドルはここ数週間落ち着いてはいる。これは、中国政府がアメリカドルに対して、為替介入を行っているのではないかと思わせられる。が、今後、どのように展開するかは、会社の決算に大きな影響を及ぼすことは必然だし、従って日々の為替動向は予断を許さない状況にある。

世界は狭いということを改めて感じさせられる日々である。
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by wata1150 | 2008-11-05 01:01 | ちょっと仕事
今まで、広東省で起業し、発展してきた欧米向けの製造業は大きな転機を迎えている。

私が現在勤務する会社の主要な客先業種に玩具製造業がある。昨年前半まで、我々の会社の収益に大きく貢献してきた。昨年の夏に発生したアメリカのプライムローン問題に端を発した金融危機、そして昨年秋に発覚した鉛入り塗料問題で中国産の玩具業が大きくダメージを受けた。鉛入り塗料を使用したメーカーの社長は自殺した。そして、中国産玩具に対する安全面からの信頼は失墜した。

重ねて、中国産食品への信頼を失墜する事件が相次いで発生し、中国製品そのものに対する諸外国の評価は低落してしまった。それまでも、従来から中国産の製品に対して“安かろう、悪かろう”などと言われてきた。生産販売出荷について、大きく後退するのは仕方ないのかもしれない。

過日、私が今勤務している会社が、ある日系大手電気メーカの工場監査をうけた。その時話題の一つになったのが、めっきの信頼性。その電気メーカの人が話していた。「めっきメーカは日系を採用してください。中国系は品質や信頼性、環境基準などの国際規格認定をお金で買っているところがあるので、信用できません。」その電気メーカの技術者が話してくれたのである。彼女はちゃんとした中国の大学を出た、その会社では中堅管理者的位置にある中国人である。

また、ある別の日系大手電気メーカのサプライヤーミーティングに参加したことがある。その会社の日本の副社長が話していた。その会社は独自の環境基準を持ち、合格すると認定証が発行される。その副社長は認定書にサインをする人なのである。「最近、我社の環境基準の認定書のコピーが出回って、大変困っている。そこで私はサインを変えなければいけない羽目に陥った。」彼は笑いながら話したのだが、笑って入られない事態である。

私はある面で納得もしたが、反面、非常なショックを受けた。規格認定書のコピーをお金で買い、基準に合わない作業でコストを押さえ、人件費を安く抑え、品質の良くない材料で粗製乱造して、安価で欧米や日本などに出荷し、外貨を稼いできたのである。

いま、そういった産業構造が危機を迎えている。当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。しかしながら、同じ広東省にあっても、真面目に、規準を遵守し、雇用労働法などの法律を遵守し、従業員福祉を一生懸命考え、薄利ながらも、常に会社の健全な発展を目指して経営をやってきた会社が多々あることも事実である。そしてそういった会社でも、その多くが経営危機に陥り、あえいでいる。苦境は一部の非合法的な会社にとどまらないのである。

おもちゃ業界については前述したが、そのほかにも、カーオーディオ業界、数日前に書いた電話機の業界、携帯電話のアクセサリーを作っている業界など、苦境にあえぐのは一部だけではない。ほとんどの業種に影響が及んでいる。そして、そういった業界のメーカに部品を納入している部品メーカ、材料メーカもまた苦しんでいるのである。

そういった意味では、中国全体に産業構造改革、メーカーの体質改善改革が進んでいるともいえるのであろう。生き残りができないメーカは消え、いち早く体質改善をした会社が生き残り、そして次の世代に受け継がれてゆくのであろう。私も現在の会社の幹部の一員として、間に合うのか間に合わないのかはわからないが、生き残る為に体質改善に全力を尽くさなければ・・・と、改めて思うのである。
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by wata1150 | 2008-11-04 23:58 | ちょっと仕事

広東省製造業の危機

最近、私共の会社がある広東省恵州市にも、不況の波が現れるようになってきた。幾つかの会社でそれを見ることが出来た。

私共の会社の道路を挟んだ斜め向かいにある会社。11月から2ヶ月間の休業に入った。業績が低迷し、受注が大幅に減少し、春節前には回復は望めないから・・・と言うのが理由だそうだが、どうだろうか? そう簡単に春節明けに復活できるかどうかはわからない。

深圳にあるF社という会社、中国だけでも数箇所に工場を持ち、数万人の従業員を有する大企業である。が、ほとんどアメリカ向けのOEM生産販売を主な仕事としており、最近は非常に苦しいと言うことは聞こえてきていた。先月、3万人を解雇すると言う話を聞いた。まだ、倒産と言う事態にはならないようだが、企業としては大幅に縮小せざるを得ないのであろう。

我社の隣にある、欧州系の会社。会社の収益もかなり良いと聞いていた。普段は高給料で人材を集め、したがってなかなか新しい人が入社しにくい会社である。が、最近周6日勤務から周5日勤務に変わった。労働者の給料は5/6に低下する。何人かが離職したそうだ。

新聞や雑誌には連日のように会社倒産、工場閉鎖の記事が並ぶ。中国の製造業は、欧米と言う大市場を抱え、低賃金をベースにした低コストで延びてきたという背景があり、したがって数千人から数万人の工場労働者を抱え、企業運営してきたのである。したがって、一旦企業倒産、工場閉鎖という事態を招くと、数千人、数万人という若い労働者が一度に失職する。ほとんどのこういった工場労働者は、広東省以外の中国各地から仕事を求めて“出稼ぎ”的に出てきた人たちであり、春節前には幾許かの現金を手にして、故郷に帰ってゆく。しかしながら、工場が倒産し、閉鎖されると期待したお金は手に入らず、ふるさとに帰るに帰れず、新たな仕事を求めて広東省を移動する。

我社にも、現在労働者の募集はしていないにもかかわらず、連日のように会社のゲートの前に大勢の人が並ぶ。何とか採用してもらおうと言う人たちである。余裕のある会社にとっては有能な人材を獲得できる千戴一隅のチャンスかもしれない。中には優秀な人材が居る可能性が高く、普通ならばそういった人材は、滅多に獲得ができないのだが、会社が倒産してしまえば、そういった人たちも仕事を探さざるを得ないからである。

我社の人材資源課にも、恵州市の人材センターから連日のように電話がかかる。以前は、我社から出かけていっても、なかなか相手をしてもらえないくらいだったのが、嘘のようである。人材センターに登録をする人が大幅に増えており、就職先が無くてあふれているのだと言うことであった。そして彼らは、従来の会社より給料は安くとも、何はともあれ仕事を探し、給料がもらえるようにすることが優先されるのである、とのこと。

こんな事情は我社の従業員たちも良く知っている。就職難である現在は、年末に向け早めに帰省する人たちを除き、離職する人は少ない。なんとか今の給料を確保したいと言う心理が働くのである。従って、新規採用をすることはなかなか困難であり、折角の千載一遇の機会は失われつつある。もっとも、近在の他社にとっても事情は似たり寄ったりで、今失職した人たちを受け入れる余裕は無い。仕事を失った人たちは、このまま、職探しをしながら、または早めに諦めてふるさとに帰って春節を迎えることになるのかもしれない。
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by wata1150 | 2008-11-03 13:05 | ちょっと仕事