中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
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中国の歴史小説というと、三国志や西遊記などは誰でも知っているものである。また、この水滸伝もそのひとつであろう。

私は、昔から本が好きで、以前勤務したM社時代から相当いろいろな本を読んだ。出張が多かったせいもあり、移動時間を利用して、また宿泊先のホテルで時間を見つけては読みあさった。いつごろからか、中国の歴史小説が多くなり、陳瞬臣、宮城谷昌光などが書いた中国古代の英雄が登場する小説を読み漁った。

もっとも、出張に持ってゆくのであるから、大きな本では量が大きくて持ち歩きに不便だということで、もっぱら文庫版ばかりではあったが。また、時間があれば、本屋をめぐり、文庫版のいろいろな本を探すのも楽しみになった。

しかし、中国に生活し、仕事をするようになると、なかなか日本の文庫本を購入することは難しい。そこで、最近はもっぱらインターネットショッピングを多用している。中国にいても、本を探し出し、クレジットカードで決済し、日本の自宅に送ってもらうのである。そして、日本に帰国したときにピックアップし、中国に持ち帰るのである。

無論そればかりではなく、日本に帰国し、時間があれば本屋めぐりをし、気に入った本や、面白そうな本を見つけては買い込んでいるのだが。

さて、いま読んでいるのは“水滸伝”である。本屋さんに行って、全部で19巻もあるこの大作を読んでみたいと思い、最初に一巻から四巻までを購入し、次いで5巻から7巻までを購入した。そして残り8巻から19巻までをインターネットで購入した。いまは6巻目を読んである。来週、帰宅したら全部中国に持ち帰ろうと考えている。

さて、この水滸伝、中国は宋の時代の物語である。作者の北方謙三は、数年前に“楊家将”という宋建国時の武将について書いている。そして、その続編ともいえる“血涙”を書き次いでいる。“血涙”は、まだ文庫化されていないらしく、私は読んでいない。しかし“楊家将”はすでに読んだ。それで、血涙が文庫化されるのを心待ちにしているのである。水滸伝は、この血涙の続編的な性格をも持っているように思う。楊家将主人公「楊業」の子孫である楊志や、楊令が登場してくるのであるから。そして、水滸伝19巻に続くものとして、“楊令伝”全6巻なるものがすでに発刊されている。楊令伝も数年後には文庫化されるであろうから、文庫発売を待って、また読もうと思っている。

この、楊家将→血涙→水滸伝→楊令伝と続くストーリーは壮大であり、まさに中国を実感させられる物語である。当分、私の出張用のかばんからこのストーリーが消えることなく、移動中の友達になりそうである。
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by wata1150 | 2008-09-28 21:46

日本出張 ホテルで温泉

9月24日から日本に出張中です。今回の日本滞在は長く、10月7日まで滞在し、7日夕方恵州に帰る予定です。24日から10月1日までは客先訪問や、日本連絡事務所のメンバーとの交流や打ち合わせ、10月2日から6日まで、久しぶりに仙台の我が家に帰るつもりです。

久々に、自分のブログを読み返してみました。以前は、結構他愛の無い記事が多かったと思います。ある場所を紹介したり、旅行記を書いたり、・・・。でも、最近の記事は結構仕事にまつわる話が多いような気がします。それだけ、仕事についていろいろ考えていることだという気はしますが。しかし、自分のブログを読み返してみたりすることが少ないため、記事投稿をしようとすると、仕事にまつわることしか書けないようになっているのではないかということも感じます。

帰国して、すぐにブログ記事を投稿しようとしたのですが、全身を疲労感に包まれてしまい、なかなか記事を書く気にはなれませんでした。いま、やっとブログに向かっている始末です。やはり、多少は疲れているんだな・・・と感じるのです。

いま、新横浜駅前のFホテルにいます。今回、このホテルにしたのにはわけがあります。このホテルにはSPAがあるのです。恵州ではなかなかお風呂に入ることは出来ません。西湖のまえのKホテルにはSPAがありますが、普段はなかなか時間が取れず、ほとんど行っていませんでした。しかし、私も日本人、疲れを取るには温泉が一番と信じています。そこで、このFホテルに一週間ほど滞在することにしたのです。

このホテルでは、朝食券かSPA利用券が一日に一枚もらえます。私は朝食券とSPA利用権をそれぞれ3枚ずつもらいました。そして、今日は土曜日、仕事も無いので、朝食券ではなく、SPA利用券で午後から2時間ほどお風呂にゆっくり浸かってきました。

ここの温泉は地下1500mからくみ上げた温泉で、鉄分を大量に含有した塩化ナトリウム温泉です。解説によれば、大昔はこの辺は海だったため、深層海洋水を多く含んだ温泉が出てくるのだそうです。それで疲れが取れるかどうかは別として、温度が低い温泉である割には、結構短時間で汗が噴出してくるようです。

2時間、温泉に浸かったり、体を洗ったり、サウナに入ったりしてすごし、ホテルの部屋に戻ったら、ドーっと疲れが出て、先ほどまで一眠りをしてしまいました。

明後日から、少しは体力を戻して、客先訪問が出来るかな?などとおもい、今夜は早く休むことにします。
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by wata1150 | 2008-09-27 20:58 | 日本滞在記

ある中国企業

広東省広州市にある中国企業の総経理と会談する機会を得た。この会社、P社は置時計や、掛け時計、目覚まし時計などを生産販売している会社である。創立は1990年というから、今から18年前、私が現在勤務する会社より2年遅れて創業したという。

総経理、董事長は実の兄弟である。総経理は現在40歳、彼が大学を出て、すぐに兄弟同士お金を集めて創業した。現在はおおよそ3500人の従業員を有し、100社以上の部品サプライヤー会社をもって月に400万個以上の時計を生産販売し、月に2000万元の利益を稼ぎ出すという。

総経理の名前はZさん。知り合ったきっかけはほんの偶然である。私が勤務する会社のお客さんで、やはり掛け時計や置時計などのOEM生産販売を行っている香港系のC社で、わが社の売掛金が回収できないという事態が発生した。C社の緊急サプライヤー会議があり、担当の営業スタッフと共にこの会議に出席した。そのときC社に資金援助を申し出、数千万元を提供し、C社の危機を救ったのがこの張総経理である。

私は、この会社が中国人により創設され、なぜこのように短期間に発展してきたのか、知りたいと思った。現在わが社を取り巻く経営課題は、この会社にも当てはまると思ったので、その課題をどのようにして解決しようと思っているのかということに強い興味を覚えたからである。同じような製品を生産販売しているC社は経営危機になり、一方P社はしっかりと生み出している。この違いは何なのか?ということもあった。

経営課題として現在よく取りざたされる項目はいくつかある。人件費の高騰、人民元の米ドルに対する上昇、中国人の労働意識の変化、材料費の高騰など多岐にわたる。

人件費の高騰について聞いてみた。すると、P社はこの近所の会社より給料は高いという。具体的な金額は教えてくれなかったが、利益配分を労働者やスタッフに多くまわしており、したがって、人件費が高騰しても、すでにP社はそれ以上給料を払っているので問題にはならないというのである。

労働者福祉について聞いてみた。労働者の多くは外省人であるという。おおよそ90%以上が広東省以外からきているのだという。寮に入りたい希望者は、無論寮は完備されている。市内に住みたい人は、市内に住むことができるが、100%送迎バスを使うことができる。したがって、通勤費はかからない。また、中国恒例の旧正月にはほとんどの労働者やスタッフが帰省するが、その帰省費用はすべて会社負担だという。労働者やスタッフが家を購入する場合、会社は5万元を支給する。貸し付けるのではない。また、自動車を買う場合には2万元を支給する。ほかにも多々、他企業にはない福祉が多々あるのだそうである。ちなみに、離職率は?2%だそうだ。結婚や出産のために退職する女性だそうで、ほかに辞める人は皆無とのこと。それはそうだろう・・・と、頷くしかない。

労働者やスタッフの勤務条件は? 一日8時間労働、週休2日、残業禁止。休日出勤などもってのほか。夜間就業なども全く無い。なんとも羨ましい環境である。

これで、月間2000万元も儲かるの? 在庫ゼロ、トヨタの看板方式のような生産管理方式なのだそうだ。部品メーカーも、在庫を持たずに受注生産する。部品メーカーの生産能力をよく把握し、部品発注するので、受注生産が可能になるという。これは、OEM生産ではなく90%以上を自社ブランドとし、世界に製品を出荷するようにしているためなのだそうで、標準的には受注後15日で製品出荷できるそうだ。よく考えられ、徹底された管理方式を使用しているといえる。この管理方式は、トヨタに学んだのではなく、自分たちで考えながらここまできたのだという。またまた、驚かされる。

なぜ、このようなことができるのか?Z社長の言葉を要約すれば、スタッフや労働者を十分にケアーし、保護してやれば、おのずからこのような結果が出てくる。あとは、会社運営上無駄なお金を使わず、有効的に運用すればよい。そして、全従業員が家族であり、仲間である意識を持ち、信頼感を持ち続ければいい、ということになるのか。Z社長は言わなかったが、この会社ではほかの会社より、給与格差、収入格差がずっと小さいのかもしれない。しかし、会社が大きくなり、販売が伸びてくると、全員の給料が一様に伸びてきて、結果として現在の羨ましいとも言える会社環境になったのかもしれない。

通訳を通しての話であるから、詳しいことまでは理解し切れなかったが、今後時折相互訪問し、意見交換をすることで合意し、P社を後にした。
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by wata1150 | 2008-09-12 00:47 | ちょっと仕事

新しい携帯電話を買った

私が中国で今まで使っていた携帯電話はPANASONICのGD-88という古いモデルである。使用し始めたのは5年か6年前、当時はとても高価で、中国ではなかなか手に入らないモデルだった。価格は市場価格で5000元以上はしていたと思う。10万画素だが、カメラ付き、二つ折りになっているタイプである。当時は持っている人が羨ましく見え、持っている人は家族や知人、風景の写真をたくさん撮影して、皆に披露していた。さすがに最近はメッキもところどころはげてきており、外観的にも汚くなってきていた。
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これだけ使っていると、電池だけは徐々に駄目になってくる。それで何度か交換した。現在は、純正品は市場に無い為、非純正品のものを、短期で駄目になったりすることは覚悟の上で購入し、使用してきた。それでも、電話機本体には不具合もでず、携帯電話として、またメッセージの伝達用として立派に機能してきた。また、私がメッセージを中国語で入力するのにピンインを使い、中国語の練習台にもなっていた。便利に愛用してきたと言えると思う。

しかしながら、今年の6月ころから、電話を受けて携帯を開くと、突然電源が切れたり、話をしている間に電源が切れたりするようになってきた。ヒンジのところにある電線か接点が接触不良になってきたのかもしれないと思えた。これでは、相手の人に迷惑がかかる。良い携帯が有れば買い換えようとは思っていた。しかし、古い携帯に愛着があることと、最近の携帯は良いものは結構高いと言うことから、買い換えるのを躊躇していた。

先日、出張で香港の客先に出かけた時に、同じ不具合が発生した。これではいけない、と思い買い替えを決意した。幸い場所は香港、中国よりは安く買える。定価であれば、中国に17%の増値税と言う税金があるため、高くなるのである。香港はそれがない分やすくなる。実際には中国でも結構値引きは有るのだが、コピー商品なども結構あるので、購入を決断しにくいのである。また、中国では中国ブランドの携帯も多く販売されており、価格的にも他の海外製品よりははるかに割安である。しかし、どうしても製品に対する信頼性に乏しい。消耗品や安いものなら、ダメモトで購入してもいいのだが、日本円で数万円もするものは、やはり外国製品の方が信頼できる気がする。たとえ“MADE-IN-CHINA”であっても。

香港で電気製品が安いところの一つに旺角(モンコック)がある。旺角には女人街という地区があり、各地からいろいろな安い製品を持ち込んで、露天で販売をしている。コピー製品を“コピー製品”として、堂々と販売しているところが面白い。この地下鉄旺角駅の近くに携帯電話を売っている店舗が群集している一角がある。ここで、いろいろなメーカーの様々な機種を比較検討でき、購入することが出来る。

現在、携帯電話業界で最も隆盛を極めているのは“NOKIA”であろう。デザイン、品質はそこそこ良いし、価格帯も安いものから高いものまで様々である。また、海外ブランドと言うことに限定すれば、MOTOROLA、三星、LG、SONY-ERRICSONなどが市場では良く見かける。不思議なことは、日本ブランドは全く影を潜めてしまったと言うことである。以前は、三洋、NEC、PANASONIC、MITSUBISHI、KYOCERA、など多くのブランドが製品を市場に出していた。日本と海外との携帯電話の方式、課金方式、販売方式などが異なっているせいか、今はわずかにSONY-ERRICSONが残る程度である。

私は、使い慣れてきた二つ折りのタイプで、現在は中国で限定導入されているに過ぎないG3対応機種、そして海外ブランドと言うことで限定して探した。そして購入したのがこのMOTOROLAである。
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二つ折りタイプでは結構薄型で、持つと多少の質感があり、色は暗い赤系統の色で高級感がある。補助電池を一個、数百元程度であろう、もう一台の携帯電話などのサービス品が付いていた。それでも、以前使っていたPANASONICの半額以下である。この辺に、日本のメーカーが市場を席捲できない理由があるのかもしれない、などと思ったりもした。

中国国内メーカのモデルには、SIMカードが2枚入るようになっていて、業務用と私用を一台の携帯でこなせるものもあるし、タッチパネルが付いていて、文字入力などはタッチパネルで出来るものも多い。また、音楽プレーヤーやビデオプレーヤーなどの機能が付いているものも多い。私にとっては、そういった機能は重要ではなく、むしろ電話とメッセージ、そして機械の信頼性、更に言えば外観的にステータスがあるものということであるから、機能的には単機能的になるが、それで十分であろう。

使用説明書を見ながら、使い方を覚えてゆかなければいけない。電話機能は簡単だから、すぐに出来る。電話帳はどこにあるかさえ覚えれば良い。ただし、新規の番号登録は必要なのだが文字入力方式がわからない。2日間をかけ、やっと英文とピンイン入力による中文が入力できるようになった。従来使用していたPANASONICとはソフトが異なる為か、なかなかわからず、苦労した。ここ、恵州では3Gがまだ導入されてなく、今年の年末か来年始めになるということで、3G機能はまだ使えない。でも、来年には使えるようになっているであろう。

ともかくも新しい携帯を買い、当分は携帯の故障に悩まされることから開放された。少しずつ、この携帯の機能を学びつつ、使って行きたい。
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by wata1150 | 2008-09-07 18:51 | 日記

Aさんに会った。

Aさんは、私が以前に勤務した会社で、私が中国で活動する為に、深圳の現地会社で採用してもらった女性である。彼女は英語が非常に達者で、秘書、ツアーガイド、通訳、営業業務などの業務をこなしてもらい、非常に感謝していたのだが、私がその会社を退職した後、E-Mailやチャットで時々連絡しあう程度であった。

彼女は、なかなか可愛い顔をしているのだが、性格はとてもきつく、よく言い合いもした。また、週末には深圳から四川省まで旅行をしたこともある。成都や重慶で一緒に「麻辣火鍋」を食べたこともあった。9月の中秋節に丁度成都にいて、お客さんと一緒に長江のほとりの茶店でお茶を飲みながら名月を眺めたりもした。南京に一緒に客先訪問した時、夜、彼女が当時付き合っていたボーイフレンドから電話があり、そしてその後、彼女はそのボーイフレンドと別れたと聞いた。

私がその会社を退職後も、彼女はその会社に残り、営業メンバーの一員として活躍していた。一時、上司との関係がうまく行かなくて、退社したいとの相談を受けたこともあったが、何とか乗り切って今に至っている。今は高級営業代表とかいう肩書きで、頑張っているそうである。給料も、私が採用した時の2倍以上になっているとか。

深圳の福田口岸のビルで彼女に会った。私と一緒に仕事をしていたときより、大分太っていたが、ベビーフェースはあまり変わらない。年齢は、すでに30歳になっていた。まだ結婚もせず、独身を通している。会社のオフィスが深南路から福田保税区に変わったとかで、彼女は福田口岸のビルから程近いマンションの一室に住んでいるとの事。

地下鉄で羅湖に近いあるショッピングビルの6階にある日本料理店に行った。食べ放題飲み放題で180元とか。私は歳のせいもあって、最近はあまり食べ過ぎないようにしているのだが、若い女性を前にして、少し頑張ったのだろう。かなりたくさん食べ、そして飲んだ。彼女は以前からお酒は強かった。お客さんとの宴席で、私がそろそろ定量が近づいたと思いながら、それでも頑張って、酒盃を重ねていたら、私の横に座っていた彼女が、サーっと私のグラスを横取りし、お酒を飲み干して、また私の手にグラスを返してくれたことがあった。そんなことを思い出しながら、今回はゆっくりとビールを飲みあった。

昔の思い出話、彼女の近況、会社のこと、最近行った海外旅行のことなどから、中国や日本の市況や経済動向など、話題は尽きなかった。2時間で日本料理を食べ終えてから、更に近所にあったピザショップに行きピザを食べながら、更に一時間半ほど話した。たわいも無い話を長い時間続けるのは苦手な私なのだが、良くこれだけ話が続いたものと思う。

そのあと、ショッピングビルや、近くの道路を歩きながら話を続けた。彼女は今年の秋にはマレーシア、来年にはオーストラリアに遊びに行くのだという。今の中国人の大多数にとって、海外旅行は夢のまた夢のようだが、彼女にとっては年中行事のように毎年、あちらこちらに出かけているらしい。今年は春にタイに行ってきたらしい。また、一昨年から昨年にはベトナム、インド、シンガポールなどに出かけたらしい。私が、一緒に仕事をしていたときに、私のいろいろな海外旅行(ほとんどが出張だったのだが)の話を聞いて、憧れを持ち、私が退社してからあちこちに出かけるようになったのだとか。

そんなこんなで、とりとめの無い話をし、ふと気が付くとすでに夕方7時を回っていた。なんと、8時間以上も話をしていたようである。地下鉄の駅で、又の再会を約束して、恵州への帰路に着いた。なんとも若返って充実した時間を、久々に過ごしたような気がしていた。
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by wata1150 | 2008-09-03 00:15
「華南日系製造業フォーラム2008」というフォーラムに参加した。深圳に本拠を構える、ある日系人材紹介会社を系列に持つ会社が、数社の日系会社の協賛を得て開催したものである。私自身この人材紹介会社の紹介で現在の会社に就職したのであるし、また私の同僚として私と同じ会社に勤務する二人の日本人も、この人材紹介会社を通じて紹介を受け入社してもらった。そんな関係で、この人材紹介会社とは時々コミュニケーションをしていた。そして、本来日系会社対象であるこのフォーラムに、日系ではなく香港系である我が社の、私が参加したのであった。

テーマは「外部変化の激しい中国において、(日系)製造業がいかに生き残り、いかに競り勝つか」と言うことで、まさに我が社が直面している課題が、ずばりそのテーマであった。こういうテーマが設定されると言うことは、我が社が抱える課題は、中国製造業が抱える共通課題と言って良いのであろう。そういう面では一安心し、また現在私が進めている活動に少しでもヒントがいただければ・・・と言う気持ちで参加したのである。

受付に行く前に、かの人材紹介会社のブースに立ち寄った。董事長は日本人だが、総経理はとても日本語の上手な中国人である。若い中国人の男性スタッフと話をした。この人材紹介会社のヘッドオフィスは深圳にあるが、広州にもブランチがある。数人のスタッフがいて業務をこなしているようだ。この人材会社のクライアントはほとんどが日系会社であるが中国ローカルや香港系、台湾系などの日系以外のクライアント企業も20%有るとの事。我々の会社もそれらの一つである。

フォーラムの参加者は約200人弱と言うことであった。ほとんどが日本人だったが、中には何人かの中国人もいたようである。フォーラムはある会社の社長の体験談を基調講演とし、その後、生産管理、ITセキュリティ、経営戦略の分科会に別れそれぞれ講演があった。わたしもその分科会の講演を聴いてみた。何か、昔私が勤務した会社で何度も聞かされたことの繰り返しのような感じで、あまり新鮮味はなかった。ただし、基調講演だけは、企業再生を何度も手がけたことのある人の体験談で、迫力があり、興味深く聞かせていただいた。我が社は企業再生しなければいけないほどには未だなっていないが、そうなる前に何らかの手を打たねば・・・の思いを新たにさせてもらった。

フォーラムが終了したのは夕方6時、なんと4時間半もの間、講演を聞き続けたのであるが、さほどの疲れも覚えず、懇親パーティーに参加し、8時過ぎ、会場を後にした。比較的、充実した時間を持たせていただいたと感じていた。
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by wata1150 | 2008-09-02 23:18 | ちょっと仕事