中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
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離職率

最近老板や総経理と話すことの話題の中に中国における離職率の高さということがある。特に、工場のオペレータと言われる作業者の離職率が高い。我が社も例外ではない。給料が低いから、と言う理由ならば納得も出来るが、自分の可能性を試したいから、とか、作業環境が自分に合わないからとかいう理由になると、少々不可解になる。

特に最近では、中国の所得水準が向上し、工場従業員が実家からの仕送りを受けつつ、就労していると言う事例もある。こうなってくると、離職率の低下を図るにはどうしたらいいかということに対し、全く解らなくなる。私もある日本の会社で30数年勤務したが、離職率などという言葉はなかった。

我が社に3人いる日本人の一人に、過去3年間の毎月の離職者の集計データを整理してもらった。そのデータを見ていると、千数百人いる我が社の工場オペレータに関しては、毎月10%以上の離職率である。つまり、年間に採用した人のほとんどが年内に離職していると言う現実なのである。更に、離職者の中には1カ月未満、時には入社一日で退社などと言う人さえいる。これは何なのか? これでは従業員教育も出来ないし、やっても退職すればまた新しく採用した従業員に対して教育するしかない。こんなことでは、すべてが徒労に思えるほどである。

離職率が高くなる時期が年間に2回ある。一回は2月ごろ、そしてもう一回は8月である。これは頷けないことは無い。1月~2月にかけ、中国の旧正月、いわゆる春節がある。一年間、工場労働者として仕事をし、幾許かのお金を持って遠い実家に帰り春節を祝う。春節が終わったらまた都会に戻り、工場労働などに従事し、仕事をしてお金を稼ぐ。もう一回離職のピークは8月である。これは、中国のほとんどの学校が9月から始まることによる。つまり、お金を稼いで就学し、お金がなくなったら休学または退学して、工場に入社し、労働に従事し、お金が貯まったら復学する。そう言ったパターンが少なくは無い。そう言ったときには離職率は15%とか20%、或いはそれ以上になるらしい。しかし通常でも10%弱程度の離職率があり、毎日何人かの人が退社して行く。無論毎日のように入社する人もいるので、工場としては、何とか稼動できてはいるのだが。

ちゃんと手続きして離職する人はまだ良い。何も言わず、ある日突然いなくなることだって珍しくは無い。そんな人は、どのような気持ちで入社するのであろうか。

給料条件は近在の各社より多少はいい。福祉も悪くは無いと思う。近在の各社も結構離職率は高く、苦しんでいるようである。ジョブホップと呼ばれる、キャリアを積んで転職を繰り返す方法で少しずつ給料を上げてゆく方法が一般的に存在する中国ならではの現象と捉えてしまえば、それまでなのかもしれない。

中国の文化がそうさせるだとか、教育レベルが低すぎるだとか、教育のやり方が悪いだとか、親が子供のしつけを怠ったとか、いろいろ言われる。せべてが、一応ある程度あっているのであろう。従って、なかなか我々のような外国人にとっては理解し難く、またなかなか解決策を見出せない問題である。
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by wata1150 | 2008-08-31 00:15

真夜中のオフィス

現在中国時間で夜11時。日本時間では12時である。私は、時々こんな時間までオフィスにいて、考えをまとめたり、資料を前に作戦を考えたり、時には日に200通以上はあるE-Mailに目を通したりすることが時々有る。今日は香港の営業スタッフの一人が恵州に来て夕方までいたので、老板とともに夕食を食べに行き、9時過ぎに帰ってきたが、部屋に帰って何をするでもないので、たまったE-Mailに目を通す為にオフィスに戻ってきた。

我が社は、工場は週6日、24時間操業でやっており、1階と3階にある作業現場では通常に操業している。が、スタッフが業務を進める2階では私を除く全員がすでに帰宅しており、誰もいない。全館空調のオフィスはむしろ寒いくらいである。

こんな環境で、会社のこと、自分のこと、スタッフや同じ日本人の仲間のことをいろいろ考えるのは、結構楽しい。また、会社の将来構想を考えたりするのは、更に楽しい。最も、実際にすぐにアクションに結びつけることは、いろいろな事情が有ってできないことが多いが、アイデアをまとめ、後日老板と話をすることもある。

今日、一人の女性社員の離職申請があり、本人と面談し、申請票にサインをした。彼女は結婚し、子供も有るので、生活の為に働くわけではなく、本人の言を借りれば“自分を磨く為”仕事をしたいのだそうだ。しかし、弊社の社風では自分を磨き上げる機会は少ない、自分の才能を伸ばせないと言うことで離職し、別の会社に転職することにしたそうである。

最近、中国人スタッフによく言う話がある。学校は自分でお金を払って勉強するところであるが、会社はお金を払っているのだから、それの見返りとして、仕事の成果として会社に貢献しなければいけない。
私も実は、本当に自分は会社に貢献できているか、という設問に対して“YES”とは言い切れない。まあ、老板に言わせると、成果は出ているとは言ってくれるが。

そういう点では、彼女の生き方はまさに会社にとってはいけないことのようだ。会社には行っていろいろ学び、体験し、そして退社して別の会社により高い給料で自分を売りつける。そして、それを繰り返す。徐々に給料が上がってゆく。最終的にはより高い給料を目指して転職するのである。お金の為ではない、経済的理由からではないと言いつつ、実はお金の為に働いている。実際、私もそうだし、他に中国で働く日本人も、その多くがそうであろう。しかし会社から見ると、あまり歓迎されないやり方である。仕方が無いといえばそれまでだが。

また、今日の女性はこうも言った。3年先、5年先の自分なぞ、考えたこともない。今日、明日を精一杯生きるだけ。そしてひたすら自分を磨くことを考え、少しでもレベルが上がれば、他社により高い給料で転職する。ジョブホップと呼ばれる、キャリアを積んで転職を繰り返す方法で少しずつ給料を上げてゆく方法が一般的に存在する中国ならではの現象と捉えてしまえば、それまでなのかもしれない。

彼女の場合、大学の英語科を出た、少なくとも馬鹿ではない、しっかりとした家庭に育った娘である。それで、こんなものかと考えると、多少がっかりし、失望せざるを得ない。そして、当面代替の人の採用は見送ろうか、と。

明日は、日曜日。工場は電力の関係で振り替え出勤である。私は無理に出勤しなくても良いのだが、工場のメンバーと意見交換するため、会社には出ようと思う。
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by wata1150 | 2008-08-30 23:17

ある中国企業の経営危機

オリンピックが始まって2週間、間もなく閉会式を迎えようとしている。中国の経済もオリンピックをカンフル剤にして・・・などという期待もあったが、なかなかそうは問屋がおろさないようである。

景気が悪い原因はいくつかある。
1.新雇用労働法が改定され、結果として企業の人件費率は上がってしまった。
2.年率10%を越すインフレ進行による諸物価の高騰
3.インフレ抑制策として打ち出された、銀行の貸出金利の引き上げや貸し渋り
4.米国のサブプライムローン問題に端を発した不景気による、米国向け輸出産業の業績悪化
5.石油価格高騰による影響
6.外資企業に対する、税金の優遇の撤廃
7.人民元の対アメリカドルの継続的な上昇
等々、挙げれば幾らでも出てくる。

しかし、こういった外的要因は、ある面で“企業側の言い訳”とも、受け取れるような気がする。

過日、ある客先のCという会社の緊急サプライヤー会議に出席する機会があった。C社は、創業以来20数年の従業員千数百人の中小企業で、いわゆる“置時計”や、“掛け時計”を専門に生産している会社である。最終客先には“ディズニー”などのブランドなどにも出荷されており、販売はそれほど悪くは無いらしい。

我が社も、C社との取引は長く、毎月10万元以上の取引を継続している。それが、今年4月頃から、支払いが滞ったというのである。そして、緊急のサプライヤー会議ということで、“これはまずいかな? 回収不能になるかな?”などという思惑を持ちながら出席した。

そして、サプライヤー会議上で、工場長が説明してくれた内容によると、従来競合していた同業のA社より、資金援助してもらうことになったという。そして、売掛金は全額支払われるが、部品納入は継続して欲しいということであった。我々としては、販売代金が回収できれば、出荷は問題ない。

その後、このC社の組織変更の話があった。従来C社は香港人のオーナーがその生産工場としてC社を設立したものらしい。アメリカを中心にして市場は順調に拡大していった。そして、現在でも十分に受注はされており、出荷されており、代金回収もされている。一見、この会社のキャッシュフローが悪くなるようには思えない。

A社の財務担当役員が説明をしてくれた。こういった製品は市場の流行があり、従って非常な多機種になってしまうのだそうである。しかも客先の納期指定は非常に短い。従ってメーカーとしては、多くの機種の在庫を大量に持ち、客先の注文に答えてきたのである。しかし、在庫がすべてある一定期間に出荷され、代金回収されていれば、大きな問題にはならないのだろうが、見込みを誤って、売れない製品の在庫を大量に持ってしまったら大変なことになる。オーナーはそう言ったことに目先が効く人らしく、あまり問題はなかったのだが、いかんせん年齢も高くなってきて、実際業務を若手にシフトしている最中であった。そして、売れない在庫を大量に抱える結果になってしまった。しかも、売れない在庫を抱えながら、売れそうな製品を更に加速して生産し、販売することでキャッシュフローを改善してゆこうとしたようである。そして、部品購入代金の支払いに問題が発生したということらしい。銀行からも融資を受けてはいたが、銀行側もインフレ抑制の政府方針から、金利上昇、貸し渋りという状況になり、C社としては、やむなくA社からの融資を受けることを決断したと言うことである。

C社の場合、約千数百万元の融資を仰ぎ、会社としては倒産を免れた。が、従来のオーナーは会社をA社に渡し、そのグループ会社になることになった。多くのA社のメンバーが経営改善の為、C社に移籍することになった。従来のC社のオーナーは香港のオフィスで、営業総責任者として仕事を継続することになったという。会社オーナーから、サラリーマンへの転身である。言って見れば借金返済のため、20数年やってきた会社を千数百万元で身売りし、自分はそこの一社員になったということであろう。このオーナーの気持ちはいかばかりか?

我々の会社はこのC社の件では、代金回収も出来、事無きを得たのであるが、一方で我々の会社を振り返ってみる必要があると思うのである。

我々の会社も会社の規模はC社とさほど違わない。また、2千数百の製品モデルがあり、そのいくつかは在庫運用しなければいけない。当然そこにリスクが生まれる。C社の会議の翌日、早速我が社のオーナーに報告した。C社の件は単なる他山の石ではいけないと言うことを話した。

最近は、中国でいろいろな企業情報に接する。ここ恵州でも、従来週6日稼動だった会社が、5日とか4日に稼動を落としている話とか、数千人の従業員を30%削減とか40%削減したとか言う話も耳にする。幸いにも我々の会社は電力制限による稼働日、休業日の変動はあるが、相変わらず週6日稼動を維持できている。

しかし、このC社に見られるような問題は、中国や香港、台湾企業に多々あるであろうし、日系とて例外ではないだろう。固定費削減、材料比率削減、販売経費削減と販売金額の拡大、管理制度の向上、管理システムの改善、従業員のモラル改善、など多くの課題を抱えながら、日々、一歩一歩、改善してゆくしかないと思う。
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by wata1150 | 2008-08-24 10:58 | ちょっと仕事
北京オリンピックが佳境に入ってきました。連日、TVや新聞、インターネットなどで試合の様子や結果が報道されています。今回のオリンピックで目に付くのはなんと言っても中国チームの健闘です。普段あまりTVなどで包装されることの無い射撃やアーチェリーなどのマイナースポーツと言ってもいいような種目でも中国選手の活躍が目に付きます。

自国開催と言うこともあり、国を挙げてレベルアップを図ったということもあるでしょう。加油!加油!の大声援に後押しされたこともあるでしょう。しかし、なんと言っても選手個人個人が頑張った成果だと思うのです。

中国は、私の知っている限りにおいて、貧富の差が大きい国です。そして国民の間に広まっているスポーツは、バスケットボールや卓球、バドミントンなどを除き、さほどあるようには思えません。ここ広東省恵州において、テニスコートを見出すことはほとんどありません。自転車は相当に普及していますが、競技自転車はどうなのでしょうか。まだまだ、スポーツより、その日の食を得ることのほうが優先されるような部分が大きいと思えるのです。

しかし、今回のオリンピックで、多くの中国人が、今まで目にしたことも無いようなスポーツに接したことは確かで、今後その内の何人かが、そのようなスポーツに興味を持ち、趣味として、又健康作りの術としていろいろなスポーツに取り組むようになるのだろうと思います。

そうやって、スポーツ人口が広がり、施設が少しずつ充実し、スポーツ産業が国内に広がり、定着してゆくのでしょう。非常に良いことだと思います。

オリンピックといえば、メダル獲得競争がいつも話題になります。以前は、アメリカがダントツの一位で、ロシア、ドイツなどが後に続いたものでした。今回の大会では、大幅に様変わりしているように見受けられます。今日時点では圧倒的に中国が一位です。そして、アメリカ、韓国、イタリアなどが後に続いています。無論、すべての競技が終わったわけでは有りませんし、まだ始まっていない競技も多々ありますから、この様相は変わって行くとは思いますが。

我祖国日本は・・・やはり頑張ってはいますが、柔道の谷さんが負けてしまい、サッカー男子も予選落ちが決まってしまいました。期待の柔道では、早めに負け、敗者復活戦にも臨めない人も多く、期待したほどのメダルは稼げそうもありません。それでも、体操女子は20数年ぶりの入賞を果たしたり、水泳でも北島選手が世界記録をだして気を吐いています。

日本のTVを見ることができず、放送はほとんどが中国が出る競技だけなので、日本選手の活躍を見ることはほとんどありませんが、ニュースやインターネットで結果をみて、心の中で応援しています。
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by wata1150 | 2008-08-13 19:38

新しいアシスタント

新しいアシスタントを採用した。

従来から、私の世話をしてくれていたTさんは、今までは営業担当プラス私の秘書と言うことだったのだが、今後は営業業務に専念することになる。とは言っても、日系客先担当だから、依然として私の指揮下にあることには違いないのだが。

Tさんは、なかなかしっかりしている人で、しかもよく気の付く人であった。定型業務を与えなくとも、自分で考え、自分で処理できるタイプであり、支持されたことは無論できるが、指示されなくとも自分で考えて、仕事が出来るということについては、中国人では比較的少ないタイプだとおもう。従って秘書としてもなかなか、便利であったと思う。

ただ、非常に几帳面で、その日の仕事を翌日に持ち越せない人なので、仕事を指示する時には、多少気を使わなければいけなかった。翌日に提出予定の資料などは、前日に夜遅くまで一人オフィスに残って仕事をしていることもしばしばだった。

私のアシスタントであるから、無論日本語は出来なければいけない。Tさんは、私がこの会社に入る3ヶ月前に入社した。当時の日本語のレベルは・・・というと、実は挨拶程度だったのである。日本人にあったこともなく、日本語は黒龍江省の日本語学校に、出身地の湖南省から一年間勉強をしに行って、学んだとのことであったが、実際、日本人との会話をしたことがなかったというのであるから、当時の日本語レベルは最悪であった。

しかし、私のアシスタントとして過ごした1年間で相当に上手になった。初めての日本人にでも、話が出来るようになり、私とは冗談が言えるようになった。そこで、思い切って日本系の客先担当営業としてコンバートしたのである。最も、私のアシスタント兼務なので、専任でアシスタントをやっていた当時より更に忙しくなり、私は徐々に彼女を営業としてやらせようということで、アシスタントを解任することにしたのであった。

しかし、それでは私が困る。総経理や董事長と話をするのは英語で出来るから良いとしても、ローカルのスタッフ、特に技術だとか、品管、工場のスタッフと話が出来なくなってしまった。E-Mailの文章の意味さえ解らない。これではいけないと思いつつ、半年ほど悶々としていたのだが、ついに辛抱が出来なくて新しいアシスタントを新規に雇用することにしたのである。

何人かの応募者と面接をし、一人の女性を採用することにした。Zさんという。26歳。日本語のレベルは国際一級。広州のT社という日系の大会社に2年間勤務し、工場通訳や工場のアシスタントをやってきたという。さすがにT社という世界的にも有名な会社にいただけあって、日本語のレベルも本格的だが、給料レベルも安くは無い。が、董事長と相談し、また恵州という物価の比較的低い土地であるということで、多少安く抑えたところで納得してもらって、来てもらうことにしたのである。

今日から、出勤してくれている。明日には名刺の手配、パソコンのアドレス登録、携帯電話登録などの手続き以外にも、会社の各部門に紹介したりしなければいけない。また、製品知識や製品関連用語の勉強の準備も行わなければいけない。何とか一年以内には私の考え方や、話し方になれ、アシスタントとして、仕事をこなして欲しいと願う。
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by wata1150 | 2008-08-12 00:35 | ちょっと仕事

会社設立20周年

8月8日は北京オリンピックの開会式の日である。報道によれば開会式のTV放送の視聴率は96%になったとか。まさに中国をあげての一大イベントであった。そして、その後連日各競技で熱戦が続いている。

8月8日、この日は又、中国国民にとってきわめて縁起の良い日でもある。2008年8月8日、中国では縁起がよい数とされる“8”が3個並ぶのである。北京ではこの日に婚姻登録を行ったカップルが何十万組も有ったとか。

そして、私が勤務するこの会社の20周年記念日でもある。香港の本社は1986年の創立なので22周年と言うことだが、この恵州の会社は1988年8月8日が創立の日である。同じく“8”が4個並んだ、縁起の良い日であった。そのためではないと思うが、この変化の激しい中国、華南の地において20年もの長きあいだ、生きながらえてきた。

今の会社の経営環境は決してよいとはいえない。新労働雇用法の適用、最低賃金の度重なる上昇、石油価格の高騰、銀行貸出金利の上昇、人民元の対USドルに対する大幅な上昇、金属材料やありとあらゆる素材の価格高騰など、経営圧迫要因は多々ある。

また、中国の現在の労働者の精神文化にも多々問題がある。一般的に言われる自己中心的などということだけではない。拝金主義などといわれるお金最上位的思想、権力志向など、これもまた挙げればたくさんある。こういった人たちを、会社の中堅幹部社員だけではなく、オフィススタッフとして、また工場労働者として、雇用してゆかなければならない。

こういう状況下、会社は20周年の記念日を迎えた。本来ならば、主要サプライヤー様、多くの政府幹部らを招き、全従業員参加の元、盛大な記念パーティーでも行いたいところである。しかし、今は無理をせず、堅実にこの難局を乗り切らなければいけないとの思いから、会社として、全従業員に対する特別食サービス、そして、幹部社員だけのささやかなディナーパーティを行うだけにした。

私の主観だが、これからの中国の舵取りは、一層難しくなってゆくと思う。オリンピックを皮切りにし、2010年の上海万博まで、今後更に多くの外国人が中国を訪れ、中国国民も更に多くの外国人に接することが多くなる。そして、文化の多様性、価値観の多様性などを学び、文化や価値観を変化させてゆくのであろう。会社においても、従業員の価値観の変化や思考プロセスの変化などを考慮に入れながら、変動する中国社会の中で生き残ってゆかなければいけない。

私があと何年この会社に勤務するかはわからないが、何とかこの会社を、この変動の中で生き残れるように、董事長や総経理とともに、舵取りしてゆきたいと思う。
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by wata1150 | 2008-08-10 09:42 | ちょっと仕事

北京オリンピック

何かと付帯的な話題が多い北京オリンピックが始まった。治安問題、人権問題やテロと思しき事件など、何かとニュースで取りざたされて来た。また、今年の初めから、中国中央部の大雪被害、四川省の大地震災害や広東省の水害など、自然災害も相次いだ。そしてまた、食品安全問題や、大気汚染問題など、問題を挙げればきりが無いほどである。

しかし、ことオリンピックについて言えば、中国国民は一致団結し、いろいろな問題にもめげず、大会成功に向け努力してきたと言えるのではないだろうか。そして、やっと開会式にこぎつけたのである。

共産圏でのオリンピックはモスクワオリンピック以来のことである。この大会は政治的な問題から、多くの国が不参加を表明し、最終的には日本もボイコットしたと言う記憶がある。今回の北京オリンピックについても、上記のような問題からその開催が危うくなるようなこともなかったとは言えない。

オリンピックについては、戦争を中断してでもこぞって参加し、平和の象徴のように言われてきたが、現実は、なかなかそうは行かないことがある。今回の北京でも中国政府は、それぞれに言葉は違うが“政治問題やその他の問題とは切り離して・・・“ということを再三にわたって述べている。私個人としては、大賛成である。諸問題は一旦棚上げし、各国の選手が目標に向かって全力を尽くす姿を、しっかりと見届けたいし、応援したいと思うのである。

オリンピックと言えば、最近は商業主義が鼻に付く。付帯的経済効果がどうだとかということが話題になる。確かに、それは事実であろう。多くの外国人が観戦に、試合に出場する為にその国を訪れ、記念グッズを買い、ついでに観光までして帰国する。放送権収入とか、スポンサー企業による寄付だとか、お金に関する事柄もまた、非常に多いのがオリンピックなのである。

オリンピックは、本来は、各選手が全力を尽くし、自己の目標に向かって全力を尽くすからこそ、感動を呼ぶ。前回だったか、前々回だったかは忘れたが、水泳である一人の選手が、先頭から大幅に遅れ、また泳ぐことさえままならない状況の中、必死でゴールにたどり着いた姿を思い出す。多分、記憶の中にある方もあるかもしれないが。また、もっと前、マラソンだったか、長距離走だったかで、一人の選手が脱水症状のためか、ふらふらになり、多分意識も薄くなってきたような状況でゴールを目指した。本人のためにそのまま放置し、ゴールに向かわせるのがいいのか、また誰かが彼の走るのをとめるのがいいのか、議論にさえなった。しかし、選手は必死の思いでゴールに向かっている。この姿が感動を呼ぶことだけは間違いない。

しかしながら、反面メダル獲得競争にこだわりがちなのもまた事実であろう。どの国がいくつのメダルを獲得した、などというのはTVでも、新聞でも毎日コメントされる。更に、一部の国においてはメダルを取ると、賞金がもらえるだとか、生活保障が受けられるだとかの報奨制度があり、勢い、選手はメダルの獲得に執念を燃やさざるを得なくなる。

私は、現在中国に住んでおり、仕事をしている。オリンピックを観戦するのはもっぱらTVが中心であろう。よくわからない中国語のアナウンスを聞くより、画像に映し出される選手たちの力の限りの試合振りに感動したいと思う。出来れば、日本や中国の選手に頑張って欲しいが、実際は誰が勝っても、誰が負けても良い。精一杯の頑張りを世界中のオリンピック観戦者に見せて欲しい、感動を分け合って欲しいと思うのである。
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by wata1150 | 2008-08-09 20:37 | 雑感

龍眼狩り

会社の仲間数人で、龍眼狩りに行きました。

場所は、会社から車で10分ほど、陳江鎮にある、とある農家です。2台の車に分乗して、夕方6時に出かけました。わずか10分で到着したのですが、雰囲気はもう田舎、カントリーサイドです。道路の片側に龍眼を栽培しているという、レンガを積み上げて出来た家があり、反対側は多少高台になっている龍眼の樹の林でした。

中に踏み込んでみると、夕方とあって蚊の大群の嵐、2名の子供が一緒に行ったのですが、その親たちは子供たちに防虫剤を振りかけて対応に必死です。

龍眼の樹はさほど高くないので、周りの樹の龍眼をつまんで、味見をしながら奥へと進みました。
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たわわに実る、目標の樹を見つけました。
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この樹の龍眼のすべてが目標です。若いスタッフが樹に登り、味見をしながら、龍眼の枝をもぎ取って行きます。下では奥様たちやガールフレンドがそれを待ちうけ、籠や持参した袋に入れていくのです。

大量の蚊と戦いながら、ほぼ一時間ほどで、一本の樹の龍眼の大半を取り尽してしまいました。おおよそ、スーパーで売っているエコバッグ7個分ほどが収穫できました。参加人員は子供を入れて15名ほどでしたので、一人当たりの分け前はエコバッグ半分ほどになります。

もっとも、私は、摘み取りはせず、手の届くところにある龍眼を、摘んでは食べていました。
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おおよそ数十個は食べたでしょうか。最も甘さは“いまいち”でしたが、新鮮な果物と言うことで、結構美味しく、戴きました。

畑を出て、農家に行き、重さを量るとほぼ40kg。単価は1kg当り10元との事でしたが、負けてもらって300元(ほぼ4800円)を払って、帰路に付きました。

ところで、この畑、龍眼の他、バナナも植えてあり、まだ収穫時期ではないのですが、バナナの花が見つかりました。
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私はバナナの花は始めてみました。結構大きいのです。まだ蕾なのですが花びらの先から根元までほぼ50cmくらいあったでしょうか。そして、花はその付け根にあるバナナの重さのせいでしょうか、下に向いて咲くようになっています。何本かのバナナの樹を見、そのいくつかは花をつけていましたが、すべて下を向いていました。不思議なものです。

また、道路から龍眼畑までの道には含羞草という草がたくさん生えていました。
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この草は不思議な草で、見たところは葉を元気に広げているのです。写真の真ん中の葉がそうです。しかし手で触ると、葉は閉じてしまいます。
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更に触ると、上を向いていた葉茎が下に垂れ下がってしまうのです。写真でわかりますか?こんな草は日本にあるのかどうかはわかりませんが面白い草です。

今年は6月初めに荔枝(ライチ)狩りをする予定でしたが、予定していた日が雨になったり、人が揃わなかったりで、いけませんでした。このあたりは、気候的には亜熱帯に属する為、果物の種類が豊富で、新鮮な果物に接する機会も多く有ります。また、何かの果物狩りに出かけてみたいと思います。
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by wata1150 | 2008-08-06 21:47 | 中国国内旅行・出張

海水浴

昨日の日曜日、業務部の有志と海水浴に行ってきました。場所は恵州市の南東、“恵東”地区の“巽寮鎮”と言うところです。位置的には深圳―恵州―巽寮鎮をそれぞれ線で結んだ正三角形の一角になります。
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今回は2台のワゴン車に分乗し、総勢15名で出かけました。恵州市内からは車で高速道路経由約一時間半ほどのところです。朝6時半に会社を出発8時過ぎに現地到着。8時半ごろから12時頃まで、海で遊び、その後近隣の食堂で昼食をとり、引き上げると言う予定です。

地図でわかるように、大きな湾の中にあり、波は静かです。この巽寮鎮の一角にある雲海飯店と言うところで、海水浴を楽しむことにしました。
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この雲海飯店の周辺には、海水浴客を目当てにした多くの宿泊施設付きの、日本で言う“海の家”があります。この雲海飯店はその中でも比較的大きなところで、私たちが引き上げると入れ替わりに数台の大型観光バスが入ってきました。この建物の1Fが宿泊施設、2Fが食堂になっています。食堂ではこの近海で取れる海鮮料理を中心にした地元料理を提供しているようです。

砂浜に出るには“入水料”が必要で、一人5元(約75円)かかります。入水料を支払い、砂浜に出てみました。浜には日本の海水浴場にあるような設備は何もありません。わずかに、浜に出るゲートの手前に、建物の中にシャワー室と、売店があるだけです。宿泊客でなければ、シャワー室で着替えをし、荷物を持って浜に出なければなりません。砂浜にはわずかに数客のプラスチック製の椅子が置いてあるだけでした。
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また、今回の参加者は、ほとんど泳ぎが出来ない為、浮き輪を借りなければいけませんでした。浮き輪はやはり、保証付きで一個15元ほどかかりました。

海は、波の打ち寄せもなく静かなのですが、遠浅とは言えず、波打ち際から10m程度のところで私の足は立たなくなりました。そのため、ほとんどの施設では、波打ち際から直接お客さんを船に乗せ、200~300m先の沖まで連れて行くサービスをやっていました。
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しかし、砂はとてもきめが細かい白砂で、おまけに石や、タバコの吸殻などは一切ありません。砂浜を裸足で歩くのは、とても気持ちがよく、多くの客が砂にうずまったり、体中に砂をまぶしたりしていました。

私は、ほとんど海には入らず、椅子に座って読書に耽っていました。この強い太陽の下で1時間もいたら、数日後には背中や手足の皮が向けて悲惨な目にあうのは目に見えていたからです。ほんの10分ほど、シャツを着たまま少し沖のほうで、泳いだだけでした。

しかし、若いスタッフたちは元気そのもので、ほとんど3時間ほど太陽に当り、海に入ってはしゃいでいました。ほとんど皆、あまり海水浴の経験は無い様で、浮き輪につかまりながら、戯れていました。
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12時丁度に、海から上がり、そのあと、稔山鎮というところで昼食をとり、恵州に帰ってきました。中国の海水浴場近くの食堂の昼食は、お腹が空いていたせいか結構美味しく、その割りに15名で600元ちょっとと言う安さ、これには納得でした。

スタッフの一部はまだ遊び足りなかったらしく、又行きたいと行っていましたが、背中や腕の皮が剥けだしたら、女性スタッフは“もう行かない!!”と言い出すだろうと思います。
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by wata1150 | 2008-08-04 17:22 | 中国国内旅行・出張

トヨタ ハイエース

写真は我が社の現役の社用車のハイエースです。購入して7年ほどです。
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外観はすごく綺麗で、幸いに、事故歴もありません。毎日、我が社の製品を広東省の客先に配送したり、朝夕には市内に住む社員の送迎をしたりと大活躍です。

運転席のパネルは、しかし、旧式でいかにも古びてきてはいますが。走る時、多少エンジン音はうるさくなって、古いエンジンであることを思わせますが、加速力や高速走行も全く問題がありません。
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ドライバーに聞いて見ると、主要部品はエンジンを含めて交換したことが無いそうです。消耗部品は葉山に交換しているそうですが。また、エンジンオイルはしっかり8000km走行ごとに交換しているそうです。

で、実際の走行距離は・・・なんと916213km、距離メーターは間もなく一周して走行距離はゼロになります。
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年間13万km程度走り続けたことになります。1カ月26日走ったとすると、一日400km走って来た事になるのです。日本のタクシー以上です。

私が入社する前、今から5年~10年前の中国の労働環境、仕事の仕方、考え方を想像出来ます。いまは、このハイエースは一日400kmを走ることは無いのでしょうが、それでも元気に毎日頑張ってくれています。

反面、日本の自動車技術にも感心させられます。

私は今までに何台かの自動車を買いました。その中で最も走行距離が長かったのは、1600ccのカローラで14万km走り、それから中古車買取会社に買い取られ、海外のユーザーに転売されていきました。このカローラは、7年かけて14万kmを走ったのですが、クッションが悪くなり、音も大きくなり、ランプなどもしばしば切れたりして、メンテナンスに手間がかかるようになり、手放したのでしたが、確かにエンジンはとても快調でした。

もう一台私の車で10万kmを越したものがありました。エスティマルシーダで、ディーゼルエンジンを積んでいました。13万kmを走って、買い換えました。ディーゼルエンジンなので、音は大きかったのですが、燃料代が安くて済み、お気に入りでした。しかし、10万kmを越えてから、排気の色が悪くなり、しばしば黒煙を上げるようになって、手放しました。

そのほかの車はすべて10万km以下で買い替えています。タクシーなどでも、20万kmとか30万km程度が限界なのでは無いでしょうか?

しかし、100万kmを越して、まだ使い続けるなど、想像を絶します。以下にメンテナンスをしっかりやったとしても、なかなかここまで乗り続けることは難しいような気がします。「このハイエースを
トヨタに寄贈したらどうか?」などと、ドライバーと話しました。

ドライバー仲間で、もっとも長く我が社で運転しているHさんが教えてくれました。「このハイエースは中古で購入し、そのときすでに15万km走っていた。そのときに距離メーターを新しいものに代え、ゼロからスタートした。つまりこのエンジンは106万km、すでに走っているんだよ。」と!
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by wata1150 | 2008-08-02 11:27 | 雑感