中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
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休日変更

今日は日曜日で今までは休日、一部遅れている部門を除き、工場は稼動を停止する日でした。が、今週から突然休日が日曜日ではなく月曜日に変更になりました。

恵州市の電力公司から通達が来て、毎週月曜日にある一定量以上の電力を使用した場合には送電を停止し、合わせて罰金処置とするというものです。我社では通常稼動でこの基準量は軽く使用しており、したがってこの基準では工場稼動は出来ません。そこで、急遽月曜日を操業停止とし、代わって日曜日に操業をすることにしたわけです。

月曜日に操業停止するといろいろな部門に影響が出てきます。私が担当している営業部門。客先の連絡が入ってきた場合に対応できなくなります。または一日遅れになります。また、購買部門ではサプライヤーからの連絡は受けられなくなります。このような部門では日曜日に出勤しても、客先やサプライヤーとのコミュニケーションは出来ず、仕事の効率は上がりません。

倉庫や受入部門でも同様のことが発生します。サプライヤーさんは日曜日に納入してくれることは少なく、月曜日からの平日に納入してくれる場合が多いのでやはり、稼動効率は悪くなります。

そういったことから、営業部門や他の一部の部門では以前と同様日曜日を休日とし、客先やサプライヤーとの対応に当たることにしました。しかし、そうなると、日曜日が休日の部門と、月曜日が休日の部門では日曜日や月曜日の会議などに支障が出てきます。

結局は、会社幹部や、各部門責任者などは、休日出勤を余儀なくされてしまうのです。私も今日の午前中はオフィスに行き、技術部門や工場部門とのミーティングをこなしました。この変則措置は今年一杯継続されます。

恵州は広東省の中でも地方都市であり、それ程大きな都市ではありませんが、相も変わらず新規の工場の設立が相次ぎ、他の地方からの人口流入は続いています。そのため、既存の電力供給では、電力不足にならざるを得ません。重ねて、先日来の寒波と中国中南部の大雪で、電力需要が大幅に上昇しました。しかしながら、大雪による交通遮断などの影響で、火力発電所の発電用主燃料である石炭の供給が追いつかず、電力供給が不足してしまったのです。

こういった事情から電力消費のピークを押さえ、比較的需要の少ない日曜日に工場に配電し、月曜日には供給量を制限することにしたのです。

明日は月曜日、工場は稼動停止します。私が担当している営業部門や一部の間接部門だけが出勤します。会社の寮も工場に合わせて食事供給は日曜日にサービスし、月曜日はサービス停止になります。今後一年間は、日曜日に早めに起きて寮の食事をし、月曜日には自分でパンやスープ、ラーメンなどを購入して食べることになりそうです。
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by wata1150 | 2008-02-24 23:24 | ちょっと仕事

工場監査

昨日まで私どもの会社では最重要客先のひとつであるS社という会社の工場監査がありました。日本から2名、直接の納入先になる中国工場から4名の監査官が足掛け4日間も滞在し詳細な監査になりました

監査対象は一年以上前からS社の指導、助言を戴きながら開発してきたある製品で、量産移行を目的としたものです。今回の監査でNGになれば、量産移行は出来ませんし、折角一年以上苦労してきたものが水の泡になり、開発投資、生産設備などの投資も無駄になってしまいます。

営業部門はもちろん、開発部のスタッフ、工場技術、品質管理など各部門総力で対応してきました。そして、結果は、依然としていろいろな課題はあるものの、量産納入は認めていただけました。

今後の課題は、安定生産、安定供給、品質維持そしてコストダウン検討などに移行してゆきます。特に問題がなければこの先一年以上、数年間のビジネス継続を勧めていこうと思います。

今回対応に当たった工場技術のM経理、開発部のC経理、品質のL副経理など直接間接に関与してきた人たちの背中にはなんとなく自信が付いてきたようです。

小さなものでも問題があるとすぐ総経理の元に報告に走り、指示を仰いでいたのが、今は自分で決断し、実行し、そして結論を自分の手で導くことができるようになってきたM経理。自分の役割を認識し、徹夜をしてでも責任を全うしてくれた品管のL副経理、そして、なんといっても直接開発を進めてきた開発部のC経理やL技師などの開発スタッフは本当に粘り強く課題に立ち向かえるようになりました。

営業部門にあってもC副経理や担当のTさん、Lさん、Sさんなどは連日遅くまで監査官とのコミュニケーションサポートだけではなく、技術的な課題についても自分の課題との認識で、開発部門や工場部門などとともに、外注指導や監査サポートとして一致協力して推進してくれました。

困難な課題や問題に立ち向かい、それを成し遂げた時、人は自信を持ち、大きく成長することを目の当たりに見た数日間でした。
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by wata1150 | 2008-02-22 10:33 | ちょっと仕事

暖かくなってきた

先週までは寒い日が続いていました。気温は最低が5度から7度、最高は10度から13度くらいでした。気温としては暖かいのでしょうが、特に体感温度と言う点で、とても寒かったのです。これは、生活環境に暖房が無いため46時中、寒い思いをし、体が温まる時間が無いこと、上海で経験した”底冷え”がすること、などによるものと思います。底冷えは、地形や地域の特徴なのでしょう。

オフィスでは、セーターや防寒服を重ね着して着膨れし、両手をこすり合わせながらの業務でした。私は、この亜熱帯性気候の地域では必要は無いと思って日本に持ち帰っていた、防寒服を盛って帰ってくる羽目になりました。私が春節で日本に行った時、気温は何度も零下に下がりましたが、室内が暖房で暖かいため、それほど寒さを感じなかったのですが。

今週は始まったばかりですが、日中の気温も15度を越え、大分暖かくなった感じです。深圳まで出かける用があり、車で行ったのですが、窓を開けて走ると、ちょうど気持ちの良い風が社内に入ってきて、なんとも清々しい思いをしました。

このまま、すぐに春の気候になるとは思えません。しかし三寒四温と言うように今から少しずつ暖かくなってくるのでしょう。

春節が明け、故郷に帰省していた人も帰ってきています。私の部門のスタッフも河南省に帰省している一名を除き全員職場に復帰しています。また、ワーカーたちは春節前に一旦退社し、故郷に帰る人も多く居るのですが、そういう人たちも戻ってきつつあり、各工場の門の前で仕事を探している若者を多く見かけるようになりました。我が社でも、連日50名からの若者が門の前に並び、入社試験や、入社手続きをしています。毎日数十名の人が採用され工場で生産業務に従事するようです。

今年の特徴として、若いワーカーたちに男子の姿が多いことです。通常、業務の性格上どうしても若い女性を採用したいところなのですが、男子の応募が多く、女性は少ない気がします。もう後一週間もすれば女性も応募してくるのでしょうか?男性の方が先に都市部に働きに出るということなのでしょうか?

新しいワーカーが多く入ってきて、工場は活気を取り戻すのでしょうが、一方で新人教育も重労働で、毎日のように新人教育の講座が開催され、人事担当者は大忙しのようです。

オフィスも寒さが緩み、防寒服を脱いで、セーター姿で業務をこなしているスタッフも多くなりました。これから夏まで、すごしやすい日々、仕事をしやすい日々が続くのでしょう。
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by wata1150 | 2008-02-18 20:21 | 恵州の事

会社の始業式

2月12日、私が勤務する会社は新年の仕事を開始しました。そして、会社の庭で始業式が行われました。私も経営幹部の一員として式に出席しました。

これは、始業式のときに、庭に並べられたいわゆる神様にささげるお飾りです。
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大きな線香、中くらいの線香そして一般の線香に火をつけ、飾り付けます。更にテーブルにはお供えが盛り付けられます。りんごなどの果物、豚の丸焼きなど、さすがは中国だと思うものもあります。

また、会社の入り口から祭壇に向かって、爆竹が準備されます。拝拝のあと、爆竹に火がつけられました。猛烈な音と煙があたりに充満します。
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その後、お供えのものを参列者で食べておしまいです。豚の丸焼きは、油が強くて食べるのは大変ですが、それでも2切れ戴きました。
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会社の玄関は正月の飾りつけがなされ、いかにも中国的雰囲気でした。
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また、夜にはちょうちんに灯がともり、これもまた雰囲気があります。
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中国の正月の習慣の中に「紅袋」を渡すと言うことがあります。春節前になると普段取引のある銀行から「紅袋」を箱詰めでプレゼントされます。
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私は二箱貰いましたが、使ったのはわずか数十枚。後は未使用のまま来年まで持ち越すのでしょうか?

「紅袋」とは日本で言うお年玉です。真っ赤な色の紙の袋に入れてお金を渡すので「紅袋」と言うのでしょう。
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真っ赤な色の紙の袋に入れてお金を渡すので「紅袋」と言うのでしょう。以前の投稿で書きましたが、会社の幹部は中国人スタッフに「紅袋」を渡すのが習慣になっているそうです。階層別に、10元、20元、50元そして100元の新札を入れます。会社の財務部には「紅袋」用に、大量のお札が新札で準備され、幹部社員の需要に応えてくれます。私も数千元の出費を余儀なくされました。

何はともあれ、始業式も無事終わり、またあわただしい一年が始まりました。
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by wata1150 | 2008-02-16 23:56 | ちょっと仕事

雪の中津川

やっと日本の主要客先の訪問旅行が終わり、休みが取れるかと思った矢先、岐阜県中津川市にあるお客さんから携帯に電話がかかってきた。サンプルに問題があるので、来て欲しいとの事。時間の都合が付かず、土曜日に午前中かかりつけの医者で薬を貰ってから、岐阜まで出かけることにした。

中津川に行くには、東海道新幹線で名古屋乗換え、中央本線特急しなの号に乗り、50分ほどでたどり着く。ところが今日はあいにくの雪。新幹線で豊橋を過ぎた頃から窓の外が見えなくなるほどの雪で、新幹線も減速運転を余儀なくされ、名古屋には15分程度遅れて到着。更に、中央本線の特急しなの号も、遅れている新幹線の接続を待つ為とか言うことで、20分穂で遅れて出発し、途中の雪も手伝ってか、中津川には30分ほど遅れて到着した。

中津川に着いたのは夕方6時過ぎだった。当然ながらあたりは真っ暗だが、駅にはお客さんの社長、専務そしてその会社の客先の会社の技術屋さんが出迎えてくれた。が、駅前は一面の雪。
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お客さんの会社まで車で行くのは大変とかで、急遽、駅近くで、私が投宿予定のホテルに程近いところで、食事をしながらのミーティングとすることにした。

ミーティングの話は簡単。サンプルを作り直し、元も得る特性をどのように確認するか、日程を決めるだけ。わずか一時間足らずで終了。その後夕食を一緒にしながら、雑談をした。

ところで、岐阜県中津川と言うと、岐阜県にはスキー場も多くあり、雪は当然多いものと思っていたのだったが、実はそうではなく、積もるほど降ることはほとんど無いのだそうである。従って、一般車両には、スタッドレスタイヤが装着されていることはまれで、ほとんどはノーマルタイヤをつけている。

今日、突然、予想はされていたのだがこの中津川に雪が降った。しかも降り積もることおおよそ10cm以上。車の屋根の上などは20cm近くになっているようだ。タクシーなどは急遽スタッドレスタイヤをつけて営業を続けているようだが、一般車両の姿はちらほらする程度である。

特に、近所の愛知県や、名古屋市などの車はスタットレスタイヤを装着せずに中津川まで来て、坂道などで立ち往生したり、スリップしたりと結構難儀している様子である。道路で一台でも立ち往生すると、後続車まで止まってしまう為、道路は混乱してしまうようである。

一方、裏通りに入ると、歩行者の姿は見当たらない。たまに通る車のわだちが路上に見えるだけ。寒いこともあり、人々は早めに家に帰っているのであろう。
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雪はなおも降り続けており、今のところ治まる気配は無い。明日は、私も東京に戻る予定だが、果たして列車は無事にたどり着けるのやら。

今年の冬は、ニュースでも報道されたように、中国でも広東省や湖南省、湖北省、安徽省、江西省など広い地域で数十年ぶりとか言う雪が降り、交通は寸断され、電気は止まり、市民生活に大幅な影響をきたした。特に旧正月の直前で、多くの帰省者に多大な被害をもたらし、中央政府までが動き出す始末であった。しかし、振り返って日本の中を見ても私の家がある仙台や東北、北海道などは雪に対する馴れから、その備えもされており、被害は出にくいのだが、東海や関西など普段は滅多に雪が降らない地域で雪が降ると、影響は大きなものになる。

私を出迎えてくれた専務は、スタッドレスタイヤをつけていたので、市内を走り回るに余り苦労はナイトのことだが、それでも、食事が終わると社長共々引き上げていった。
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by wata1150 | 2008-02-09 23:32 | 日本滞在記

久しぶりの温泉一泊旅行

旧正月で帰国し、短い休暇を家で過ごすことになった。折角の休暇なので、妻と二人で一泊の温泉に行こうということになった。が、急な予約を受けてくれる温泉旅館はそうは無いに違いない。観光雑誌やら、インターネットやらで、適当な旅館を探した。

条件は、あまり豪華ではなくともいいから、リーズナブルな料金で良い湯と良い料理を、ということ。幸い東北は温泉の宝庫。家から車で行って一泊となると多くの温泉地が候補になる。宮城、福島、山形、岩手、秋田などが中心となる。しかし、冬場で雪が多い地方なだけに、あまり雪が無いところということで絞ってみた。山の中の一件宿などと言うのはどうしても敬遠される。

一方、料理を売りにする旅館は多いが海沿いの方に多く、山間部に有る温泉場では冬場は鍋料理に集中してしまう。懐石風な料理旅館で名前の通ったところは値段が高くなる。また、急な予約準備時間場無いため、予約を断るところも多い。いっそ米沢牛というブランド牛肉を食べさせてくれると言う山形県米沢近郊の温泉場を、と言うことで、今回は山形県南陽市の赤湯温泉に行くことにした。

予約した温泉旅館は「丹泉ホテル」。「丹」は紅いという意味であり、「泉」は泉であるから、このホテルの名前の意味はまさに「赤湯」と言うことになる。聞くところによると、この温泉の泉質はなかなか良く、名湯だという。赤湯温泉のHPによれば泉質は“含硫黄・・・ナトリウム・カルシウム・・・塩化物泉(旧泉質名 含食塩・塩化土類・・・硫黄泉)”とある。湯が赤いわけではなさそう・・・とだけは分かる。

家から、車で出発し、仙台宮城インターから東北自動車道村田ジャンクション経由山形自動車道を抜け、山形蔵王温泉インターを出て、国道13号線を米沢市に向かって走るコース。おおよそのドライブ時間は2時間前後で目的地「丹泉ホテル」に到着した。途中普段は雪の多い山形道も道路は乾いており、快適。国道13号線では、道路の両側には雪があるものの、道路はきれいに除雪されていて、何の懸念も無いドライブ。久しぶりにハンドルを握った私だったが、天気も青空が覗くほどで、冬の山形ドライブとは思えない快適なドライブだった。

目的地赤湯温泉「丹泉ホテル」には予想より早く到着してしまった。
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そして早速入浴。仲居さんに聞くと、赤湯温泉は、その源泉は一箇所で、源泉より各温泉旅館に供給しているとの事。それでも湯量は豊富で、しかも多少熱め。浴室に入ったとたん、プ~ンと香る硫黄の香り。温泉であることを実感する。大浴場に隣接する露天風呂はやや小さめだが、雪を載せた庭木を配した庭を見ながらの入浴で十分な癒し効果。

さて、少し長めの入浴を済ませ、多少湯疲れを感じながら部屋に戻り、TVを眺めながら居眠り。久しくこんなのんびりしたことは無かった。これぞまさに極楽なりと一人悦にいる。そして、温泉旅館のもうひとつの楽しみ、夕食の時間である。今回は米沢牛の網焼きをリクエストしておいたのである。一般の箱膳に加え、見事な米沢牛のステーキ。表面をあぶった程度で口に入れると、生の牛肉が舌の上で溶ける。また、ミディアム程度に焼くとしっかりした歯ざわりだが、いわゆる“肉の味”の美味しいステーキ。まさに感激の米沢牛だった。そこで仲居さんに追加をお願いすると、再びお皿に盛って持ってきてくれた。追加分は最初に有った分の約2倍の量か。ところがこの追加分の方がもっと美味しい。追加の分の料金を心配しながら、美味しい夕食を終えた。

夕食後再度お風呂に入り、そして湯疲れのせいもあってか、爆睡の一夜。翌日の朝のさわやかな目覚め。
こんな気持ちの良い朝を迎えたのは何時だったか。朝食は・・・付きたての御餅を戴く。雑煮餅、餡ころ餅、おろし餅、納豆餅など懐かしい、いろいろな味の餅を戴いた。雑煮餅とあんころ餅のお替りまでして。
チェックアウトは10時。気になるステーキの料金は一人前2000円。食べたのがおおよそ100gとすると、それほど高い肉ではなかったのだが、感激の米沢牛だった。また来年、米沢牛を食べに来ようと妻と話しながら、赤湯温泉を後にした。

やはり日本は良い。美味しい料理と温泉。また、帰国休暇の時にでも温泉に行こうと思いつつ帰路に着いた。
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by wata1150 | 2008-02-07 00:25 | 日本滞在記

旧正月の帰国

我が社は1月30日から2月11日までが旧正月の休暇と決まった。そして、我が社の日本人スタッフはそれぞれ、帰国日程を定め、帰国することになった。

昨年8月末入社のTAさん。1月31日に帰国し、2月7日に中国に戻るとの事。“なんで、そんなに早く戻るの?”と聞いてみると、“中国の正月を見て見たいから”とのこと。一昨年、私が上海にいたときに思っていたことと同じ。“それだったら、2月6日にいないと興奮の大晦日は見れないよ”と教えてやると、いかにも残念そうな表情。“まあ、来年もあるし”と、私はいう。私も、恵州の正月を見たい気持ちもあり、来年は恵州に残るか・・・と思ったりもする。上海とは違った正月の光景があるかもしれない。

昨年11月に入社したTSさん。1月30日に帰国し、2月11日に中国に戻る。でも、彼は私と同行して2月5日から8日まで、日本の主要客先を訪問することになった。実質的な休みは一週間ほど。それでも、いろいろと休暇中のプランを考えているらしい。

一般的に、日本人の中国駐在員は、大変だなあと思う。なぜなら日本の正月の時期は、中国では正月では無いので、中国の勤務に合わせてしまう。従って、最悪は1月1日のみ休み。後は出勤。そして、春節の時期には日本の会社は勤務日なので、日本に帰国し日本の会社で出勤。従って休みは無い。私の会社は香港系なので、日本の正月には帰ることは出来ないが、中国の春節には大手を振って帰国し、休暇をとることは可能である。が、実際にはその半分は日本の客先を訪問し、休暇は事実上数日のみである。これもまたサラリーマンの宿命か。

かく言う私はというと、1月31日まで業務やら、客先の会社の忘年会に出席するやらで、帰国は2月1日。そして、恵州に戻るのは11日。5日から9日までは業務で客先訪問が控えているが、2月3日から4日に温泉旅行を計画。久しぶりに温泉に浸かるべく、楽しみにしている。
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by wata1150 | 2008-02-06 18:31

忘年会

年末と言えば、日本の会社では「忘年会」がすぐに連想される。中国においても、やはり忘年会的行事がある。いろいろな言い方があるのかもしれないが、代表的なのは「終年宴会」などと称されるパーティである。要は、会社の一年が終わるに当たって、会社が従業員を招待し、ディナーパーティを催す。

1月末から、取引様各社の忘年会に招待を受け、何社か出席した。まずはA社。PCB A‘ssyをやっている会社である。我が社とは老板同士が長い付き合いで、お互いの事業協力もある。私も、我が社にとっては専門外のPCBに関して、実験をしたり、教えを受ける為何度か訪問したことがある。工場ワーカーも含め数百人が出席。近所の3つ星ホテルの大きな会議場を借りてのパーティであった。

招待されたのは我が社他取引先や、長い付き合いのある数社。ほとんどが老板や経営TOP。そしてほとんど香港人。話は広東語であり、私には全く分からない。が、それぞれの招待客に紹介され、名刺を交換する。ある、香港系グループ企業のオーナー3兄弟。長兄が社長兼営業担当で、次兄が経理担当、末弟が開発技術担当とか。カシオ3兄弟の話をして、妙な意見の一致を見た。他の数社も老板はすべて香港人。我が社からの出席者はオーナーと営業担当経理、そして私。私以外はすべて香港人である。オーナーに誘われてのこのこ出席したのだったが、私に香港人コミュニティを見せようと言う気持ちだったのかもしれない。幸い、香港人はほとんどの人が英語を話すので、コミュニケーションには問題は無い。が、香港の文化、歴史的背景をベースにしたジョークには付いてゆけない。彼らは何時までも、広東語で、ジョーク交じりに、また真剣にディスカッションを続ける。

T社。香港資本の会社なのだが、日本人のオーナーが買い取った為、社長は日本人のHさん。我が社のパーティや、T社のパーティで何度か顔を合わせたことがある。私もH社長とは馬が合い、手持ちの文庫本やTV番組を録画したDVDなどを交換したりして、交流をしている。

恵州市内の海鮮料理レストランの3階を借り切ってのパーティ。何時パーティが始まったのかはよく分からないが、いつの間にか宴会になり、ブランディやら中国の焼酎“白酒”などで、乾杯の嵐。特に社長はいわゆるカリスマ的性格なだけに、ほとんどの従業員から乾杯を誘われ何杯ものブランディを飲み干していた。2時間前後の食事の後、スタッフたちは、テーブルに残された料理を、バックや器に詰め込み、三々五々引き上げていった。

A社でも、T社でも食事のあとは幹部及び招待客たちがカラオケへと繰り出す。カラオケに行って、更にお酒のピッチが上がる人、中国語や台湾語、広東語を使い分けながら、歌を絶唱する人。いわゆる“カラオケ小姐”を一生懸命口説く人、そしてさいころゲームなどに興ずる人などがいて、カラオケルームで盛り上がる。そして香港人コミュニティらしいところは、いつでもどこでも何かの些細なことで真剣に議論する。香港人は本当に話好き、議論好きであると思わざるを得ない。

私は、そう言った余興には加われないので、もっぱら日本語のカラオケを歌って、時間を費やす。香港人の中には、結構日本の歌が歌える人がいて、私に合わせて一緒に歌ったりする。いつの間にか十年来の知古の様に思えたりするから不思議である。

今年は、我が社は時間がまとまらず、会社ぐるみの忘年会は断念し、各部門ごとの忘年会になった。私が担当する業務部(営業部)は恵州市内のとある韓国料理店の一室を借り切って行った。韓国名物の焼肉を食べ、名前は忘れたが韓国の“清酒”をのみ、大いにしゃべって盛り上がった。

旧暦の新年は2月7日。新しい気持ちでこの難局を乗り切ってゆかねばならないと思いつつ、何回かの忘年会に出席してきた。
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by wata1150 | 2008-02-05 23:55