中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
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恵州市における労働環境

前回、ワーカーが足りない話を投稿しました。が、この状況を理解する為に、この中国広東省恵州市における労働環境ということを一部紹介しておく必要があるかもしれません。さもないと、何故労働者が少なくなってしまったのかを理解できないと思うからです。

従来から、この近辺ではあまり人口は多くなく (元々の恵州市の人口は30万人とも50万人とも言われます。)工場立地は必ずしも好条件であるとはいえない地域です。しかし、恵州市政府は市の活性化、経済的発展を目的として、市の周辺にいくつかの工業団地を造成し、国内外からの経済投資、工場進出を誘致してきました。結果として、日系ではSONY,BRIDGESTONE、住友電線、山陽精密など、韓国系ではLG、SUMSUNGなど、その他多くの国の工場が恵州市の各工業団地内に設立されました。こういった工場ではその進出に伴い、部品メーカー、設備メーカー、協力工場などの会社の需要を呼び起こします。そして、ローカル、外資を問わず中小の会社が大手メーカーに付随して進出してきました。

それに伴い道路が整備されました。恵州に繋がる高速道路だけでもたくさんあり、覚え切れないほどです。市内の道路も広くなりそして舗装されました。道路整備やビル建設のための会社が進出してきてそういった仕事を行っています。

一方、前述したような大手企業は、数千人から数万人規模で従業員を雇用して、その企業活動を行っています。結果として、市の人口は大きく膨れ上がり、元々の恵州の人口の何倍もの人口の流入が起こりました。すると、そういう人たちに対応すべく、大きな病院は設立され、飲食店、ホテル、娯楽産業なども発展します。

当然、そういった産業はそれぞれに労働力を必要とします。しかし、その量は、当たり前ですが、この恵州市及び近在の各都市からの供給では間に合うはずはありません。従って、そういった労働力は、中国の各地に求められるようになってくるのです。江西省、湖南省、湖北省、安徽省、四川省、黒龍江省や吉林賞など、中国各地から人材は呼び寄せられています。皆すべて16歳から20歳前後の女性がその大半です。

そういった若い労働力は数年を遠く離れた都会の会社で働き、幾許かの貯金を持って、故郷に帰り、ある人は結婚をし、ある人はそれを元手に商売をはじめ、ある人は学資として学校に進んで将来に備えます。恵州などの勤務先の地に留まり、そこで結婚をし、家庭を持ち生活してゆく人もいないわけではありませんが、少ないようです。これには両親や親戚を大切にする中国古来の儒教的思想の影響も少なくは無いようです。

反面、彼らを雇用する企業側からすると、良い事の様にも見えます。毎年、若い労働力が地方から供給され、ある程度働いては、帰省する循環が起こるため、人件費はあまり増えなくて済むからです。が、労働者側から見るとどうでしょうか。彼らにとっては、会社勤務は、単なる出稼ぎの一端でしかないのです。少しでも労働条件の良いところ、賃金の高いところに簡単に移ってしまうのです。無論、会社帰属などという気持ちは持ちにくいのです。会社に対する愛着などと言うことは、ほとんど無いのが実態でしょう。

また、中国は共産党の一党支配の下、計画的経済政策で、物価上昇は抑えられ、中国国内企業や香港系企業などは中国政府指導の下、一定賃金で彼らを雇用し続けてきました。昇進昇格と言ったことは極めてまれであり、昇給するには現在の企業である能力や知識を身に付け、そして他社に自分を高い賃金で再雇用してもらうことを繰り返すしかなかったのです。そういった環境では、更に上を目指すなら、こつこつお金を貯めて、自分の会社を興してゆくしか手立ては無かったのだと思います。そういった社会事情が、更に従業員の定着を弱めたのでしょう。

ところが、資本主義経済が、改革開放政策によって導入されました。その後、中国の年間経済成長率は年率10%以上の勢いで上昇し、それに伴って生活物価も上昇しました。すると、一定給料を続けていては、市民生活は年々下落してゆくことになります。市民は当然のように、転職のタイミングを早め、より高い給料を目指してゆくことになりました。

最近、中国では新労働法の施行が決まり、最低賃金が上昇し、また傷害保険の加入も義務付けられるとのことです。そうなると、企業側の負担は一気に増加してゆくのです。時世の流れとはいえ結構企業側にとっては重い負担であり、今後倒産する企業、中国から脱出し、ベトナムやその周辺国に展開する企業が出てくることでしょう。

我が社でも、より働きやすい労働環境の整備、労働者側から見て、より魅力的な人事制度の設立などを模索してゆかねばなりません。

一方では、生産性の大幅向上を進める必要があります。自動化や工程合理化、より作りやすい設計、より安い材料の使いこなし、品質ロスや生産ロスなどのロスコストの削減など、従来の作れば売れる時代からの転換を推し進める必要があるのです。そのための日本人人材の導入も進めてきたのです。

2008年は北京オリンピックが開催されます。更には2010年には上海万国博覧会が行われます。この二つの大きなイベントによって、さらに中国経済は進展してゆくでしょう。しかしながら一方では、生活物価は更に高騰し、市民生活にはさらに格差の拡大が予想されます。企業側としては、企業の淘汰が始まり、弱い体質の企業は消え去ってゆくと思われます。

そういう状況を的確に予想し、予測し、事前に手を打って、改革改善を進め、私が勤務する会社が何とか生き残れるように、やってゆくのが私の、そして我が社の経営責任者の最大の課題であると言えると思うのです。
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by wata1150 | 2007-11-26 00:32 | ちょっと仕事
11月も後半になってきました。私もこの会社に勤務してまもなく一年になろうとしています。そして、現在中国製造業の難しい問題に直面しています。

数ヶ月前、TVニュースか何かで、上海の労働最低賃金が改定されたという話がありました。幾らから幾らになったのかは聞けずじまいでしたが。そして、私が勤務する会社がある広東省でも、遅ればせながら来年の早期に最低賃金制度の改訂があるらしいのです。そして、それを見越したかのように、近在の各社は、来年1月1日からの新賃金を提示し、労働者を集めているのです。

私の勤務する会社も早くから最低賃金制度の改定の情報をキャッチし、賃金レベルの上昇を見越した改定案の作成、事業運営面での対応方策などに無い知恵を絞って考えてきました。しかしながら、我が社の生産従事労働者の何人かは退社し、近在の他社に移ってしまったと思われます。

更に、アメリカで“中国製玩具の塗料に使用禁止物質が含まれていた”という事件がありました。これは私たちの会社の部品製品が直接問題になったわけではありません。しかし、私たちの会社の客先に多くに中国香港系玩具メーカがあることから、秋口から現在に至るまで、販売に少なからず影響を及ぼしたことは事実でした。そのために、確保していた労働者の一部を解雇せざるを得なくなったのです。

さらに、これから年末に掛け、中国の旧正月の帰省ラッシュを避け、早めに帰省する為に退社する人が増加し始めます。そして、旧正月後、戻ってこない従業員も多くあります。最悪の生産体制になるかもしれません。どこまでワーカーの人数が低下するかはわかりませんが、客先の注文をこなせなくなる状況になりそうです。

一方、事件以降、一時低下した注文も回復基調にあり、さらに日本や欧米などの各国の客先からの需要が順調に増加し、さらに今年進めてきた拡販活動が功を奏し、注文数は例年よりも多くなりそうな状況です。

先週から今週に掛けて、ワーカー不足が一段と鮮明になってきました。私は老板や総経理、人事担当の副総経理などとミーティングやディスカッションに参加し、無い知恵を絞ってきましたが、なかなか解決の糸口は見えません。今後も12月の末までこういった協議は幾度と無く繰り返されることになるのでしょう。私は、今年の解決には良い方策が無いのですが、これを経験して、来年の年末にはこのような問題が最小限度になるよう、手を打っておかなければならないと思っています。

ところで、今回の投稿でちょうど400回目になりました。最近は忙しさが増して、なかなかブログを除く時間も無いほどなのですが、500回、600回更には1000回を目指して、細々ながら継続してゆきたいと思っています。
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by wata1150 | 2007-11-25 12:26 | ちょっと仕事
シンガポールといえば花をイメージする方も多いと思います。シンガポールの国花は“胡蝶蘭”です。従って、シンガポールのあちらこちらで“胡蝶蘭”を見かけることが出来ます。
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これはシンガポール空港出発ロビーの中の一角にある胡蝶蘭。空港の中では年中いろいろな花がその華を競っています。

シンガポール空港の出発ロビーの屋上にはサボテン公園があります。ここは喫煙可能でベンチや灰皿も置いてあるので、わたしはシンガポール空港ではよく利用します。もっとも、非常に暑く、暑いのが苦手な人には地獄かもしれませんが。
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サボテン公園の中には少しだけ遊歩道があり、サボテンを眺めながら歩くことも出来ます。
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ここのサボテンは、南国で育っているだけあって、大きく成長しており、まるで樹木の用でもあります。が、近寄ってよく見ると、樹木の幹の部分にも大きなとげがあり、サボテンであることが分かります。
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最近は、シンガポールに来ることはほとんどなくなってしまっていましたが、久しぶりのシンガポールのサボテン公園で、久しぶりにゆったりと搭乗までの待合時間を過ごすことができました。
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by wata1150 | 2007-11-16 22:14 | TADAの海外体験談

和泉 日本家庭料理の店

上海、国際展示場で展示会があり、上海に来ました。我が社はそれほど大きな会社ではありませんから、展示会に出展するのは滅多にありません。今回は久しぶりの出展で、プロモーションビデオを作ったり、カタログの整備をするなどの下準備をし、また、ブースの設計をしたり、サンプル展示の準備をしたりと、やってきました。(私がやったのではなく、スタッフがやったのですが・・・)

私は久しぶりの上海なので、誰に会おうかとか、何を食べようとかを考えて楽しみにしていました。そして、夕食の一回は和泉にしようと決めていました。

和泉は、以前ブログでも書いたように、一度つぶれて、現在の店長の亜希さん(中国人なのですが、本名は知りません。)が復活させた店です。家庭料理の味というのが売りで、その名の通り、あまり気取らずに食べ、くつろげるのがこの店のいいところです。お客さんを接待しての料理という感じでは全くありません。但し、その味は外国で食べる日本料理にしては、美味しいと思います。どこかお袋の味を上品にした感じもします。

店長の亜希さんに電話をしてみると、席を取っておいてくれるとの事。数名のスタッフを引き連れ夕食を食べに行きました。

スタッフは一人を除き全員が入れ替わっていましたが、それでも、亜希さんの指導が良いせいか、きびきびと動いていて、挨拶もしっかりとしていて、気持ちの良い接待の様子。以前の和泉と変わりは無くなんかほっとしました。但し、メニューは品数が増え、装丁も立派になり、成長した感じです。

ところで、和泉で食べている最中に、突然亜希さんが紙にプリントしたものを持ってきて、「これ、あなたが書いたの?」。見ると、私が昨年書いたブログをそのままプリントしたのでした。「和泉がつぶれた」「和泉の復活」と2回投稿したのですが、その両方を持っていました。「ありゃー、悪いことをしたかな?」と、亜希さんの顔を見ると、とても真剣な顔をしています。「これはまずいなー」と思いつつも、仕方が無く頷くと、突然にっこりと笑顔で「ありがとう」といいます。「ん?これは???」といぶかしんでいると、「これで作者が見つかった」とニコニコ顔です。

更に隣のテーブルに行って、「作者が見つかった」と知らないお客さんに報告しています。そして、“あの人”と、私を指差して、そのお客さんに紹介しているのです。彼は私を見て、会釈をしてくるので、仕方が無いので私も会釈を返しました。どうも、彼女は私がブログに和泉のことを取り上げたことを感謝しているようでした。

要は、私のブログを偶然に見つけた上海在住の日本人男性がいて、たまたまその人が和泉のお客さんだったというわけです。で、そのお客さんが亜希さんに報告し、亜希さんが私のブログを見つけて、そのページをプリントした、というわけです。世の中は狭いなあ、と思いながら亜希さんと話をしていると、「特別サービス」と言いながら女性店員が、今が旬の上海蟹を私のテーブルの全員に振舞ってくれました。ブログで取り上げた御礼と言うことなのでしょう。

亜希さんと話をしながら食事をして、ふと“○○さんはどうした?”と、以前和泉に勤務していた女性店員のことを聞いてみました。すると、亜希さん、にっこり笑って、一枚の名刺をくれました。「バー望」と書かれています。和泉の姉妹店として、“望”というバーを明日開店すると言うのです。これにはびっくり。そして、“○○さん”は開店準備で“望”に行っていると言うのです。

和泉の経営が軌道に乗り、姉妹店を開店するまでになっていたのです。今回は“望”まで行く時間は有りませんでしたが、いずれ行くこともあるだろうと思います。「亜希さん、頑張って!」と思いながら帰ってきました。
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by wata1150 | 2007-11-15 21:36 | 上海
バンコックからシンガポールまでは約2時間のフライトです。シンガポールは以前M社に勤務していた時には、一時期毎月のように出張し、当時の知人、友人もいます。そして赤道直下の熱帯ですが、市内至る所で美しい緑や、鮮やかな花を見ることができます。空いた時間を利用し、きれいな花に接し、友人たちに会うのが楽しみでした。

イミグレーションを通り、空港をでると、早速白と薄紫の花に出会いました。タクシー乗り場の前の壁一面に咲き誇っていました。
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空港からは客先まで直行し、ミーティングを済ませ、ホテルにチェックインです。シンガポールは現在ホテル事情がとても悪く、なかなか希望のホテルが取れないのです。今回は香港の旅行会社を通じて取ったのですが、なんとなんと、ゲーラン地域にあるHK$300.-程の安宿でした。

シンガポールのホテルは以前に較べて非常に予約しにくくなってきているのだそうです。理由は、現在は工事中ですが、シンガポールにマカオと同様、大きなカジノが建築中で、このカジノに群がるいろいろなサービス産業が進出を検討している為、インド、中東、他の東南アジア諸国からの旅行者が増えているのだそうです。更に、マレーシア、インドネシア、タイなどの近隣諸国の経済状態が良くなり、観光旅行をする人が増えてきています。それもホテル予約をしにくくしている原因だそうです。

シンガポールは、清潔できれいな国というイメージがあります。しかし、経済的には苦しくなってきています。以前は、香港と同様に東西貿易の拠点として、人が集まり、物が集まる活気ある国だったのですが、人件費が高騰し、貨物取り扱いコストも高騰しました。更にマレーシア、タイ、インドネシアなどの国々の経済力が増し、従って、シンガポールの位置付けが低下してきています。また、中東UAEにも大きな貿易拠点が作られ、アフリカや、インド、パキスタン、イランなどの西アジアと欧州や中央アジアをつなぐ拠点として発展してきています。そういったことが更にシンガポールの経済力を弱めたのです。この経済力低下を食い止め、再度シンガポールを守り立ててゆく為、シンガポール政府は結果としてカジノやそれに付随するサービス産業の流入を認めることになったのです。

ところで、ゲーラン地域と言えば知る人ぞ知る売春地帯です。日中から怪しげな女性が街中を横行しています。インド系、マレー系、中国系、フィリピン系、ヨーロッパ系、アフリカ系などいろいろな人種の売春婦がいるそうです。ほとんど犯罪らしき犯罪は無いそうですが、夜になれば怪しげなライトで、一層雰囲気を盛り上げています。

しかしまた、ゲーラン地域の食堂は美味しい店が多いことでも知られ、昼から多くの市民がオープンテラスのテーブルで食べ、語り合っています。各種の中華料理、マレー料理、インド料理などが多いようです。一方、夕方になれば果物の王様「ドリアン」を売る店が並びます。ドリアンはとても強烈なにおいのする独特の果物で、ホテルや公共施設への持込は禁じられるほどです。が、その味は「王様」だけあって、非常に美味しいものです。ドリアンと一緒に食べられることが多い果物の「女王」の「マンゴスチン」もまた食べることが出来ます。

さて、シンガポールの客先とのミーティングを終え、ともかくもホテルに荷物を置き、旧友との旧交を温めるべく、夜のシンガポール出かけました。
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夜のシンガポールの川沿いには多くのオープンレストランが軒を連ねています。暑いシンガポールでは、市民がこんなところに繰り出して、涼みながら歓談するのです。

K君、以前私がM社に勤務していた頃、仕事で再三お世話になり、また客先訪問の為、中東UAEのドバイまで一緒に出かけたこともある人です。K君は今でもM社に勤務し、営業部長をされています。K君はお腹の調子が良くないのにもかかわらず、無理をして食事を付き合ってくれました。

食事後、今度は私がシンガポールに行った時は、よく深夜まで遊んでくれたH君とP君と、あるバーで会いました。二人はもう一人の友達KV君と私を加えた4人でよくシンガポール式マージャンに興じたものでした。また、私が家族を連れてシンガポール観光に出かけて時にはH君が会社や自分の家族、友人たちを集め、歓迎食事会をしてくれました。そんな楽しい仲間と数えてみれば10年ぶりの再会でした。
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翌日はシンガポールから国境を越えて、隣国マレーシアのジョホールバレーに日帰り出張し、更にシンガポール経由タイ、バンコックまでの移動です。
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by wata1150 | 2007-11-10 23:37 | TADAの海外体験談

人材募集中 その後

私が勤務する会社は、ほとんどすべての職場で、日本人的、日本の大企業的感覚、文化を導入してゆく必要性を、私だけではなく、老板や総経理もまでが強く感じていたことも有り、今度の一連の面接には3人揃って面接を行うことにした。履歴書、職務経歴書は日本語版と中国語版の両方を作成し、私が通訳を兼務する形で面接を行ったのである。

課題は・・・最も大事なポイントは、彼が中国文化に慣れきっている職場、会社にどのようにして入り込んで行くか、周りの中国人スタッフの信頼を勝ち取ることが出来るか、自分の持っているものをどのようにして中国人スタッフの教え込んでいくか、ということ。そして次に大切なのは、その技術力なり経験が私たちの会社に有用であるのか、という点である。

結局、日本人は今回3人の方の面接を実施した。2名は日本では名の通った会社に長く勤められた方であり、一名は日本での技能資格の最上クラスを保有されている技能者である。3人とも、なかなか個性があって、ある意味、魅力的な人であった。そして、いずれの方も、我が社に入ったらそこそこの期待が出来そうな方であり、それなりに成果を出していただけそうな方々であった。

そうすると、課題はむしろ我々の会社の方にある。我が社に入って、その能力をいろいろな部門で提供いただいても、我が社のスタッフがそれを受け入れ咀嚼して自分のものと出来るのか、そして、受け入れが出来るような仕事の場を提供できるのか、ということである。こういったことを我々としては内部的に相談しないと、採用を決定できない。

面接が終わり、私が日本に出張し、恵州に戻ってから、老板、総経理と3人で丸々半日を費やして議論した。「幼稚園の子供に大学生向けの講義をしても意味が無い。一体我々の実力は?」ということから始まり、喧々諤々議論した。そして各応募者毎に面接時の内容を確認し、結論を出した。

結果的に一名の技能者と一名の大企業出身の技術者を採用とし、もう一名の方を不採用とした。不採用の理由はただひとつ、「大学生と幼稚園生」であった。会社に十分なお金の余裕があれば、両者少しずつ歩み寄るという手法も考えられるが、日本人社員の人件費は決して安くは無く、経営に対する影響も少なくは無い。我々3人の感想は「後一年後だったら採用できる」ということだった。残念だが仕方が無い。

今月中には両名の方が入社する。社内の役職を決め、通訳の方の募集から採用、デスクやコンピュータなどの手配など入社準備項目は多々あり、まだまだ忙しい。しかし、一連の採用もこれで一段落する。企業改革も更に加速させなければいけない。一方で、彼らの給料を稼ぎ出すくらいの販売額アップ、利益アップを営業として追及してゆかねばならない。(実際は私と同様、香港本社支払いで、困ることは無いのだが)

私を含めた団塊の世代の方々が長年勤めた会社を定年退職する時期である。数多くの昔の企業戦士が社会に吐き出される。中には仕事をせず悠々自適の生活に入る方もあるだろう。一方では子供の学費稼ぎ、住宅ローンが残っている為、などいろいろな理由で働きたいと思っている人も多く居る。しかしながら日本にあってはなかなか新しい仕事を見つけるのは難しいということを聞く。そういった点では、中国をはじめとする中後進国において、発展途上の会社の基盤固めをするという仕事は、そういった団塊の世代の人たちにとっては、面白い仕事といえるのではないだろうか。
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by wata1150 | 2007-11-07 23:03 | ちょっと仕事

駆け足の日本出張

急に日本のある大手電気メーカーさんから、来て欲しいとの連絡がありました。現在は我が社の最重要と位置付けされるS社です。我が社で、S社の来年度の新製品に使用する、ある部品の開発を進めているのですが、そのサンプルに問題が見つかったということで、対策打ち合わせをすることになったのです。

こういった場合、中国人スタッフでは即時対応が出来ません。“明日から日本に出張する”ということが出来ないのです。ビザが取得できないのです。ですから、香港人か日本人が対応することになります。しかし、香港人スタッフでは言語バリアーの為、お客様と話が出来ません。従って“日本人スタッフ”が活躍する必要があるのです。

今週は木曜日午後まで採用面接の予定でしたが、木曜日の午前に面接時間を繰り上げ、午後3時広州発で名古屋に向かうことにしました。会社から社用車で高速道路を飛ばして広州の新白雲空港まで約2時間半かかります。現在は恵州と広州を直接結ぶ“広恵高速”というのがある為、道路事情に問題が無ければ2時間くらいで行くことが出来ます。

私は12時に会社を出て、営業スタッフと問題内容の確認や、対応状況などを社内でレクチャーしてもらい、ほぼ2時半頃に空港に到着。私が最終の搭乗手続き者になってしまいました。

現在はJAL、ANAという日系航空会社、中国南方航空などの中国系航空会社が一日5往復、広州―名古屋間に就航しています。その最終の便に駆け込んだというわけです。最近は、Eチケットという制度が中国でも普及しており、パスポートだけ持って空港に行けば、予約した飛行機に搭乗可能です。オフィスの女性社員に予約を頼み、私は空港に向かえば良いだけです。

午後8時ちょっと前に名古屋到着。中部国際空港“セントレア”は以前一回だけ国内線で利用したことがありますが、国際線では初めてです。が、スムースに荷物を拾い、外に出ることができました。ここから、予約してあるホテルがある“名鉄東岡崎”までは名鉄特急で、神宮前乗り換えで、約一時間で到着です。

横浜の事務所から来てくれたH君と合流し、遅い食事をして、翌日のS社との打ち合わせに備えます。

翌日朝9時にS社との会議を開始、夕方に終了しました。ホテルに戻って、H君と夕食をとり、彼は横浜に戻りました。私は・・・というと、翌日には中国に戻りたいのですが、2泊3日では航空券がフルノーマル価格ということで、割引運賃が適用になる3泊4日の予約でしたので、翌日は完全オフ。

古い友人のC君を誘い出し、昼食を食べ、昔話や最近の情報をあれこれ話し合いました。そして今日、再び名古屋空港から広州へ。広州空港には会社の社用車に迎えに来てもらって、車で会社まで戻ります。会社には夕方5時に着きました。朝7時にホテルを出て、5時帰着、10時間の移動時間でした。

明日には、S社との打ち合わせの内容報告会議、対策会議をやらなくてはいけません。そして、採用面接をした方の、採用不採用を決めなければなりません。考えてみれば、一日フリータイムがあった今回の出張の方が、会社でバタバタしているよりは楽かな?などと思ったりしました。

当面はこんなバタバタの毎日が続くことになるのでしょう。
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by wata1150 | 2007-11-05 23:27 | ちょっと仕事

人材募集中

人材募集というと聞こえはいいが、要は会社にそれなりの人材が少なすぎて、問題を解決できない状況にあるから、急遽外部から人材を招請せざるを得ないことになるのである。

今年、私が面接し、最終的に採用をしたのは、日本人一名、中国人2名。そして中国人2名のうち一名はすでに退社した。

現在、中国人スタッフとして日本企業向け営業担当、資材購買担当、設計開発技術者などを募集中。また、日本人の開発マネージャー、生産技術マネージャー、金型技術マネージャー、成形技術やプレス加工などの技能者などを募集している。無論全部の人を一度に採用したら、人件費負担があっという間に膨らんでしまうので、会社の状況や現実の諸問題を睨みながらではあるが。

中国人社員を採用するに当たって、最近気をつけていることがある。中国人の場合、給料の安さから、将来の独立を目指し、会社勤めを(1)会社設立資金調達、(2)会社を興すに当たっての技術、技能、ノウハウなどの習得、などに利用しようとしている場合が多いからである。また、そこまで行かなくとも、会社に勤務し、何かを習得したら、退社し、更に高い給料で別の会社に転職を試みる。

この傾向は別に中国だけでなくフィリピンや他の国でも実際に自分の身辺で見てきたことである。中国で現地企業に入社し、経営の一端に携わる立場になってみると更にこの傾向が顕著に見える。また、私がこの会社に入社し、11ヶ月が過ぎたが、その間にも何人の人の入退社を見てきたことか。

そして、そのために従業員教育ということはやりにくくなる。社員に教育をすれば、退社される。教育をしなければレベルが上がらず、従って給料を上げてやることも出来ない。従って、今度はスタッフが自分のレベルを上げてくれる会社を探して、転職を試みる。まことに経営者泣かせの状況である。

面接をしてみると、「どういう理由で我が社に応募しましたか?」という質問に対して、「日本人がいるので、日本語の上達が望める。」とか、「自分のキャリアを伸ばしたい。」とか言う答えが返ってくる。「何故日本語を勉強したい?」と聞いてみると、「給料が高くなる。」「日本に行くチャンスがある。」「日本や諸外国に留学したい。」などの答えが返ってくる。そしてその先には「何とかして、お金持ちになりたい。」と必死に願う気持ちが垣間見えるのである。そして決して「この会社の仕事が面白そうだから。」とか「この会社では仕事にやりがいを持てそうだから。」という答えは返ってこないのである。

一方、日本人の応募者を面接してみると、「この仕事は、この会社は私に向いていそうだ。」とか、「仕事にやりがいがもてそうだ。」、「仕事が面白そうだ。」などの答えが多い。無論、会社に入って仕事をしたいと思う人は、給料が欲しいという理由は必ずあるのだが、それは第一理由にはならない場合も多い。もちろん、日本人応募者の多くはある一定年齢以上の人が多く、日本の会社を定年退職した人も多い。従って、経済的にはある程度余裕がある人も多いし、「仕事を辞めた後、ぼけないように、生きがいを失わないように」などの理由も背景には有る。

今週は日本人3名、中国人3名の面接をした。まだ、採用決定はしていない。来週董事長、総経理と相談して決めようと思っている。日本人の採用基準は、明確である。仕事の能力、本人の性格などを見極めればいい。しかし、中国人を採用するのは、とても難しい。

老板がこういって慰めてくれた。「採用とはギャンブルみたいなもの。当たらなかったら、もう一回チップをつんでやり直すしかない。そして、勝つまでやる。」さすがー!お金持ちー!
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by wata1150 | 2007-11-02 23:36 | ちょっと仕事
ビーチロードの反対側にはホテルやレストラン、みやげ物を売るショップなどが並んでいます。ここで見つけたのは、バンコックのホテルで見たのと同様の祭壇。でも、各ビルやショップごとにデザインが異なります。
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これは夜に撮ったものですが、真っ白な象に守護された金色に輝く仏様です。あるホテルの庭に有りました。真っ白な象がいかにもタイらしいと思います。

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これも、別のホテルにあったものですが、場所がホテルの隅の木立の中にあり、スペースを手入れされた植木で囲っています。白が基調ですが象はいません。

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これは全く違うデザインです。タイの高床の家の作りを基調にしています。屋根の形に特徴がありますね。高床に登る為の階段は、わりにしっかりしていて、そのまま実際に使えそうです。供え物を置くテーブルは、石作りのもので相当しっかりとしたものでした。その上に鮮やかな彩色が施されています。

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これもまた全く違ったものです。神様は龍ですね。頭が9つあります。グルグルととぐろを巻いています。空港に有ったモニュメントも龍でした。どんな意味があるのでしょうか?祭壇は小さな池の中に作られています。池には浅いのですが、水が張られています。このプールは黒御影石を磨いたもので出来ています。高価そうに見えます。

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これはDusit Resortの祭壇。海岸に面していますが、石垣でResortから隔てられており、ちょっと気が付きにくいところでした。大きなホテルの割には小ぶりで、デザインも標準的。威圧感はありませんでした。

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これは立派な祭壇です。大きな屋外レストランを有するホテルの、中庭の芝生にデーンと鎮座しています。白い漆喰と思われる作り。やはり、南国では白を基調にする事が多いようですね。

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これは前の龍とほぼ同じデザインですが、土台が違います。前のはプールの中でしたが、これは木立を背景にしつらえています。同じ龍のデザインでも趣がぜんぜん違いますね。

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これは道路の傍らのお店のものと思われる、比較的クラシカルなデザインの祭壇。木製ですから傷みも早く、手入れも大変そうですが、きれいに維持されています。

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そして、最後はこれ。大きな祠が遊歩道の中ほどの道端に作られており、若い女性が熱心にお祈りをしていました。何を祈願していたのか。側ではお年寄りが祭壇の掃除を、一生懸命やっています。祈る人も、掃除をする人も裸足です。祠の中には仏像が祭られていました。

有名な観光地パタヤにあって、仏教国タイらしい、一面を見せていました。おそらく、町の中を歩けば、これ以外にも多くのこういった祭壇や、祠が見つかるのでしょう。タイのなかで、国民の中に生きる仏教を目の当たりにした気持ちです。
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by wata1150 | 2007-11-01 23:09 | TADAの海外体験談