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中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
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さて、いよいよ「漂流」です。

場所は清遠市から程近い、黄腾峡というところで、上流に黄腾ダムがあり、ダムから水を流しています。
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「漂流」の全長は4.8kmほどなのですが、前半2.4kmと後半4.8kmに分かれており、上流の方がやや急流で上級クラス、下がやや緩やかで一般クラスのようになっているようです。我々は一組を除いて、全員上級クラスにチャレンジすることになりました。

ヘルメットをかぶり、救命胴衣を着用し、いざ出発です。
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急流を下る時にボートの中は水で一杯になります。おまけに、ボートがかなり傾くので、ひっくり返らないように気をつけなければなりません。緩やかな流れのところでは、ヘルメットを外して、ボートの中の水を掻き出さなくてはなりません。急流箇所が何箇所かあり、一緒に乗った女子社員は、恐怖で泣き出す始末。

カメラ持参で皆の恐怖に引きつった顔や、必死の形相を収めてやろうと思って、余裕綽綽で乗り込んだのですが、何の何の、それどころではなくなってしまいました。

途中で、ボートを放棄してはいけないルールです。何とかゴールにたどり着かなくてはならないのです。緩やかなところでは手をオールにして水をかきます。なかなか進みません。両側に岩が突き出しているところもあります。ヘルメットはしているものの、身体を打たないように気をつけなければなりません。

結果的には一時間も掛からずにこの2km強の「漂流」は下ってきてしまいました。何組かに分かれて乗ったのですが、一組の女性同士の組はボートがひっくり返り、怪我をしてしまいました。幸いにも、かすり傷程度で済みましたが。結構危険度もあり、それだけにスリルが味わえて、怪我をした本人も、楽しんだ様子でしたので安心しました。

ここで私は大失敗。カメラが水浸しで壊れてしまったのです。で、これ以降の写真はほかの人が撮ったものを借用して使用しなければなりません。

漂流を終えて、ストレス発散できたのか、怪我をした人も含め、皆清々しい顔で記念写真を撮り、一路帰宅の徒につきました。
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途中、果物を道端で売っている人に出会い、聞いて見るとすぐ側の畑で採ったばかりの新鮮なものとのこと。畑で果物収穫体験をと言うことで、畑に繰り出しました。
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果物は「香瓜」というもの。瓜の一種なのですが、新鮮なことも手伝ってか、果肉がとてもみずみずしく、それなりに甘味があってなかなか美味しいものでした。
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値段は、多分にいい加減なのでしょうが、大きなもの5個程度で2元程度。どう見繕っても安いと思いました。

皆、ビニールの袋に一杯の「香瓜」を抱え、マイクロバスの人になりました。
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by wata1150 | 2007-09-29 12:49 | 中国国内旅行・出張
観光船はその目的地、飛来古寺に到着しました。船を下りると、バケツに大きな鳥の卵を入れた人が、卵を売りに来ました。(写真は撮りそこないましたが)これは、「ガチョウの卵」と観光ガイドの女性が英語で教えてくれました。

いよいよ、飛来古寺です。船を下りるとき、ガイドさんが、お寺の中ではいろいろ売っているけど、皆非常に高いから買わないように・・・との案内がありました。私は、高くともそれなりの価値があるものならば購入しても悪くはないかな?とは思いましたが、ガイドさんには黙って頷いて見せました。

さて、ここは北江に面した入り口で、石作りのゲートになっています。
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この寺は、川に面した山の斜面に建てられており、従って、ゲートは低いところにありますが、次々と階段を登らないと本殿までたどり着くことが出来ない仕組みです。ゲートをくぐって石段を登ると寺の入り口があります。この入り口には「天王殿」と書かれています。ここから中は有料になっていて、チケットを買わないとは入れません。ただし、この観光船で来る客は観光船の降り口でカードを貰い、このカードを見せれば、無料で入れるようです。
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さらに奥に進むとすぐに本殿が見えます。
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本殿の中は撮影禁止と書かれており、いかにももったいぶっているような感じですが、寺の案内人の説明を受けながら本殿の中に足を踏み入れると、お参りの仕方などを教えていただき、本尊「観音菩薩」にお参りが出来ます。そして、お参りが終わると、宝石入れのような小さな小袋が配られ、本殿の地下へと案内されます。するとそこでは、和尚が一人一人参拝者のいろいろな情報を聞き、適当なお守り用の石を推奨してくれて、それを買わされる仕組みになっているようでした。私はそれにすぐに気が付き、皆に教えました。個人で参拝をし、寺のガイドの人にいろいろ説明されながら順次参拝しているうちに、暗示が掛かって、高いお守り石を買わされる羽目になるのかもしれませんが、私は幸い(?)にして中国語が分からないので、暗示にかけようが無くその分早めに気が付いたのだろうと思います。ま、誰も被害者(?)はなく、無事に船まで戻ってきました。

飛来古寺はどこにもその由来などを書いた看板などは無く、一体どこにそのいわれがあるのかは全く分かりません。ただ、建物や中の観音菩薩像などは、それほど古いものではなさそうです。古くからあった地元の古寺を改築し、大きな金色に輝く観音像を安置して、観光客用に作り直したのではないかと言うのは、私の勝手な推測です。

さて、船に戻ると、昼食が待っていました。川風に吹かれ、もと来た川を戻りながら昼食を摂ると言うわけです。

昼食メニューは蒸した魚が2種、蒸海老、南瓜、豆腐、鶏(清遠鶏か?)など。それに冬瓜のスープ、そしてライスです。味は悪くはないような気もしますが、多分に古寺を歩いたのでお腹が空いていたのと、川風に吹かれて気持ちが良かったせいかもしれません。
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ちょうど食べ終わって一息ついた頃、来た時乗船した桟橋に到着です。但し、来た時にはなかった土産物屋が開店していました。商品は・・・川で取ったと思われる魚の日干しが中心です。他に近郊で取れたと思われる果物などが売られていました。
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つぎはいよいよ「漂流」です。
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by wata1150 | 2007-09-27 10:22 | 中国国内旅行・出張

中秋節と国慶節の休暇

今日は9月25日、中秋節です。中国の年間の休日の中に、中秋節と国慶節があります。

今年は、中秋節は9月25日。中国全土で、この日を中心にして休暇が設定されています。我々の会社でも、9月22日夕方から9月25日まで、社内旅行が企画され、会社費用負担による3泊4日の旅行が実施されています。

とは言っても、全社員が参加できる訳ではありません。一年間を通して、大きなミスがなく、一生懸命に社業に貢献してくれた人が、各部門から選抜され、参加します。また、参加者は中国人従業員に限られているようです。香港人や、台湾人、日本人などはこの選抜対象から外れているようです。

今年の旅行は、桂林観光。桂林は知る人ぞ知る世界的観光地です。会社からバスで12時間以上掛かります。バス数台に分乗して出かけてゆきました。

もっとも、我業務部スタッフは全員が行けるわけではない会社のツアーを断り、一泊2日の「漂流」旅行に出かけたわけですが。

一方、残ったスタッフは、通常勤務ですが、9月25日のみ休みになります。

国慶節は国民の祝賀行事です。私も一昨年上海に滞在して、国慶節を経験しましたが、TVなどでの特別番組や政府関連の祝賀行事以外は日常的には何の変化もありませんでした。むしろ、季節が良い時期なので皆、国内旅行や国外旅行に出かけるようでした。

我が社の今年の休日は10月1日から3日までの3日間。実質は9月30日の日曜日からの4連休になります。香港オフィスは10月1日の一日だけの休みです。今年に限って言えば9月29日の土曜日から10月1日の3連休になりますが。

私は、9月30日から、台湾そして日本への出張を計画しています。台湾は国慶節の休みは中国と異なっているようで、この時期、休みにはならないようです。日本ではこの時期、多くの展示会が開催されます。いろいろな情報を仕入れ、恵州で“井戸の中の蛙”にならないようにしなければいけません。
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by wata1150 | 2007-09-25 09:10 | 日記
我々が泊まったホテルは清遠大酒店、市内の目抜き通りに近い高層ホテルです。
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朝食は、中国風バイキング、広東風飲茶など。私も久しぶりに飲茶を堪能しました。

さて、マイクロバスに乗り、市内へ。まず向かったのは“江滨公園”です。清遠市の真ん中を北江が流れており、その川岸に作られた公園です。はるかに北江に懸かる橋が見えます。
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公園の川岸には子供を抱いた像があり、市民や観光客が写真を撮っています。が、この像の名前はわかりませんでした。
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また、この公園の中に、名前はわかりませんが、目に鮮やかな赤い花をつけた樹木が並木を作っていました。よく見ると、それはきれいなピンクの花でした。
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江滨公園の次に向かったのは飛来峡。有名な観光地のひとつですが、まだ観光開発は十分に出来ているとは思えず、中国の田舎の風情が残っています。バスを降りると民家の間の狭い路地を抜けてゆきます。路地には子供たちが遊んでおり、家の中では年寄りが竹を削り、竹のカーペットや籠などを編んでいました。無心に編んでいる姿を見て、とてもカメラを向けられませんでしたが。
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この町の突き当たりに桟橋があり、多くの観光船や、観光船を運航する人が住む船が係留されていました。
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この観光船に乗って峡谷を観光します。目的地は数キロほど下流の飛来古寺です。峡谷とは言っても川幅は結構広く、水深も深そうです。船の中から見る両側の山並みや、山際に建つ住居などの光景はそれ自体、心を和ませてくれます。
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また、川は多くの観光船や、漁船などが行き交います。
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ゴラゴンボートの練習風景にも出会いました。舳先には龍の像が付いており、前方で椅子に座って太鼓をたたいている人が、太鼓の音で艪を漕ぐピッチをあわせ、後ろで立っている人が舵を取ります。かなり勇壮なボートです。
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まもなくこの観光船の目的地、飛来古寺に着きます。
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by wata1150 | 2007-09-24 23:02 | 中国国内旅行・出張
漂流という遊びを知っていますか?渓流をゴムボートで下る遊びです。渓流の中には、急な流れや穏やかな流れがあり、周りの自然を眺めたり、時には急流に流され、ジェットコースターに乗ったようなスリルを味わいながら、流れを下ってゆきます。

9月も終わると言う週末、私が所属する業務部のメンバーでこの漂流に挑戦してきました。

場所は広東省清遠市。私の住んでいる恵州市からは車で4時間ほどのところです。ここに飛来峡という渓谷があります。これは珠江の支流、西江、北江、東江とあるうちの北江の一部だろうと思われます。
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以前、tubomimさんのブログで紹介されたことのある韶関市に近くで、tubomimさんが紹介した渓谷もこの北江の一部です。

土曜日の夕方会社をマイクロバスで出発した我々一行13人は、夜10時過ぎに清遠市のホテルに到着しました。夕食を摂りに近所のローカルレストランに。ここの名物は清遠鶏といわれる鶏料理。いきなり鶏のお粥。とても美味しく、鍋をお替りして、皆で食べました。どうもこの鶏、一羽分がこの鍋に入っているようです。
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続いて、やはり清遠鶏。表面を焼いたあと、独特なしょうゆ味で煮た物か?これがまた美味い。私は普段あまり鶏は好きではないので、それほど多くは食べないのですが、これはバクバクという感じで食べてしまいました。やはり、もう一皿追加しました。
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これは青唐辛子の炒め物。無茶苦茶辛い。我々の業務部には四川省出身の女性3名、湖南省出身の女性もいるため、皆で食事する時は辛いものが付き物です。私は結構辛いものは食べるのですが、私はこの一本を食べ残してしまいました。
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さらに、田螺。昔、日本でもたくさん食べられていました。特に戦後はたんぱく質やミネラルを補うものとして。最近はすっかり姿を消していましたが、こんなところでお目にかかりました。私はあまり食べなかったのですが、メンバーは皆美味しいと、これもお替りをしていました。
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豆腐。一旦揚げて、その外側に肉を埋め込んでいます。広東料理では何度か食べました。これも美味しい。
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他にも、豚足や豚肉のから揚げ、野菜などがありましたが、食欲旺盛な若者が多いグループとあってあっという間に平らげ、意気揚々と翌日の漂流にファイトを漲らせました。
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by wata1150 | 2007-09-23 23:15 | 中国国内旅行・出張

L君の退職

我が社で、その経営の根幹を支えている開発技術のL君が退職することになった。L君は多分30歳を越してはいないと思う。1年半前に我が社に入社し、開発技術を担当してきた。いわば我が社における技術開発の第一人者である。

我が社は大分前に投稿した記事に書いたが、その前身はいわば「コピーメーカー」に近く、他社品の物まねをして、低価格で市場を獲得してきた。それが、ここ数年、コピーは姿を消しつつあり、自社開発品を市場に出すようになってきている。そして、その中心的役割を果たしてきたのがL君であった。さらにごく最近では、技術的にもかなり難しいかなり複雑な構造を持つ製品も開発し、特許を取得し、市場に出荷できるまでになってきた。さらに周辺技術と融合した機能部品というジャンルも手がけ出している。そういった、会社の大幅な変身に大いに寄与してくれたのが、L君であった。

L君はまた、TADAビジネススクールの優等生でも有った。私が入社してから、客先対応、新規開発での問題解決、他部門との調和などほぼ毎日のように議論を交わした。実験データの読み方、展開の仕方、データのまとめ方から技術報告書の書き方まで、私が改革を試みてきた技術開発の管理についても、彼を通してやってきた。技術的に解決困難な課題にぶつかると、ともすれば弱気になる時もあったが、励まし、一生懸命一緒に解決をしようと力をあわせたこともある。

以前の彼は、課題があると、少し待ってくれといって数時間から数日、私を待たせた。そして何とか解を持って私に説明してくれた。しかしそれは、彼の技術力でなしうる範囲であり、決して一歩前進したとはいえないものであった。彼にしてみたら、何とか面子を保てたと言うことなのだろうが。ここ数ヶ月、彼は何度か難しい局面に陥った。自分の知識、既存の技術力では解決困難と思える課題であったに違いない。私に解決する方法を相談にも来てくれた。無論私は技術者ではないから私が解をあげることは出来ない。が、以前技術をかじっていたので、解にたどり着くプロセスや考え方は、少しは教えられる。そうやって、課題を克服しながらここ数ヶ月が過ぎた。

ある日、老板に呼ばれた。L君が退社すると言う。さすがに私は驚いた。いきさつを聞いて見ると、老板が怒るのも無理はない。言わば背任であった。横領はしていなかったが。私はその時の老板の悔しそうな顔を忘れない。老板がどのように、L君を期待していたか、サポートしていたかは私も良く知っていただけに、私も非常に悔しかった。それでも、気分が落ち着いてから、首にするのは辞めよう、せめて罰金ぐらいにしよう、と相談し、最終的には老板も理解を示してくれた。

しかし、L君は彼自身この会社から離れてしまった心を戻すことはなかった。聞けば、将来独立して会社を興すアイデアを持っているらしく、これを機会に退社して新会社を興すと言う。残念では有るが仕方がない。何とか円満退社という形にして、後腐れが無い様にしてやることにした。

L君の退社は我が社にとっては痛い出来事である。どのようにこの穴を埋めるのか、どのように新しい技術者を獲得するのか。これから、老板や総経理と相談しながら決めてゆかなければならない。とりあえず、何人かの技術者の獲得を依頼した。

中国ローカル企業において、技術と言う職種は日本企業ほどには優遇されない。従って、かなりの流動性がある。企業にとってその生死を決める場合も多い技術力をその企業内に残し、積み重ねてゆくと言う仕組みを今後作ってゆく必要がある。頭脳流出、中国の地方都市にある中小企業である、我々の会社にとっても頭の痛い問題である。
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by wata1150 | 2007-09-22 18:20 | ちょっと仕事

工場監査

この2週間で、5社の日系客先の工場監査を受けた。

新規客先4社、従来の客先1社である。そのほかにも台湾の客先などで監査があり、監査ラッシュの日々であった。我々の会社はローカルの部品メーカーであるため、客先はほとんどがメーカーである。そしてお客様の我々に対する意識も中国メーカーという先入観が無いことはないと思われる。私も、以前の会社に在籍していた時には「中国メーカーは安かろう、悪かろう」というイメージを多少は持っていた。我々の会社に監査に来ていただく客先様も、大なり小なり、同様のイメージを持って、監査に来るのではないかと思う節もある。

この2週間の監査ラッシュでは日本の超一流会社が大挙して押しかけてきた。大手電気メーカのS社やM社、大手カメラメーカーのC社などである。私が入社以来手がけてきた日本での種まき活動が実を結んだと言えばそれまでだが、その背景には中国に進出している多くの企業が、現地の優良な部品サプライヤーがなかなか見つけられず、やむなく日系の部品メーカーから供給を受けている事例が多いことであろう。

結果として、折角中国に工場展開してきても、メリットは直接人件費が安くなる程度で、多くの日本人管理者を派遣駐在させており、期待したほどコストメリットは上がっていない。そういう背景からか、最近は大手、中小のかかわらず、比較的しっかりした現地メーカー、現地サプライヤーを見つけてリーズナブル価格で、リーズナブル品質のものを探そうとする動きが活発化しているのではないかと思われる節がある。

私たちも、逆に客先によって、監査のポイント、問題の指摘点などに大きな違いが有ることが見えてくる。無論、客先が我々の会社に何を期待しているか、によってもそれは異なってくるのであろうが。ある客先では、従業員教育のレベル、従業員の質についての指摘が多かった。この会社は中国に数箇所の大きな工場を有しているとの事だが、工場を作っても、品質があまり良くないために、いろいろと検討した結果、従業員モラルや知識、教育レベルなどに問題点を見出した。そのために、社内での従業員教育を徹底してやったと言う。

一方、別のある客先では、品質管理や設計思想について多くの指摘があった。きっと、この会社では、中国工場展開して、設計的な改善、品質管理の仕組みなどに苦労された結果なのではないかと思われる。

それに対し、我々の姿勢は、一貫している。経営的には決して多くは無い会社の利益を守る為に、強い体質の会社を作り上げたい、そのためにお客様に素直に学ぶことである。日本の超一流企業、超大手企業に勝るものは何も無い。ありとあらゆるものを学び取り、吸収し、次に生かすしか我々のような中国の中小ローカル企業に生き残りの道は無いのである。

香港企業や中国企業の中には、利益第一主義で、オーナーがある程度の蓄財が出来たら、会社を第三者に売り払うか、清算してつぶしてしまうような会社もある。が、私が在籍する会社では、より強い企業体質を目指し、20年先、50年先の目標を持って、企業活動を行っているのである。同じく恵州市内にある会社のオーナーのH氏に言わせると、そんなローカル企業はほとんど無い、とのことだったが。

私にとって、また私の在籍する会社にとって、お客様の工場監査は、又とない、絶好の学習の機会でもあるのである。
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by wata1150 | 2007-09-18 23:32 | ちょっと仕事

爷爷小姐の帰省

このブログで何度か取り上げたことのある、「爷爷小姐」こと“覃丽莎”ちゃんが、今日学校に戻る為に帰省する。あと2年間、学校で勉強するのだそうだ。

私は、昨夜彼女を夕食に誘った。彼女が今まで食べたことは無いだろう日本食。彼女の生活環境に無いであろう日本、彼女が今まで接した事が無いであろう日本の文化。その断片を見せてやりたかった。

私が、ここ恵州で生活を始めて気が付いたこと。その中のひとつに、外国との接触の無さがある。多くの中国人の中で外国との接触のある人がどれだけあるのであろうか。憧れの対象としての外国はあるのかもしれない。が、一生の間に実際に接する機会をもてる人がどれだけいるのであろうか。情報的にも、外国の情報にまで接することは少ない。そんな環境に生活している人のほんの一部にでも、日本を見せてやりたい、目を開かせてやりたい、世界は広くて、いろんな文化、価値観、社会があるということを、と思うのである。

幸い、丽莎ちゃんは物怖じせず、好奇心旺盛で、積極的である。いま、少しでも“外国の香り”を嗅がせてやれば、将来きっと何かの役に立つに違いないと思ったのである。案の定、刺身や魚の煮付け、サラダ、串カツなど美味しいと言って食べてくれた。また、日本建築風の店の内装を興味深そうに眺め、店の女店員となにやら話していた。

彼女は学生の実習として我が社の仕事をしているのであるから、当然先生も何ヶ月間か一緒に寝泊りしている。先生に叱られるからと、早めに寮に戻っていった。出来れば英語か日本語を勉強した方がいいよ、とアドバイスをしてやった。そして、何時か機会があれば、また会おう、と。

今日の夕方、彼女は出発する。バスで15時間かけ、両親の待つ江西省の故郷に向けて。

彼女は依然として私を「爷爷」と呼ぶ。
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by wata1150 | 2007-09-17 10:03 | 日記

岐阜県 中津川市

今年になって何度目の日本帰国であろうか。帰国休暇は1月、2月、5月に取得したが、それ以外でもほとんど毎月のように出張帰国している。最近は、年のせいなのか、中国にいると日本に行くことが、日本にいると中国に戻るのが多少億劫になってきているのは否定できない。

ある客先“N社”の専務から電話があり、相談があるということで、急遽日本に出かけた。ついでにと言ってはいけないのだろうが、老板の友人が勤務する“J社”、そして懸案になっている日本連絡員事務所のスタッフの採用面接をすることにした。3泊4日の出張である。ついでに一日だけ仙台の我が家に顔を出すことにした。合計で5泊6日。

“N社”は日本の最大手、と言うよりは世界の最大手の自動車メーカーに部品を納入するメーカー“I社”の下請け会社である。社長は専務の奥様。私よりはるかに年上だが、なかなか気が若く元気である。創業者はこの社長で、実家がお金を出資してくれたと言うことで社長になったようである。息子さんがおり、彼は中国東莞で、自動車部品の樹脂成形会社を経営している。2~3度会ったことがあるのだが、まだ若いにもかかわらず、なかなか積極的で好感の持てる人である。

ところでN社だが、場所は“岐阜県中津川市”。名古屋から特急で45分ほどのところにある閑静な地方都市である。
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これと言って全国的に名の知れた名産はなさそうだが、駅前は至ってのどかである。
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駅前広場もきれいに整備されている。
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ここには何ヶ月か前にも一度来ている。昼食に娘さんの嫁ぎ先とかいう鰻屋さんに招待された。とても美味しく頂いたことを覚えている。今回は夕方3時頃に到着、すぐにI社に向かった。現在開発中の製品のサンプル評価が大詰めに来ており、何とか量産金型製作開始のGOサインを頂くのが目的である。“I社”の技術担当“ITさん”にお会いした。彼は私が持参したサンプルをしばらくもてあそんだ後、“OK”を出してくれた。

夕食を一緒に、とのお誘いを受け、中津川駅前の居酒屋で夕食を戴き、帰路に着いた。中津川市はとても工業都市の面影はなく、どちらかと言えば宿場町的なのだが、ここにも日々一生懸命に仕事をし、日本の産業の一端を支えている人たちがいることを、感じさせられた出張だった。
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by wata1150 | 2007-09-16 17:46 | 日本滞在記

恵州の治安

今年の2月に、財布と携帯をすられた話を投稿しました。その後も、私の身辺では、いろいろな被害が、後を絶ちません。

私が、財布を取られたのと前後して、私のところのスタッフのC君、現金4000元を取られました。彼は、市内の外れにある新興のマンションの8階に住居を購入し、住んでいたのです。が、ある日夜に泥棒が侵入し、見事にやられたらしいのです。聞いて見ると、泥棒は屋上からロープをたらし、8階のベランダに降りて、進入してきたらしいのです。彼はそのあと、ベランダから侵入できないように処置したとのことですが。考えてみれば、泥棒も結構、危険を冒してやるものです。8階から転落したら、命が無いものを。

C君の住居から程近いところに住んでいる、品質担当のL小姐。自宅のマンションから出て、道路で通勤用の車を待っていたときに、車に乗ってやってきた、引ったくりに襲われ、無理やりバッグを奪われたそうです。出勤途上で、お金はさほど持ってはいなかったそうですが。このLさん、なかなかしっかりしていて、車をしっかり覚えていて、警察に通報し、警戒用に設置してあったビデオも証拠になってこの引ったくり犯は、数日後に逮捕されたそうですが。何人かのグループだったそうです。

それからしばらくして、我が社で雇った通訳のYさんが被害に遭いました。Lさんのマンションの道路を挟んだ反対側のマンションに住んでいたのですが、我が社への勤務2日目にして、ひったくられました。携帯電話や、銀行カードなどをとられたそうです。彼女はかなりショックを受けたらしく、その後会社を2日間ほど休み、そしてついに退職してしまいました。なんとも悲しい出来事です。

私が、失職して日本でぶらぶらしていたときのこと。中国人のある犯罪者が言った言葉が印象に残りました。「日本では道にお金がたくさん落ちている」 どういうことか。「日本では路上駐車が多い。この車を盗めばお金になる。」「自動販売機がたくさん設置してある。この中にはたくさんお金が入っている。」「無人ATMがたくさんある。夜間は人もいない。この中はお金だ。」

確かに、そういう目で見ると、中国では、なかなか道にはお金は落ちていないのです。取られないように、しっかり保管されているのです。ガードマンがしっかり見張っているのです。日本では、皆が中流意識があり、適当にお金がある為、他人のものを取ろうとする意識は無いのです。それが当たり前です。しかし、中国では、ほとんどの人は貧乏です。明日食べるものも無い人が、たくさんいるのです。いつも、「どこかにお金はないか」と探しているのでしょう。

中国で窃盗犯は、警察に捕まると、大概は罰金を払って戻ってくると言います。盗んだお金で食べ、つかまると、盗んだお金で罰金を払う。そしてまた盗みを働くのでしょう。これでは窃盗や強盗はなくなるはずは無いと思うのです。

上海や北京など一部の都市や地域では、かなり安全になってきているとか。それはやはり、しっかりと警備されていることも一因でしょう。しかし、中国のほとんどの地域では、依然として非常に治安が悪い状況に置かれたままなのです。狙われるのは外国人だけでは有りません。そういった治安の悪さを熟知しており、日ごろ十分に警戒しているはずの中国人でさえ、被害に遭うのです。私も改めて、被害に遭わないよう気をつけなければ、改めて気を引き締めなければ、と思います。
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by wata1150 | 2007-09-08 22:32 | 恵州の事