中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
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日本の衛星放送

恵州で日本のTV見ることができる・・・かも?

恵州では日本のTVはずっと見ないで過ごしてきた。娯楽番組などは興味がないので、どうでもいいのだが、ニュースと科学ドキュメンタリーだけは見たいと思っていた。そんな話をT社の日本人社長Hさんと話していたら、彼もそういう気持ちだったらしく、20枚ほどのDVDを送ってきてくれた。「ガイアの夜明け」など、ドキュメンタリー番組を録画したものである。しばらくは、毎日とは行かないまでも、夜中、寝る前のひと時に見るにはちょうど良い。

恵州で数は少ないが日本料理店があり、そこに設置されたTVでは日本のNHKを放映している。以前、ここのママさんに聞いた事がある。恵州では通常は見ることはできないが、高額の費用を払えば、深圳からケーブルで信号を引くことが出来る・・・と。

先日、再びH社長と食事をする機会があった。彼は、現在恵州に会社を持ち、恵州にマンションを持っている。彼はまた、30歳くらいの美人の愛人がいて、一緒に暮らしている。その愛人さんが恵州の自宅に日本のTVチャンネルを導入したと言う。聞いて見ると、年間契約料2700元で見ることができるという。私と一緒にその話を聞いていた我が社の老板、早速会社の幹部社員寮にも導入したいと、後日どこの会社でどのように手続きすればよいかを調べて連絡してもらうように、やはり同席していた、愛人さんに話していた。上手く行けば、日本のTVも視聴可能になるかもしれない。

ところで、何故中国で日本のTVが見れないのか。私は上海にいたときもあるいは、中国や香港を担当し、ホテルを転々としていたときも、大概日本のNHK衛星放送を見ていた。上海に居たときは、マンションのベランダに大きなパラボラアンテナを設置して、しっかりと見ていた。それだけに不思議に思ってはいたのだったが。

ある人に聞いてみた。すると彼はこう教えてくれた。中国では中国人が海外の情報を得ることに対して制限している。海外のTVを見ることは禁じられている。しかしながら、中国に居留する外国人はその限りではない。従ってパラボラアンテナを上げてTV視聴することは可能なのである。しかしながら、警察に届けたり、警察の立ち入り検査を受けたりと、大変らしいが。

日本食レストランは主な客は日本人(中国から見れば外国人)である。また主要なホテルは、高価である為、宿泊客は外国人である。そうしたことから、大きなホテルでは海外番組の放映を認めているらしい。なるほど、そういうことか、と頷ける部分もある。が、急速な経済発展を背景に、またオリンピック開催を目前にして急速に国際化している中国が、依然として情報管制をしているということには、いまさらながらに、考えさせられる。

まあ、ともかく新聞は読めるようになるし、上手く行けばTVも見れるようになるかもしれない。まずは一歩改善と言うところか。
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by wata1150 | 2007-07-30 15:24 | 恵州の事

日本語の新聞

OCS香港の社員と恵州の契約会社の社員が私を訪ねてきた。どこかでこの田舎町恵州の中小企業に日本人がいると知ったらしい。私は、さすがのOCSも恵州までは来てくれないだろうと思っていたので、諦めていたのだったが。

OCSは海外居留者に対して、日本国内の新聞を販売するサービスを行っている。海外居留者ならば大概の人は知っているのかもしれない。「海外新聞普及株式会社」というのが日本の会社名である。もっとも、現在では新聞だけでなく、いわゆる“国際宅配便”的な業務がメインで、「DHL」や「UPS」などがライバルである。

また、OCSは私が以前勤務していたM社の仕事もやっていて、私自身もM社担当の人は顔なじみで、いろいろ無理を聞いて貰ったりもした。日本から台湾まで、サンプルのハンドキャリーをお願いしたり、受付終了時間を過ぎてから集荷してもらい、その日のうちの飛行機に乗せてもらったり。

さて、OCSが我が社に来た目的は・・・?国際宅配便の仕事を欲しいと言うものであった。現在我が社では、EMSやDHLを使うことが多い。サンプル出荷などは毎日のようにあり、海外客先への出荷もある。製品も小ロットのものや、緊急の場合は国際宅配便を利用する。従って運送費は馬鹿にならない。より安く、より早く、より安全に、より正確に運んでもらわなければならない。

今回、OCSの深圳オフィスの担当者が来たのは、その宅配サービスの仕事を恵州の契約会社を通して受けたいということらしい。私は、普段サンプル発送業務をしてくれているY小姐をよび、現状を伝えて見積もりを貰うように指示した。

私の興味は、もう一方の新聞配達に重きがある。恵州ではほとんど日本の情報が入らない現状では、新聞はありがたい情報源なのである。「朝日」「毎日」「読売」と言った主要新聞はすべてインターネット上にサイトを置き、ニュースを配信している。が、中国では日本からの情報ダウンロードは極端に遅く、日本のようにスイスイと新聞を見るようには行かないのが現状である。TVも、日本のTVチャンネルはない。従って新聞はありがたいのである。

で、購読料を聞いてみたら・・・、驚くなかれ、1カ月朝刊のみ、1200HKDもするのである。日本円にするとほぼ20,000円。日本の6倍強なのである。これで、日付は一日遅れで宅配されるとの事。香港だったら当日配達が可能なのだろうが。しかし、老板に事前了解を貰っていたので、日経をとりあえず契約することにした。

これで、一日遅れと言えども、日本のニュースが入りやすくなった。8月からの契約なので、8月1日からは入ってくるだろう。
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by wata1150 | 2007-07-29 22:07 | 恵州の事
恵州は連日好天気で、灼熱地獄が続いています。もっとも、オフィスは冷房が効いており、むしろ寒いくらいで、何人かの女子社員は、冬物の長袖のユニフォームを羽織っている人も居ます。

私は、少し大きめの部屋を貰い、さらに4-5人でミーティングが出来る程度の、円卓と椅子を入れて貰いました。空調も換気と合わせて新規に工事をしてもらったせいで、23度から25度くらいに設定し、快適なオフィス生活です。

但し、仕事環境が整ってゆく一方で、仕事の量は増える一方です。ちなみに先週の日程表をみたら、月曜日はあるモデルのコストダウン対策会議とサプライヤーとの連絡ならびに社内調整。品質副経理とのユーザ品質についての打ち合わせ。夜は総経理との会食。火曜日は新規サプライヤー導入についての調整、技術とのS社向け新製品開発の調整会議。夜はT社H社長の招待の会食とカラオケ。水曜日はS社K氏打ち合わせのための準備会議。夜は当社の幹部職夕食会。その後董事長、総経理との意見すり合わせ。そして、幹部連中とのカラオケ大会。木曜日はS社K氏と新開発製品についての終日打ち合わせ、等々。

昼はほとんど会議と来客対応、夜は接待でいつも深夜までお付き合い。良く身体が持っているなあと、自分でも驚きです。E-Mailのチェックはほとんど出来ず、現在は約一週間分、おおよそ300件が未チェックのままです。今日は今からできるだけチェックするつもりですが。

そんな中、日本連絡事務所に新規に採用する件、恵州工場で工場関係で日本人を採用する件、営業で日本客先対応の社員を増強する件が方針決定され、早速動き出しました。これらについても実質私がやらなければならず、どーんと仕事が増えてしまいました。

来週は月曜日M社、火曜日ー木曜日S社日本からの来客で缶詰状態。さらに採用面接もあり、当分ゆったりする時間はなさそうです。

夏休みの取得はあきらめざるを得ないようですが、8月後半から日本での採用面接を含め日本出張しよう・・・かな?と考えてはいますが、まあ無理かもしれません。風邪を引かないように気をつけながら、頑張ろうと思います。
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by wata1150 | 2007-07-28 20:28 | 日記

中国における食の安全

最近、中国の食品の衛生管理や安全性に関する話題がマスコミの話題になることが多い。今日も、昼にTVを見ていたら、フィリピンで、中国食品が輸入禁止になるという話が出ていた。この話題は日本で話題になったのかどうかはわからないが。

原因はある中国からの輸入食品に禁止化学物質が発見されたから、と言うことである。まあ、最近では中国製歯磨きに毒物が混入して死亡する人が出た、とか、珠江が化学汚染され、香港では中国産川魚を食べない、とか、中国の飲料水のブランドの20%は汚染された水だった、とか、事例を挙げれば暇が無いほどである。

では、実際には中国の人たちはどのようにして、安全を確保しているのだろうか。先週の朝日新聞の記事には出ていたが、お金のある人は、インターネットなどで海外の情報を得て、最大限の自己防衛が可能だが、中流以下の貧困層はそういう実態を認識している人は少なく、価格のより安いものを、購入して食べており、現状ではほとんど、危険意識がないようである。

最近、北京でダンボールの紙にミンチ肉を40%入れて煮込み、その材料(あえて食材とは言わない)を使用して“肉まんもどき”を作り販売していた人がいた、と言うことがニュースで流れたそうである。この人は、当局に検挙されたのであるが、その言い草がすさまじい。「皆が美味しいと言って、購入し、食べてくれた。この製法は秘密である。」とか、「現在は肉を30%に減らして同じ味を作る研究をしていた。」とか。

実際にその場に出くわした例では、こんなものがある。会社の近所の広東料理の店にて、同僚とランチを食べに行ったときの事。同僚は魚カレーを注文し、食べた。食べ終わる直前、カレースープの中に何か異物を発見した。何か哺乳類か爬虫類の手か足らしきもの、爪があり、どう考えても魚ではない。何か小さな猫かネズミ、またはウサギのような小動物らしきもののようであった。これがカレーの中で煮込んであった。此処は広東省、「4つ足はテーブル以外、飛ぶ物は飛行機以外、何でも食べる」とされる土地柄である。従って、メニューに“猫肉カレー”と書いてあっても不思議ではない。これを見た同僚が、この店の老板に文句を言った。ところがこの老板、一向に動じる気配が無い。最初は魚と言い張っていたが、それはさすがに言えないと知ったのか、今度は「しっかり煮込んであるから、大丈夫」と言い張り、ついに根負けした同僚が、この“異物”を手土産に、会社に持ち帰り、皆に吹聴して回っていた。それを横で見ていた私としても、この食物に関する安全意識の薄さには、驚かされ、またあきれさせられた。

この店の老板も老板だが、この同僚も同僚である。保健所とかに報告するとか、公的機関に訴える、とか、新聞社に連絡するとかいう発想はなさそうである。持って行っても、そのままうやむやにされる位しか思わないのである。そういう公的な部門をまるで信用していないのである。恵州と言う田舎町だからなのかはわからないが、中国一の文化レベルの高い上海などでも、精神文化的には似たようなものかもしれない。

中国では、このあたりのスーパーでは、豚肉や鶏肉は骨付きで調理するし、牛肉はほとんど輸入肉で、アメリカのBSE感染した牛肉なども紛れ込んでも不思議ではない。下手なスーパーで肉などを買って調理するなど、危険極まりないと思えてくる。

こんな環境では、私としても、「自分の身は自分で守るしかない」と思えてくる。幸い、私は中国の一般大衆の人に比べたらお金もある。インターネットを通じて、世界中のニュースや情報を入手できる。信用の置ける外国系のスーパーを利用し、特定のレストランのみを利用し、そして慎重に食べ物を選んで食べるしかないような気がしてくる。

世界3大料理の一つにあげられる、中華料理。しかし、その裏舞台はなんとも考えさせられる内容である。
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by wata1150 | 2007-07-22 09:46 | 恵州の事

新しいオフィス

副総経理になって、だんだんその責任の重さを感じ始めています。

従来はあまり縁の無かった、と言うより、営業担当と言うことから、あまり出席しても意味がないと思っていた言葉の通じない他部門の会議や各部門の部門長が集まるにも、通訳を交えてではあるけれども出席し、経営的な面から、また30数年在籍したM社での経験談などのコメントを話さなければいけなくなってきました。

狭い私のオフィスに技術部門や工場の各部門の人たちが押しかけ、会議をしたり、相談したりする機会が増えてきました。その結果、私のオフィスの白板はいつも何かが書き付けられています。

更に、最近では人事的な相談などもしなくてはいけません。工場のだれかれがかくかくしかじかのミスをしたので、罰金をしたい・・・とか、ある部門の社員が会社に不満があり、退職するに着いての補充について、だとか。あるいは社長から工場に日本人を採用したらどうかと相談があったり。また、香港系や中国系の会社では日常茶飯事なのだが、工場のワーカーを拡大するための方策だとか、毎日何人かが会社をやめ、何人かが入社してくる不安定な現状を何とかしたいだとか。

そんなこんなで、私のオフィスは毎日人の出入りが激しく、また、タバコの臭いが消える暇がありません。

そういう事情を知ったせいか、また副総経理の肩書きのためか、会社が私の部屋を大きな部屋に変えてくれました。とはいっても、営業の居室の一部を間仕切り工事をして作ったのですが。今までの部屋の2倍くらいの部屋です。2mくらいの高さのある観葉植物を置いてくれました。また、円形の会議机と4客の椅子も社長室から移動して、置いてくれました。エアコンも室内で制御できるよう設置してもらい、排煙ダクトまでつけてもらいました。

昨日、早速引越しをしました。秘書のTさんがお茶を入れる道具や、コーヒーセットなどをきれいに洗って、並べてくれました。もっとも、その割りに、業務書類は極めて少なく、2つもある書架はほとんど、ある香港系メーカーの日本人社長から戴いた、日本の文庫本や、経営関連の本で占められていますが。

今日から本格的にこの新オフィスで仕事・・・と思ったら、最重要顧客のひとつであるS社の上海駐在社員のK氏が朝から来訪し、夕方までその対応で、ほとんどオフィスに戻ることはありませんでした。

それでも、新オフィスは広い分、ゆったりと過ごせそうですし、いろいろな課題の検討も狭くて窮屈な思いをせずに検討できそうです。社長の思いやりに感謝。
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by wata1150 | 2007-07-18 23:25 | ちょっと仕事

ブログ開始2周年

一昨年7月14日、このブログを開始しました。それから早くも2周年になります。

2005年7月、上海に単身赴任するときに、「TADAの上海日記」として、あるブログ友達に紹介されて、書き始めました。

当初は生活感覚の異なる上海での出来事を、また風物を書いていこうと思っていたのでした。珍しいもの、中国ならではのもの、中国独特の文化や生活習慣など、書くことはたくさんありました。が、一通り書いてしまうと、なかなか目新しいものは少なくなってきます。また、目にすることにしても新鮮さを失ってきます。だんだんと、書くネタがなくなってくるのです。そこで、意識して、近郊の観光名所や旧跡などに出かけて、写真を撮って書き続けました。

昨年6月、一年間在籍したある会社を退職し、5ヶ月ほど仙台の家でぶらぶらとしていました。毎日、就職へのプレッシャーの中で、その苦しさ、また、家族との生活を書きました。ある友人は「TADAの日本滞在記」としてはどうか、などと励ましと共に、アイデアを貰いました。書く量は減りましたが、何とか書き続けてくることが出来たのは、やはり、コメントなどで励ましてくださる、皆さんのおかげだったと思います。

そして、昨年、2006年12月から、現在の会社に再就職しました。今度は上海ではなく、広東省恵州でしたので、「TADAの中国滞在記」とタイトルを正式に改め、書き続けることにしました。広東省や、恵州のこと、上海とは異なる文化、従来は商社でしたが、今度はメーカーと、違った環境の中で、日々思ったこと、仕事に関することなども書くようになってきました。

再就職して7ヶ月が過ぎ、仕事も本格化して、時間がとりにくくなり、出張なども増えてきましたので、ブログ更新する頻度は低下してきましたが、何とか2周年を迎えられそうです。

投稿総数は350回近くになりました。大雑把に言って大体、2日に一回ずつ更新してきたことになります。我ながら、なかなか良くできたと、自分自身を褒めてやりたいと思うと同時に、時折覗きに来てくださる、多くの読者の皆さんの励ましの賜物と思います。改めて感謝します。

多くのブログ友達も出来、その方たちとの交流もまた、日々殺伐とした業務の中にいる私にとって、ブログを覗く事は精神的な潤いになりました。家族とも、電話やメール以外にブログを通してもコミュニケーションできます。それもまた、なかなか楽しいことです。

今後も、更新する気力が消えない限り、このブログを続けて生きたいと思います。今後とも宜しくお願いします。
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by wata1150 | 2007-07-12 14:56 | 挨拶

恵州に帰ってきました。

短い夏休みが早くも終わってしまいました。

日帰り温泉では有りましたが、4箇所の温泉に行き、ゆったりと湯につかり、ここ何ヶ月かの疲れを癒して・・・と思い、庭の雑草に始末をし、庭木の剪定をしなければ・・・と思い、重い腰を上げて、こなしていたら、あっという間に時間は過ぎ去り、家でのんびり・・・などという時間は無く、気がつけば、機上の人になっていました。

今年、大学を卒業し、4月から大学院に通っている次男とは、2度、3度顔を合わせただけ、連日大学の研究室に缶詰になって、研究にいそしんでいるようです。帰宅はいつも午前様、そして朝は7時過ぎには登校していきます。最近は車を買って、自動車通勤ならぬ自動車通学をしているようで、我が家の2台の車のうちの一台は、完全に彼に占領されていました。

弘前の大学にいる長男は、今年やっと6年生、来春には卒業の目途は立ってきました。在学中から難病を患い、大学卒業そのものも危ぶんだ時期もありましたが、何とか乗り切ってきて、来年は卒業、そしてインターンをへて、何とか自立できる目途が立ってきています。

末っ子の娘は、今年から次男と同じ大学に入りました。彼女もブログを書いており、何を考え、どんな生活をしているのかは、良くわかります。今は、前期試験を目前にして、悪戦苦闘しているようです。

そして、子育てという戦さにおいて、戦友とも言うべき妻君は、相変わらず連日塾の経営に追われています。先生兼小使い兼運転手兼経営者の彼女は講師のやりくりとか、設備投資の返済とか、塾生の拡大とか、いろいろな課題に向かって、爆走しています。リウマチという持病を抱えながら。今は、梅雨の真っ只中で、患部が痛むのだそうですが、代わりをする人も無く、走り回らざるを得ないようです。

そんな中で、私がゆっくり出来るはずはありません。何日間かは、洗濯をしたり、夕食を作ったり、合い間を縫って庭の雑草取りと、バタバタせざるを得ませんでした。

そして、あと2ヶ月で60歳の還暦を迎える私も、恵州の職場に戻り、盛りだくさんの経営的、業務的課題に取り組まなければなりません。娘が卒業するまであと5年半、こんな生活が続きます。加油!加油!と自分に言い聞かせながら、明日からの仕事に取り組みます。

恵州はすっかり夏空、連日太陽が照りつけ、気温は40度近くまで上がります。梅雨空で肌寒いくらいのの仙台とは大違いです。クーラー病で体調を壊さないように気をつけながら、すごしたいと思います。
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by wata1150 | 2007-07-09 23:19 | 恵州の事
梅雨に入り、連日小雨模様の仙台です。気温は、日中は20度を越すのですが、朝夕は17度から18度程度。とても寒い毎日です。恵州を出たとき、恵州の気温は、日中は37度前後、夜に入っても30度をわずかに切る程度でした。仙台との落差は20度弱もあるのです。寒く感じるはずです。

例年仙台の気温はこんなものなのですが、暑い恵州にいたせいで、長袖を持って来るのを忘れてしまいました。それで、2~3日は半袖で我慢をしていたのですが、どうにもたまらず、古い長袖のシャツを探し出して着込みました。大阪や、横浜はそれほど寒いとは感じなかっただけに、この寒さは老体にはこたえます。

寒い仙台にいて、我慢をするだけではいけないと、例によって温泉へ。今回は妻のリクエストもあって栗駒山頂の須川温泉に行きました。ここは昨年11月半ばにも、紅葉見物がてら出かけたのですが、あいにくの霧と小雨で、何も見えませんでした。但し、温泉の湯は良かったので、お風呂だけでも・・・と思って出かけたのです。

梅雨の真っ只中なので、小雨は多少ぱらついていましたが、前回のように視界がまったくないということはありません。快適なドライブで、我が家から2時間半で須川高原温泉ホテルに到着。前回は入れなかった露天風呂に入ってきました。
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30人や40人はゆうに入れそうな大きな露天風呂でした。但し、気温は仙台より更に寒く、15度前後でしたので、露天風呂は湯気にけむり、湯気は硫黄臭が強く、いかにも温泉風情でした。
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今回は平日と言うこともあり、また梅雨の期間中ということで、訪れるお客さんの数も少なく、のんびりと、ゆったりと気持ちよく温泉につかることが出来ました。乳白色の強酸性の湯と言うことで、PHは2.2、なんと塩酸などと同等レベルです。時計や金属製の腕輪などははずして入らなければ、ボロボロに腐食しまうほどです。
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須川高原温泉ホテルに隣接する、栗駒山荘で昼食。岩魚丼という珍しいものを食べました。(写真を撮り忘れました。残念。)ご飯は酢飯、岩魚は刺身にして、出汁に漬け置きして味がついたものを、岩魚の卵と共にご飯に乗せていただきます。岩魚の卵は初めて食べたのですが、鮭の卵(いくら)よりも皮が硬く、プチプチと言う歯ごたえがありますが、あまり味は無い感じでした。

食後、栗駒高原を宮城県側に降り、途中「温湯温泉」という余りメジャーではない、秘湯と呼ばれる温泉に立ち寄り湯に入りました。佐藤旅館という温泉宿ですが、立ってから100年は経っているかと思えるような、いかにも古びた、佇まいです。
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秘湯というだけあって、露天風呂には「日本秘湯を守る会」メンバーの証のおおきなちょうちんがぶら下がっていました。
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露天風呂は、渓流のそばにありその向こうは山がせまり、なかなかの景観です。私のほかに誰もいなかったので、この景観を独り占めにして、無色透明な温泉につかりました。多少ぬるめですが、気持ちの良い温泉でした。
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数日後には、横浜にもどり、仕事に復帰。そして、週末には中国に戻ります。温泉行脚もまたこれでしばらくはお預けです。
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by wata1150 | 2007-07-05 22:38 | 日本滞在記

横浜 中華街散策

横浜で時間があり、久しぶりに中華街を歩いて見ました。別に中華料理を食べようと言うのではないのですが、時間があって、何もすることが無く、どこか散歩でも・・・と思ったら、中華街に来ていたと言うことなんです。横浜に住んでいるときには、行きたいなどとは、ほとんど思わなかったのですが。

みなとみらい線を、終点の元町中華街駅でおり、階段を上って地上に出ると、すぐのところに関帝廟通りのゲートが見えます。
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この通りは、中華街のメインストリートではないのですが、関帝廟があるため、人通りは少なくはありません。この通りを少し進むと左手に小さな公園があります。山下町公園と名前がつけられています。
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入り口付近に中国でも公園などに良く見られる六角の建物があります。中華街に住む住人や、観光で中華街を訪れた人たちが、一休みをしています。この公園はこの近所に住む中国人の家族などが、子供を遊ばせたり、赤ちゃんをあやしたり、いかにも中国の公園を思わせます。私は恵州の西湖のほとりのこんな建物を思い出し、にんまりしてしまいました。

関帝廟通を更に進むと、右側に関帝廟があります。
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この廟の境内に入るのは無料ですが、建物の中に入るには、500円の線香代を払わなければいけません。廟の両袖に横浜関帝廟の由来を書いた看板があります。
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これによれば、この廟は1990年に建立されたもので、横浜関帝廟としては4代目なのだそうです。それまでのものは、関東大震災、横浜空襲や火災などで焼失してしまったのだそうです。まるで、横浜中華街と横浜の近代史の象徴のようです。

廟の内部には中国の各地に見られる関帝廟や関帝を祭った神社と同様に、ひげを伸ばした関帝が金色を中心としたきらびやかな飾りの中で立っています。
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関帝廟通に平行して通っている道路が中華街のメインストリート“中華街”です。中華街の入り口にはやはり、大きなゲートがありました。
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中華街の中心だけあって、さらに週末の一日とあって、人出はとても多いようでした。この通りには聘珍樓や萬珍樓といった、いわゆる有名中華料理店なども軒をそろえています。
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また、聘珍樓や萬珍樓は広東料理ですが、ほかにも四川料理の重慶飯店や北京料理などの中国の代表的な料理も味わうことが出来ます。但し、今回歩いてみた範囲では、東北料理のお店はありませんでした。遼寧、黒龍江、吉林など北方の料理もまた、中華料理の代表として美味しいと思うのですが。

ところで、この中華街に住む人たちの多くは、中国人で一般生活用語には中国語を使っています。ですから、お店の店員さんたちの会話や、レストランの中の従業員たちの会話に耳を傾けると、中国語が聞こえてきます。店員さんたちの中には中国から日本に留学している学生もアルバイトとして働いていると言います。この中華街で働いている中国人に聞いたことがあります。「日本語を学びに日本に来ている人にとって、中華街は勉強にならない。ここは、すべて中国語で事足りてしまうから」。なるほど、まさにここは中国そのものなのですね。
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by wata1150 | 2007-07-03 22:57 | 日本滞在記

家の庭の仲間たち

久しぶりに家に帰って、早速庭の仲間たちを表敬訪問しました。

実は、庭は長い間、手入れをしていなかったため、荒れ放題に荒れていました。妻がリウマチにかかり、庭仕事は出来なくなってしまったのと、子供たちは学校に行っていて、庭弄りなどをする余裕が無いので仕方がないのですが。そこで妻は私の帰りを、手薬煉をひいて待っていたのです。庭の手入れをさせようと、軍手やら鉢植えの栄養剤やらをしこたま買い込んで。

早速、庭の草むしり開始です。庭の中央部、約20畳程度の所はコンクリートのタイルを敷き詰めてあるのですが、タイルの隙間から雑草がびっしりと伸びていました。ほぼ半日かかって、大きなゴミ袋で、約3個半ほどが満パイになるほどの、草をむしりました。雨が上がったら、ここに除草剤をまかなければなりません。今は、雨なので除草剤が流れて庭木に影響が出るとまずいので、晴れるまで待ちです。

庭木も枝の選定をぜんぜんしていなかったことや、雨が多かったせいもあって、うっそうとした茂みになっています。剪定ばさみで、手の届くところは刈り込みをしました。レンギョウやユズリハ、ニシキギやさつきの植え込みなどにはさみを入れました。

すると、樹木の間や、下から草花が顔を覗かせました。まずは、どくだみの花。下草を刈るときにどくだみも一部を刈ってしまったので、独特のにおいがあたりに充満しています。
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下草の下から、昨年発見した釣鐘草が見えました。昨年は小さいのがたった一本だけ花をつけていたのですが、今年は散らばって6本ほどが花をつけていました。勝手に増えていたのです。今年も、刈らずに放っておいてみようと思います。来年はもっと増えているかもしれません。
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一昨年、鉢植えで買って、生垣の淵に地植えしておいたアジサイが、元気良く育っていて、たくさんの花やつぼみをつけていました。まだ、高さは70cmくらいですが、少しずつ高さも伸びてきているようです。1.5mくらいの高さになり、枝も張ってきたら、見栄えもよくなるかもしれません。
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黄金ヒバの生垣の剪定は、年末までやらないことにし、年末に植木屋さんに頼むことにしました。
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今は少しは見苦しいかもしれませんが、高さが2m以上あって、私がやると、腕が未熟なので、バラバラの“虎刈り”になってしまうので。

10鉢ほどある、鉢植えの“金のなる木”がちょっと心配です。
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例年、冬の間は家の廊下に取り込んでおき、5月の連休には外に出して、水をたっぷりと与えるのですが、今年は妻が5月の連休時に外に出せなかったので、一部の枝が少し枯れてしまいました。枯れかけたのは2鉢だけなのですが、多分再生は無理でしょう。生きている枝を切り取り、別の鉢に小分けしてしまうしかないかもしれません。根付のいい植物なので、秋に帰ったときに移してやろうと思います。

今年は、何年か前に植えた八重桜や、桃の花などは見ずじまいでしたが、木そのものは少しずつ大きくなり、枝もよくなってきているようなので、来年はもっと楽しめるのではないかと思います。
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by wata1150 | 2007-07-02 20:58 | 日本滞在記