中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
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肇慶 一泊出張(2)

私が今回、肇慶に来て驚いたこと、それはタクシーがきれいな新車に替わっていたことです。説明によれば3社が新車に入れ替えたとのことで、晴れた空を思い起こさせるようなブルーの車、夏の森林を思わせる緑の車、そして緑と黄色のツートーンカラーの3種類のタクシーが走っていました。
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料金は基本が5元程度でした。(実はよく見ていなかったのですが、後で気が付きました。)どのタクシーも親切で、乗車拒否などは無いし、メーター表示で乗せてくれるとの事。恵州と較べて、何たる違いか。但し、まだ30~40%は従来の小豆色のタクシーも走っているとの事。

肇慶で、以前何度も来た事のある日本飯屋「水車」に行きました。目的は、以前、何度か行っていてかおなじみになった、水車の二人の女性マネージャーに会うこと。水車はその店舗面積を大きく拡大し、従来の倍以上になっていました。

運よく、二人に会うことができました。二人ともまだマネージャーを担当しており、内一人は結婚して、おなかに赤ちゃんがいました。二人とも、3年ぶりくらいに会ったのに、一目で私を思い出してくれたらしく、懐かしく、以前のことを話しながら、旧交を温めました。

翌日、久しぶりにA社を訪問です。A社は業容を大幅に拡大し、第1工場と、第2工場あわせて4000人以上の従業員を有し、中国のTOP500の企業番付にランクインされていました。自社ブランドの何種類かのコンピュータ周辺機器、M社向けオーディオ機器や部品、N社向けのEMS生産など、工場に活気が漲っています。

何人かのメンバーに会うことができました。営業経理だったJ女史、現在は董事を担当し、大きな事務机と革張りのいすの置かれた個室のオフィスにいました。今年初めは、体調を壊し、一ヶ月ほど入院していたそうですが、今日は顔色もよく元気な様子です。購買担当のM女史、購買のDIRECTORという肩書きで、元気に仕事を行っていました。ご主人のFさんは第一工場長です。品質管理のマネージャーだったC女史、現在は同じく品質管理担当のDIRECTORになっていました。そのほかにも製造技術のJ女史などにもお会いし、私が以前勤務していたM社の仕事をしていたときに、M社より長期出張などでA社に滞在していたM社のメンバーの近況などの話に花が咲きました。

彼らの話によれば、以前はほとんど無かった日系会社の出先も、何社か肇慶に進出しており、それにつれて、日本人の数も増えてきているとの事。

本来は景勝地を有する観光地である肇慶も、次第に工場が増え、工業都市の性格も強くなってきたようですが、街中はきれいになり、道路も整備され、道路掃除の車が配置され、清掃作業を行うなど、町ぐるみ、肇慶の発展に力を注いでいるような感じでした。以前は、中国ではどこでも見かれられたこじきなどもすっかり姿を消したかのように見受けられ、新しいマンションもどんどん建設され、住みやすい都市に変貌しているように見えました。

また、機会があれば、行ってみたいと思います。
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by wata1150 | 2007-06-28 23:33 | 中国国内旅行・出張
今日から日本出張。大阪に来ています。

今週の恵州は連日の好天気で、気温もうなぎのぼり。37度から38度くらいの日が続きました。
秘書のT小姐などは、家にエアコンが無いので、暑くて寝苦しいらしく、「雨が降らないかなあ、そうすれば気温が下がって、ぐっすり眠れるのに」とか言ってます。私はやはり夏は暑い方がいい。そして、冬は思いっきり寒い方が。

大阪に着いたら、土砂降りでした。新大阪駅からホテルまで歩くのに、傘を買おうか、小雨になるまで待とうか、逡巡しましたが、結局駅構内のコンビニで折り畳み傘を買って、ホテルにチェックイン。しかし、旅行かばんや、書類を入れたバッグはずぶぬれ。部屋に入ってから、かばんの中身を全部出して、部屋のエアコンをつけて、乾燥作業。明日朝までに乾いてくれたらいいけど。

雨のせいか、日本の平均がそうなのか、今日の大阪の気温は23度。灼熱の恵州との気温差はなんと15度。さっきからくしゃみの連発です。風邪を引かないように気をつけなければ。

今回の出張は、大阪⇒名古屋⇒横浜⇒東京と客先巡りをします。そして、その間を縫って、一ヶ月前に開設した、日本連絡事務所のスタッフの採用面接です。いい人が見つかればいいのですが、現在は採用難ということで、簡単ではなさそうです。が、人材には妥協は許されません。しっかりと見定めて・・・と、思っています。

そして、出張の後、一週間、待望の帰国休暇をとる事にしました。私の現在の会社に入るときの条件では、3ヶ月に一回の一週間の帰国休暇がもらえることになっていましたが、実際には2月に休暇を取得してから、仕事が多忙を極めたため、取得できませんでした。

しかし、疲労が積み重なると、判断力は鈍るし、怒りっぽくはなるし、結局いいことは無いので、無理やり休むことにしたのです。

一週間先の休暇を楽しみにしながら、客先訪問、会議、採用面接をこなしたいと考えています。
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by wata1150 | 2007-06-25 00:35 | 日記

肇慶 一泊出張(1)

連日ばたばたしている最中の一昨日から、営業スタッフのX君と肇慶への一泊出張に行ってきました。

肇慶は広東省広州市の西北西部に位置する、人口100万人前後の小都市です。恵州からは直行バスが毎日4往復運行されており、また、少し遠回りをして東莞経由になるバスも何往復か運行されています。所要時間は高速道路を通る直行バスで、おおよそ4時間程度です。ですから、十分にお客様と話をしたり打ち合わせをするには、一泊することが必要になるのです。

肇慶と私とのつながりは10年以上になると思います。私がM社に勤務していた頃、香港やシンガポールでディストリビュータをしていたA社のT社長が、その故郷である肇慶にA社の系列会社として工場を作り、生産活動を始めました。そして、当時私が担当していた製品はフィリピンのマニラ近郊で生産されていたのですが、より労働コストの安い中国に展開し、A社にお願いしてOEM生産をしていただくことになったのです。そして肇慶での生産が始まったのです。それ以来、何度と無く肇慶を訪れました。ほとんどの幹部社員とは面識がありますし、一緒に苦労をしました。

今回は私が現在勤務する会社の製品を、A社の製品の部品として使っていただくためです。それで営業担当のX君を連れて行ったのです。恵州からの直通バス、佛山を過ぎる頃から何か見たことのある光景が続きます。

鼎湖山。何年か前に現在は深圳のM社に勤務するAさんと肇慶での休日を利用してハイキングに行きました。それを思い出して、X君にその思い出話をしました。これは何年か前の写真です。
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宿泊はやはり何度も泊まったことのある4星の皇朝大酒店。
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七星湖のほとりに立つ4階建てだが、大きなホテルです。それでも一泊300元、約5000円弱で泊まれます。この町にはもうひとつ星湖大酒店という4星ホテルがあります。値段もほぼ同じです。円筒型の高層ホテルで、このあたりのシンボル的存在です。

肇慶は観光の町でもあり、鼎湖山はその目玉の一つです。また、七星岩を望む七星湖も景勝地です。私の知る限り、あまり歴史的な史跡などは無いようですが、風光明媚な町です。今回は鼎湖山には行くことはできませんでしたが、七星湖のほとりを散歩しました。

七星湖の入り口に立つゲート。
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七星岩を七星湖から望む。
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七星湖にはボート乗り場があり、貸しボートで楽しむことが出来ます。
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長くなってきたので、急遽、2回に分割することにします。
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by wata1150 | 2007-06-24 22:51 | 中国国内旅行・出張

本格的な夏の到来

久しぶりの太陽、久しぶりの青空です。とはいっても今日のことではありません。今週の月曜日に遡ります。おおよそ3週間続いた雷と豪雨が一段落し、早朝から青空が見られました。
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太陽が出てくれば、当然のことのように、気温はうなぎのぼりです。朝から35℃はゆうにオーバー、日中は37度くらいまで上がりました。さすがにここ恵州は南国です。

おまけに、空気は前日までの雨のせいで透明度が高く、遠くの山々がしっかりと見渡せました。

あれから、ほぼ一週間が過ぎました。空は連日の青空で、気温は連日40℃近くまで上がり、日中は外を歩く人は少なく、女性はほとんどが日傘をさしています。
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会社の庭の緑も鮮やかです。芝生の上にはベンチが置かれ、夕方には工員たちが集っています。こんな光景は本当に久しぶりです。

昼食で外出する工員たちも皆、日傘をさしています。買い物に出かけるのはもっぱら夕方、日が落ち、気温がやや低くなってからになりました。勤務を終えた人たちがぞろぞろ会社の門を出て行きます。

本格的な夏の到来です。私にとっては初の恵州の夏。さて、いかなる夏になるのでしょうか。最近は忙しくてブログの更新もままならないのですが、時間を見つけて「恵州の夏」を見てみたいと思います。
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by wata1150 | 2007-06-23 23:47 | 日記

部内パーティ

私が昇進したことで、業務部全員を招待しての食事会をしました。

どうも、この会社の慣例なのか、中国にそういう慣習があるのかはわかりませんが、何かにつけて夕食パーティがあります。苦労したお客さんの注文が取れたので、関係者を招待して行うとか、何かに失敗して、みんなに助けてもらったので、お礼の意味のパーティだとか。そんなパーティが月に数回はあるのです。

私の場合は、昇進内定のときに、業務部の経理が“皆を招待してのパーティをしなくてはいけないよ!”と教えてくれたのです。それで、以前から、日程や内容について秘書のT小姐と相談していたのですが、やっと昨日、週末の夜に実現しました。工場技術のM経理、開発のR経理をも誘い、総勢18名の大パーティになりました。

食事は、恵州市鎮江のとある日本料理店。中国における日本料理は高いのですが、食べ放題コースを一人80元に値切ることに成功しました。広東料理や、客家料理などはその半分以下で済むのですが、私はこの会社の唯一の日本人で、ほとんどの人は日本料理を食べたことが無いと言うことで、大奮発することにしたのです。

刺身という生ものは、中国には食べる習慣はありませんから、皆気持ち悪い感じなのでしょう。刺身は食べたくないと言います。それでも何人かの人は客先を招待するときに、日本食を食べたことがある為、刺身を知っている人もいました。そこで、コースには無かったのですが、別料金で刺身をオーダーし、一切れか二切れを食べてもらいました。結構、食べれば美味しいことが解ってもらえたらしく、又食べたいと言う人も何人かはいます。全員に好評だったのはてんぷら。再三追加オーダーをしなければなりませんでした。

お酒は、やはり日本食と言うことで、日本酒。中国の白酒を飲ませたら、業務部NO.1、いや当社NO.1というG小姐。最初は日本酒をしおらしく飲んでいましたが、エンジンが掛かったのか、焼酎のストレートに切り替え、更に誰かが持ち込んだ、白酒をあおり始めました。それでも、元気一杯、皆と乾杯をやり続けていました。

私はというと、実は日本酒は大の苦手。少し飲むとすぐ気持ちが悪くなって、寝てしまうパターン。ところが販売経理のS君に白酒で乾杯を誘われ、2~3杯飲んで、ダウン。恥ずかしいのですが、部屋の片隅で横になってしまいました。秘書のT小姐に財布を渡して、会計を託して。

若い連中は、パーティ終了後、カラオケに行きたいといい、近所にあるホテルのカラオケを予約して、出かけて行ったようです。私も誘われたのですが、体力的に無理なので、自室に引き上げてしまいました。

それでも、結構盛り上がり、楽しいディナーだった気がします。また、年に2~3回は皆を誘ってこんなパーティをするのも悪くないと思いました。
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by wata1150 | 2007-06-17 12:55 | 日記

経営者の気持ち

我が社はオーナー会社で、株のほとんど100%を個人所有しており、従ってオーナーの言葉は神の声であり、絶対的なものである。従って多少間違ったことを言っても、誰も咎めはしないし、間違った方向にどんどん進んでゆく。これによって会社がつぶれたとしても、責任はすべてオーナーがかぶるのであるから。

“我が社はオーナー会社であると同時に同属会社である”とも言える。オーナー(董事長)の奥さんのお兄さんがGeneral Manager(総経理)であり、Assistant General Manager(副総経理)は2名いるが、一名はオーナーの実兄である。唯一、同属から外れているのがもう一名の副総経理で、台湾人である。オーナーの実兄は経理担当で財布をしっかり握っている。もう一人の台湾人は人事総務担当である。

ところで、このオーナー、一代で現在の会社を作り上げた。また香港返還時に、家族は中国と香港に分断され、兄は中国で母親と暮らし、弟は香港で父親と暮らし、そして大きくなった。彼に言わせれば、高校にもいけない貧しい暮らしであったと言う。分断され、交流が出来なくなった中国と香港で、母親や兄とは、全く会えない生活が続いた。

レストランの給仕などをして、生活の糧を得ていたと言う。しかし、そうやって稼いだお金をこつこつ貯めては、ほかの工場で生産し不良品扱いされた部品を得て、選別し、そんなものでも使えるメーカーなどに売って、わずかな利ざやを得ていたという。

こんな話は、彼はめったにはしない。自分の過去の恥部とでも思っているのかもしれない。私は決してそうは思わないのだが。そして、そんな彼が私は好きである。

そんな彼だからか、私には、彼は他人の痛みのわかる人のような気がする。そしてそれを態度に表す。中国のローカルの会社であるから、罰金制度もあれば、場合によってはクビもある。私の観点からは些細なことでも、一生懸命努力しても失敗することはある。それでも、総経理判断で罰金は取られることもある。従業員は大いにそれを嫌い、この会社を嫌がってやめる人もある。

オーナーとそのことを話したことがある。彼もやりたくないと言う。しかし、創業時代、何度もだまされ、何度も従業員に裏切られた経験があり、それでも彼はスタッフを信じようと努力してきた。結局彼が得た結論は、スタッフの育った環境、受けた教育のレベルが良くなかったということである。で、良い生活レベルの人、高度な教育を受けた人を集めたいと思った。が、小さな零細企業では誰も好んでは就職しようとは思わない。従って、ハイレベルな人を得ることは出来ず、結局以前と同様な人をスタッフとすることしか出来なかった。だから罰金も、時にはクビも仕方が無い。しかし、一生懸命に努力しての失敗は、それなりに評価し必ず何かの機会に返すこと、首にした人でも連絡は継続し、ある時期が来たら、状況によっては再雇用も検討する、と言うことを実行していると言うことである。

ところで、このオーナーはかなりの気まぐれである。過日、定例の幹部職の食事会が行われ、その場で重要事項を発表するので、特別な用件の無い人は必ず参加するようにとの通達があり、私も出席した。発表されたこととは・・・私が3人目の副総経理になる・・・と言うことであった。営業担当副総経理とのことである。確かに大分前にそんな打診があった。が、入社して6ヶ月、正社員登用から3ヶ月しかたっていないのに、また、ほかの社員たちとは満足に意思疎通さえ難しいのに、それはありえない、と思っていたので、まさに晴天の霹靂であった。

彼は、私が入社以来この短期間に何をしてきたか、会社がどう変わったかとか、いろいろとその理由を皆に説明をした。私の仕事上の相棒の一人のC君がわざわざ日本語通訳までした。まさに面映い気持ちではあったし、まだまだ改革は始まったばかりであるから、まだ十分な結果を得られたとは思っていないが、断っては彼の面子をつぶすことになるので、ありがたくお受けすることにした。

そんなわけで、今月はじめから、会社の重要取引先のTOPとの会議とかが増えて、仕事はますます繁忙を極めるようになってきた。過日一週間の休暇をとるべく、帰国したが、結局客先訪問とか、現在進めている日本連絡事務所の設立準備とか、そのための人員募集とかで忙殺され、さらに、急な広州の客先の会議で、休暇取得を断念し、中国に戻る羽目になった。

しかし、たぶんこの会社が私の生涯の最後の仕事になると思っており、かれもそれを理解してか、活躍する場を精一杯、彼なりの気持ちで提供してくれているような気がするのである。私はそれに何とか応えてゆかなくてはならないと、強く思っている。
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by wata1150 | 2007-06-15 00:57 | ちょっと仕事

雷、豪雨そして停電

ここ数日、ほとんど収まることなく、雷がなり続けており、時折、豪雨が地面をたたきつけている。空は、どんよりと暗く、時折明るくはなるものの、すぐ又真っ暗になり、ピカッ・ゴロゴロ、ドッカーン・バリバリバリッ・ドカーンと雷鳴が鳴り響く。

月曜日に広州に言ったとき、深夜に豪雨が降った後、しばらくは収まって、広州にたどり着くまでは、大した雨も降らずに過ぎた。しかし、帰り道、強烈な雷光と豪雨に見舞われた。高速道路にもかかわらず、道路は冠水し、乗用車では通行が難しいほどの水かさになり、特に水が深いところでは、立ち往生する車も現れる始末である。やっとの思いで、恵州に戻ってきた。

昨夜は日本からとドイツからの客を迎え、老板やC君、T小姐と私の4人が彼らを迎え、会食をする予定であった。市内の比較的ましな海鮮料理店で10人分の部屋を予約し、客の到着を待った。到着予定時刻は夕方7時。ところが昨日は一昨日深夜からの雷と豪雨が続いており、到着は多少遅れるとの予測で、市内の5星ホテルに若干の到着遅れを連絡し、料理店に一時間遅れで始められるよう手配していた。

夕方5時過ぎには客の車は出発したとの連絡があった。であれば、多少渋滞があっても7時過ぎには着くだろうとのことで、待っていた。が7時になっても連絡が無い。再度確認すると、高速道路で事故があり閉鎖されたとのこと。そして客を乗せた車は一般道を迂回しているためあと一時間程度は遅れるとの事。再度、ホテルや料理店に時間変更を連絡。再度の連絡を待った。雨脚はぜんぜん衰えておらず、相変わらず雷光がひかり、雷鳴がとどろいていた。

8時半になって、連絡が取れた。一般道で道路が冠水し、多くの車が立ち往生しているため進めないとのこと。海鮮料理店は9時半が最終入店とのことなので、キャンセルし、遅くまでやっている日本料理に切り替えた。10時に行くと言うことで予約し、ホテルで待つことにして、ホテルに行った。

ほぼ10時頃、再度の連絡。先ほどの立ち往生の場所からほとんど進んでおらず、あと2~3時間は掛かるだろうとのこと。さすがに待ちくたびれてしまったし、おなかもすいている。それに12時過ぎては、さすがに会食どころではない。会食をキャンセルし、4人で日本料理店に行き、遅い夕食を声も少なく食べて、帰路に着いた。

今日は昨夜に引き続いて雷と強い雨が降り続いていた。昼過ぎに一時雨は上がり、外に出ることが出来たが、午後にはまた雷と豪雨が復活した。2時過ぎから営業内部会議で、パソコンを使ってプレゼンテーションをしていた。と、突然部屋が真っ暗になった。停電である。工場全体が停電したらしい。この近所の工場もすべて停電した様子。会社の非常用発電装置で、まもなく電源は復活し、生産工程も作業再開した。が、インターネット回線などは止まったまま。サーバーが止まったままである。メールも、社内の生産や材料を管理しているオンラインシステムも止まったまま。

ついに社内連絡が来た。今日は間接部門は節電のため、残業なし。定時で帰宅するようにとのことである。私にしてみれば、会社の寮に住んでいるのであるから、部屋も停電したままで、どうしようもないのだが。総務部門に聞いてみると、何時復活するかは不明で、生産ラインだけは社内の発電装置で操業を続けるとの事。

ここ数日は、雷と豪雨が途切れることもほとんど無く、続いている。恵州の今頃の季節は例年このような状況なのだそうである。雨のおかげで暑くは無いが、湿度が異常に高くべとべとしている。早く天気が回復して欲しいと切実に思う。
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by wata1150 | 2007-06-08 18:44 | 恵州の事

帰国休暇返上

私の今の会社の雇用条件の中に年4回の一週間程度の帰国休暇というものがある。これはこの辺の会社にしては好条件であり、私が入社するひとつのきっかけになったと言ってよい。が、実際に勤務してみると、仕事が立て込み、なかなか休暇をとれない。結果的には今まで、2月の末、旧正月休暇時に一週間の休みを取って以来、取れてない。

やっと5月末から初めての帰国休暇をとるべく、日本に帰る予定をし、内心楽しみにしていた。5月30日から6月10日までの大休暇である。2月末にスリに、財布を盗られ、運転免許証や健康保険証、クレジットカードなども失った。これらの再発行もしなければならないし、風呂の無い生活であるから、妻と温泉にも行きたいと思っていた。

が、直前になって、大阪の客先、東京の客先、そして現在勧めている日本連絡事務所のオープンなど、急用が飛び込み、急遽出張帰国に変わってしまった。5月31日大阪、6月1日品川、そして6月2日は新横浜と日程を決め、6月3日から休暇にするよう変更した。

更に追い討ちをかけるように、6月5日に広州の日系客先のベンダー会議、6月6日は東莞の日系客先との会議、そして6月7日は日本のお客さんが来社されることになり、休暇は返上することになってしまった。

今月は、月末まで予定がびっしりで、もう休暇をとる時間はない。休暇は来月回しになってしまった。

それでも、土日を利用して家には帰ることが出来た。とはいっても、家に滞在できたのは、実質は日曜日の一日と月曜日の午前中だけである。免許証と保険証の再発行は次回帰国時にすることにして、クレジットカードの再発行だけが何とかできた。

来月は、絶対休暇をとってやるーーー!
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by wata1150 | 2007-06-07 21:46 | ちょっと仕事

寮での朝食(2)

前回に続いて、寮の朝食を。木曜日から日曜日まで。

木曜日は、インスタントラーメンに目玉焼きを乗せて。
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野菜もしっかり入っています。
私は、おなかが重いときは、ラーメンの変わりにトーストにこの目玉焼きと言う組み合わせで食べることもある。

余談だが、中国の人はインスタントラーメンが好きなようで、寮にはいつもインスタントラーメンが置いてある。日曜日にはそれを自分で作って食べている人もいる。私も何度か食べた。阿姨が買い置きしている卵や野菜を失敬して食べれば結構一食にはなる。毎日は無理だが週2~3回はそれで済ますこともできる。

金曜日は、鶏肉のお粥。
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火曜日と同じ炒めビーフンをあわせます。私はこの骨付き鶏肉の骨が好きではないので、出来るだけ、鶏が入らないように掬っている。

土曜日は、ワンタンいっぱいのワンタンスープ。
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早朝から阿姨がワンタンを一個一個手作りする。大振りのワンタンで、東北料理の水餃子よりは小さいし、皮は薄い。これがまた見事な手さばきで、2秒で1個くらいを作り、大皿に乗せてゆく。
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私はこれを20個くらい食べたら、お腹一杯になる。

日曜日は、トーストとコーヒーとフルーツ。トースト用のパンは、買い置きして冷蔵庫の中においてある。これを“ポン”と飛び出すタイプのトースターで焼き、マーガリンとジャム、スライスチーズを乗せて食べる。コーヒーは、日曜日くらいは・・・と、日本から持ってきたコーヒー豆をドリップで淹れて。フルーツは、阿姨が食堂においてくれている季節の果物をいただく。

こうやって書いてみると、結構優雅で、いい朝食を食べていると思う。多少、炭水化物が多すぎるようだが、まあ一日の始めとしては元気の出るものを・・・ということで。
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by wata1150 | 2007-06-02 07:25 | 恵州の事