中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
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寮の朝食(1)

私は現在会社の敷地内にある幹部職社員寮(高干宿舎)に住んでいる。朝食は、阿姨(おばさん)が、毎日朝早くから支度をして食べさせてくれている。月曜日から土曜日までは阿姨が食事を作り、日曜は自分で勝手に食べなければいけない。幹部職社員には香港人が多いためか、阿姨は湖北省出身にもかかわらず、香港風料理が多い。

月曜日から土曜日までの料理メニューは大体同じサイクルで作られるので、「ああ、今日は水曜日だからアレか」と予想はつく。そこで、一週間のメニューを2回の投稿に分けて、紹介してみようと思う。第一回目の今回は月曜日から水曜日までの3日間分。

月曜日は、豆乳に油条(ヨーティアオ)を入れたもの。
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油条(油で揚げた中華風パン)
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ボリュームが足りない人は、炒めうどんを追加して。
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当初はこの熱い豆乳は好きではなかった。大体、あの豆乳の匂いがいやなのである。みんなは、砂糖を入れて飲んでいるようだった。が、私は血糖値が上がるので、砂糖は使わないようにしている。あるとき、阿姨が塩を入れれば・・・と提案してくれたので、そうやってみた。すると、なんと、豆乳が飲めた。それ以来、食塩を入れて飲んでいる。

火曜日は、骨付き豚肉のお粥。
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そして足りない人は、野菜一杯の炒めビーフン。
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私はこの炒めビーフンが好きで、野菜と共にたっぷりと食べる。炒め物なので、阿姨は、従来はたっぷりの油で炒めていた様なのだが、最近、彼女は私が、血糖値が高いため油を控えていることを知って、油を少なくして炒めてくれている。

水曜日は、うどん。
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月曜日の炒めうどんと同じ素材だと思う。きしめんのような平たいうどんだが、こしは余り強くないので、つるつると食べる感じではない。しかし、いわゆる蘭州ラーメンなどのような素材とは違い、どちらかと言えば日本のうどんに近い。これをゆでて、スープで食べる。肉や野菜も入っていて、おいしい。

社員は幹部と言えども30歳代から40歳代が中心で、しかも工場にいて、ほとんど歩き詰めの生活だから、このくらいのボリュームがないと持たないのかもしれないが、私にとってはちょっと多すぎる感じではある。
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by wata1150 | 2007-05-30 23:13 | 恵州の事
私が勤務する会社がある恵州市恵台工業園区の通りには街路樹が植えられていて、さわやかな緑色を私たちに提供している。今日その街路樹の下を通りかかったら、まだ若い、緑色をしたマンゴーの実がついている木を何本か見つけた。
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この辺は、亜熱帯に属する為か、マンゴーやバナナの木が生息し、マンゴーの木は、街路樹としても植えられているようだ。
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よく見ると、大きさは小ぶりで、以前食べたことのある台湾のマンゴーよりは小さいが、それでも、近所のスーパーで見かけたマンゴーと同程度の大きさはある。この辺のマンゴーはこんな大きさなのかもしれない。
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マンゴーは、少し古くなると独特のにおいがあり、食べにくいが、新鮮で、しかも木で熟したものは余りいやな匂いはなく、おいしさが引き立つ。これは台湾の高雄で食べたときに、地元の人から聞いた。

ついでに、木の周辺を見渡してみると、マンゴーの割れたものが転がっている。誰かが木から叩き落して食べようとしたのかもしれない。が、まずくて食べられずに放置したのかもしれない。せっかくだから、木で十分に熟すまで待っていれば、少しはおいしいマンゴーが食べられるのかもしれないが、待てない人が大勢いるのだろう。せっかくの無料の食べ物なのだから。

会社のC君の説明では、マンゴーの畑があり、青いうちに摘み取り、何日間か放置するのだと言う。そうすると黄色くなって、熟したようになり、甘みが出て食べられるようになるのだと。もったいない話ではある。放っておけば木で熟し、甘みが強くておいしいマンゴーになるのに、青いうちに摘み取ってしまうとは。

この辺のスーパーではりんごも年中売っている。
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時々は買って食べるのだが、驚いたことに「ふじ」が多い。中国産だという。しかしサイズは小ぶりで、食べてみるとまだ若い。あと一ヶ月も木に残しておけばみずみずしく、甘みの強い、しかも「蜜」の入った「ふじ」になるのに、と思う。それなのに、若いうちに摘み取って、まだ甘さも熟し方も足りないりんごを市場に出してしまうとは。

結局、日持ちのする若いものを摘み取らないと、市場まで遠距離にあるために商品にならないのかもしれない。あるいは、せっかちなのか。

深圳のスーパーに行くと日本産のりんごや桃が入手できる。しかし、べらぼうに高い。中国産のものは500グラム2元程度なのに、日本産のものは一個数十元する。輸入コストを考えても異常に高い。さすがの私もなかなか買う気にはなれず、中国産のものを買ってしまうほどである。

最近では、スーパーにドリアンとかマンゴスチンなども並ぶようになった。
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   ドリアン
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   マンゴスチン

どうもこれらも価格から想像すると中国産のような気がする。べらぼうに安いのである。しかも、山のように積んで売っている。そしてあたりにはドリアンの独特のにおいが充満している。

ほかにもドラゴンフルーツだとか、日本名や英語名がわからない数多くのトロピカルフルーツにお目にかかることが出来る。さすが、恵州は南国だと思わずにはいられない。
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by wata1150 | 2007-05-27 11:34 | 恵州の事

傘付バイクタクシー

ここ恵州は亜熱帯に属するらしく、最近はよく豪雨がふる。「バケツをひっくり返したような大雨」と言う表現は、日本で使う言葉だが、まさにそんな言葉がぴったりするような豪雨である。道路はあっという間に、プールと化す。靴を履いて歩いたら、足はすぐずぶ濡れなるので、歩く人は靴を手に持ち裸足になって歩いている。そしてその後には、灼熱の太陽が照り、短時間で再び熱いコンクリート道路になる。

こんな恵州にあって、しかも恵州市内からは多少離れているここ恵台工業園区にあって、以前あった一元バスは事故のせいで姿を消し、公共交通機関はタクシーとバスだけなのである。が、タクシーはなかなかここまでは来ないため、絶対量が少ない。したがって公共バスが頼りであり、いつも満員で運行している。したがって、タクシーよりは安く、おおよそタクシーの半額で利用できるバイクタクシーがその勢力を増すことになった。

が、この日差しが強い南国にあって、また時折降る豪雨のせいも有り、単なるバイクでは、びしょぬれになりかねないし、日差しが強ければ熱くて利用しにくい。そこで最近は傘を差したバイクタクシーが走るようになって来た。
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雨対策でもあるし、日傘にもなる。傘は後ろに乗るお客さんのために後ろに長い特殊仕様の傘である。このような乗り物でも、少しでもお客さんのことを考え、満足度を増すことで、顧客を増やすことを考える。できるだけ少ない投資で、しかしその効果は十分にあるかもしれない。
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こんなバイクタクシーが、工業園区内の各社の門前で、街路樹の下に陣取って客待ちをする姿を良く見かける。
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無論、バイクタクシーは、非公認であり、保険にも加入していないので、我が社では基本的に利用しないよう呼びかけてはいるのだが、従業員の多くは通勤に、買い物にと結構利用しているようである。
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by wata1150 | 2007-05-26 09:20 | 恵州の事

今日は香港の休日

今日、5月24日は香港では休日である。我々の会社は香港系なので、香港人は香港のカレンダーに従って休日が設定され、中国人は中国のカレンダーに従って休日が設定されるようになっている。香港人スタッフは昨日のうちに香港に帰り、家族との休日を過ごしている人が多いと言う。私が所属する業務部でも経理のR氏は、今日は休暇で出社していない。香港に戻るのが面倒で・・・などと言い訳をしながら、今日は香港人の友人とゴルフに出かけて言ったらしい。

香港のカレンダーでは佛誕と書いてある。つまり、仏様の誕生日と言うわけである。香港では4月前半にも5日 清明節、6日 耶蘇受難節、7日 耶蘇受難節翌日、9日 復活節星期一と休日がある。いわゆるイースター、つまり復活祭の休日である。考えてみると、仏教の祝日と、キリスト教の祝日が入り混じっている。

中国では、仏教の祝日も、キリスト教の祝日も無い。ちょっと気になって、調べてみた。中国では1月1日(元旦)、春節(今年は2月だった)、労働節(5月1日~3日)、そして国慶節(10月1日~3日が休日として設定されている。実際は春節にはその前後含めて10日ないし2週間くらいは休みになるようで、もっとも長い休日になっている。また、今年は6月19日になる端午節、9月の中秋節、10月の重陽節も休みになる。

香港の休日は・・・というと、元旦、春節は中国と同じだが、春節休暇は一週間程度であり、中国に比べ、やや短い。そして4月にはイースター休暇、5月には一日だけだが佛誕の休日がある。更に端午節、中秋節は中国と同様に休日で、7月には特別行政區成立紀念日の休みがある。10月の国慶節は中国と違い一日だけの休み、更に10月19日は重陽節という休みがある。12月後半にはクリスマス休暇が一週間程度設定されている。香港の休日は中国の休日に仏教、キリスト教の休日が加わってかなり多くなっているようだ。

さて、私の休日は・・・というと、中国の休日にあわせるようにしたのだが、そのほかに年間4回、一週間の帰国費用会社負担の帰国休暇が特別に設定されている。したがって、さほど休みが少ないとは思えない。来週半ばから6月の第1週に帰国休暇を取得することに決めた。航空券の手配を済ませた。久しぶりの休暇、いろいろやらなければいけないことも多いが、楽しみでもある。
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by wata1150 | 2007-05-24 12:14 | 雑感
5月16日から20日まで、老板と一緒に駆け足で日本出張をこなしてきた。

16日に香港を出発し、同日深夜大阪にて一泊、翌日大阪にあるM社を訪問した。2年前まで私が在籍していた会社であり、何度も訪問したことのある会社であるにもかかわらず、町並みや工場の面影がすっかり変貌していた。そして、目的の建物までたどり着くまでに、何度もまよい、相手先の方に行き方を電話で確かめながら、やっとたどり着いた感じであった。時間の早さ、変化の速さを実感させられた事柄でもあった。

16日の夜には大阪から新横浜に移動し、一泊。新横浜から程近いところにある、M社生活の中で、最後に所属した部門で同僚だった数人に電話をし、一緒に食事をすることにした。現在はすでに退職し、中国語を学びながら悠々自適の生活を送るHさん、ある自動車関連製品の設計を担当しているIさん、そして、いまは携帯電話の技術部門にいるFさんが集まってくれた。ほかにもNさんやAさんなどにもFさんなどから連絡を試みてくれたようだが、急だったせいもあり、あうことはできなかった。

最寄り駅に程近い居酒屋に集合した。そして、元同僚の消息や、現在の仕事のこと、はたまた以前担当していた商品のその後の動向など、面白くまた興味深い話をお互いに交わしながらひと時をすごした。私が在籍していた2年前からでも、M社自体の組織が大幅に変わり、2年前に一緒に仕事をしていた同僚も、いろいろな事業部、関連会社に移っていった。

わたしがM社で最後に仕事をしていた商品、部門は、M社の中でも、利益が少なく、一時は万年赤字でどうしようもない事業部であった。が、その中で、いろいろなユニークな作戦を考えては実行し、最後の数年は何とか利益を計上することができた。皆で苦しみながら考え、困難に直面しつつも、何とか打開策を考えて乗り切ってきた。M社で初めてやった事と言うのはたくさんある。それが、最後の数年間で花開いた。

しかし、時代とは冷酷なもので、この商品の世界市場はすでに衰退期にあり、M社として業務を収束し、私がM社を退職する一年前に、完全に停止した。

同僚だった面々はM社の各方面に散らばり、何人かはすでに退職した。私が退職してからも当時のメンバーの何人かには再会し、食事を共にし、語り合った。我々が共通して胸に抱いていることは、口に出しては言わないけれども、非常に苦しい思いをしながら、創意工夫と行動力で苦境を乗り越えてきたという自負である。それは、各人の胸の中に抑えつつ、皆現在の仕事に精一杯の力を発揮している。こんなメンバーと一緒に仕事ができたことを誇りに思いつつ。

日本出張の最終日は土曜日だった。夜、日本での販売をサポートしてくれているS社の社長の招待で夕食を戴いた。そのときにあるM社の現役営業部長さん、N氏を紹介いただいた。なんとなく見覚えのある面影。聞いた事があるような名前。彼は、私のM社での経歴を聞いて、思い出してくれた。

なんと、彼とは20年ぶりの再会であった。彼は新入社員当時浜松の営業所に所属し、Y社を担当していた。私は直接の営業ではなかったが、技術サポートとして、日本国内を担当していた。そして何度と無く浜松を訪れ、一緒にY社対応をした人だったのである。そこでまたひとしきり当時一緒に仕事をした浜松の営業所のメンバーの動向や、Y社の購買メンバーなどの動向などの話をした。

N氏は、新入社員であったから、製品知識もほとんど無く、またお客様対応のノウハウも未熟であった。が、誠心誠意、一生懸命に対応してくれていて、それがお客様に好感を持たれていたと記憶している。彼はそのとき私が何気なく使った、教訓めいたいろいろな話をも覚えていてくれた。私はすっかり忘れてしまっていたが。しかし、なんともうれしい限りであった。小さいことではあったが、少しだけ、私がM社にいた足跡を知っていてくれる人がいることに感動を覚えた。

日曜日の夕方、私はすでに恵州に向かう車の中にいた。日本の携帯を取り出し、N氏の番号を確認し、次回の日本出張を楽しみにしている私に気がついて、一人ニヤニヤしていた。駆け足の海外出張で疲れはしたが、心は結構充実していた。次回は何時になるか。また、N氏には再会したいものである。
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by wata1150 | 2007-05-22 00:26 | 中国国内旅行・出張

日本連絡事務所開設

会社の改革と言えるかどうかはわからないが、日本連絡事務所を設置することにした。

中国社会の客先においては、以前にも紹介したとおり、支払い問題が後を絶たない。従って、これ以上販売を伸ばそうとすると、リスクの大きな中国系の会社より、台湾系や日系の会社を客先にしたほうがよりリスクは小さい。従って、我が社でも、中国にある日系、台湾系あるいは欧米系の会社に拡販の機会が多くなりつつある。

ところが日系会社の中国工場に売り込んでも、埒が明かない。我が社のセールス担当者は、日系会社の中国人担当者と連絡をとり、会うことはできる。しかし、此処までで話が進まなくなる。それは大きく2つの理由がある。ひとつは、開発は日本で、生産は中国でという図式が出来ており、従って採用部品の決定権は中国には無いということである。従って、どんなに中国国内の日系工場に売り込んでも販売までには至らない。もうひとつは、我が社の中国人セールスに日本語を話せる人が少ないと言うことである。現在は一人増やして2名にしたが、以前は一名だけで、とても手は回りきらず、売込みを進めるまでには至らなかった。なぜ日本語が必要か?日系工場において、日本から出向、駐在で来ている日本人はある程度の情報を持っているが、担当の中国人には伝わっていないからである。

そういったことから、以前は日系会社に対して、ほとんど拡販は出来ていなかったのが実態であった。私がこの会社に来て、いろいろな会社の日本人スタッフとのコミュニケーションが可能になり、更に日本語が出来る営業スタッフを増員したため、急速に日系会社との商談が増えてきた。が、どの会社も異口同音に言うことは、日本に設計部隊がおり、部品の評価、採用決定は日本サイドで行われると言うことである。

それでは我が社として、どう対応したらよいのか?実際問題として、中国人セールススタッフを都度日本に出張させることは容易い事ではない。最大の難関はビザの取得である。申請してから数週間、あるいはもっと時間がかかる。しかも日本の客先に“インビテーションレター”を書いてもらわなければいけない。そうなると、客先は待ってはくれない。中国人セールスでは難しいとなると、香港人か台湾人、または日本人となるのだが、日本人の私や香港人の老板が頻繁に日本に行っていたのでは、私や老板の仕事が進まなくなる。事実、私がこの会社に入ってからほぼ毎月のように私と老板は日本と台湾に出張してきた。それでも、追いつかなくなってきているのである。

そこで、日本にある老板の友人が社長を勤めるS社という商社に、人を借りることにした。給料は日本の会社規定で支払ってもらい、その費用を当社が負担する、と言うことである。幸い、そのS社の社長は快く受けてくれたため、話を進めることにした。費用負担契約や機密保持契約などを作成、相互の社長合意を得、S社のスペースの一角を貸していただき、日本連絡事務所ということで発足することになった。また同様のことは、台湾についても話を進め、台湾連絡事務所も台北市に設置する運びとなった。

日本で活動する人を日本のS社の若手スタッフから選考し、3月末に面談を行った。そして今後5年間、当社の日本駐在として動いてくれることになった。現在彼は、当社の恵州工場にて研修を行っている。5月末には日本に戻り、具体的活動を始める予定である。

ビジネスにあたっては、客先の満足を得るような(カスタマーサティスファクション)状況で進めなければいけない、と言うことは、原則である。その意味で、より客先に近いところに連絡拠点があれば、確かに費用はかかるが、これにより更に日系、台湾系客先に対する販売が伸びれば、これも改革と言えるのではないだろうか。
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by wata1150 | 2007-05-16 00:51 | ちょっと仕事

蚊対策

以前、夜に蚊がうるさくてなかなか眠れない話を投稿した。現在は夜に蚊がうるさくて眠れないことは無い。いろいろ対策したからである。その対策内容を紹介したい。

まずは、電池式電気蚊取り器。
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日本に行った時に、薬局で目に留まり、買ってきた。殺虫成分は120時間効果がある。120時間(一日6時間として、20日間)は、それなりに効果があり、現在はベッドの蚊帳の内側にぶら下げ、部屋に戻ったら“ON”、朝出かけるときに“OFF”するようにしている。ただしこれは、効果があるのは比較的狭い範囲のようで、部屋全体にいきわたることは無いように思われる。

続いては、ラケット型電気ショック蚊取り器。
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取っ手の横についている、スイッチを押しながら蚊をネットに当てると、“ばちっ”と音がして、蚊は感電死する。どのくらいの電圧が発生するのかはわからないが、電圧が低くなると効果がなくなってくるようだ。ただし、これは充電式なので、朝出かける前に、充電をセットしておき、帰宅すると、一晩は使える。

これの問題点は、蚊が見えないと意味が無いということ。私のような老眼では、蚊を発見することはたやすくない。が、発見したら、テニスのラケットを使い慣れている私としては、網に捕らえることは難しいことではない。この、“ばちっ”という音はなかなか快感を伴い、蚊をやっつけた気分になる。が、これで部屋の蚊の全滅は出来ない。

そして、殺虫スプレーの登場。
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基本的には除虫菊の成分を噴霧するもので、多分日本で売られているものと、効果も、成分も大差は無いと思われる。が、臭いは結構強い。スーパーに行くと無臭と表示されたものや、いろいろな香料を含んでいるものなどが売られている。が、日本と一番大きな差は、その器の大きさ。日本で普通に手にするものの太さで1.5倍、高さでやはり1.5倍くらいの大きさがあり、容量にすると3倍くらいはあるのではないかと思われる。太いし、重いので扱いは楽ではない。が、言わばこれは、マシンガンの乱射のようなもので、机やベッドの下まで噴霧し、蚊をやっつけることが出来る。ただ、部屋に水や食品、食器などを置いておけないので、噴霧するのに、準備が必要なのが欠点。

次は蚊帳。
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日本ではもう、あまり見かけなくなってきているが、ここではスーパーなどで、いろいろな形状、用途のものが売られている。蚊を殺すことは出来ないが、少なくとも刺されないと言う意味では効果がある。ただし、蚊帳から出たり入ったりするときに一緒に蚊まで入ってしまう確率が高い。夜中に耳脇で“ブーン”と聞こえたら、最悪である。

このほかに、蚊取り線香などと言う手も有るし、蚊に刺されたりしないようにする“防虫スプレー”を体に振り掛けるという手もある。この辺りの蚊は、大きいし、毒性も強いと見えて、刺された後はなかなか消えない。私も4月にさされた後が腕などに何箇所か残っている。蚊はいろいろな病気を媒介するものでもあり、刺されない工夫を怠らないようにしなければならない。
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by wata1150 | 2007-05-14 12:15 | 恵州の事

社内日本語教室

私が勤務する会社の経営体質を強化すること、これは会社と言う組織を運営する上で非常に大きく、かつ重要な課題である。が、今まで、小さなローカル企業として運営してきた会社が、こういったテーマを掲げて、社内活動として推進すると言うことは決して容易い事ではない。まして、旧態然として20年もの間何とか営業してきた会社にとってはいっそう困難なものがある。すでに出来上がっている企業文化を、すべてとは行かないまでも、打破してゆく必要があるからである。

理屈では解っても、具体策を実行してゆくことは、並大抵の困難さではないことを知らされた。それがこの社内日本語教室開講である。

従業員福祉、従業員へのサービスの一環として、社内日本語教室を開講してはどうか、という話を私が老板に持ちかけた。彼は、最初は「なぜ、なんのために、どういう効果を期待して、どのくらいの費用がかかるか」など、いろいろな疑問を投げ返してくれた。「日本語が話せれば、日本のお客さんが来たときに、挨拶ぐらいは出来るでしょう。将来、我が社を退職してからでも、再就職の道は広がるし、給料も上がるでしょう。我が社に残ってくれたら、通訳や、翻訳ができるようになって、日本との取引が増えたときに便利でしょう。そして、何より、従業員が我が社に少しでも魅力を感じてくれることになるかもしれない。」いろいろと議論をした。数日後、彼は、「日本語教室は良いかもしれない。」と、突然、了承してくれた。

彼の理由は簡単であった。従業員の入れ替わりの激しいローカルの小さな会社にあって、たとえ数%でも、定着率が上がることは重要なことである。しかし、従業員の最大の関心事は給料であり、たとえ一元でも高い会社に転職をしたがる。が、反面、相当な負担と苦労があるにしても、自分に投資したがるという習性がある。従って、会社で仕事をしながら、格安で、または無料で自分の能力アップ、スキルアップが出来るならば、給料はさほど高い訳ではなくとも、魅力的な会社になりうるのである。であれば、比較的安いコストで従業員の定着率を上げられるかもしれない。

それで、早速業務部のもう一人の経理に話しをし、彼も快く了解をしてくれた。そして、費用に関しても含めて、総経理を自分で説得してくると言ってくれた。総経理は中国語と広東語しか出来ないので、私との直接コミュニケーションは簡単ではない。最近、英会話を習い始めて、簡単な日常会話は少し出来るようになってきたが、やはり議論をするほどにはなっていない。従って、総経理への業務関係の話は業務部の経理に任せてきていた。

彼は、勢い込んで総経理と話に行ったのだが、あえなく打ち負かされて、すごすご戻ってきた。聞いてみると、どうも私が彼に説明した内容を、そのまま彼に話をしたらしい。で、それに対して一つ一つ突っ込まれて、一言も、返答できなかったようなのである。要は、表面上私が説明したことを聞いて、早合点で理解したつもりになっていて、実際は何もわかってはいなかったのである。「我が社は物を作って、売って利益を上げる会社であって、語学教室の会社ではない。仮に教室を始めて、日本語が上手くなったら、退社してほかの会社に高く自分を売り込むことが解っていて、なぜ日本語教室の必要性がある?」多分そのような質問をされて、答える事が出来なかったのであろうと想像する。

一方、講師をお願いしようとしている、私の秘書兼通訳のT小姐にできるかどうか聞いてみた。すると、意外な答えが返ってきた。「給料はいくらもらえますか?また、勤務時間外であれば、時間外手当ももらえますか?」私も驚いてしまった。彼女は至極当然と言った感じで聞いてきたからである。自分が以前アルバイトしていた恵州の日本語教室では一時間60元かそれ以上貰っていたらしく、それと同額を要求してきたのである。私としては、これも彼女の仕事の一環、位にしか考えていなかったので、時間外手当プラス少々くらいにしか、考えていなかったのである。「それは今から、総経理と交渉するから」と言って、その場は逃げてしまった。

しかし、冷静に考えてみれば、わからないでもない。彼女は湖南省出身で、両親や友人、恋人に合計一万元以上の借金をし、日本語教育のレベルが高いということで有名な、黒龍江省の、とある学校に単身留学したのである。そして、一年間相当な苦しい思いをして、ある程度の日本語をマスターしてきた。だから、日本語手当てとして、有る一定額の手当てを貰って、現在勤務できているのである。その日本語の力を無償提供あるいは、わずかな手当てくらいで提供することは、彼女として納得行かないのであろう。

私が、老板に再度話をして、総経理に話をつけてもらうことは難しくは無い。が、問題は総経理や業務部の経理、T小姐などを中心とするスタッフに開講することの意味を理解してもらわなければ、効果は半減してしまう。普段日本語で話をしている連中にでさえ、考え方の根底まで理解してもらうことは、きわめて困難なのである。

私が目指しているのは、6月中旬の開講。継続して、日本語、下手な英語と、拙い中国語を駆使して、私の考え方の理解を得られるように、再三の説得を試みなければならない。
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by wata1150 | 2007-05-12 23:01 | ちょっと仕事

恵州の東北料理

現在住んでいるのは、広東省恵州市。でも、普段一緒に仕事をしているのは、黒龍江省出身が2名、湖南省1名、河南省1名、四川省3名、台湾人1名、ほかに香港人や江西省などいろいろなところから恵州に来て仕事をしている人たちである。河南省出身のZ君、会社の近くで東北料理を見つけたと言って報告に来た。東北料理といえば、大体北京から北方の地方料理をさすようで、一口に東北料理といっても、地方によって異なるらしい。

毎日の夕食時、何を食べようかと迷う日々である。毎日高価な日本食を食べに出かけるわけには行かない。そんな私にとって、耳寄り情報である。早速Z君を伴って出かけてみた。場所は恵州市恵台工業団地の入り口近く、スーパー大栄の道路を挟んだ反対側にある。
店の外観
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50~60人を収容できそうなテーブル席と、10数名が利用できる個室が2部屋ほど。さほど大きな店ではない。
東北料理の代表格は何といっても餃子。餃子メニューだけでも十数種類ある。基本は水餃子。だが、今回は焼き餃子をオーダーしてみた。今までに中国で何度か食べた餃子に比べて形はやや小ぶりだが、味は悪くない。やはりラー油の入った酢醤油をつけて食べる。
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一口に東北料理の餃子と言っても、実際には地方によって異なるらしく、黒竜江省風味とか具体的な地名をつけたものもある。

もうひとつの名物料理は、名前は忘れてしまったが、多分豚の背骨部分を砂糖醤油みりんなどで味付けをしてやわらかく煮込んだものと思われるものである。これが美味しい。なかなかワイルドな食べ方で、手づかみで(大概、ビニールか何かで出来た手袋の形をしたものでカバーするのだが)骨付き肉をむしゃぶり食べる。
食べる前はこんな雰囲気
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食べた後は骨だけが残る。
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そのほかにも、たくさんの東北地方独特の食べ物があり、中には朝鮮料理に近いものなどもある。地理的に近いため、食文化も近いのであろう。

私の感じでは、この店の料理は、(多分東北料理は大概そうだと思うのだが)広東料理などに比べて油っぽくなく、日本人にしてみれば食べやすいのではないかと思う。さほど高くも無く、今後の夕食の選択肢が広がったように思う。
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by wata1150 | 2007-05-11 14:36 | 恵州の事

バドミントン(羽毛球)

連休最終日の今日、例によってテニスの壁打ちで、汗を流していたら、会社の寮に住んでいる、顔見知りの女子社員が通りかかり、ブロークンの英語と中国語で、「バドミントンを一緒にやりませんか?」と誘ってくれている。私は本格的なバドミントンは、やったことは無いが、その辺で家族や友達同士でやるバドミントンなら、どうにかなると思い、誘いに乗ってみることにした。

よくわからなかったのだが、市内のバトミントン練習用コートに行くらしい。えー?本格的なやつ?これはやばいかも。本格的バトミントンは、私のつたない知識でも、結構体力の必要とされる、しかもフットワーク勝負の競技である。これはまずいかも、10分と持たないかも・・・などと思いながら、しかしここは男の子、腹をくくってついてゆくことにした。彼女、では着替えてきますと言って、寮の部屋に戻り、やがて戻ってきた。バドミントンラケットと、練習用の羽毛球をもって。どこに行くか、と付いてゆくと、やがてバスに乗った。着いた所は、市内の外れで、TCLが開発したマンションの裏手の一角、確かに「羽毛球練習場」と書いてある。

私はラケットが無いので、練習場に併設しているプロショップのレンタルラケットを借りることにした。靴は、そんなこともあろうかと、普段ははかない、取って置きのテニスシューズを持ってきたのでそれを使うことにした。

ただ、運動量の激しいスポーツなので、半パンが欲しいところなのだが、それは無い。今度日本に帰ったら持ってくることにして、今回はトレーニング用の長いパンツを使用することにした。これで、準備完了。

この練習場、ビルの4階を全面使用して、バトミントンコートにしてある。コートは全部で10面以上はあった。すべてのコートは板張り、というか、なにかクッションの上に板を張り詰めた感じで、なかなか感じが良い。中国に来てから石の床やコンクリートの床ばっかりで、板張りの床は無かったので、足への負担が極端に少ない感じで具合が良い。

彼女はいかにもスポーツウーマンと言う感じで、上背もあるし、腕っ節もしっかりしている。下半身もしっかりしていて、崩れにくい感じ。会社の中の一般の女子社員のような華奢な感じはまるで無い。

早速、ラリーをやってみる。30本や50本は平気で続けられる。室内なので風の影響がないせいもあるが、球筋が安定しており、結構楽に打ち返せる。しかしこれだけ続けると、さすがにへばってくるし、汗も相当に出てくる。まさにスポーツをしている感じではなはだ気持ちが良い。足や腕はへばっているのに、体がもっとやれと指示してくる。

一時間はあっという間だった。彼女にとっては一時間では不十分だったであろう。私にとっては結構な運動量だったが。彼女は毎週日曜日の朝にやろうと誘ってくれた。私にとって、当面運動不足解消の良い方法が見つかった、と言う感じで、ありがたい申し出である。今後、できる限り、続けてみようと思う。

余談だが、夕方から、右手の手首間接が痛くて動かなくなってきてしまった。これは、慣れない運動で必要以上に手首のスナップを使いすぎたからに他ならない。たまたま持っていた湿布薬をはり、包帯で固定して、痛みが取れるのを待つことにした。やはり、年には勝てないか、と苦笑しつつも、今週の週末が待ち遠しい。
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by wata1150 | 2007-05-05 12:29 | 雑感