中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
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昨日は日曜日なのだが出勤であった。今日の出勤を昨日に振り替え、今日から4連休の休みなのだ。労働節、中国版ゴールデンウィークの開始である。中国人従業員にとってはとても楽しみな休みなのかもしれない。普段は週6日間働き、週末は洗濯をしたり、掃除をしたり、そして、生活用品や食料品を買ったりして過ぎてしまう。めったに連休などは無いのである。

当社は香港系会社である。香港の労働節は中国とは異なる。5月1日のみ休日で連休ではない。従って香港の会社所属のスタッフは香港に帰り、5月1日だけ休んで、後は香港オフィスで仕事をし、5月4日に恵州の会社に戻ってくる。

今日は、しかしあいにくの雨模様である。多少強い雨がザーっと降っては、あがり、又しばらくするとザーっという感じである。寮の窓から外を眺めていると、雨が上がった隙を狙っていたかのように、昨夜も遅くまで作業していたであろう従業員が傘を片手に、次々に寮の部屋から出てくる。近郊のスーパーにおやつや飲み物などを買出しに行くのであろうか。

彼等、彼女等は、この4日間をどのように過ごすのであろうか。湖南省や四川省、遠くは吉林省や黒龍江省などから、家族のために、自分の将来のために、出稼ぎに来ている人たちがほとんどである。休みだからとて、稼いだお金を無駄には出来ない。近郊であっても遊びに行く人は少なく、ほとんどの人たちは寮ですごすようである。寮にいる限り、食べるものには困らない。そして、せいぜい恵州市内の繁華街に繰り出してウインドウショッピングを楽しむ程度なのであろう。

私が所属する業務部の若手、河南省出身の小張君も、寮で過ごすと言っていた。外に出ればお金がかかるし、別に特別なガールフレンドがいるわけでもない様子である。4日間のうちの2日間くらいは彼と夕食を共にすることになりそうだ。

私は・・・現在本籍は香港だが、恵州からも給料をもらっており、恵州常駐と言うことで、4連休と言うことになった。が、日本に帰国するには短すぎる。一日休養、一日買い物、一日香港、一日は恵州探訪くらいで過ごそうと思う。普段はオフィスの自室でいすに座っている時間が長く、運動不足なので、天気がよければ、テニスの壁うちでもして汗を流せればいいなあ、と思う。
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by wata1150 | 2007-04-30 23:04 | 日記

交通事故

昨日、老板に誘われ、恵州市内に食事に行こうとしたら、工業団地の入り口が大渋滞である。どうも事故らしい。やむを得ず、急遽遠回りをして恵州市内に行った。

今朝、出勤してみると女子社員がワイワイガヤガヤ、何かを話している。T小姐とP小姐に聞いてみると、どうも昨日の事故の話題。で、その内容は・・・?

砂利を満載したダンプがカーブを曲がりきれず横転し、ちょうど通りかかった一元バスを押しつぶしたらしい。一元バスには週末の夕方で、近郊のスーパーに買出しに出かけたりする近在の工業団地に勤務する若い女子社員達が乗っており、そのうち8名が死亡したとのこと。悲惨な事故だったらしい。話によれば、私が勤務する会社の隣の欧州系の会社の女子社員も2名亡くなったとか。我が社の従業員の被害は幸いにも無かったとのこと。

この工業団地にはたくさんの、外資系、中国系、香港系の企業が進出しており、また、いまだに団地造成工事は継続している。その関係で大型の工事関係車両も日中から夜間にいたるまで団地内の幹線道路を、砂埃を上げて走っている。しかし、こういった工事用車両には整備不良車も少なくないと言う。

確かに運転席のドアが外れたまま走っているダンプカー、後輪4輪のうち一本がパンクしたまま走っているトラック、磨り減ってタイヤの溝がなくなってもまだ走っている車などは普通に見かける。ブレーキパッドが磨耗してキーキーと言う音を出して走っていたり、クラッチ板が磨耗して上手くギヤーが入らない状態だったりしているのはざらで、オイル交換をしていないため、エンジンが磨耗して煙を出していたりしながら走っている、いわゆる整備不良車も多い。

また、運転マナーも非常に悪く、方向指示器を出さないで右折や左折をしているのは良い方で、進行方向を逆走したり、道路を直角に横切ろうとして、他の車両の進路を妨げたりしているのを良く見かける。
クラクションを鳴らして、反対車線にはみ出して強引に追い越しをしたり、ともかくそのマナーの悪さは目に余るものがある。従って、接触事故や衝突事故は車で道路を走っていれば頻繁にお目にかかる。

昨日の事故は、どういう状況で発生したのかはわからないが、多分整備不良か、マナーの悪さかまたはその両方が原因であったと想像される。

一元バスは、どうも無認可の個人営業であったらしく、どうも災害保険などにも入ってはいなかったらしい。従って、警察は一元バスの営業を禁止にしたらしく、今日は会社の付近に一元バスを見ることはできない。また、一元バスは少なくとも10台くらいはあったと思われるのだが、うわさによれば、その会社の老板は責任追及を恐れてか、または膨大(?)な罰金を恐れてか、昨夜のうちに夜逃げ(?)をしたらしい。死亡した、あるいは死亡にはいたらなくとも、怪我をした被災者に対する保証はどうなるのか?

一方、昨日までこの一元バスで仕事をしていた人は、その仕事を奪われた。しかし誰も保証をしてはくれない。今日からの生活も難しくなるのだろう。また、被災にあった人が勤務していた会社とて、影響は少なくないであろう。どのような仕事をしていたのかはわからないが、今日からの仕事には、すぐには代わりの人を見つけるのは難しいかもしれない。

我が社の従業員にとっても影響は皆無では無い。一元バスに乗って通勤していた人はたくさん居る。路線バスが頻繁に通る幹線道路まで出るにも、徒歩で行かなければならず、不便である。バイクタクシーもあるが、危険だし、無許可営業なので、事故のときの補償もないため、会社としては使用禁止にしている。毎日の通勤に支障をきたす人は一人や二人ではないだろう。今後、どのような対策をしてゆくのか、総経理や人事担当副総経理にとっては頭の痛い問題である。

私は、2月のスリの被害にあった以降、老板が気を使って、いつでも社用車を使用できるように配慮してくれた。従って、当面大きな被害は無いのだが、休日の昼間に私の個人的用件に社用車を使うのは気が引ける。運転手にとっても休日は欲しいであろうし、いろいろ個人的用件もあるだろうから。が、安全性を考えれば、整備の行き届いた(と、思われる)社用車の利用が現在のところ、もっとも安全な気がする。当面は運転手には気の毒だが、できるだけ社用車を使うようにしようと思う。
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by wata1150 | 2007-04-29 15:22 | 恵州の事

VEプロジェクト始動

製造業において、日本では日常的に行われている原価低減活動。そして、そこで用いられている手法がVEあるいはVAと呼ばれるものであろう。私が以前勤務していた会社では、年中行事のように行われ、毎年VE版の新製品が市場に送られていった。

現在私が勤務する会社では、VEとかVAとかいった言葉を知っている人は何人かいた。が、会社としてVE活動をしたことは無いという。また、技術者の何人かに聞いてみたが、実際にやったことのある人は皆無で、何をどうすればいいのかわからない、というのである。

一度お会いしたことのある、恵州にあるT社のH社長と、そのことについて話したことがある。H社長によると、中国企業でVAとかVEとかということについて、実際にやってうまくいっている会社は皆無ではないか、とさえいう。日本であれだけ普及し、実行されていることが、何故中国では根付かないのか。

私は、一言で言うなら、「経営幹部と従業員との関係」に有るのではないかと思える。言ってみれば企業文化の違いである。

私は董事長と総経理にこんな質問を投げかけてみたことがある。
1.会社は誰のものか?
2.会社の存在目的は何か?

会社は誰のものなのか? 社長のものか?従業員全員のものか?株主のものか?
会社の存在目的は? お金を儲けるため?社員が生活の糧を得る為?それとも・・・?

多分、どの答えも、まったく間違っているとは言えない。正解は・・・それは私の個人的考えなのだが・・・今は、あえて述べないが、それらの答えの最大公約数が正解に近い答えになるのであろう。

わが社は、いわゆるオーナー会社である。オーナーである董事長がすべての実権を握っている。会社としての日常の業務における権限は総経理が握っている。その下に各部門長の経理職がいる。これはまったくの縦系列であって、業務に関して部下は上司に対して絶対服従を要求される。

一般的に、オーナー企業にありがちな傾向として、業務で失敗すれば罰金、重大な失敗に対してはクビという制裁を受ける。この結果、従業員はその立場で、最大限のリスク回避行動を取る。失敗したときの言い訳、責任転嫁などはお手の物である。一方、経営者は最大の関心事はいくら儲かり、自分の財産がいくら増えたか、であって、会社の内部的な問題、顧客の満足度などは2次的なものになってしまっている。(一般論であって、わが社がそうだとは言わないが)

このような関係が会社の中に存在する以上、従業員にとって、自主的に会社の利益を考え、改善し、会社のために働こうとはしない。以下に首にならないようにするか、いかに罰金を取られないようにするかを考えて、仕事をするのであるから、彼らにとって経営者の利益などは考えたくも無いことなのである。

こういう考え方をする職場の中にあって、日本企業に良く見られる“提案活動”など、論外であろう。経営者がいくら題目を述べ、制度を作っても、何の意味も無い。従業員に自主的に会社のために考えようなどという気持ちが無い以上は。

VEを実施しようとする気持ちが経営者にあっても、設計部門は「現在の設計はベストです。これ以上のコスト削減は無理です」という答えしか返ってこない。購買部門は、「いくら要望しても、サプライヤーは値段を下げてくれません。逆に値上げを要求され、さらに値上げを呑まなければ、供給を止める、といわれています。」と答える。形式的にVE部門を作っても、担当者はその部門長の言われるままに行動するだけであり、自分の発想など介入させようとは決してしないであろう。「よし、ひとつトライしてみようか。」という挑戦的な気持ちにはならないのである。挑戦して失敗すれば罰金が待っているからである。

また、通常の業務指示の仕方、仕事のさせ方にも問題がある。「この件を君にやって欲しい」という。担当者は「イエス、サー!」と答える。上司は常に命令であり、部下に相談することはない。「この件、問題なのだが、どうしたらいいと思う?何かいい考えは無いかな?」と聞いても、部下は多分無言のままであろう。今までにそのような言われ方をしたことが無いため、答えられないのである。

このように、給料という圧力を常に受け、指示命令のみで業務をするという風土では自主的な活動、自主的な改善は存在しにくいのである。

では、当社において、どのようにこの風土を改善してゆき、VE活動を定着させてゆくのか。きわめて難しい課題である。しかし、私は董事長と相談し、実行してみることにした。どんな結果になることやら。
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by wata1150 | 2007-04-26 23:00 | ちょっと仕事
4月6日に投稿した「海外営業兼日本語通訳 募集中」という記事で紹介した、黒龍江省出身の女性が入社することになった。

彼女はわが社で唯一の朝鮮族で、顔つきは、やはりどこか異なっている。漢民族の人に比べ、全体に丸く、おとなしそうな感じがする。母親の言葉は朝鮮語だそうで、小学校から日本語学習をやってきたらしく、もっとも難しいと思われるニュアンス的な部分の表現もそれなりにできるようだ。無論、確認はするのだが。

ただ、通訳的な仕事を10年近くやってきたせいか、通訳をやらせると、上手いのだが、自分の考えをなかなか表現してくれない。ま、慣れればできるのかもしれないが。営業と言う仕事は自分を売り込むこともその技術のうちと思う部分もある。早く通訳の感覚から脱却して欲しい。また、技術通訳や品質管理通訳、購買通訳などを経験してきているせいか、技術用語や品質管理用語などの専門語にめっぽう強く、驚かされた。

配属は業務部、日本で言うところの「セールス」である。仕事内容は、お客様のところに行き、仕様の打ち合わせを行い、注文をもらい出荷の手配をし、代金の回収をする。担当市場は無論広東省にある日系の会社である。

そういった客先に対しては、当社はすでに中国人の担当セールスがいて、営業活動をやっている。が、客先の意思決定者は中国人ではなく、ほとんどのケースは日本人である。従って同業のほとんどの会社が日本人のセールスを中国に出張または駐在と言う形で配置し、営業活動を行っている。これでは当社が、いくら中国人の購買担当者にアプローチしても埒が明かない。少量の注文、不定期の注文はあるのだが、急場しのぎで便宜的に注文をもらっている感じである。従って販売は伸びない。

日本人セールスを配置することも老板は何度か検討したようだ。採用をしたことも有るらしい。しかしながら、長続きせず、退社して行ったという。原因はいろいろ有ろう。しかし一口で言うならば、企業文化の問題が背景にあるのではないだろうか、と思える。

今回、思い切って中国人でかなり日本語のレベルが高い社員を入れることにした。日本人の意思決定者と話をするために。しかも、従来は当社ではやったことのない、女性営業マンである。給料体系も、コミッション制ではなく、固定給制度とした。老板にしてもかなりの冒険をしているのだと思う。今までにやったことのないやり方を、たかだか入社5ヶ月にしかならない私の提言を受け入れて、実施するのであるから。

早速、今日は広州にあるF電気を訪れた。日本人の責任者に対して、営業として彼女を紹介し、従来のセールスと一緒にやっていく旨を伝えた。無論、時々は私が直接F社に出向き、また問題がある場合も私はじめ当社総動員で対応することを伝えた。彼女の日本語の印象は彼にとって悪くはなかった様子だったが、普段から通訳の女性を使っているのであろうから、彼女の日本語がどこまで通用するのかは未知数である。

まずはこの、F電気、そして深圳にあるU社を従来セールスと一緒に対応させることとし、様子を見ることとした。
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by wata1150 | 2007-04-24 22:36 | ちょっと仕事

労働節の休み

中国の長い休みには、春節(旧正月)、労働節(5月)そして国慶節(10月)である。日本と違い休みは少ない。それだけに労働者にとって貴重な休みを如何に過ごすかは大切なのである。

今年のわが社の労働節休暇は4月30日から5月3日までの4日間である。本来は5月1日から3日までなのだが、4月29日の日曜を出勤し、30日を代休とすることで連休が一日伸びたと言うわけである。

C君は桂林へのグループ観光を皆に誘っていた。飛行機で往復し、3泊4日で2000元強。まあ、リーズナブルか。しかし、本給が1000元強、手当てをもらってやっと2000元強にしかならないローカルスタッフにとって、結構つらいものがあり、この案は断念したらしい。

彼と、彼の彼女はこの界隈で大手のS社のメンバーが主宰する桂林へのグループ旅行に参加することにしたらしい。往復貸し切りバスで、片道10数時間、3泊4日だそうで、5月3日に帰ってくるらしい。私にも誘いがかかったが、このような大勢での、しかも強行日程の旅行は私のような年配者にはつらいし、言葉がろくに通じないのだから、C君と彼女に迷惑がかかる。それでお断りをした。

秘書のT小姐、彼氏の会社の珠海旅行に誘われたらしいが、日程が合わず断念。代わって近郊の海岸リゾートに行くことにしたらしい。

業務部の親分格のY小姐、同じ業務部のR経理に旅行費用のカンパの交渉をして、上手く500元をせしめてきたらしく、何人かの女性で近郊の観光地に遊びに行くらしい。

5月の労働節は3日ないし4日しかないので、故郷に帰る人は少ないらしく、近郊のリゾート地や観光地に1~2泊の小旅行をして過ごすのが慣例らしい。

この季節、日本は4月29日頃から5月5日頃まで一週間前後の休暇がある。私も、以前の会社ではこの一週間の休みを使って、家族旅行をしたり、温泉に行ったりと結構楽しみにしていた。ちょうど初夏にかかる頃なので遊びに出かけるには気候的にちょうど良いのである。

恵州では、多少日本よりは暑いかもしれないが、まだ凌げないほどではない。この時期がもっとも遊ぶにはいい時期なのかもしれない。

私は・・・?現在のところ、予定なし。当初は帰国しようかとも考えていたが、日本で採用する連絡員が5月はじめから恵州に来て研修をすることになっており、5月末に日本に戻り、日本顧客向けの対応に当たる予定なので、そのときに一緒に日本に行き、ついでに少し休暇をとって、家に帰ってこようかと思っている。

ということで、連休にはどこにも行かず、恵州でじっとしているか、深圳辺りに買い物にでも行くかなどと考えている。
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by wata1150 | 2007-04-22 21:50 | 恵州の事
久しぶりに上海に来ました。お客さんの「ベンダーミーティング」出席のためです。しかも会場は揚子江大飯店。そこで、宿泊ホテルは「古北路」にある某ホテルです。ここは、以前私がすんでいた虹橋万博花園から、歩いて7~8分のところ。最初に上海で勤務したオフィス「遠東国際ビル」のすぐそばです。

この辺りは、私が上海に住んでいたときは、毎日歩いていたところですから、道路や方向が良くわかります。まるで自分の庭に戻ってきたかのようです。あそこにあんな店があって、この辺にこんな店があったはず・・・なんて思いながら、歩くことができます。

久しぶりに上海に来て感じたこと、それは「上海は恵州に比べてなんと都会的であることか」と言うことでした。私がやけに田舎者に見えてしょうがないのです。私がそれだけ恵州になれてきてしまった、と言うことでもあるのでしょうが。

タクシーは車線を守って信号を守って走ります。恵州だったら、車線など、有って無きが如し・・・ですから。また、タクシーがやけにきれいに見えます。恵州のポンコツタクシーが、田舎臭さを強調しているかの如し・・・です。恵州でタクシーにシートカバーなどありえませんから。

上海に住んでいたときに良く昼食や夕食を食べに行った家庭料理「和泉」に行きました。日本料理って、やっぱり美味しいんだ・・・と改めて思いました。恵州にも日本料理は何件かありますが、値段だけは上海並みで、味は残念ながら「和泉」の比ではありません。

揚子江飯店に足を踏み込むと、まるでニューヨークの高級ホテルに入ったかのようです。五つ星がやけに立派に見えてしまうのです。一年前までこの辺を闊歩していた私とはまるで思えません。全く別人かのような気がしました。恵州にも五つ星ホテルは有りますが、風格がまるで違っている感じです。

私が今回泊まったホテルは3つ星ですが、フロントでは十分英語が使えますし、電話のオペレータなどは、まるでネイティヴのような発音です。以前の上海とは隔世の感が無きにしも非ずです。コーヒーショップだって、英語で話ができてしまうなんて、恵州ではありえない話ですから。

遠東国際ビルの一階にあるスターバックス。恵州にもスタバはあるかもしれませんが、時間待ちの時間にコーヒーを飲んで、「ああ、これがコーヒーだよなあ」と、思わずつぶやいていました。恵州でも、いろいろなところでコーヒーは飲んでますが、上海でスタバのコーヒーを飲んでいる姿が、やけにおしゃれに思えてしまうのです。

今回は、時間がなくて、どこにも行くことができそうにもありません。でも、次回は衡山路とか、ワイタンとか、歩いてみたいと思いました。そして、やっぱり上海は中国にある外国であって中国そのものではない、そう言い聞かせながらホテルに戻りました。明日早朝便で恵州に帰ります。
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by wata1150 | 2007-04-20 23:32 | 中国国内旅行・出張

恵州におけるお金事情

過日、飲料水を購入するため、近所の小さな商店に行った。500ccのペットボトルの飲料水一本1元2角であった。お店のおばさんにコインで1元を一個と1角を2個渡した。ところが、お金を受け取るのを嫌がっている様子。

あいにく、一人で行ったので通訳さんはいない。多分偽物のお金と思って、受け取ってくれないのかもしれないと思った。そこでポケットから全部のコインを取り出し、好きコインを取ってくれ、というつもりで提示した。ところが、いやだという。なぜなのかわからない。仕方がないので、財布を取り出し、5元札を一枚渡すと、にっこり笑って受け取ってくれた。そして、くしゃくしゃの手垢で汚れたお札で3元8角のおつりをくれた。

あまりにも汚いお札なので、身振り手振りで、コインでくれませんか?とたずねてみた。ところがコインはないらしい。少しでもましなお札を選んで、返してくれた。どうも、私はきれいではないお金は好きではないことを理解してくれたらしい。

最近、深圳では、地下鉄が走り、地下鉄の切符は自動販売機なので、コインかきれいなお札でないと使えないようになっている。シワシワの汚れたお札は自動券売機で認識できないからである。わずか車で一時間ちょっとの距離でも、こんなに違うのかと、不思議なくらいである。

なぜ、くしゃくしゃのお札なのか、不思議でならない。私は習慣的に財布を使う。会社の香港人や台湾人も大概財布を使っている。財布を使っている限り、お金はくしゃくしゃにはならない、ハズ。ところが若いOL連中は財布を持たずに、お札をくしゃくしゃにしてGパンのポケットに突っ込んでいる。秘書のT小姐に聞いてみた。彼女も財布は持っているが、100元札を数枚入れており、その財布はハンドバックに入れて、大事に保管されている。で、50元札以下の小さいお金はGパンのポケットにしわくちゃなまま、まさに“突っ込んでいる”のである。町を歩くときはポケットに手を突っ込みながら。多分、お札を握り締めているのであろう。だとすれば、くちゃくちゃで、手垢に汚れたお札になるのはうなずける。

T小姐に聞いてみた。彼女、明快に答えて曰く、これはスリによる被害防止なのだそうだ。財布をズボンのポケットに入れておくと、狙われやすい。だから、財布を見えないようにハンドバックの底に忍ばせておき、必要な小銭はできる限り、くちゃくちゃにして、Gパンのポケット、しかも前ポケットに入れておく。できれば手を突っ込んで握り締めておく。これだったらまず取られることはない、ということなのだそうだ。私も、以前、ブログで紹介したように、香港や恵州でスリの被害に遭った。それだけ、この近所では治安が悪いということである。

では、なぜ恵州ではコインではなく、お札なのか?これにも理由はあった。偽札、偽コインである。大分前に書いたことがあるが、中国では依然として偽札が多いらしい。コインは使い慣れていないため、判別しにくい。また、中国では短期間でコインのデザインが変わったという経歴があり、お店では両方とも、偽者という扱いをして、受け取らないのである。初代のコインは、なおさら、ほとんどの店で受け取ってくれない。銀行に持っていって交換すればできないことはないのだが、一元だけ交換するのも面倒である。従って受け取らないのがベストというわけである。更に、新札は疑ってかかるのが常識だそうで、使い古したくしゃくしゃのものは、今までに皆の手を渡っているから、という理由で偽札ではないから使える、というのである。確かに多くのお店に、何はなくとも100元札の偽札判別機が置いてある。これで2~3回通し、問題ないならば受け取ってくれるというのである。が偽札判別機は100元札用が有るだけで、50元札以下にはない。だからしわくちゃ札なのである。

なんとも、恐れ入った話であるが、事実なのである。最近、私も、必要以上のお金は持たず、裸のお金をズボンのポケットに突っ込んで持ち歩くようになってきた。生活の知恵なのか、その地域の文化になじんできたのか。
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by wata1150 | 2007-04-18 21:07 | 恵州の事
私が勤務する会社の総経理P氏は、週2回、会社で英語会話のレッスンを受けている。講師はカナダ人の英語教師アンドリュー氏である。

アンドリュー氏はカナダの大学を卒業した後、自分探しの旅に出かけ、ここ恵州で英語教師をしていた中国人女性と知り合い、結婚して恵州にすんでいる。日中は恵州の大学で英語講師をし、時折、個人レッスンをしているのだという。年齢は、まだ30歳には間があるという。

P氏が、私をアンドリュー氏に紹介してくれた。アンドリュー氏とは初対面だったが、非常にフランクな人で、いろいろ話題の豊富な人でもあった。彼の話によれば、生まれたのはケベック州より東の大西洋に面した小さな町で、ケベック州の影響が強いため、英語とフランス語のバイリンガルだという。さらに中国に来て中国人と結婚したせいもあって、中国語を日常生活には困らないレベルには話すことができるようである。いわば、3ヶ国語を上手に使い分けているようだ。彼の奥さんも中国の普通語、広東語そして英語を操るのであるから、彼と同様3つの言語を使い分けているのである。

彼が、いろいろな話をしてくれた中で、興味深い話がいくつかあったが、その中のひとつに以下のような話があった。

彼は、恵州にたどり着くまでに、又恵州で生活を始めてからでも、何度かいろいろな国に出かけているようである。彼としては、その国にできるだけ長く留まり、その国、その土地の人と交流し、その土地の食べ物を味わい、そしてその国、その土地の文化を少しでも理解したいのだという。そして、彼は以前行ったことのある、東南アジア旅行での経験を話してくれた。

タイとマレーシアに行ったときのこと、彼は一緒に行った中国人のガールフレンドとタイに行ってはせっせとタイ料理を、マレーシアに行ってはマレー料理を食べ、現地の人たちと身振り手振りを交えて話したのだという。

最近は中国の人もグループツアーでよくタイやマレーシアを訪れる。ところが彼らは3泊4日くらいの強行日程で観光地を見て回り、食べ物といえば現地の中華料理を探して食べ、現地の人と話したり触れ合ったりもせず、グループで固まって行動する。なんとも不思議だ、というのである。

そういわれてみると、私も、いろいろな国々に行ったが、できるだけ現地の食べ物を食べ、味わい、現地の人と話をすることを楽しみとしてきた。が、確かに、中国の人は様々な所で出会ったが、ほとんどの人が中華料理を食べたいといい、中国人とは良く話をするが、欧米人と話をする人は少ない。日本人と話をするにしても、なかなかコミュニケーションが取りにくい。

好奇心が旺盛なわれわれと比べて、少ないのか?自分の生活習慣を守ろうとする心が強く、保守的なのか?知らないものに手を出すよりは、安全を確保しようとする保身的行動をしがちなのか?

無論、すべての中国人がそうであるとは言わないが、傾向的にそういう感じが否めないのもまた事実である。

アンドリューはなかなか面白いことに気が付いたなあと、彼の着眼に敬服せざるを得なかった。彼はこれからもP氏の英語教師を続けるであろうし、また話す機会はあるかもしれない。いろいろと話してみたいと思う。そんな楽しい人だった。
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by wata1150 | 2007-04-16 17:19 | 雑感

続 厚切りのパン

私が、厚切りのトースト用のパンを探し回っていたことを、老板が誰かから聞いたらしい。「たまたま香港のオフィスの近所で見つけた」とか言って、老板が厚切り・・・とは言っても6枚切り程度なのだが・・・私のオフィスのデスクに置いていってくれた。

彼は、自分が老板であるにもかかわらず、結構細かいところに良く気が付く人のようである。もう少し、大きく構えて、どっしりしていればいいのに、と思わないでもない。

ところで、折角パンがあっても、トーストして、マーガリンかバターを塗り、またはジャムかママレードが無ければ始まらない。トーストを焼くには・・・これも老板が気を使ってくれて、幹部社員寮の食堂にトースターを買ってくれ、4枚切りは入らないが、6枚切りは焼けるようになった。

マーガリンは以前、深圳のJUSCOで見つけて買い置きしていたものが残っていて、時折それを使っていた。また、ジャムもJUSCOでストロベリーやブルーベリーなどを見つけて買っておいた。ところが、最近、厚切りのパンを恵州で見つけたので、頻繁にトーストを食べていたせいか、買い置きをすっかり使い切ってしまった。

今日、夕方久しぶりに早めに仕事を切り上げ、秘書嬢と共に恵州市内のデパートに行き、マーガリンかバターと、ジャムを買いに出かけた。恵州市内にはいくつかの大きなデパートがあり、超級市場と呼ばれるスーパーマーケットを併設していることが多い。香港系のとあるスーパー、ここならあるだろう、と中に入り2階の超級市場に。輸入食材売り場や、乳製品売り場などを捜し歩いた。マーガリンもジャムも置いていない。牛乳とヨーグルトはあったが、チーズもバターも無い。

10分ほど歩いたところにある、別の大きなスーパーに行った。中を一回りした。輸入品売り場でブルーベリーとストロベリーのジャムを見つけた。おおー!いいぞー!と勢い込んでバターを探した。やはり見つからない。店員に聞いてみると、どうも無いらしい。売り切れたのではなく、はじめから置いてないのである。大体、秘書嬢に、店員に聞いてみるように頼み、聞いてもらうと、ジャムとか、バターとかマーガリンとか言う単語が、店員さんに通じないのだという。

さらに別のデパートの2階にある食品スーパーに行ってみた。もう、歩き回ることはせず、いきなり店員さんを捕まえて、聞いてみる。バターとかチーズとかマーガリンというものを知らないようだった。それ、何ですか?と逆に聞かれる始末。

上海ではカルフールに行けばいろいろな種類の、バター、マーガリン、チーズが簡単に手に入る。ジャムも、日本製でも、ブルガリア製でも置いている。深圳ではジャスコに行けば手に入る。ところがここ恵州では、単語すらわからない始末なのである。

あさっては日曜日、深圳に買出しに行くか・・・と思いながら、マーガリンを恵州で入手することをあきらめて、秘書と、簡単な夕食を取って会社の寮に戻ってきてしまった。今更ながらに、恵州とはなんと田舎なのか、というよりはパンを食べるという食習慣がまだあまり無い・・・ということを実感させられた買い物だった。
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by wata1150 | 2007-04-15 07:55 | 恵州の事

Zビザ取得できました

先週金曜日に健康証や就業許可証を持って、居留証の申請を行った。恵州市にあるビザセンターである。そして一週間後の今日、無事「中華人民共和国外国人居留許可」いわゆる「Zビザ」が交付された。

これで、2週間に一度の香港行きから開放される。折角の週末をつぶして香港に行くのは結構面倒だったし、治安がよくない恵州バスセンターや深圳羅湖に行くことも億劫だった。緊張を強いられたし、油断をして、すりに会ったら又ショックである。香港日帰りは、羅湖から電車で上水駅まで行って、折り返すだけでまた、同じ道を引き上げなければならず、肉体的にも精神的にも苦痛だった。

一方で、これでいよいよ仕事に集中する環境が整備され、逃げられなくなったな!という感じもする。

事実、私がやらねばならない仕事がたくさんある。私が実質的に身をおく業務部のことだけでも、販売管理体制の構築、販売計画立案の仕組みなど多岐に亘るし、会社としての改善課題も多々ある。今までやってきた進め方から、課題を抽出し、仕組みや体制を変え、組織体制までをも変更しなければいけないかもしれない。また、組織や部門の役割、責任と権限などについても明確にしなければならないかもしれない。

老板は、あせらず、ゆっくり確実に進めたら良いといってくれる。確かに急いで進めることは必ずしも良いこととは言えないかもしれない。あまりの急激な変化は、戸惑いや反発を生み、結果として逆効果を生むかもしれない。一つ一つを、確実に一歩ずつ進めるのがいいのであろう。

この会社に入って早くも4ヵ月半になる。まだ4ヵ月半・・・というべきか。私に近い同僚は、もうこの会社に何年もいる人のように思える、とか言ってくれるけど、実際はまだ入社後半年にもならない新入社員である。あせらず、ゆっくり、確実に・・・。当面のモットーにしてゆこう。
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by wata1150 | 2007-04-13 23:12 | ちょっと仕事