中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
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今日は大晦日。今年ももうすぐ終わり、まもなく新年を迎えます。

今年もまた、私にとっては激動の年でした。
昨年7月に入社した会社で上海に勤務することになって一年、6月末で退社しました。いろいろな背景があったものの精神的にも、かなり悩みました。

それから以降5ヶ月間仙台で仕事を探しながら過ごしました。 家族と一緒に過ごしたこの5ヶ月間は、経済的には妻や子供達に大いなる負担をかけましたし、精神的にも大変でした。再就職はできないのではないかと悩みましたし、このままいれば残っている住宅ローンも返済できないのではないかとも思いました。一方、私には仕事をする能力がないのではないかと言うジレンマも抱えて、いたたまれなくなる事もしばしばでした。凄く焦ったこともありました。

11月末に思い切って深圳に来て数社の面接を受け、やっと現在の香港系の会社に就職することが出来たときには、かなり安堵したことは事実です。妻や、子供達にも一安心させることが出来ました。正月に帰国できない、家族と連絡するのもメールやメッセンジャー中心、などという従来とは違う生活環境の中でも、仕事が出来る、給料が規定の日にはもらえると言うことが如何にありがたいものかを感じざるを得ません。

来年は、精神的にはもっと穏やかに暮らしたいと思います。 一方現在私を雇ってくれているこの会社に、少しでも貢献したいと思わざるを得ません。黄董事長には大恩を感じています。

そして、上海にいたときにお付き合いいただいた諸兄、ブログを通してアドバイスをいただいたり、励ましをいただいたり、再就職の支援をしていただいした方々にも深く御礼申し上げたいと思います。皆様に助けて頂きっ放しの一年でした。

おかげさまで、私のつたないブログも18ヶ月も継続でき、総投稿数も260件を超えました。途中で「TADAの上海日記」というタイトルが「TADAの中国滞在記」に変わりましたが、相変わらず皆様に読んで戴いていることに、重ねて感謝しています。今後とも何とか継続して続けて行きたいと思っています。

重ねて、今年は本当、本当にお世話になりました。どうもありがとうございました。来年は皆様方にとってもすばらしい年になりますように、お祈りいたします。私にとってもより良い年となるよう、頑張りたいと思います。
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by wata1150 | 2006-12-31 00:33 | 挨拶

年末です

もう12月30日です。

日本では、学校は年末休みが始まり、家庭では大掃除をしたり、年賀状を書いたり、新年の買い物をしたり、お正月の飾り付けをしたりと慌しい時期です。

私は海外との接触が多い仕事をし、海外出張も数多くこなし、時には数ヶ月に及ぶ長期出張もやってきました。しかし正月だけは日本にいました。結婚する前は両親や兄弟と一緒に過ごし、結婚してからは妻や子供達と一緒に過ごしました。自分の部屋の掃除をしたり、一年の自分を振り返ったり、母親や妻が作る正月料理の手伝いをしたりと結構あわただしい毎日で年末を過ごしていました。

今年は・・・・・広東省恵州市にある、現在の会社で今日も出勤です。会社は大晦日の12月31日は日曜日で休み、正月1日は新年の休みで、連休ですが1月2日からは通常出勤です。そのため帰国して日本で家族と正月を過ごすこともできません。週休2日の会社であれば毎週巡ってくる2連休も、この会社ではごくたまにしかないので、楽しみにしている他の中国人従業員を横目で見ながら、どうやって時間を潰すかを考えるしかありません。

正月特番も有りませんし、年末恒例のNHK紅白も有りません。せいぜいネットで年賀状を出したり、普段はめったに出かけない深圳に行き、M社時代に私のサポートをしてくれたA女史に会って、食事でもしようかと考えています。

その代わり、中国では旧正月があります。今年は2月17日が大晦日、18日が春節です。このときには帰国して、温泉にでも行き、ゆっくりしようと思います。あと一ヵ月半、それを楽しみに、今日も仕事、仕事!!!!
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by wata1150 | 2006-12-30 10:45 | 雑感
過日、昼食に、C君を日本食に誘った。恵州市の旧市街のほぼ中心部にある、とある日本飯屋。以前、董事長に人材紹介会社のスタッフとともに招待された店である。会社から車で15分ほどのところである。久しぶりに市街地に来たので、日本食の感覚を味わいたくて、社用車のドライバーと3人で食べることにしたのである。

私が頼んだのは、鯖の塩焼き定食、一人前38元。彼らが頼んだのはてんぷらとビビンバ定食一人前28元。メニューで見る限り“鯖塩”は何処にでもある、いわばランチの定番の一つであるから、何も奇異には感じない。が、“てんぷらとビビンバ”はどう考えても日本飯屋では不思議な組み合わせ。韓国料理代表と日本料理代表が一緒とは! ここが、遼寧省とか吉林省のような朝鮮族の人が多く住むところならわからないでもない。しかしここは広東省。「食在広東」といわれ「飛ぶものは飛行機以外、4つ足は机以外、何でも食べる」といわれるところだが。

メニューを見て気がついた。焼き魚定食は38元。魚は鯖又は鰻又はさんま。へー!鰻と鯖が同値か?さらに、ビビンバにてんぷらがついて28元で、鯖塩が38元? 日本でなら、どう見てもてんぷらが高いはず。どんなメニューの作り方をしてるんだ?日本人が好むメニューを高い値段にして、さほど食べないビビンバなどを安くしてるのかな?考えてしまった。

やがて料理が運ばれ、食べ始めてみるとやたら量が多い。鯖塩にもビビンバとてんぷらにも、付け合せにひじきの煮つけと、サラダと漬物がついているのだが、サラダは3人とも全部異なり、私はポテトサラダ、C君はマカロニサラダ、そしてドライバーさんはパスタのサラダ。しかもそれぞれ結構なボリュームがある。ひじきの煮つけは、煮過ぎて半分ひじきが溶けかかっていた。鯖塩は、塩の振りすぎで、塩辛い。とても鯖を味わうところではない。味噌汁がついているのだが、インスタント味噌汁を湯で溶いたものらしく、しかもぬるいので、飲めたものではない。せめて熱かったらと思いながら食べた。

料理を運んでくれた女性に聞いてみた。調理している人は日本人ですか?彼女曰く“いえ、中国人です。”私は更に効いた。“この店には日本人スタッフはいるの?” “いえ、いません。” 納得!!!

夕食に工場の近所にある「客家菜」の店に行った。同じ営業部だが、まだ入社半年にならない“Z君”を誘って。
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私は今までに中国で、幾度となくこういった町の食堂には行ったことがあるが、メニューを自分で選んだことはなかった。メニューに写真でも添付してあればどうにかなるのかもしれないが、知らない漢字の並んだメニュー、そして大概それは手書きで書かれているので、メニューを見ても内容がほとんどイメージできないのである。

彼は私にメニューを選べという。A4サイズの紙の裏表にびっしりと書かれたものを見てもさっぱり分からない。私はたっぷりの野菜と熱いスープが欲しかったので、とりあえず、スープから一品、牛肉から一品、野菜から一品適当に指差して選んだ。どうせ値段は一品6元から12元程度、大皿に盛られた魚の料理が15元から20元程度らしかったので、「ま、大概食えるだろう。」と腹を据えた。

私が選んだのは緑の野菜とミートボールのスープ。
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卵とトマトのスクランブルエッグみたいなもの。
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牛肉と冬瓜とたまねぎの炒め物。
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野菜の炒めであった。
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Z君の説明でわかったことで、選んだときにはわからなかったが。スープは大きな器に入ってきて、適度に熱く、シンプルだが美味しい。

私は、私は、冬瓜はあまり好きではなかったが、食べてみると、適当に甘くまた薄く切っていためているため、味がしみて思ったより悪くない。結構食が進み、ご飯を2膳食べてしまった。勘定をすると、全部で36元。安い、でまずくはない。

食堂としては日本飯屋の方が風格もあるし、きれいそうに見える。客家菜の食堂は、見かけはおんぼろだし、椅子やテーブルもガタガタ、格としては数段落ちる。が、どうやっても、日本飯よりはこの客家菜のほうに分がある。

会社の近所には、各工場の従業員を当て込んだこういった食堂がたくさんある。今後、徐々に開拓することになるのであろうと思いつつ、工場に戻った。
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by wata1150 | 2006-12-28 19:09 | 恵州の事
現在の会社に入ってから3週間が過ぎた。もっとも、その半分は出張で過ぎてしまったが。しかし、恵州にいるとき、会社の幹部職の寮に住んでいて、夜は極めて長いのである。定時の5時半にオフィスを出ると、自室に戻って、シャワーを浴び、本を読んで過ごす。寮にTVはあるが、中国のCCTVと多少のローカル局の番組と香港のTVしか映らない。英語の映画やドラマの番組はあるが、イマイチ入り込めない。社長は、時間が有るときには英語版の映画を見ているそうだ。寮にはインターネットは設置されてない為、自室でインターネットで遊ぶことは不可能である。パソコンをするのは、ゲームかブログの原稿を考えるか、または仕事の資料を整理するくらいのものである。むろん、夜が長いといってもたかが2~3時間程度のものなのだが、この年になるとなんとも時間がもったいない気がする。残されいる時間を大切に生きたいと思うのである。

週に一回、基本的には水曜日の夕方から、幹部職の食事会がある。市内の比較的豪華な、おいしいと言われるレストランで、社長や総経理、副総経理、各経理が一堂に集まって、豪華な食事会である。私が入社してから今までに3回行われたが、実際には出張や客先接待などで2回は欠席し、一回だけ出席した。海鮮料理で、大きな円卓に10数人が集まり、なかなかの宴会である。女性幹部も何人かいるようで、皆なかなかの飲みっぷりである。もっとも私は血糖値の事もあり、本気になって飲むわけには行かないのが残念だが。食事会の後は、皆揃ってカラオケに繰り出す。接待用に使用している中国式のカラオケのナイトクラブで深夜まで歌いまくる。このクラブには日本の歌も相当数あるので、皆は私に日本語の歌を歌うよう迫ってくる。非常に家族的雰囲気の中で皆日頃の憂さ晴らしを兼ね、騒ぎまくっている。

その他の日は、接待がないときには、近くのスーパーに買出しに行く。歩いて15分ほどのところだが、1元バスを利用して出かける。パンやカップラーメン、お菓子などを買い置きする。一人で寮にいて夜中におなかがすいてはたまらないからだが、食べ過ぎては血糖値が上がるので、気をつけなければいけない。

社長以下幹部職の皆が、よく私に気を使ってくれるので、実際はさほど寂しくはないのだが、私が趣味の一つにインターネットのことを話していたため、寮にインターネットを取り付けてくれることになった。さもなくば、時々は8時か9時までオフィスでインターネットで遊ぶ羽目になるのだが、それも2度ほどで終わることになった。今日、待望のADSLが寮の自室に取り付けられたのである。通信設備管理の方が私の自室に来てくれ、ADSLモデムと無線LANの端末をセットしてくれた。感謝感激である。今日から、夜も退屈せずにすむ。

私が仙台の家から持ってきたドラマや映画のDVDも上海から来た荷物にまぎれて見つかった。これも私の夜の友達になりそうである。韓国ドラマや、宮崎駿のアニメもあった。当分はしのげそう。

来週からは上海、蘇州、無錫への出張が始まる。この会社に、クリスマスや年末年始休暇はない。会社としては最大限の好意をたった一人の日本人従業員の私に対して示してくれているような気がする。私も、精一杯の仕事で返してゆきたいと思う。
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by wata1150 | 2006-12-24 08:23 | 恵州の事

厦门xiamen出張

福建省厦门は日本ではアモイという名前で知られているところです。アモイとは福建語の発音だそうで、最初は“シャーメン”という普通語の発音を聞いても、どうもピンと来ませんでした。太平洋側に面した複雑な入り江のあるところで、港町として発展し、現在は中国の5大経済特区に指定されている都市です。

恵州に戻って、日本出張の整理をしたと思ったら、今度は厦门から香港出張をしてきました。結構忙しい出張で恵州→深圳→厦门→深圳→香港→深圳→恵州の行程を一泊2日でやりました。

初日は朝6時に会社の車で恵州から深圳空港まで移動、深圳空港から厦门まで飛行機で、厦门には午前11時ころに到着です。深圳から厦门は航空便が一日6便あるのですが、昼頃につくのはこの一便しかない為、朝早く出かける羽目になったのです。厦门の客先のアポは午後2時ですので朝食兼昼食をとるべく市内に行って見ました。厦门の観光地としては鼓浪屿Gu Lang Yuというところがあります。この鼓浪屿を少し見て周り、食事をしてから客先のところに行くことにしました。鼓浪屿は厦门の海岸沿いに浮かぶ小さな島でここに渡るにはフェリーを使うしかないのです。
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このフェリーは面白くて、厦门から鼓浪屿に渡る時は無料ですが、鼓浪屿から厦门に戻るときには8元を払います。要は、片道4元なのでしょうが、2回料金徴収するよりは、島に渡れば帰る方法は他にないのですから、帰りに一回で徴収する方が合理的で簡単、と言うことなのでしょう。また、フェリーは2階建てなのですが、見晴らしの良いアッパーデッキは追加で片道一元を取られます。この一元は、船に乗り込んでいる女性の方が、徴収に来てその場で払うのです。観光客はアッパーデッキに、一般の市民は下の階にと、分かれるようでなかなか面白いのです。幅1kmもない海峡を渡るのですが、潮の流れは結構速く、フェリーは接岸するのに結構位置合わせが大変なようです。

さて、10分も掛かるか掛からないくらいの短時間で対岸の鼓浪屿に渡ると、厦门側と同じように船着場があります。鼓浪屿と書いてあります。ここが唯一この島と厦门を結ぶ窓口になるのです。
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島に渡ると、すぐ右手には公園があり、一面に花が咲き乱れていました。
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中国ではどこの観光地に行っても、その季節の花を栽培し、公園などに飾っているようで、綺麗に整備された公園、カラフルな花が観光客の目を楽しませてくれるようです。

正面には島内観光地図がありました。
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これでおおよその内容が把握でき、時間的制約のある人でも、観光がしやすいように配慮されているようです。数年前の中国とはイメージがすっかり変わってきています。私は海岸沿いに左手に進むと見える、岬の先端にある鄭成功像に行って見ることにしました。

鄭成功は台湾の父とも呼ばれ、中国でも民族の英雄と称えられている、1600年代に活躍した人です。海賊の頭目だった人を父に持ち、九州生まれの日本人女性を妻とし、台湾を中国のものとするため、当時台湾を占領していたオランダと戦った人です。
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鄭成功の像を正面から見るためには、フェリー乗り場から出ている観光船に乗らなければいけないのですが、今回は時間の関係で断念しました。鄭成功像は、方角的には台湾を望む方向に向って立っているようなのですが、台湾を望む方向には、金門島があり、直接は見えないのではないかと思いました。鄭成功像が立っているのは晧月園と名付けられている、いわば鄭成功記念公園の中で、岬になっている先端です。そこまで約15分、海岸沿いの道をのんびりと歩きます。道沿いには熱帯、亜熱帯に生息するような樹木が並木として植えられており、爽やかな風が吹き、なんとも至福の時間を感じるときです。
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鄭成功像まで行くと、対岸に厦门の市街が一望できます。
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さて、この鼓浪屿におけるタクシーの役割を果たすのが、この電気乗り合いバスです。バッテリーで走ります。この島には通常のガソリンで走る自動車は存在しないようです。また、私が滞在した1時間半くらいの間、中国の街中の代表的な光景でもある自転車も一台も見ませんでした。乗り合いバスは10元程度から距離により、コースにより30元くらいまであるようです。ちなみにこのバスでフェリー乗り場から晧月園までは10元だそうです。せっかく鼓浪屿に来たのに、バスで走ってはもったいないので、私は歩いたのですが、観光目的で来て時間を短縮して回るのには便利だと思いました。
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この鼓浪屿を歩くと、建物がいわゆる中国風ではないことにすぐに気がつきます。いわゆる「洋館」風なのです。
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そのほとんどは1900年代の初期に建設されたものであるようで、主だった建物の壁にはプレートがかけられ、由緒が記載されています。
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フェリー乗り場に戻ってきたところに数件の海鮮料理の店がありました。生簀で泳いでいる魚貝や、エビ、かになどを指定し、その場で調理してくれるタイプの店です。次回来る機会があれば食べてみたいと思います。
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鼓浪屿に限らず、厦门市内でも道は綺麗に掃除されており、ほとんどごみや吸殻は落ちていません。とても綺麗なのです。このように綺麗だと、さすがに歩行喫煙はしにくく、この島にいる間、ほとんど煙草は吸いませんでした。周りを見ても、煙草を咥えている人は見当たりません。これが中国?と、思わず疑ってしまいたくなるような街でした。
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by wata1150 | 2006-12-23 15:39 | 中国国内旅行・出張
8日より昨日までおおよそ10日間の日本出張が在り、昨日無事恵州に戻ってきました。

実際の出張は12月10日から16日土曜日までだったのですが、11月29日の採用決定から12月1日の入社で、帰国できなかったので、社長が気を使って、週末を帰国と、上海の荷物引取りに、時間をくれたようです。

私の所属する会社では出張規定はなく、掛かった費用は会社持ちと言うだけです。以前勤務していた会社は、事細かに規定がありましたが、覚えてしまえば問題はなかったのですが、規定がないというのは逆に辛いものです。いちいち費用が掛かるたびに、この費用は会社負担?それとも自己負担?と考えてしまうのです。長年のサラリーマン生活が、物事の発想を決めてしまっているため、それ以外のルールに対して順応しにくくなっているようでした。今回は社長が現金で”日本円”をたくさん準備していたようで、私はコンビニのお茶や水などにいたるまで一切に費用の個人負担はありませんでしたが。

さて、最初に投宿したのが、品川プリンスホテル。 以前は、東京におけるビジネスホテルの代表格として名を馳せ、私も大阪に在職中は東京出張のたびによく利用しました。シングル料金はというと、今回泊まった本館(以前からあった鰻の寝床的狭い部屋)は朝食無しで九千数百円、一万円をやや切る程度です。朝食の値段を調べてみると、なんと一人1790円。朝食は近所にあるマックで済ませることにしました。しかし、閉口するのは、部屋の狭さです。私は仙台の家から、恵州に少なくとも3ヶ月間居る為、着替えなどを大量に詰めた大型のトランクケースを持ってきました。ところが、それを開くのに、スペースがありません。ベッドの上にトランクを載せ、開くしかないのです。

トランクから、客先訪問の為の衣類を取り出し、次いでE-Mailのチェックをしようとしてパソコンをインターネットに繋ごうとすると、あれ? LANのジャックがないのです。散々探しましたが、見つかりません。やむを得ずフロントに電話をして聞いて見ると、「部屋ではインターネット接続は出来ません」とのつれない返事。「インターネット接続できる部屋はありませんか」と聞いて見ると、「一日1700円程度の料金で、接続できる部屋があります」。「なぬ?いまどきインターネット接続に一日1700円?」これは法外です。で、「ではホテルの近所にネットカフェはありませんか?」と、少しでも安い方法は無いかと聴いて見ました。すると、「同列のプリンスホテルの一角にインターネットカフェがあります。食事か飲み物をとれば、インターネットは無料です。」とのこと。では、コーヒーでも飲みながら・・・と、出かけてみると、最低でもコーヒー一杯500円、おまけに、持ち込みパソコンは3台しか繋がらず、その3回線は、常に満杯で、並ぶ人がいるほど。出張できた人が自分のパソコンにメールや資料をDLしたいのに、他のパソコンを使用しても仕方がないのです。結局、当日メールチェックはできず、翌日他のホテルでやるべく、諦めてしまいました。

翌日は夜に新幹線で大阪に移動。投宿先は大阪駅ビルの上部にある、ホテルグランビア、JRが経営するホテルグループの一つです。一階のフロントがあり、ホテルに一歩進むと若い女性のホテルマンが飛んできます。大量に持っていた荷物をワゴンに積み、チェックインカウンターに連れて行ってくれ、チェックインの手助けをしてくれます。いやみが全くないサービスで、感じがいい。チェックインが済むと、25階の部屋に案内され、朝食の案内やホテルルームの部屋の設備の案内をし、去ってゆきました。インターネットは・・・・無論24時間無料です。おまけにDLの速度がやたら速い。19階には宿泊客用の朝食レストランがあります。朝食は和洋中を取り混ぜたバイキング形式で、ゆったりと朝食が取れます。ここは日中はティールームとしても使え、ちょっとした打ち合わせや、来客対応にも使えます。19階という場所柄か、一般客は少なく、比較的静かで落ち着いています。部屋は、やや狭く、十分とはいえませんが、ビジネス客用の施設としては問題ないと思います。これでシングル1万1千円ちょっと。インターネット無料、朝食つきですから、品川プリンスよりは割安で、感じがいい。

大阪に2泊して、新横浜に戻りました。新横浜はホテル冨士ビュー。朝食なし、インターネットは無料、宿泊料金はほぼ1万円。新横浜の駅傍で、近くにはレストランや、バー、クラブなどがあり、またビジネス街も近く便利です。難点は、実は客室から携帯が繋がりにくいのです。古い建物であるのが災いしてか、携帯電話の電波は微弱に鳴り、時には圏外表示が出てしまうのです。携帯から電話をしようと思うと、エレベーターで一階に降り、ロビーまで行ってかけなければなりません。それと、なぜかホテルマンの数が少ないのか、または意識的に目立たないようにしているのか、フロントカウンターにいる人以外はほとんど見当たりませんでした。経費削減から、スタッフの人数を最小限に絞っているのかもしれないと、勘繰ってしまった位でした。

この数日3つのホテルに泊まりましたが、再度泊まりたいと思ったのは、グランビアくらいで、後は東横インなどの純粋なビジネスホテルの方がまだマシかなと、思いました。2月にはまた日本出張がある予定なのですが、グランビア以外は、他のホテルに泊まってみようと思います。
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by wata1150 | 2006-12-19 09:24 | 日本滞在記
今日は朝からとても寒く、結果的には日中の最高気温は2.7度にしかならなかったとか。いよいよ本格的な冬の到来である。

朝、起きたとき、それは七時を少し回ったくらいだったか。予備校に行く長女を最寄り駅まで送って行ったときは曇り空とはいえ、雨や雪を予感させるほどではなかった。

しかし、9時を回るころには、雪が舞い、やがて樹木の葉に雪が積もり、そして近所の家の屋根が白くなってきた。
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この辺りでは、暖冬のときは雪が多く、寒い冬には少ない傾向がある。季節風が強く吹き付けるときには、冷たい風が西から吹きつけ、日本海の湿度を伴なって、奥羽山脈に当たって、日本海側にあたる山形県各地に大雪をもたらし、雪を降らせた後は乾燥した風となって、東側の宮城県側に吹き付ける為、寒いが雪はほとんど降らないし、降っても乾燥した粉雪になり、あまり積もらない。しかし、最近は地球温暖化の影響か、風の方向も一定せず、太平洋側から湿った空気が西に吹くこともあり、その場合には奥羽山脈の東にある宮城県側でもかなりの積雪を見ることも有る。

今年も、例年の如く暖冬になりそうだとの長期予報が出ており、何度か大雪に見舞われることになりそうである。
私が今の団地に越してきた年の冬には、一晩で60cmか70cmくらいの雪が降ったこともあった。昨年も一晩で30cmか40cmくらいの雪が降り、それがたまたま私が帰国して家にいたときだったため、近所の方と協力して雪かきに汗を流した。30cm以上の雪が積もると、駐車場から車を出しにくくなり、更に積もると出せなくなって、足止めを食らうことにもなりかねない。12月に入ったばかりの今頃は、まだそれ程降ることはないであろうが、年末年始ごろから1月にかけては、今年も何度かそんな大雪が降ることがあるかもしれない。

一方、大雪が降ると、当然交通にも大いに影響が出る。我が家でも、既に車のタイヤは冬用のスタッドレスタイヤに切替えた。坂の上にあるこの団地では、スタッドレスタイヤや、4輪駆動車がどうしても必要なのである。スタッドレスタイヤにすると、車の燃料消費率は悪くなり、燃料代がかさむ。不経済なのである。また、JRなどの電車運行にも多少の影響が出ることもあり、我が家の子供達が市内まで通学していた数年前には、わざわざ学校の近くまで車で送っていたこともあった。

今日の雪は夕方までちらちらしていたが、今は止んでいる。が、山形に抜ける各道路は積雪し、圧雪状態になったり、シャーベット状態になっているという。今夜には氷結し、明日は山形に抜ける各道路は滑り止め無しには走れない状態になっているだろう。妻が夕方買い物に出かけるときに、「すべるから車の運転には気をつけて!」と、声を掛けた。

雪景色はちょっと見ると美しく、それなりの景観ではあるが、雪には神経質にならざるを得ないのが、この辺の土地柄なのである。
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by wata1150 | 2006-12-10 00:28 | 日本滞在記
入社一週間目にして、日本出張となり、昨日成田についた。

会社は香港系で、香港に本社があり、出張手配などは全て本社にて行う。今回は董事長(社長)と同行なので、チケット手配も全て香港サイドで行った。香港発9:55ANA便成田行きであった。社長は日系航空会社の方が好きなようで、大概JALかANAだとか。年に数度は日本の客先回りをするという。

私は、就職採用決定後即勤務ということになったため、帰国しなかったので、社長が自分より2日早い便で一旦自宅に戻る時間をくれるという、特別な計らいをしてくれた。。そのため、成田から仙台まで昨夜のうちに帰りつき、今日は家で過ごし、明日再度東京に向い社長と合流する予定となった。そこで、私は成田発仙台行きという飛行機に乗って仙台に帰ってきたのである。

ところで、私は成田から仙台行きという飛行機の便があることを知らなかった。
IBEXエアラインズというANAとの接続を中心に運行する航空会社が成田空港と仙台空港を一日一便運行している。この会社は、特にローカル空港を結んで小型飛行機で運行しているらしい。フォッカー50、ボンバルディアなど、50人から56人乗りの双発プロペラ機を中心に運行していると言う。私が乗ったのはフォッカー50という56人乗りの飛行機であった。
フォッカー50 56人乗り。
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ボンバルディアDHC-8。
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当然ジェット機に比べてスピードは遅く、成田から仙台まで所要時間は55分である。運賃は片道16200円。決して安くはない。ただし、成田空港からJR仙台駅までJR成田エクスプレス、東北新幹線で乗り継ぐと約13000円掛かり、時間的には乗り継ぎを入れると約4時間強になる。時間さえ会えば、飛行機で仙台に行くのも、いいかもしれない。

機体は低い為、タラップを4段か5段も登ると機内への入り口になる。機体の底部は地上から1mくらいあるかないか。最近はドでかい飛行機が多く、エンジンの直径が人間より大分高いところに大きな口をあけていたり、機体底部の高さがビル並の高さにあったりする飛行機が多い中、何か人間臭い現実的な感じで好感が持てる。

機内は空席が目立つ。やはり、その存在感が薄いことと、最近は仙台空港発着の国際線が増えてきたこと、一日の便数が少ないことなどが利用客を少なくさせているのだろうか。
小型飛行機なので、機体のバランスを考えてか、席の配置はばらばら、やや、後方の席の方が客の数が多い程度であろうか。利用客の数人が、前方の空いている席に座っても良いかと客室乗務員に尋ねたが、断られたようだった。機体バランス、燃料効率などにも多少影響が出るのであろうか。2~3人程度の人間の重さでどの程度変わるのかは分からないが。

私は前方から3列目の窓側に座った。両側2列ずつの席だったが、私の隣は空席だった。左側の窓から外を見るとそこにはプロペラがぶんぶん回っている。以前国内出張時によく利用したYS-11という国産の双発プロペラ機を思い出した。
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YS-11は戦後日本が開発し実際に使用された唯一の旅客機で、JALやANAなどでも多く使われていた。離着陸時の滑走距離が短い為、特に滑走路の短い離島やローカルの小さな空港では重宝だったと言われる。現在は国内では使用されているものは無くなったと言うが、何機かは、中古で輸出され後進国などの国内輸送用として活躍しているものも有るとか。

さて、YS-11に搭乗して最悪の席はどこか。言われるまでもなく、プロペラのすぐ横の窓際の席である。プロペラの風を切る振動と騒音がたまらなく苦痛で、着陸するまで我慢するのが大変である。飲み物を出してくれる客室乗務員と話をするのも、怒鳴りあうことが必要だった。今回フォッカー50の席は・・・、果たしてプロペラの真横で、窓際であった。最悪か?と一瞬YS-11のことを思い出した。が、動き出してみると、以外に振動も騒音も少なく、客室乗務員との話も、大声を出さなくとも十分で、全く問題がなかった。プロペラの径がYS-11に比べて小さいこともその原因かもしれないと思った。窓に顔を押し付けてみたが、振動も苦にならない。YS-11とは格段の違いであった。

小型プロペラ機独特の小さな揺れもほとんどなく、安定した飛行で、定刻に仙台空港に着陸した。ノスタルジーを感じながら、気分の良い時間をすごした感じで、飛行機を降りた。
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by wata1150 | 2006-12-09 11:53 | 日本滞在記
C君が来週の日本出張のために、香港のVISAを取りにVISAセンターに行くというので、付いて行った。恵州市の中心部がどんなところで、VISAセンターがどんなところなのか知りたいと思ったからである。

恵州市は市街地に住む人口は30万人程度で、決して大きな町ではない。最も市街地から外れたところに位置する部分には工業団地があり、また、外部から流れ込んできた人たちが住んでいる地区もあって正確な人口は分からないが、総人口は更に数十万人は増えるのではないだろうか。

中心部は川を挟んで旧市街と新市街とに二分され、旧市街はいわば上海では浦西側、新市街は浦東といった様相である。新市街は比較的最近に開発され、ビルも高層で新しいものが多い。また、道路は広く、ビルや公園がゆったりと配置され、緑も多く近代的な趣である。先日お邪魔したC君のマンションも新市街の外れにある。それに比べ旧市街は、道幅は比較的狭く、建物も比較的低層でビッチリとつめて建てられている。道路は歩道といわず車道といわず、人がかまわずに歩き、車はそれを縫うように走っている。また後日、市街地について書いてみようと思う。

VISAセンターは新市街の中にあるが、比較的古い3階建ての建物だった。以前に何回か香港に渡った経験があり、日本にも行った経験のある彼は、香港VISA取得そのものはさほど問題はないはず。今回も事前に申し込んであり、手数料を払いもらってくるだけだというので、数分で終わるとの事だった。

2階が受け取る場所なので、2階まで階段を上った。一番から16番まで、16箇所のカウンターがあり、彼は慣れた感じでそのうちの一つのカウンターに近寄り、カウンター越しに女性職員にVISAを受け取りに来た旨を話した。すると、その女性は、別のカウンターが担当だから、別のカウンターに行けという。彼は「わかりました」と指示されたカウンターに行き、再度同じように話した。すると、以前のカウンターが担当だからそっちに戻れと言う。彼は「そこから指示されてここに来たのだ」と食い下がったが、やはり「あっちだ」の一点張り。やむなく戻ると、先客が2組ほど並んでいる。2組がなにやら書類を受け取り、去って行った後、C君が再度「向こうではこちらだといわれましたが」と話す。

カウンター越しに女性の両脇に相当な数のパスポートやらVISA申請書類が無造作に輪ゴムで束ねられたり、積まれたりして置いてある。よくも間違わず、失わず、やっているものだと思う。気がつくと、床の上にもトレーに入れられた同様の書類があちらこちらに積まれている。

C君が話し始めた途端、子供を抱いたおばさんが来て彼の前に割り込み、何かの書類を出し、何かの書類を受け取って帰った。その間も、C君はじっと待っていた。やっとC君の番が来て、何かを言い出すと、カウンターの女性はなかなか良い顔をせず、何かと文句を言っている様子。言葉が分からないので内容は分からないが。やがて、女性は書類の束をあちこち探し、C君の申請書類探し出し、向こうにある手続き機の受理番号を確認するように指示した。入り口の近くに番号表示機があり、受付番号を入力すると、処理番号が表示される。彼はその番号を書き写し、再度カウンターに行く。その番号で、カウンターの女性は手数料の支払伝票を彼に渡し、銀行で支払い受領証を持ってくるように告げる。

彼はその伝票を持って、車に戻り5分ほど走ったところに有った銀行に走った。10分ほどで支払いは終わり、再度VISAセンターに戻った。再度例のカウンターに行き、順番を待って、支払証を提出すると、数分かかってやっと山の中から彼のVISAが貼り付けられた香港通行証を見つけ出し、渡された。なんとも非効率的な作業であることか、と思わずにはいられない。C君はそれを現実として、受け入れているから、イライラもせずこなしているのかもしれないが。

3ヶ月のマルチの通行証であった。同時にマカオへのVISAも発行されたということで、今度の春節はマカオで過ごしたいという。C君曰く、彼は面倒なので一年のVISAが欲しいのだそうである。が、納税額が少ないので3ヶ月のマルチしか交付してもらえない。高額納税者は即、一年マルチになるとのこと。一年のマルチも、3ヶ月のマルチも一回発行する手数料は200元ということで、変わらない。しかし彼は一年のものは発行してもらえないので、結局4回発行してもらうことになり年間800元を払わなければいけない。凄い不平等だと嘆く。

今回はC君の分の発行であったが、彼のガールフレンドの分はまだ発行されていない。通行証はいわばパスポートのようなものだが、発行そのものは故郷にてのみ発行される。つまり、広東省には住んでいるが通行証の発行には黒龍江省まで一旦帰り、通行証を発行してもらってから、恵州に戻って、香港VISAを申請し、煩雑な手続きを経て発行してもらわなければいけない。大変な苦労と費用と時間を要する作業なのである。更に、この一連の手続きは省によっても異なっているそうで、日本の基準や状況と簡単に比較することはできないが、こんなところにも現在の中国の複雑な一面を見たような気がした。
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by wata1150 | 2006-12-07 10:39 | 雑感
この辺りは恵州の市街地からは大分離れており、いわゆる工業団地になっている。従って、各工場は夜間でも稼動しているものの、通りは人通りが少ない。また、市街地は元々恵州に住んでいた人達が多く、比較的治安も安定しているのだそうであるが、この工業団地付近は他の土地から仕事を求め、移って来た人たちが多いため、どうしても犯罪は市街地に比べ多いのだそうである。先週も会社の前の通りで、人が襲われお金を取られる事件があったとかで、夜間の外出には会社の社用車を使うよう勧めてくれた。最も、日中はそういうこともなく、各工場に働く若い男女が休み時間を利用しては道路に繰り出してきて、大声や嬌声が響き渡り、店はないのだが、さながら繁華街の様相を見せる。

今日は日曜日ということも有り、人通りは少なめだが、各工場はいつもと同様に稼動しているところも少なくなかった。我社は、今日は完全休日で、2棟有る従業員寮の周辺には若い従業員達であふれかえっていた。どの会社の従業員寮でも、共通していることは、必ずベランダや窓際に洗濯物が大量にぶら下がっており、明らかに工場ビルとは様相が異なっていることである。
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この辺りの各工場は、中国の各地から従業員が集まってくる為、その住宅を確保する為に、従業員寮を完備する必要が有る。我社でも、2棟の従業員寮は工場棟よりも大きい。男女合わせて1500人ほどがこの建物の中で寝起きし、工場で働いている。聞く所によると、湖南省、湖北省、四川省、安徽省などの比較的近い省からきている人が多いそうだが、北は黒龍江省、吉林省などの遠いところから来ている人たちもいるそうで、同郷の人たちが集まるとローカルの言語で話すため、周りの人達には何を言っているのか分からないという現象まで起きるそうだ。

さて、工場を一歩出ると、道路際でバスを待つ。この工業団地には薄緑色に塗られた小型バスが運行されている。団地のはずれにある商店街やホテルなどが並ぶ一角から、工業団地内を巡っているバスで、特に停留所はなくバスが来たら手を上げてバスを止め、乗り込むだけである。
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料金は一律1元。乗れば工業団地の外れに有る、市街地に向うバスやタクシーが通る大通りに近く、大栄超級市場という大型スーパーや小さな繁華街のあるところまで連れて行ってくれる。我社からこの大通りまでは2km強であるが、安全を考えればこのバスを利用するのが便利である。終日走っているそうだが、夜は9時か10時ころまでのようで、その後はタクシーを使うか歩くしかない。夜間外出には極めて不便なところだ。ところで、このバス、いわゆる普通の乗用車を改造したバスで、定員は運転手を入れて11人まで。工場の休み時間や終了時間など、いわゆるラッシュ時間には来るバス全てが満員で、手を上げても止まってはくれない。こんなときはお手上げである。

また、市街地まで行くバスも走っており、停留所で待てば27番の表示のあるバスが来る。2元均一で、市街地まで運んでくれる。夜間に市内の繁華街まで出かけた場合にはこのバスが使えるが、遅い時間はどうか?
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この工業団地内では、大型スーパーや繁華街もあり、一通りの日常生活は完結できるため、それなりに便利である。
が、他の都市や地域に出かけなければいけないとなると、結構不便なところでもある。そのため我社では社用車をおき、深圳や香港に出かけたりする場合に備えて便宜を図っているのである。
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by wata1150 | 2006-12-05 11:19 | 恵州の事