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中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
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長い間就職先を探していましたが、日本にいては見つからないと思い、思い切って深圳にきてみました。深圳と香港に人材紹介会社を紹介してもらい、日本から電話とE-Mailで適当な候補会社を当たってもらっていたのですが、4社ほど書類選考でパスしたので、一括して面接を受けることにしたのです。

香港の会社で3社、深圳の会社で一社、紹介を受け、立て続けに面接を受けた結果、その中で複数社から採用可の連絡をいただきました。少し悩みましたが、やりがいのある仕事が出来そうなC社に決め、昨日採用内定になりました。明後日、12月1日から勤務開始です。日本に一次帰国してから勤務するつもりでしたが、切りの良い12月1日からとしたのです。

C社は本社は香港にあり、工場は広東省の恵州にあります。電気部品製造メーカで、おおよそ20年くらいの歴史がある会社です。社長は40歳代の半ばくらいで、結構気さくな感じですが、これまでに会社を大きくした人ですから、相当なやり手のはずです。現在は中国香港は無論、日本、欧米、東南アジアに大きく販路を拡大し、相当な金額の販売を行っています。しかし日本人従業員は現在は全くいないということで、香港人、中国人、台湾人のスタッフでまかなってきたようです。社長自らセールスの第一線で頑張ってきたようで、日本向けの販売は全て日本語を話す若手の男性が担ってきたようです。そういったことから、当面、日本のユーザ向けの品質、技術、営業のコミュニケーションを担当することになりそうです。

したがって、1年半続けてきた「TADAの上海日記」はタイトルが合わなくなり、継続不可能になります。

そこで、次回からタイトルを変更して継続して行こうと思います。恵州での生活、日系企業とは違う、香港企業のこと等を中心に書いていこうと思います。新しいタイトルは「TADAの中国滞在記」としたいと思います。

日本を出るときは仙台は朝の気温が零度でしたが、深圳は現在24度もあり、半そででも十分過ごせます。恵州は深圳から高速バスで一時間半ほどのところにあり、気候的には申し分ありません。どのような恵州生活が始まるのでしょうか。
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by wata1150 | 2006-11-29 20:05 | 挨拶
11月21日投稿分で、カローラが故障し、入院させていることを書きました。今日、帰ってきましたので、その報告を。

◎現象: タイヤ異常とABS異常の警告灯点灯、動作するはずのない状況下でABS動作。

◎近くのサービスセンターでの診断:スピードセンサー(後輪の回転数検出から速度を割り出す。)の異常→センサー交換。 修理費用の見積もりは部品代込み約3万5千円。

◎私は納得せず、カローラ本社のセールスに電話して、詳細調査依頼。
カローラ宮城での詳細調査の結果、現象は再現頻度は低いものの再現した。スピードセンサー波形異常なし。 信号処理のコンピュータ動作異常なし。

◎センサー周辺、センサーの清掃実施後、問題発生頻度は大幅に減少。

→結果として、センサー(マグネットセンサー)周辺及びセンサーの経時劣化及びさび、汚れによるスピードセンサーの信号異常発生。
→対策: センサー周辺の掃除、センサーを壊さない程度での錆取り。
修理後、現状問題は発生していない。

私の要望により今回はセンサーの信号や信号処理用のコンピュータ動作までサービスセンターの技術者を動員して検査をした結果、部品交換をせず、掃除だけで問題解決した。
カローラに言わせると、このような解析修理で、部品交換をしないで直った場合、技術者、サービスマンの作業費ももらえないため、サービスセンターとしてはあまり歓迎はしないようだ。従って、何らかの部品交換費用としてユーザに請求する傾向にある。

また、前回も書いたように、車が機構製品から、電気製品にその性格が変わりつつあるが、メーカとしては、体質的にまだ電気メーカ的サービスの性格にはなっていない為、電気的故障はどうしてもユーザに負担を押し付ける傾向にある。

今回、修理してもらうに当たって、営業マンにはかなり強く要求し、彼も精一杯こたえてくれた結果、我が家には費用負担を発生させずに済んだ。また、彼もこの問題をどのような形でかは、わからないが上層部に報告すると言う。お互い、良い経験をしたなあ、と思った。

車の故障では、我々ユーザはどうしてもサービス会社の言いなりになってしまう傾向にある。車の技術的内容も部品の価格にしてもあまりにも知らなすぎるから。訳の分からないような故障は、サービス会社の報告を鵜呑みにはせず、よく内容を調べてもらう心構えは必要だと思う。
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by wata1150 | 2006-11-25 01:23 | 雑感
ちょっと変わったレストランに昼食を食べに行って来ました。
店名は「冠木門」(かぶらぎもん)。場所は仙台市太白区坪沼。
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幹線道路から離れた細い山道を入ったところにあります。外観は一般の民家あるいは農家そのもの。道路沿いに立てかけている「蕎麦ギャラリー」の看板がなければここに何か有るとは気がつきません。
道路に車を置き、(とは言っても、駐車場ではなく道端ですが)民家の正面に回ると、いわゆる「冠木門」がそびえています。
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「冠木門」をくぐり、民家の玄関に立つと、軒下に「冠木門」の表示が。
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玄関に入ると、囲炉裏のある部屋。ここが待合室。中の収容人数が少ないので、ここで席の空くのを待ちます。囲炉裏には炭が赤々と燃えており、囲炉裏のふちに座ると、何十年か前の我が家で、祖父を中心にして囲炉裏を囲んで食事をした日を思い出しました。
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幸い今日は11時半ごろに行ったので、待つことはなく、すぐテーブルにつくことが出来ましたが。

民家を利用したレストランですから、縁側や和室が食堂になってます。縁側には古い足踏み式ミシンを改造した食卓テーブルが。
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今日は天気が良かったせいもあり、縁側には日が差してぽかぽかです。私が子供のとき、よく家の縁側で、冬の日の光を浴びながら、ぽかぽかとした中で昼寝をしていた頃を思い出し、なんともリラックスしてしまうのです。

また、和室には座って食べる方式の長テーブルと椅子に座るタイプのテーブルが一式。
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田舎の民家ですから和室は広く、12畳とか16畳とかの広さがあります。ですから、置かれているテーブルは決して小さくはないのですが、非常にゆったり配置されており、くつろいでしまいます。

メニューは蕎麦すいとん定食だけ。チョイスは、コーヒーと杏仁豆腐のみ。なんともシンプルなメニューです。醤油仕立ての蕎麦すいとん、山野草のてんぷら、同じく山野菜の炊き込みご飯、豆の煮物、そしてつけものと、内容もシンプルです。これで1000円。ボリュームは、女性やシニアのお客様にはちょうどいいくらい。男性にはちょっと物足りないくらいです。

営業は月曜日から金曜までの平日11時から15時まで、つまりランチしかやっていないのです。店員さんは一人だけ。調理担当兼、給仕担当兼、会計担当です。30歳前後の女性一人でやっているのです。一日のお客は何人くらい来るのだろうか、一人1000円では採算が取れるのだろうか、と変に勘ぐってしまいます。

決して大儲けはしないかもしれない。でも、毎日ゆったりとした時間が流れ、女性客やシニアの客と言葉を交わし、朝夕は仕込から片づけまでこなし、なんとも充実した日々を送っているに違いない。この女性店主になんとも羨ましさを感じてしまいました。

なお、週末は別の男性のオーナーの手打ち蕎麦屋が店を開いています。この蕎麦屋さんは普段はサラリーマンで、週末だけ、趣味の手打ち蕎麦を作り、お客さんに提供しているのだそうです。

週末だけの手打ち蕎麦屋さんと平日だけのランチレストランは全く関係ないのだそうで、面白くもあり、奇異でもありました。今度は週末に手打ち蕎麦を食べに行こうと思います。
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by wata1150 | 2006-11-23 02:49 | 日本滞在記
以前に紹介したが、我が家には車は2台ある。我が家は丘の上の高台にある団地の中にあるため、約1kmほどある坂道を登ってこなければならない。冬場は凍結したり、圧雪になった道路になるので、4WD車を購入することにしている。

一台は、3リッターのエスティマ、私が遠出をするときに載っている。私がいないときは息子が通学に使ったり、友達を乗せてドライブに行ったりしているらしい。3リッターのエンジンを積んで、更に4WDで走ることもあるだけに、燃費は良くない。高速を走れば10km/L強、市内を走ると6km/L程度である。2000年の2月に購入したので現在7年目、総走行距離は6万キロ。その間これといった故障は記憶に無い。

もう一台は1500ccのカローラセダン。主に妻が通勤や買い物に使っている。フルタイム4WDなので、2WDに比べると多少燃費は悪いがそれでも13km~14km/Lは走る。エスティ間に比べると約2倍。エスティ間と同じ年、200年の9月に購入しやっと満6年を過ぎた。総走行距離は12万キロに達した。年間平均2万キロである。
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つまり、2台あわせると年間3万キロ走っており、ガソリン代は馬鹿にならない。最近はガソリン価格が高騰しているので、私も上海から戻ってから、費用削減の意味もあり、もっぱらカローラに乗っている。

先日カローラに乗っていたときに、タイヤの空気圧とABS(アンチロックブレーキングシステム)の警告灯が点灯し、平地の一般道でABSが作動した。雪道の下り坂とかであれば何度かABSが作動したことがあるが、普段は作動しないはずのところでの作動である。ブレーキの故障は最悪危険な事態を招きかねないので、近所のカローラ販売店に持って行き、点検してもらうことにした。

一時間ほどで、結果は出た。故障の現象再現はしていないので、不具合の部署の特定はできないが、過去の事例から、ABSを作動させる為のセンサーを交換したいということだった。もし、それでも駄目なら、センサーからの信号を処理するコンピューターを交換したいという。更に、ブレーキにつながるアクチュエータまで交換すれば現象は出ないであろうとのこと。費用は全部で16万円ほどになるとのこと。これには驚いた。天下のトヨタのサービス会社で故障診断するのに、故障現象の再現確認もほとんど行わず、故障部品の特定もせず、関係部品をごっそり入れ替えて修理したいとは、何事ぞ。

私は少しサービスを取り次いだ社員の人に文句をいい、カローラを購入した時の営業マンに電話をし、事情説明した。すると彼は、車は家に持ち帰り、家で待て、という。家で待機しているとまもなく彼は我が家に来て、2~3日入院させてくれという。我が家には車はもう一台あるから、不自由だが何とかなると思い、十分検査して故障をはっきりしてくれるように頼んだ。15万円や16万円ものお金を、12万キロも走り、査定金額が既にゼロ円になっている車に修理代金として払うには、すこし検討を要すると思ったからである。何せ、来年の秋の車検時までには買い替えしなければ・・・と思っていたくらいなのである。

昨日、営業マンから連絡が入った。現象は再現できたが安定して再現はせず、解析に時間が掛かっているという。しかし、故障していない部品まで交換するのはもったいないのであと一週間ほど預からせて欲しいとのことだった。彼は昨日夕方、赤い色の代車を持って詳細説明に来た。全ての部品を交換すると、やはり部品代だけでも10万円弱はするという。それで故障箇所をはっきりさせ、必要な部品だけを交換したいとのこと。

代車といって持ってきたのは、営業マンの私用車だった。故障修理で代車を準備する場合、代車費用は客の負担になるので、費用を掛けない為に、自分の車を預けていったのである。私は苦笑した。これで、修理したとして、来年秋に購入する車は再度彼から購入するしかなくなったな・・・、と。

昔は車には電装品は少なく、サービスマンのことを”メカニック”と呼んだりするくらい、機械物という印象が強かった。ところが今の車はまさに電気製品とも呼べるくらいになっているのである。いろいろなセンサーが、見えないところにたくさんついている。明るさを検知してライトを点灯させたり、雨滴を検知してワイパーを作動させたり、TVカメラを備えて後ろ側をモニターさせたり、前後の車を検地して、自動的にブレーキをかけたり、アクセルを離しても速度を一定に走行させたり。安全、快適、自動等を目指して日々改良した結果である。車の中を巡っている電線だけでもおおよそ200kgくらい有るとのこと。まさに電気製品そのものだ。

おかげで、故障しても、”メカニック”では故障診断解析や修理が出来ないものが多くなってしまった。複雑なコンピューターを積んだ電気製品なのであるから、電気屋さんがいないと修理できないのである。いや、電気屋さんでも修理できず、コンピュータ屋さんの領域になってきているのである。

さて、何時カローラは修理を終えて帰って来ることやら。営業マンは一週間くらいと言っていたが。
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by wata1150 | 2006-11-21 02:49 | 雑感
私は現在使っているデジカメで3代目である。

デジカメの魅力は、言うまでも無くランニングコストが安いこと、そしてやり直しや修正消去が容易なことである。デジカメを持ち出して、ほとんど印画紙へのプリントをカメラショップに出すことは無くなった。また、光学写真でも、フィルムからデータ化してCDなどに保存できるようになり、私の写真整理の中からネガ操作がなくなった。その結果、シャッターを押すときの慎重さはかえって亡くなったような気がするのは否めないが。つまり、簡単にポンポンシャッターを押すようになった。その結果ミスも増え、結果としてこれはいいと思われる写真を撮る確率は下がったとおもう。その代わり、普段散歩に出かけるにも、妻に付き合って買い物に出かけるときも、デジカメは煙草やライターと一緒に携帯品の片隅に加わった。

デジカメの初代はもう10年位前に購入した。フジのFINEPRIX、確か30万画素程度だったと記憶している。当時はデジカメ自体が珍しく、30万画素でも高級品だった。いくらで買ったかは覚えていないが、出張でいろいろなところに出かけていたので、メモ的に記憶させる為に購入したと思っている。パソコンに残せるし、出張報告書にも添付できるので便利だった。プリンターで、プリントするにしてもプリンターのファインモードでやれば、手札サイズ程度であれば、一見しては光学写真とさほど差異は無かった。無論大きく引き伸ばせば、その差は歴然としていたが。

2代目はオリンパスの210万画素のものだった。それは現在でも息子がパソコンでいろいろ遊ぶのに使われている。

そして現在使っているのが3代目。
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キャノンのIXCYの初代のものである。やはり210万画素だが、重さがあって小型なので、外出する時には手ごろに持って行き、手ぶれしにくいので重宝している。最近は軽くて薄くてかつ高画素数のものが多いが、パソコンでブログに貼り付けたり、レポートや報告書に貼り付けたりする分においては200万画素もあれば十分に満足できる。また、ヘタに高画素数のものを使うと画像処理に手間がかかるし、インターネットなどで画像伝送するには時間が掛かり、私のように多少使い込んだ旧式のパソコンで処理するにはデータが重過ぎる。

写真をプリントするにしても、A4サイズとかそれ以上の大きなサイズに引き伸ばすのであればともかく、多少トリミングをしてからであっても、普通のアルバムに貼り付ける程度のサイズにプリントをするには、200万画素程度のカメラで十分である。ヘタに高画素数のカメラでFINEモードで撮影し、プリントをするようなことになれば自宅でプリンターを使ってやると、あっという間にプリンターインクがなくなってしまい、不経済でもある。

ただ、最近、一眼レフのデジカメがほしくなってきている。一眼レフのデジカメは発売された当時は30万円から50万円もしたため、とても買えず高嶺の花であったが、最近は結構買えるくらいにまで安くなってきており、交換レンズも出回りだしているので、使いやすい。一眼レフはプリントしてみれば、一目瞭然であるが、画像に切れがあり、奥行き感、陰影などの表現力等は、コンパクトカメラの比ではない。

キャノン、ニコン、ミノルタコニカ、ペンタックス、などの従来のカメラメーカに加えデジカメになってカメラ業界に参入したパナソニック、ソニーといった家電メーカまでが一眼レフのデジカメを販売し、それなりに市場を形成しつつある。価格的にも光学カメラの普及品のレベルに近づいてきている感がある。カメラというものイメージが光学商品というものから、家電製品というものに変換しつつあるのかもしれない。
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by wata1150 | 2006-11-18 17:45 | 雑感

雑感-3 就職事情

勤めていた会社を辞めて半月後くらいに、宮城県公共職業安定署(ハローワーク)を訪れた。失業補償給付を受ける為である。

昨年、長く勤務した会社を辞めたとき、やはり横浜のハローワークに行った。失業給付を受ける条件は、ともかくも就業意欲があり、求職活動をある一定頻度で行っていることだった。失業給付は、会社に勤務しているときに、支払っている雇用保険を原資としている。私は合計幾らの金額を保険金として支払ったのかは分からないし、また調べる気にもならないが、ハローワークの経費などもそこから出ていることも考えれば、支払った金額ほどには戻っては来ないのかもしれない。しかし、失業時の無収入時には確かにありがたいお金であった。

今回、やはり失業補償給付を受けることになった。金額、期間とも前回に比べると格段に差が有る。致し方ない。失業補償給付は勤務年数、勤務時の給料によって決まるのである。前回は毎月20数万円、日数は最大330日であったが、今回は月10万にも満たないし、日数は90日である。

仙台の宮城県公共職業安定署(仙台ではこう呼ばれる。地域によってはハローワークとも呼ばれる。横浜は後者であったように思う。)には多くの求人情報が登録され、コンピュータに入力され、誰でも閲覧が可能になっており、求職者がそれを見てハローワークの求職担当者に取次ぎを依頼する仕組みになっている。ほとんどの仕事は、年収にすると400万円以下の仕事である。時々500万円から600万円くらいのものもあるが、国家資格などを持っている人向けになってしまう。管理職的な仕事はほとんど無く、また、対象年齢も35歳以下が圧倒的に多く、高齢者向けはほとんど無いに等しい。。求人求職の担当者と話をしてみると、宮城県は高齢での求職は、特に高収入では求人はハローワークではほとんど無いとのことであった。彼は、私のような人の場合、東京、横浜の人材バンクなどに登録してスカウトを待つか、民間の人材紹介会社に登録して紹介してもらうほうが良いだろうとのことであった。

私は、民間の機関に登録することにした。ネットで探すと、人材紹介会社はものすごい数で存在することが判明した。私が昨年お世話になったDBM社のように、個人求職者の対応はせず、企業からの以来しか扱わない会社もある。が、ほとんどは個人求職者を登録し、求人企業に紹介する。個人に費用負担は無く、就職が決まれば就職先企業からの成功報酬を受け取る仕組みである。

インターネットに人材紹介会社をグループ化して登録するネットワークが幾つか存在する。「EN」、「毎日キャリアナビ」、「JBN」(人材バンクネット)、「e-キャリア」等等。人材紹介会社はこのようなネットワークに複数加入して個人求職者の登録を待つのである。そして一方では、会社訪問をし、求人情報を探すのである。彼らはこれを「営業活動」と呼ぶ。

私はこれらのネットワークにも登録した。これらネットワークの便利なことは、自分の履歴書、職務経歴書などをいちいち郵送で人材紹介会社に送らなくともよく、ネット上でそのネットワーク共通のフォームに記入すればよいだけであることだ。また、自分のしたい仕事、欲しい給料金額、などを記入し、人材紹介会社からの連絡を待てばよい。また、全ての人材紹介会社に存在する求人情報を検索し、その中から応募したい案件があれば、人材紹介会社に連絡をし、応募することも可能である。一方、人材紹介会社は求人情報があったときに、ネット上で求人登録者を検索し適当な人を探すだけでよい。適当な人が見つかれば、その人に電話かメールでコンタクトし、応募の意思を確認する。
この結果は、まだ出ていないので、いつか別に書くこととする。

ただし、このようなネットワークを利用して、求人情報を検索してみると、ハローワークよりは求人の範囲が相当に拡大していることがわかる。高齢者向け求人、高収入の求人、海外勤務の求人などはハローワークではほとんど見られなかったが、こういったネットワークでは少ないながらも存在はする。

私は、一年間海外勤務を経験した経緯から、中国の人材紹介会社にも数社登録した。現時点では、中国には前述のようなネットワークは存在はするのかもしれないが、見つかっていない。
但し、日系の人材紹介会社が多数存在しており、たとえば上海だけでも20数社が存在する。また、北京、深圳、香港や他の地域にも存在し、一部はネットワーク化されているそうである。
このような海外にある人材紹介会社は、やはり、現地での営業活動が日本国内にいるよりは出来ているため、求人案件の件数は格段に多い。また、紹介してくれる求人情報も多いが、面接は現地で、という場合が多く、私の方が二の足を踏む場合もある。

現在、数件の応募済案件があり、その中のいくつかは、面接をした。現在はその結果待ちという状況である。精神的にはなんとも落ち着かない日々が続いている。
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by wata1150 | 2006-11-17 09:45 | 雑感
日本に帰国後、就職活動もそれなりにやっていましたが、骨休めもしてやろうと野気持ちも有り、それ程必死に就職活動をやっていたわけではなかったような気がします。また、毎日のようにパソコンを覗いて、映画を見たり、ブログにコメントを書いたり、ゲームをしたりしていたのです。もちろん、何もしないのではなく、インターネット上の転職サイトや、上海や深圳の人材紹介会社などに登録しスカウトを待っていたり、友人に何か良い求人情報があれば教えてくれるようにはしたりしていました。しかし、ここに来て、失業期間も5ヶ月目に入り、収入がないため家計もだんだん苦しくなってきました。そこで本格的に就職活動を始めることにしました。

6月末に帰国してから、以前M社を退職したときに、再就職のお世話をいただいたD社、上海にいたときに再就職先を探してくれるようにお願いしたMT社やRB社など。2度ほど面接もしたのですが、なんとなく自分にはそぐわない感じがして、お断りしてしまいました。私自身も、仕事をすることや、人間関係に疲れていたからかもしれません。

帰国してから、「EN」、「JBN」、「毎日キャリアナビ」、「リクルート」などのインターネットを介して人材紹介や求人紹介をするサイトに登録し、スカウトを待ったり、何件かの求人紹介も受けました。しかしなかなか思うように書類選考をパスしませんし、書類選考をパスしても2番候補や3番候補になり、なかなか採用内定にこぎつけることが出来ませんでした。
ブログ友達のTさんが、深圳の人材紹介会社を紹介してくれ、その紹介で数社の紹介を受けましたが、確率が低いと思うことから、なかなか自費で東京や香港、深圳まで出かけて面接を受けるところまでこぎつけることができませんでした。

一方で、妻の仕事の雑用を手伝ったり、二人で温泉めぐりをしたりと、結婚してからほとんどすることの無かった二人だけの時間を取り戻すかのように遊び歩くことで、時間を費やしていました。

ここに来て、何件かのスカウトの連絡が有り、真面目に就職活動に本腰を入れることにしました。先週は東京で香港系の会社の面接を受けてきましたし、今週始めにもある会社の中国工場の仕事の求人が2件も飛び込んできて、面接を受けてきました。そのうち何らかの回答が来るであろうと思います。

自分のキャリアを活かし、且つ納得できる待遇で、比較的長期に仕事が出来るような会社で、と思いながら仕事を選択しています。自分が出来そうも無い仕事は、無理がありますし、かといっていまさら言われた通りに何かをするだけの歯車になる気もありません。何とか自分の個性や経歴、得意分野を活かしきれる仕事を・・・、と思いながら、仕事探しを本格化させています。

そのうちに何か見つかるだろうと思いながら、妻の仕事を手伝っています。
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by wata1150 | 2006-11-14 21:02 | 日本滞在記
夕方真っ暗な田沢湖高原道路を通って、やっと目的地”妙の湯”に着いた私達は、早速一風呂浸かり、それから夕食にすることにしました。通された部屋はやや狭い感じでしたが、突然の予約ですからやむを得ません。妙の湯は禁煙室と喫煙室に分かれており、私達が通されたのは禁煙室でした。ロビーや通路、浴室前の休憩所も全て禁煙、食事をする食堂も禁煙、つまり禁煙室に入ることになった私にとって喫煙できる場所は玄関だけとなってしまいました。

ところで、従業員を見ていると男性の姿が見えません。食堂にいる人も、受付の人も全て女性のようです。お客様もカップルか女性のグループばかりで、圧倒的に女性の方が多いようです。そのためか、廊下の片隅にさりげなく花が活けてあったり、壁に小さな絵が飾ってあったり、なんとなく”女の園”的雰囲気です。従業員の女性に聞いてみると、この乳頭温泉の中では、値段は他の温泉宿の倍くらいはするが、女性に圧倒的人気の宿で、お風呂と食事が自慢の宿とのことでした。

夕食は食堂でいただきます。山菜会席料理との事で、きのこや山菜中心、たんぱく質は鮎の塩焼きくらいでした。
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それでも、種類はたくさんありましたが、量は少なめで、ご飯をしっかり食べないと、夜中に小腹が空くかもしれないと思えるほどでした。

風呂自慢の宿だけあって、2種類の源泉を持っており、一つは透明な湯、もう一つはやや茶色がかった濁り湯でした。内湯、露天共にこの2種類のお風呂がありました。
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内風呂は男女別ですが、露天風呂は全て混浴でした。が、露天風呂では女性はバスタオルを巻いてはいることが許されています。私が露天風呂に入っている間にも何人かの女性が入ってきました。他の温泉の印象を話したり、旅行の話など世間話をしたりで、結構和気藹々とした露天風呂でした。

露天風呂からは沢を挟んで対岸の紅葉が見え、夜にはそれがライトアップされ、なかなかすばらしい旅情をかもし出してくれます。なかなか予約できない温泉宿であることも頷けます。

朝食は温泉旅館にありがちなものでしたが、それでも山菜や納豆に工夫があり、卵もまたとても新鮮で美味しいものでした。
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特にこもに入った納豆は私が子供の頃食べた納豆を思い出させてくれました。
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さて、翌朝、朝食後乳頭温泉郷を散策してみることにしました。とは言っても、乳頭温泉郷には5つの温泉宿が相当な距離をおいて散在し、歩いて回ることは出来ません。
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まずは妙の湯から最も近い”黒湯”へ。黒湯は冬場は休業しており、5月から11月までしか営業していません。乳頭温泉郷の中では最も奥まったところにあるのです。非常に狭い山道をしばらく、多分10分はかからないでしょうが、走ったところに黒湯はあります。道の両脇には見事な紅葉・・・というよりは、もう盛りを過ぎ、冬に向っているという感じの紅葉を見ることが出来ました。
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駐車場から急な坂道を徒歩で降りていったところに黒湯はあります。

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黒湯の露天風呂に入浴してみることにしました。湯は乳白色の濁り湯です。ややぬるめで、ゆっくり入っていなければ温まりません。ここも混浴でした。私が入ったときには北海道から来たという50代くらいの夫婦と愛知県から来たというやはり50代の夫婦が入浴しており、世間話で、結構盛り上がりました。ここは女性もタオルを巻いてはいることはできません。が、混浴であることにさほどの違和感はありませんでした。

黒湯の次は鶴の湯です。乳頭温泉郷の代表ともいえる有名な温泉です。ここも乳白色の濁り湯です。
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残念ながら、浴槽の清掃日ということで、露天風呂に入ることは出来ませんでした。が、鶴の湯の周りの紅葉はまさに盛りで、とても綺麗に色付いていました。
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他に蟹場温泉、大釜温泉があるのですが、時間がなくなりそうなので、田沢湖経由帰路に付くことにしました。乳頭温泉郷から田沢湖に向かう途中に”蜂蜜”の専門店があったのでよってみました。
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二つの店があり、一つは蜂蜜そのものを売っている店、もう一つは蜂蜜を加工してカステラやケーキにして売っている店です。蜂蜜の味見をしてから、ケーキショップに行き、カステラを買っていよいよ帰路に付きました。

帰りは日本海側の海岸線沿いに南下し、酒田市から山形自動車道を通って、仙台に戻りました。総延長620km、楽しいドライブでした。今度このような機会は何時来るのか。機会があればまたでかけて見たいと思います。
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by wata1150 | 2006-11-02 21:21 | 日本滞在記