「ほっ」と。キャンペーン

中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

<   2006年 02月 ( 18 )   > この月の画像一覧

中国人の横のつながり

シンセンに日本のある会社から依頼を受け、コンピュータ周辺機器のある製品をシンセンに探しに行った話は先日書きましたが、今日はその続編です。

ブログ友達のHさんに紹介を受けて、福建省からシンセンに単身赴任し、プラスティック成型会社を経営しているYOさんに会いました。急なお願いにも関わらず、Hさんから深夜に連絡の有ったYOさんですが、快く会って下さり、翌日の朝、ホテルまで私を迎えに来てくれました。
YOさんは、同じ福建省出身で、日本に留学したときの友人のRYOさんを紹介してくれました。
YOさんもRYOさんも、したがって、日本語はペラペラで、私との会話は全く問題ありません。RYOさんは、シンセンで、金型加工会社を経営しています。RYOさんの工場を見せてもらいました。

YOさんとRYOさんにわけを話すと、二人とも快く探すのを手伝ってくれるとのこと。早速、RYOさんの友人で、SETSUさんに会いに行きました。SETSUさんは同じく福建省の出身で、RYOさんの学生時代の友人です。現在は家庭用品、ギフト用品、園芸用品などを作る会社を経営しています。ゆっくりとSETSUさんの工場と、製品のショールームを見せていただきました。

次いで、同じくRYOさんの福建省の友人で、PPの製品加工している会社を経営しているRINさんを紹介していただきました。RINさんは十数年前に9万元のお金で、シンセンの土地に投資し、ビルを建て、一部は他の会社に貸し出し、一部は自分の工場を立て、今では年間利益が1000万元以上を稼ぐ大金持ちです。
会議室で話をする間、おいしい中国茶をいただきました。木の根を使ったテーブルと椅子のセットが置いてあり、RINさん自らいかにも手馴れた様子でお茶を入れてくれました。
e0026744_07575.jpg

お茶は安渓の鉄観音茶の最高級品だそうです。とても香りが良いお茶でした。

RINさんの工場で、製品を見せていただきながら、RINさんはLIさんを呼んでくれました。LIさんは東莞市でコンピュータ周辺機器を生産している工場を経営しています。たまたまLIさんはシンセンに仕事で出かけてきており、快くRINさんの工場に立ち寄ってくださいました。残念ながらLIさんの工場では、私の探している物は生産されてはいませんでしたが、LIさんの友人の会社で生産されているとのことで、友人を紹介してくれることになりました。
LIさんも福建省の出身とのことで、RINさんとは近所に住んでいた友人とのことです。

今回、YOさんからはじまって、多くのシンセンの会社、工場を訪問できました。が、気が付いてみると、皆福建省福州市という土地でつながっているわけです。また、どの会社でもおいしい福建茶をいただきました。お茶のつながりでも有ったわけです。YOさん、RYOさん以外は日本語も、英語も通じませんでしたが、皆よくしてもらいました。

中国人の人のつながり、過去に何度も話には聞いていましたが、初めて触れたような気がします。このようなつながりと接点を持ち、人間関係を、信頼関係を構築しないと中国ビジネスはうまく行かないのだということをなんとなく実感した一日でした。
最終の目標の製品にまではたどり着けませんでしたが、近々に再度訪問し、彼らとゆっくりと話しながら、人間関係を構築し、将来、スムースなビジネスができるようになりたいものだと思います。
[PR]
by wata1150 | 2006-02-26 23:27 | 中国国内旅行・出張

中国国営企業の営業

これは、全てがこうだと言う訳ではありません。このような営業もあった、と言うことだけです。

日本にある、ある企業からの依頼で、パソコンのある周辺機器を探して欲しいと依頼がありました。それ程難しいものではなく、比較的ポピュラーで、日本でも結構安く売っています。ですから、日本のお客さんの要求は、品質を維持しながら如何に安い物を探すか、と言う点に絞られます。ネットで検索して見ると、メーカは結構あるようです。が、上海近傍と言うよりはどちらかと言うと華南地方に多く存在するようです。直接当たっても、初めての客ですから、それなりに高い価格でオファーされるに違いありません。で、上海にあるその製品に使用する基幹部品を製造している会社の総経理にお願いして、紹介してもらうことにしました。そして、今回シンセンに出かけたわけです。

メーカの海外営業の方にお会いしました。十分に使えるレベルのしっかりした英語を話す2名の営業経理の方に工場を案内してもらいました。事前にアポイントを取った段階での確認では生産は現在月に約50万台、そのうち80%を欧州を中心にした輸出、残り20%は国内の主要PCメーカ向け、品質はしっかり管理されておりトラブルは無い、価格的には最低ではないが、中頃とのことでした。

さて、だだっ広い工場に入ると、広いオフィスの片隅に数人が立って話をしているだけです。オフィス従業員は?と聞くと”営業業務を含んだ海外国内営業は50人とのこと。部屋のスペースは200人くらいは入りそうな場所に、100人分くらいの机が並んでおり、しかもそのほとんどは使われていない空き机。どう見ても10数人くらいしか居そうにありません。

技術の部屋に行くと、やはり200人くらいは入りそうなスペースに10数人がパソコンと格闘をしていました。技術スタッフの人数は?と聞くと50人と答えてくれました。更に”会社の技術スタッフは20人で、政府から技術支援をもらっており、そのメンバーが30人。ただしその30人は別のところにいて、社内にはいない”とのこと。どのような技術支援かはわかりませんが、実質20名で設計、品質、生産技術をカバーしている様子でした。

工場の生産現場に行くと端から端まで歩いたら数分はかかると思えるほどの広いスペースの隅のほうで2ラインが稼動し、中国によくある人海戦術で組立て作業をやっています。ラインのリーダーらしき人に生産数を聞いてみると、日産3000台、月産8万台から10万台との事。また、別のフロアーでも全く違うタイプの旧式な物をやはり日産3000台ほどやっています、とのこと。あれあれ?どうしても50万にはならない?
おまけに、作業場のどこを見ても、投入数、完成数、不良数などを書いたパネルが見当たらず、品質管理の部屋でも、品質状況を示す表やパレート図は見当たりませんでした。
壁面にはスローガンと管理体制の生産現場には似つかわしくない立派なパネルが張ってありました。が、床から3メートルくらいの高いところに貼ってあり、しかも細かく書いているため、誰も見ません。私も見ようとしましたが、首が痛くなって直ぐにやめました。

工場を一回りし、最後にショールームに案内していただきました。とても豪華に各モデルが陳列されており、ユーザ名、開発年度などが記入されています。ふと気が付くと品番の最後の数字は全て3または5になっています。このわけを聞いてみたら、2003年開発モデルが最後に”3”、2005年の開発モデルが最後の”5”をつけると教えてくれました。ガーン!2年に一回しか新モデルは無いのか?この技術革新のすさまじいコンピュータ業界にあって、常にデザインの変更、新技術の導入などが相次ぐ世界で。

工場見学後、質疑がありました。
(質問)生産技術の改善などで外国の技術導入や、技術者の駐在などはやってますか?最近は、民間企業ではほとんどの会社でやっているようですが。(回答)やっていません。政府の援助がありますので。(ふ~ん。そんなもんかな?)
(質)生産数量は実際はどうですか?(答)150万台/月の生産キャパがありますが現在は50万台です。(質)工場では日産3000台と言っていましたが?(答)生産キャパは150万台です。 (はー!質疑になりません。)
(質)品質管理はどうやっていますか?(答)当社の品質は世界ナンバーワンです。価格は最低ではありませんが。 (はー!価格は聞いてないって!)
全然質疑になりません。どうも質疑マニュアルがあり、それに基づいて答えているような感じです。

(質)欧州に多く出荷されているようですが、どのようなところにどのくらい出荷されていますか?
(答)A社 2000台 (ん?それはアメリカの会社だろ?)
B社8000台 (ん?それは韓国の会社だろ? 欧州は?)
C社5000台 (ん?そんな会社知らんぞ!どこの国?) トルコ!(げー!トルコは、まあ欧州だけれども、ドイツとかフランスとかはないの?)今はありません。(ん?今は無いけれども、ってことは、過去にはあった?) いえ、今拡販中です。
(質)どうやって拡販しているのですか?(答)英語のHPを立ち上げましたので、外国の客がここまで買いに来ます。(げー! 果報は寝て待て!式営業か?このコンピュータ業界で。うむ!待てよ。僕もその口だ。なるほど。)
・・・・ま、中国人にとって海外に行くと言うことは、結構大変なことで、相手からの招待がないと行けない国も多々ありますから、仕方がない面もありますが・・・聞かなきゃよかった。・・・・
D社 6000台 (ん?それは中国のディストリビュータだろうが・・・)
E社 10000台 (お!5桁が来たぞ。しかし知らない会社だな?) ベネズエラ (げー!!!いったい欧州は???欧州中心に出荷しているんじゃなかったけ?)
F社 6000台 (うん、どこの国?) 中国。(おいおい、僕は欧州の客先を聞いてるの!)

(質)で、いったい何台海外に出荷しているの?(答)月産50万台、輸出80%、国内20%
(さっき、工場で10万台+10万台って言っていたろうが。計算できないの? はー!、ダメだこりゃー)

で、幾らで出してくれるの?弊社には? 間髪をおかず、”これが価格表です。”見事に製品の価格と写真の入った価格表が出てきました。で”当社は品質は世界一ですが、価格は最低ではありません。これで購入しますか?” 
私は返す言葉も無く、”客先に報告し、検討します。”と答えて、早々に引き上げました。

全ての国営企業がこのようだとは思いませんが、この会社はよく続いているなーと感心せずには居られません。政府の資金援助があればこそなのでしょう。民間会社だったら、間違いなくつぶれているのでしょうね。いい経験をしました。
[PR]
by wata1150 | 2006-02-24 21:13 | 中国国内旅行・出張
シンセン、香港の旅2日目、香港です。昨年9月に香港に来て以来、半年振りです。シンセンも暑いのですが、香港も暑くおまけに冬物の背広を着ているので、全身に汗が吹き出てきます。この時期、上海ではありえないことです。

シンセンの羅湖からイミグレーションを通って香港に入り、電車で紅働でまでいきました。ここで前の会社のスタッフとしてサポートしてくれたS君に会いました。S君はその後も元気でM社で働いており、現在はPDPパネルを担当しているとの事。PDPパネルと言えば、M社の看板商品です。以前はどちらかと言えばマイナーな商品を扱っていただけに、いまは仕事を楽しんでいる様子でした。現在は販売が好調で、市場で品不足になっており、なかなか香港まで回ってこないと、贅沢な悩みを打ち明けてくれました。

全体的には香港のメーカは中国にシフトが進んでおり、かなりの客先がシンセンや東莞に工場を置き、生産活動は中国だが、製品は香港経由またはシンセン経由で輸出をしているとか。香港には私の会社の日本の客先から依頼を受けているある製品を香港のメーカで探してもらい、私に紹介してもらう為に来たのですが、S君はそれを快く引き受けてくれ、来週早々には情報をくれることになりました。S君の会社は今が事業計画の策定時期で、幹部がほとんど日本に出張しており、社長やキーの幹部社員には会えませんでしたが、旧知の何人かの香港人スタッフに会うことが出来、数年前の話に、話題が途切れることは無く、盛り上がり、夕食を共にしながらさっきまで歓談していました。

皆、私がM社を退職し、現在の会社に入った事を知って、また、中国と関わる仕事に携わっていることを喜んでくれ、”何でも手伝うから言ってくれ”と協力を申し出てくれました。

実は、私が現在の会社に入ってからこの半年間、昔の仲間には頼むまい、なんとか自力で新しい人間関係を構築して、仕事を軌道に乗せようとしていました。皆、まだ20代から年配者でも50歳にはなっていない若者達です。今が彼らのM社での仕事に油が乗るときです。私の仕事で彼らの仕事の邪魔をしたくはありませんでした。しかし、今の会社の責任者の一人として、現状打破と頑張りが必要な時期に来ていることを認識し、思い切って、彼らに少しばかり手助けをお願いすることにして、シンセン、香港に来たのです。
しかし、彼らと話していて、私の遠慮は不要であったことがわかりました。彼らは、自分の現在の仕事に影響が無い範囲で、最大限私に協力してくれることに何のためらいもありませんでした。いま、こうして彼らに会って見ると、昔の仕事はどうであれ、彼らの個人的な友達の一人として付き合い、お互いに助け合おうとしているのでした。
仕事の中では、よくぶつかり、言い争い、しばらく口も利かない状況も少なからずありました。それだけに今回彼らの個人としての人間性に触れ、へんな遠慮をしたり、プライドが捨てられなかった私が恥ずかしくなりました。

彼らが、私の仕事にどこまで協力してくれるかはわかりませんが、何か妙に満ち足りたそれでいて、彼らとだったら仕事が上手くいきそうという不思議な感覚を持ちながら分かれました。
超自己中心主義とかお金の亡者とかと中国の人を酷評することがありましたが、今は、全く違います。どこまでも義理に厚い本質を持った人たちでした。

私のこの感覚が全ての中国人、香港人に当てはまるかどうかはわかりませんが、多分大方の人たちはそうなのだと思わずにはいられない心境です。

明日は、シンセン経由で上海に戻ります。午後にシンセンのスタッフと再会する予定です。またまた楽しみです。
[PR]
by wata1150 | 2006-02-23 00:58 | 中国国内旅行・出張

シンセン出張

シンセンは、深セン(土へんに川)と書きます。が、経験上中国語フォントで書くと文字化けしてしまうのでいつもカタカナで書いています。でも、なんとなくなじまないですね。

さて、久しぶりのシンセン出張が急に決まり、慌しく出張です。シンセンは、香港と接していますが、中国であり、香港特別行政区とはイミグレーションを通らなければ行き来は出来ません。香港人は誰でもシンセン経由中国に入国することが出来ますが、中国人は、通行証を持たないと香港にはいけないのです。無論、その他の外国人はパスポートが必要です。
以前はシンセン経済特別区として、シンセンとその外の地域は区切られており、中国人はシンセンの居留証か通行証を持たないとシンセンには入れず、外国人はパスポートの提示を義務付けられていました。いまは、その区切りがなくなり、中国とシンセンは誰でも自由に行き来が出来るようになっています。

余談ですが、数年前に私が以前の会社に勤務していた頃、私はシンセンに専任のスタッフを置いていました。四川省成都に二人で出張することになり、朝、経済特別区の外側にある宝安空港に行きました。で、飛行機のチェックインをしようとしたら、彼女がごそごそ探し始めました。なんと、身分証を持ってくることを忘れたらしいのです。身分証が無ければたとえ中国国内旅行であろうともチェックインできません。彼女はシンセン市内の自宅に取りに行くことにして、私は空港で2時間待つことにしました。無論、当初乗る予定の飛行機は乗れませんので、予約変更をしました。で、一時間くらいたったでしょうか、彼女から電話が来ました。シンセンの居留証も家においてきたため、シンセンに入れないと言うのです。万事窮す。当日のフライトをあきらめる腹を決めて、タクシーで空港からシンセンと中国のイミグレーションに行きました。なんとか彼女をシンセンに入れてやらないといけないと思ったのです。ところがイミグレーションで、彼女はニコニコしながら待っていました。たまたま、彼女はパスポートを持っていたのです。中国人で海外に出かけたことのない人でパスポートを持っている人はほとんどいないのです。彼女はパスポートが身分証にも、シンセンの居留証の照合にも使えるとは知らなかったのです。結果的にはパスポートがあれば、中国国内旅行は問題ありませんでした。それで、改めて、空港に行き3時間遅れで成都に出発しました。当時はそれくらい、中国人であっても国内移動さえ制限を受けていたのです。いまは、大分緩和されているようですが。

さて、今回の出張ですが、今朝11時半の中国東方航空で上海浦東空港からシンセン宝安空港に来ました。上海も今朝は割合に暖かく、10度くらいだったでしょうか。ところがシンセンは初夏の陽気でした。気温は悠に20度は超えていたと思います。さすがに上海では朝夕は5度くらいに下がりますので、防寒服が必要なのですが、シンセンではコートは必要なし、背広の上着も要らないくらいです。街を歩いている女性の中には半そで姿の人も見かけられました。おまけに、上海ではほとんど見たこともないような抜けるような青空で、初夏の太陽が照り付けていました。たった2時間のフライトで、これだけ環境が変わるのですから、中国はやはり広い。

あるコンピュータ周辺機器のサプライヤーさんの工場を訪問し、工場見学をしました。このサプライヤーさんは中国政府からの資金援助と技術援助を受けている半国営企業です。とてつもなく広い敷地に、とてつもなく大きな工場を建てて生産活動を行っています。で、工場の中に入ってみますと、とても広いメインエンタランスロビー(テニスコート2面くらいの面積はありそう)があり、2階に受付があります。工場に足を踏み入れると、やはりとてつもなく広い生産工程スペースのほんの一角で生産ラインが稼動していました。これでも月産150万台くらいの製品を作っているのだそうです。技術の部屋、200人分くらいの技術者が入れるスペースで30人くらいの技術者が在籍し、設計や、品質管理、製造技術などを担当しています。営業の部屋も同様に200人くらいは入るスペースに40人の海外セールス、国内セールス、業務、などのスタッフが仕事をしています。つまり、入れ物だけはとても大きく造り、将来どのように大きく発展しても対応できるようにしておきながら、現状はそれ程の生産販売にはなっていない為、空きスペースがたくさんあると言うわけです。

このような会社工場は中国にはよく見られることです。私が過去に訪問し見せていただいた会社も、ほとんどが同じような環境でした。これが中国なんだ!と、改めて実感しました。

明日は、私が以前勤務していたM社のシンセンのオフィスと香港のオフィスを訪問します。
久しぶりに前のスタッフの顔が見れるかもしれません。楽しみです。
[PR]
by wata1150 | 2006-02-21 21:31 | 中国国内旅行・出張
楽しみに毎日、オリンピックをTV観戦です。

カーリング、はじめて見ました。面白いスポーツです。頭脳ゲームなんですね。将棋や囲碁、チェスなどと同じように、先を読みながら、2時間もの戦いを、ストーンをコントロール出来るだけの体力と集中力が必要です。ゲームそのものは単純ですから、我々のようなある程度年齢が高い人でもプレーできるし、ゲートボールなどと同様に、ボケ防止にも出来るほどです。施設が無いと出来ないようですが、日本でも、盛んになれば言いなと思います。スケートリンクなどに併設し、インストラクターがいれば、初心者でも出来そうです。
日本女子ティーム、カナダや前回のオリンピックの優勝者のイギリスなどを破りました。でも、彼女達はまだ若い人たちみたいです。イギリスティームなどは結構年配者でした。経験がものをいう部分が多い種目なのでしょう。日本ティーム、なんとか予選リーグを突破して欲しいと思います。

アイスホッケー、スイスがカナダを破りました。体格的に劣るスイスが、世界No.1の実力を誇るカナダを破ったのは、なんといっても運動量の多さ、より多く走り、必死の防御と鋭い攻撃、いわばすばしっこさがカナダの猛攻を防ぎ、わずかなチャンスを生かして勝ったのではないでしょうか。スイスの今後の健闘を期待したいと思いました。

スピードスケート、岡崎さん、よく頑張ったと思います。でも、期待された男子短距離では残念な結果でした。世界は思ったよりも進化していることを感じさせられました。

日本のメダルが期待された種目は数多くありました。スキージャンプ、モーグル女子、スノーボード等々。でも、結果としては現時点でメダルにとどいた種目は皆無です。スポーツの世界ですから、そのときのコンディッションによって負けることもあります。ベストを尽くして、負けるのは仕方が無い。でも、事前の下馬評などで、騒がれ、選手もそれを信じて勝てると思い込んでいて、試合当日に自分をベストコンディッションに調整してゆく慎重さと綿密さが欠けていたのでは・・・
と思われる場面もありました。スキージャンプの原田さん、栄光の過去を持ち、今回も期待されていましたが、規定違反で失格。不注意そのものです。モーグル女子の里谷さん、長野での金メダルが返って重かったのでは?

オリンピックはやっと半分を消化したばかりです。これから競技をする選手の方々は、ますますメダルへの周囲の期待が高まり、大変でしょうが、平常の練習の力を精一杯発揮して欲しいと願わずにはいられません。メダルを獲得できるか否かは、そのときの勝負運もあるでしょうが、せめて、ベストを尽くして、試合に臨んで欲しいと思います。
[PR]
by wata1150 | 2006-02-19 23:36 | 日記

雪の上海

上海は朝から雪が舞い、樹木の枝や、芝生の上は白くなりました。
e0026744_1024295.jpg

雪に触ってみると、結構湿った雪で、すぐ解けてしまう雪です。気温はそれ程低くは無く、風もほとんどないので、あまり寒さは感じません。昨日の天気予報では、今日は小雨、気温は2度から6度との事でした。零下ではありませんので、雪になることは無いと思ったのですが。

上海ではこの冬、雪がちらちらしたことは2度ほどありましたが、積もることはありませんでしたし、白くなることさえなかったのです。

日本では、今年は雪が多く、なんとかの大雪と命名するとかしないとか。私の家のある仙台も今年は雪が多く、年末年始に帰宅したときも、除雪に追われました。一晩で30cm以上も積もるので、車庫から車が出せなくなったり、車を走らせることも一苦労でした。でも、そのような雪が降り積もることが珍しくない土地では、道路に雪が積もっても、凍結しても車を走らせることに慣れがあり、特に雪が降って渋滞したり、事故が何倍にも増えたりはしません。タイヤを冬タイヤに履きかえるようなことが、当たり前になっていますし。

東京で雪が降り積もると大変です。滑ったり転んだりして怪我をしたというニュースがTVで報道されます。タクシーでさえ冬タイヤを履いているわけではありませんから、たちまち車の流れは悪くなります。

上海で道路にまで雪が降り積もることがあるのかどうかは知りません。今日の雪は・・・多分芝生や樹木の上だけでしょう。道路には積もらないでしょう。でも、最近は異常気象が続いているだけに、もし上海で道路にも積雪したら・・・たちまちの大渋滞。事故の頻発、滑って転倒しけが人続出なんてことになるのかも。そして、場合によっては都市機能の麻痺なんてことも一時的には起きるかも知れません。まるで雪に慣れていない地域ですから。

今朝、上海の知人から電話がありました。”おい、雪が降ってる、少しつもっているぞ!” 上海の人にとって、この程度の雪は、珍しい物であり、綺麗な風景と受け止められ、興奮する対象になるのかも。 私としては、どうせ降るなら20cmくらい積もってみろ!そしたらいろいろ起こって、楽しいかも、などと不届きなことを思いながら、またベッドにもぐりこみました。何せ、今日は土曜日、折角の休日です。
[PR]
by wata1150 | 2006-02-18 10:30 | 上海

St. Valentine's day

一昨日はSt. Valentine's dayでしたね。日本では女性が男性に愛を打ち明ける意味でチョコレートをプレゼントする日・・・かな?

私が以前勤務していた会社では、この日になるとチョコレートが入った車内メールが飛び交いました。あまりにもたくさんのチョコメールがメール室に持ち込まれるので、最後には、チョコメール禁止令がメール室から発信される始末でした。何しろ、日本全国をチョコメールが飛び交うのですから、物理的に配送の人が大変なだけではなく、会社の配送費用もこれまた大変だったようです。大阪の某営業所の女子社員から横浜の会社のだれそれ君宛のチョコメール。今考えても、ニヤニヤしてしまいます。

ま、大概は義理チョコ。女子社員が日頃お世話になっている職場の男性社員や上司の人に、また、営業所の女子社員が担当製品を生産している事業場の担当者や上司にプレゼントします。中には、海外販社からのチョコメールもありました。

次は無理チョコ。チョコを一個ももらえそうも無い男性が女子社員に事前ネゴして、当日わざとらしくチョコをプレゼント。前の日になると、”おい、俺にもチョコ、あるんだろうな?”などと若い女子社員を脅かしたりなんかして。

その中で、本命チョコなんてのもありましたっけ。義理チョコや無理チョコは、大概普通の市販のチョコを綺麗な包装紙に包んで、リボンをかけただけのものが多かったと思います。が、本当に好きな人に渡すチョコは、チョコブロックを買ってきて、お湯で溶かし、好きな形にして一個一個を丁寧に包んだような手作りチョコをハートの形の箱に入れた物や、小さなバスケットに入れて、時には短いメッセージを添えて渡していたようです。しかもそれは、当然ながら会社にいるときは知らん振りをして、帰りがけを狙ってこっそり渡すとか。
そんなチョコをもらったほうも焦ってしまいますけどね。

中国でも、St. Valentine's dayはあります。情人節といいます。この時期になるとデパートや、スーパー、お菓子屋さんなどの店頭には、いかにもそれらしく包装を施したチョコレートが山積みされています。でも、中国では女性から男性へのプレゼントとは限っていないようで、男性から女性にプレゼントする場合もあるようです。また、必ずしもチョコレートとは限らず、男性からのプレゼントは花束とか時計とか宝石とか指輪など、女性から男性にはネクタイとかベルトとかが多いのだそうです。また、その日には夕食を一緒に食べることが多いのだそうで、おいしいと評判のレストランなどは、かなり前から予約しなければいけない場合もあるようです。

日本では、ここ数年、もうそんなこともすっかり忘れて過ごしていましたが、一昨年くらいから娘が"Valentine call"をくれるようになって、単身赴任中の親父心をくすぐってくれました。で、その次の帰宅の日には、携帯電話とか、お小遣いだとかをねだられ、散財していましたっけ。さすがに上海からは娘にプレゼントは簡単ではありませんが、今度の帰国の時にはまた、娘に何かを買わなければ・・・と思っています。
[PR]
by wata1150 | 2006-02-16 21:33 | 上海

花木市場

今日、ちょっとした用事があり、常州にある花木市場に行きました。

知人の車で行ったのですが、上海から高速道路で2時間、更に高速を降りてから45分くらい、休憩を入れると約4時間のドライブでした。上海から南京まで延びる高速道路は最高速度制限が120kmに設定されており、私が運転したわけではないのですが、日本の東名、名神、東北道などに比べても、運転しやすそうな道路です。ただ、直線道路が長すぎて、少しカーブが有っても良いのに・・とは思います。運転手の心理として、直線が長すぎると車線変更してでも、ハンドルを動かしたくなるのです。そうでもしないと、体が運転中に固まってしまいそうです。

常州市は上海から昆山、蘇州、無錫を経て、南京に着く途中にあります。上海から250kmくらいの距離でしょうか?東京から、浜名湖くらいの距離です。中国の地図を見ると、上海から南京は至近距離に見えます。特急電車で3時間半くらいかかるのですが。ですから、無錫や常州などは”ついその先”位の感覚になってしまいます。実際には、車の運転では結構大変な距離なのですが。やはり、中国は大きいことを実感します。

常州の花木市場は常州市の郊外にあり、かなり広大なスペースを有しています。入り口には写真のような目立つゲートがありますので、よくわかります。
e0026744_0482071.jpg

内部は、植木のスペース、草木のスペース、花のスペース、花台や花器、園芸用機器などのスペースがあります。その一つ一つがとても広いのです。で、売っている木々、花々にしてもとても種類が多いのです。苗木のような物から、かなり貫禄のある直径40cm-50cmくらいの大木まで、花も草花から花の苗、ランなどの南方の花まで、温室の中で展示販売されています。サボテンなども種類が多く、見たことの無いような物もあります。知人は観賞用のサボテンを3鉢購入しました。鉢の直径は15cmくらいの物に直径は10cmくらいある球形のものが一鉢10元でした。日本の価格から考えると、安いのでしょうね。同じサイズの鉢に入ったサボテンは全て10元均一でした。

私は草花やサボテン、樹木などは好きです。日本の家でも、家に戻ると庭弄りをしますし、近所の園芸ショップに妻と一緒によく出かけます。でも、中国では購入しても日本に持ち帰ることは出来ませんので、購入はあきらめて、鑑賞することにしました。

もう一つの目的は、園芸用品です。庭弄りするためのスコップから小さなシャベル、剪定ばさみから、大きな枝バサミ、小さな家庭のベランダ用の散水機から動力機付きの散水機まで、保水性抜群の土から、水はけの良い土、様々な薬品や肥料など、日本のホームセンターの園芸ショップを巨大化したようなものでした。言葉の壁があり、店の人と会話することは出来ませんでしたが、皆園芸や草木、花が大好きで彼らの植物を見ているときの植物に対する愛情がよく伝わってきます。日本の園芸品店とよく似ている雰囲気でした。

帰りの時間もあり、滞在した時間はわずか2時間半程度でしたが、久しぶりに植物に触れ、心休まる思いをした時間でした。

私は上海は現在住んでいますし、蘇州、無錫、南京は過去に何回か行ったことがあります。でも常州は初めてです。常州の歴史なり、土地柄をおさらいして、再度ゆっくり来て見たいと思いました。
[PR]
by wata1150 | 2006-02-14 23:55 | 上海
W氏は、私が以前勤務していた、M社の同僚で、いまはやはりM社を退職し、S社に顧問として勤務しており、今回は上海に長期出張で出かけてきたので、休日を利用して我が家にも顔を出してくれたのです。彼の会社は、日本に本社があり、上海の松江区に工場があります。松江区の工場のそばに会社の寮があり、彼はそこに寝泊りしているそうで、普段は週末でも工場が動いている為、休むことは少なく、工場に出勤しているのだそうです。
今日は、上海体育館のところまでタクシーで来て、地下鉄で中山公園まで来てもらい、そこでピックアップしました。

我々の年代で、久しぶりに顔をあわせて話すと、昔の同僚の消息と会社の動向はどうしても中心的話題になってしまいます。会社のT元常務、欧州地域の販社の社長になって赴任したT氏、シンガポールに住んでいる元営業のL氏、同じく元営業のA氏やT氏、など次から、次から懐かしい名前が飛び出してきます。蘇州の工場に転勤したN氏、T氏などの話しになると、次回、時間を作って蘇州に会いに行こうとか。また、会社が、利益が少なくて事業方向の転換をせざるを得ないとか、リストラが計画されているとか、どこどこ工場の閉鎖が検討されているとか。

そんな中、アメリカに駐在し、私がアメリカに出張したときはいつも面倒を見てくれた某氏ががんで亡くなった話が出たときは、少しショックでした。カリフォルニアで、銀色のトヨタ スープラの3リッターツインターボを乗り回していたことを思い出しました。岩手県に工場があり、工場のマドンナ的存在だった女性を娶り、アメリカから帰国後、M社を退職し、その後ソフトウエアーの世界的メーカ MS社の日本法人に就職し、元気にやっていたのに。私より大分若かったのですから、奥さんもまだ、若いはずです。
また、一時、私の上司で、腎臓を悪くし、がりがりに痩せてしまい、最後は透析までやっていたT元課長、数年前に亡くなった話。

気が付けば60歳を目前にしている我々の年代で、昔の同僚や先輩、後輩の話題の中では、亡くなられた方々の話題も相当多くなっているのです。また、寝付くほどではないにしても、何かしらの病気を抱えている人が、いつの間にか多くなっているのです。会社にいるときに、寝る間も惜しんで仕事をしたり、疲れていても休日出勤をして何とか計画をこなしたり。飛行機に何度も乗って、海外や国内を飛び回ったり。気が付かない無理を相当に体に課して、長い間仕事をしてきたのですから、仕事から解放されたとたんに体のあちらこちらの異常に気が付くこともあるのです。治療を始めたときには時既に遅かったなどという事例も多々あるのだと思います。

私自身もいわゆる生活習慣病と総称される病を持っています。定期的にドクターの診察を受け、血液検査をし、年に一回はドック検診を受け、適切な治療をしながら生きています。上海にいて、日本の先生の治療を受けられないから・・・などと言う言い訳は出来ません。言い訳をして、治療を怠ったら、結果は間違いなく自分のところに帰って来ます。
出来るだけ体をいたわり、適当な運動を行い、規則正しく栄養バランスを考えた食事を取り、しっかり薬を飲むこと。
これが、今私が自分に課している対処法です。これらをしっかりやった上で、仕事も、しっかりこなさなければならないのです。

彼と、昼食をとりながら、そんな話題で2時間も話しこんでいることに気が付き、二人で苦笑いをしました。もっと楽しい話をしなくては。夢のある話を・・・。

今日は、中国では小正月。またしても、花火と爆竹の音があちらこちらで響いています。
[PR]
by wata1150 | 2006-02-12 23:08 | 日記
眠い目を擦りながら、開会式を中継で見た。なにせ、日本時間で朝4時、中国時間で朝3時からの開会式である。いつもなら、1時ごろまでパソコンで遊んだり、TVを見たりしているのだが、前夜は11時には床に就き、目覚ましをかけて寝た。3時に起きる為に。

最近のオリンピックの開会式は夏、冬に関係なくなかなか華やかで、それ自体開催地の特色を出して盛り上げようとするため、面白いし、感動的である。あまりにもお金をかけすぎ、人寄せ的なアトラクションが氾濫し、商業主義に走りすぎ、本来のオリンピックの精神からは離れがちだ、などといわれることも多い。日本でやった3回のオリンピックにしても、いずれもなかなか華やかだった。東京オリンピック、札幌、長野の冬季大会。

イタリアのオリンピックもトリノで3回目、50年前に冬季大会、そして夏のローマ大会、そして今回である。ローマ大会の記憶はなんとなく有り、裸足のアベベを思い出す。しかしそれ以上前の大会の記憶は無い。そして、今回の開会式もやはり演出は極めて華やかだった。ルネサンスからのイタリアの歴史絵巻は仕方が無いにしても、フェラーリのF-1レーサのデモなどは不用であると思ったし、興ざめだった。

今回のトリノ大会の開会式を見て、印象的なことは、“平和”そして“ドーピング”。いかにも現在の世界の状況を反映している。戦争や、テロは少なくなるどころか、むしろ以前より規模が大きくなり、頻度も増している感がある。国連で、オリンピック中のテロ禁止、戦争の停戦を決議したとの事だが、果たして守られるかどうか。オノヨーコが出てきて、夫ジョンレノンの言葉として平和を訴えた。オリンピックの精神として“平和”があるが、あの場でのオノヨーコのナレーションが、如何に現在世界が平和でないかを如実に物語っていた。会場内は平和でも、現実には会場の外は厳重な警備とセキュリティがガードしていたとの事である。
また、最近のスポーツ界で問題となっているのが“ドーピング”。有力選手がドーピングで出場停止になったり、優勝した人がマダルを剥奪されたりする話が耐えない。特に、プロがオリンピックに出場するようになって、ドーピング問題は増えたような気がする。勝つことが、収入につながるとなれば、それで生活をするプロにとって、薬剤は諸刃の剣なのだろう。まして、国家が、自国のメダリストに賞金を出すような風潮では・・・。

今回、日本は百人強の選手を派遣した。ロシア、カナダ、アメリカなどは200人を超える。意外に少なかったのは中国。60数人に過ぎなかった。夏のオリンピックでは、メダル獲得競争でアメリカ、ドイツ、ロシアなどと肩を並べるレベルなのに、冬は意外に参加者が少なく、獲得メダル数も少ない。冬季スポーツでは中国もまだまだ後進国なのか。
さらに、恒例になりつつある南北朝鮮の同時入場。いっそのこと、参加国全てが一緒に、国旗など持たずに、地球がデザインされた旗でも持って入場してはどうかと思う。

また、タイ、ベネズエラ、イラン、インド、エチオピア、ケニアなど、どう考えても冬季スポーツとは縁のなさそうな国がかなり参加していること。冬季スポーツも自国では練習できなくとも、設備のある国に遠征して練習すれば、参加できると言うことである。一般スポーツとしての冬季スポーツの無い国家の参加が、オリンピックと言う競技大会があるために、それに参加するために、今後も少しずつ増えていくのであろうか。私の感覚では少し違和感がある。

イスラム圏からの参加も結構多い。しかし、女子選手がいなかったのは、イランだけだった。ヨルダン、トルコなどの国は女子選手が、スカーフをかぶらずに、普通のユニフォームで行進していた。これが自然だな・・と頷いていたのは私だけではあるまいと思う。オリンピックは、国家、政治体制、宗教、言語などの枠を超えて行われるべき。妙に納得しながら見ていた。

2年後には北京でオリンピックが開催される。北京だけでなく、上海のあちらこちらにも五輪のマークを見つけることが出来る。最近は北京に行っていないので、北京の工事の進み具合、雰囲気の盛り上がり具合などは知らないが、トリノが終わり、来年になれば、もっと盛り上がってくるのだろうか。私はその時にまだ中国で仕事をしているのかどうか知らないが、もし中国にいたら、開会式だけは見に行きたいと思っている。
[PR]
by wata1150 | 2006-02-11 23:34 | 日記