中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
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2006年 06月 20日 ( 1 )

上海(1)

私にとっての上海とは・・・? ふと考えてみた。

以前、私はM電器という、日本では知られた会社で、あるコンピュータ部品の営業部門に在籍していた。この部品は日本ではほとんど需要が期待できず、営業はほとんどが海外であった。アメリカ、欧州、台湾、中国、シンガポールやマレーシアなどの南アジア、中近東等。私はその中で台湾、アメリカ、シンガポールなどを受け持ち、そして最後に中国を担当した。

このコンピュータ部品の市場は大きく分けてOEM市場と再販市場の二つであった。OEM市場とはいわゆるコンピュータメーカーを客先とする市場であり、再販市場とはDIY客を相手にするいわゆる中小規模のコンピュータショップやシステムインテグレーターと呼ばれるユーザーなどを対象にしたコンピュータ部品のディストリビュータを客先とする市場である。

台湾やその他の市場では、以前は私がこの部品の開発を担当していたこともあり、どちらかと言えば販売に必要な技術的なサポートを含めたOEM市場を中心に活動していた。この頃は世界の大手コンピュータメーカと呼ばれた多くの有名なメーカーを頻繁に訪問していたものである。

最後に中国市場を担当することになった。中国は、私個人にとってある思い入れのある国であり、いつかは担当したいと思っていた市場であった。その思い入れとは・・・。

私は、昔から本を読むのが好きで、文庫版をいつも5冊、10冊と買い込んでは読んでいた。年間で多いときは100冊以上も読むこともあった。読むのは出張先でのホテルや、移動中の飛行機や電車の中が中心だったが。推理小説や文芸作品、歴史小説などいろいろな小説を読み、その世界に浸ることが好きだった。もう10数年前になるが、三国志を読んだ。山岡壮一か誰かの文庫版だったと思う。7冊セットで読み応えがあった。しかし、いつかその世界にのめりこみ、出張中だけでなく家に帰っても、社内の昼食時間も本を離さず読んでいた。壮大なスケールと登場人物の世界観などに惹かれた。それから、三国志前後の時代に生きた中国歴史上の人物にスポットを当てた小説を買いあさって読んだ。陳舜臣や宮城谷昌光などが多く書いていた。それらの本を読んでいるうちになんとなく、その時代に生きた人物達のことをもっと知りたい、後世に語り次がれるようになったわけを知りたい、その当時の一般市民の生活感を知りたいと考えるようになった。最終的には三国志の時代背景、三国志にいたる思想、政治などの変遷を学んでみたいと思いついたのである。これを、会社生活を終えたあとのライフワークにしようと思うようになったのである。

中国古代史を学ぶには中国に行かなければならない。そう思っていた私だったが、実際は台湾や香港は訪れたことがあったが、中国本土は未体験であった。無論、台湾台北市にある故宮博物館は再三に渡って訪れた。一つの展示物を見ては長時間を費やし、その時代に思いを馳せていた。だから、中国市場担当は憧れでもあったのである。そしてついにその機会が訪れた。

当時、中国のコンピュータ産業は、台湾メーカが安い労働力を求めて大挙して中国に進出していたが、製品開発や部品調達などは全て台湾サイドでコントロールされており、中国サイドで営業活動できる状況ではなかった。従って中国市場における営業活動は必然的に再販市場営業であった。中国における再販市場の整備、マーケッティングが主たる業務になった。そして中国に足を踏み出したのである。

ところが、現在では多くの中国人が英語を立派に使いこなしているが、当時の中国は今まで経験してきた国々と違って、英語が業務として使えない国だった。中国では一歩市場に入ると、たとえ大手コンピュータメーカと言えども、英語が通じなかった。無論M社の販売会社では日本語か英語が通用したので、販売会社までは大丈夫だったが。やむなく私の専任スタッフとして中国人スタッフを雇用し、市場に出かけるときにはいつも同行してもらった。通訳として、秘書として。そして、中国語をマスターしないと中国古代史など及びも付かないことを実感させられた。

そして、中国市場に入って、深圳、広州、北京そして上海と訪れた。北京を始めて訪れた時にはとても感動したものである。そして、天安門広場や、故宮博物院、万里の長城などを、時間を見つけては歩き回った。その後多くの都市を巡ったが当時はそれだけ回ると、頭が痛くなった。何せ日中、客先と会っていると、会話は全て中国語であり全くわからない。夕方ホテルに帰ってスタッフとその日のまとめをしていると、頭痛がしたのである。

前置きが長くなってしまった。次回、上海の本論に行くことにします。
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by wata1150 | 2006-06-20 04:10 | 上海