中国で単身生活をすることになったTADAの日々の感じた事を気ままに書いてます。


by wata1150
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親父のコーヒー

私はコーヒーをよく飲む。多いときは一日10杯くらいのときもある。それ程おいしいのか?と聞かれたら、多分“まあまあ”、くらいの答えしか思い浮かばない。正直のところ自分でもわからないのである。私は煙草を一日一箱は吸う。だから、割合に味覚には鈍感だと思う。

私のコーヒーとの出会いは、私が10歳頃だったと思う。昭和30年代の始め頃。死んだ親父が無類のコーヒー好きで、どこで手に入れたのかアルコールランプを使ったサイフォンを持っていて、よくそれでコーヒーを淹れて飲んでいた。私が10歳の頃、“お前も飲んでみるか?”と親父に勧められ、砂糖とミルクをたっぷり入れて飲んだのが最初ではないかと思う。親父は酒好きではなかったから、ついに彼が死ぬまで一緒にバーで酒を飲み交わすことはなかったが、親父にとっては私と一緒にコーヒー談義をしながらサイフォンでコーヒーを淹れ、味わいながら飲むことが夢だったのかもしれない。いろいろな種類のコーヒー豆を買い込んできていて、“今日はブラジルとモカ”とか、“今日はキリマンとナントカ”“今日はスマトラ、いやハワイコナにしよう”とか言いながら、いろいろブレンドをためして、いちいち私に告げながら飲んでいた。私はそのとき、まだ小学生で、苦いブラックは当然飲めず、ミルクと砂糖をたっぷり入れて飲んでいたのだから、当然その差がわかるはずもなかった。

中学生くらいになって、いわゆるインスタントコーヒーが出回り、安く手に入るようになって、我が家も何時しかサイフォンのコーヒーからインスタントコーヒーに切り替わった。子供の頃から、コーヒーを飲んでいたせいか、インスタントコーヒーもあまり抵抗感がなく、飲むことが出来、しかも、最初は薄く入れていたのに、高校に入るくらいになると、とても濃いコーヒーを好むようになった。砂糖を少しいれ、ミルクを入れずにドロッとした位のコーヒーである。親父もそのようなコーヒーは飲まなかったが、私が飲むのに文句は言わなかった。

高校に入り、列車通学をするようになると、列車の時間待ちによく駅前の音楽喫茶に通った。今でもよく覚えている。“名曲喫茶 ウイーン”。そこではコーヒーを飲むとポイントカードを一枚くれた。200枚か250枚でウイーンの名前の入ったコーヒーカップと受け皿の6点セットがもらえるのだが、高校卒業までに、それをもらい、家に持ち帰って親父とそれにコーヒーをいれて飲んだことがあった。

いま、私は縁あって中国で仕事をしている。最近中国でも喫茶店が多くなってきている。スターバックス、真鍋コーヒー、上島コーヒーなど。ところが、それらの喫茶店で飲むコーヒーでおいしいと思ったことは皆無なのである。残念ながら。お店の人に説明し、わざわざブラックを作ってもらい飲んだこともある。それでもまずかった。通常、中国人は砂糖とミルクまたはクリームをたっぷり入れた甘いものを飲んでいるようである。丁度、私が親父に淹れて貰ったコーヒーのように。

最近、ドリップ式のコーヒー器具を購入した。なぜか、やたらむかし親父の入れてくれたコーヒーを飲みたくなったのである。無論日本にいたときも家にドリップ式のコーヒー器具は持っていて、時々はそれを使って淹れて飲んではいたのだが。上海に来てからずっとご無沙汰だったのである。豆はブラジルサントスとモカマタリを粗引きにしてもらって購入した。

家で早速淹れてみた。う~ん。まずい。おいしいとは言えないのである。香りは・・・まあまあだ。翌日、スーパーで上等のミネラルウオーターを買ってきた。水のせいかも知れないと思ったのだ。再度挑戦。うん、まあまあの出来。やっぱりコーヒーは豆と水。そういえば親父もそんなことをつぶやいてたっけ。

現在、家には飲料水として、飲み水や料理に使う水と、コーヒーを淹れる為に購入した水がある。そのうち、親父と同じように、サイフォンで淹れてみようと思っている。どんな味がするのか。
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by wata1150 | 2006-02-08 00:12 | 日記